元勇者召喚される
眩い光と魔法陣の道、トンネルの様に無数に連なった魔法陣をくぐりながら彼女の泣き顔を思い出す。
およそ感情と呼べるものが無かった彼女があそこまで感情を顕に出来たのは仲間達と死んだ二人の仲間のお陰だ。方や[知識の大書庫]を見つけた魔法使いと方や世界を憂いた聖女、あの二人がいなければ旅はもっと辛く厳しくなっていただろう。
二人の顔を思い出しながら残り二枚になった魔法陣の道を進む。一つはあの世界との別れを、もう一つは得た力の消滅の為の魔法陣だ。
別れの魔法陣を潜り抜け、最後の一枚に近寄った。
その時だった。
「見つけた。」
声が聞こえた。俺以外には誰もいない世界の狭間で…。
聞こえたのは横の方からだったのでそちらを向くが誰もいない。だが嫌な気配を感じた。なので早く帰ろうと歩を速める。
だが魔法陣に触れようとした時、横合いから無数の鎖が飛び出した。訳が分からずに力任せで砕こうとするが膨大な魔力で出来ているのか砕けない。その気になればこんな程度の魔法なんて魔力の差で無理矢理壊せるがこの狭間でそんな事をすれば帰還の魔法陣が壊れかねない。
今までの中でも数少ない躊躇だが、それは致命的であり、俺は最後の魔法陣を潜る前に見知らぬ魔法陣に引きずり込まれた。
・・・
「あぁ、勇者様。」
聞こえてきた声と共に意識が目覚める。跳び起きると同時に周りを見回し絶望した。
見知らぬ魔法陣の上に俺はいたのだから…。
地球にこんな魔法陣が有るとは思えず、更に自分の力が失われていないのにも気付く。そして意識を失う前に見たあの魔法陣からして俺は再度別の異世界に呼ばれたのだと理解した。
「あ、あの?勇者様?」
すぐさま立ち上がり、周りの確認に入ったからだろう。周りの兵士達はやはり見知らぬ紋章の刻まれた剣の柄に手を添えており、俺を呼んだであろう女性は心配そうな表情で此方を伺っていた。
俺は立ち眩みを抑える様な動作を取りながら右手をこめかみに当てる。そして魔法を発動させた。階位が高く、気づく事すら困難な魔法{サイレント・イヤー}を自身に掛ける。然程不自然には見えなかったのだろう。女性はより心配そうに歩み寄って来ていた。
兵士は当然止めようとするが女性は気にせずに俺の前に立つ。
「あ、あの、大丈夫でしょうか?」(あぁ、ビックリした。いきなり立ち上がって何なのかしらコレは?)
聞こえて来たもう一つの声に心が冷める。{サイレント・イヤー}の魔法は自身の目の前の相手の本音を聞く魔法だ。相手が口を開けば開くほど本音を聞くことができる。しかも聞こえるのは俺だけなので他の兵士達も心配している女性に感動している様だ。
「えっと、とりあえず何で俺はここにいるんだ?呼ばれたって事は魔王でも殺せば良いのか?」
情報がまだ少ないので探るために踏み込んだ事を聞いてみる。
「まぁ、何と聡明なのでしょう。その通りなのです。我が国家は未曾有の危機に瀕しています。勇者様には危機を引き起こす魔王と、それに与する邪悪な国々と戦って欲しいのです。」(意外と賢そうですね。余計な事を考える前に酒や女や薬で縛り付けてしまいましょう。)
聞かれているとは思わず、ペラペラ喋る喋る。内容は唾を吐き捨てたい程だがまだ確認したい事がある。
「とりあえず、この世界の名前とこの国の名前を教えてもらっても良いかな?」
勇者として過ごした世界直伝の爽やかスマイル。近しい人は嘘の顔だと分かるが高位のお貴族様すら騙した事がある実績付きの顔だ。
「えぇっと、すみません。この世界の名はございません。けれど、国の名はエフリード。神聖王国エフリードです。」(最初はともかく態度は紳士的ですわね…。用が済んだら飼うのも楽しそうです。)
名が無い世界、なら少なくとも元いた世界じゃ無いだろう。地球は言わずもがな、勇者として過ごした世界には名があった。
「そっか、じゃあちょっと調べたいから《壁端に立ってろ》。」
無礼な態度と兵士の一人が言いながら剣を構えようとし「…え?」と困惑し始める。
女性も兵士も皆んなが驚き、喚き、困惑しながら壁端に寄る。「足が勝手に⁈」だの「魔法か⁉︎」だの「王家秘伝の魔道具が発動しない?」だの言っているが無視して寝ていた魔方陣を調べだす。
「………なんだこれ?」
あの世界でありとあらゆる知識を調べ、叡智の大書庫すら保有していた俺はだからこそあのくそったれな禍ツ神の居場所に辿り着いた。少なくとも並みの魔法陣なら見れば分かる。なのに…。
「え?なんでこれで動くんだ?この世界とあの世界では魔法式が違う?いやでも読めるし理解も出来る。砂山よりも脆い魔法陣とかあり得ないだろ?しかも俺を呼んだせいかもう式として壊れてるし…。あと呼び出した奴に固定の呪いって…え?俺呪われてる?」
一通り見て、理解して、出た結論は暫く帰れない。本来なら呪いを無効化すればすぐに帰れるんだが解呪の方法が何処かにいる魔王を倒せば解呪されるが呼ばれたばかりの俺は居場所を知らない。他にも解呪の方法があるかもしれないが魔法陣が壊れているので難解過ぎる。
「あ、あの勇者様?私王女ですのでこういった事をされると貴方様の罪になってしまいます。ですので解除していただけませんか?」
どん底の気分でいたら騒いでいた奴等の代表なのか女性が話しかけて来た。