元勇者と鉄錆の主
幼女がいる方向、その間にある樹木を躱し最短の道を最小限の労力で突き進む。
途中で当然だが魔物がいるがドラゴンにビビっているのかドラゴンのいる方角を気にしており、横を通った俺に通り過ぎてから気が付き、風圧ですっ転んでいるのを横目で見ながらも速度は落とさない。
走りながら10秒ごとに[透過の水唱剣]を投げ、幼女の位置を再確認する。
そして巨大な樹木が見え、その根元で幼女は微笑んでおり、その幼女を食おうと口を開いたドラゴンが見えた。
反射的に魔力を高め、ドラゴンの意識を俺に向ける。
するといきなり自身よりも高い魔力に驚いたのかドラゴンは止まると俺の方を睨みながら一歩後ずさる。
俺はそんなドラゴンを気に留めず、魔法で自分の周囲の風を操作して幼女の前で止まる。その際の風圧も魔法で搔き消した。
「ごめん。ちょっと遅れた。」
そう言い、幼女の頭をそっと撫でた。
そう言えば一緒に暮らしていたがお互い名前を知らないなとふと思うが後にしよう。
幼女は微笑みが消え、変わりにぽかんとしていた。
こんな顔もするんだなとちょっと驚いたが次の瞬間幼女は苦しそうに口を開き、何かを必死に伝えようとしている。
まぁ多分だけど逃げてとか、危ないとかだろう。
「………て…。…に………。」
けど声は出ずに掠れた小さな音が響くだけ…。
悲しそうに、苦しそうにしている幼女の顔を見ながら語り掛ける。
「ごめんな?心配かけて、お前が安心出来るように頑張るから、だから、ちょっとだけ待っとけよ?」
語り掛けながら撫でてた手を幼女の耳に付いている邪魔になった物に触れ、魔法を使う。
無詠唱で発動した{クリエイト}によりドッグタグは外れ、その中にあった魔方陣も搔き消し、小さなミスリルの塊を手に持つ。
そのまま振り返り、威嚇しているドラゴンに向かう。
幼女を追っていた時の余裕はなくて、変な唸り声を上げながらいつでも襲える様に力を込めているのがよく分かる。
「……鉄錆の主、お前には一応感謝してる。」
話しながら、スキルの一つを発動する。
[鍛治神の教義]
足元が騒めき、地中から鉄分が浮き上がる。
「きっとお前がいなかったら俺はなし崩しであの子を捨てていた。」
浮き上がった鉄分が光を反射しながらミスリルに纏わりつく。
「一人が嫌だとか、そんな自分にも気が付かなかった。」
ミスリルと鉄が混ざり、形を変える。
「だから、お前には感謝してる。…………けど。」
形は剣へと至り、そして魔剣へと変質させる。
「あの子が俺を逃がすためにあの行動を取ったなら俺は示さないといけない。」
込めるのは風の最上位、この世界で使えるのがいるのかすら知らない。
「何より、あの子を怖がらせたから許すつもりは無いんだ。」
その魔法を濃縮し、数十発分を込めて、剣先に作り出す。
ゆっくりと、剣を振り被った。
「ギャアアァァオオオオオオォォォ!!!」
我慢ができなかったのか、それとも恐怖心に襲われたのか、振り被ると同時にドラゴンは襲い掛かって来た。
背後から幼女の息を飲む音が聞こえて、迫る顎門は遅く感じ、恐怖は感じず、振り抜いた。
小さな小さな風の球体はドラゴンの口内に呑み込まれ、ドラゴンの動きが眼前で止まる。
至近距離で見たドラゴンの眼には意味が分からないと言わんばかりの感情と、恐怖心に塗れていた。
ゆっくりとドラゴンは背後に引き摺られて行く。少しずつ、少しずつ速度は上がり元々いた位置まで戻るとドラゴンの身体が刻まれて弾ける。
目の前で結界を張り、迫る風と血糊を防ぎつつ振り返った。
そこにはぽかんとしている幼女がいる。この幼女は以外と表情豊かなのかもしれない。