プロローグ
「ふふ、ふはは、ふはははは!本当に貴様は化け物だよ、勇者。」
手足を投げ出す様に地に倒れている存在。美しくも禍々しい装飾品はその存在の高貴さを示し、顔付きも身体付きも男か女か判断できないがどちらにせよあまりにも人間離れした要望は美しき種族、エルフの元となっただけはある。
だがその身体、肩から腰まで到達している切り傷がその存在の敗北を示していた。
「私を一撃、ふふふ。」
「何がおかしい?」
足元で倒れている神たる存在、それをチラリと一瞥し、剣に付いた血を振り払う。
そう、此処は神たる存在の住まう領域。その中の俺を呼んだクソったれな禍ツ神の宮殿だ。
辺りに飾られている調度品は地上に持っていけば数百億は下らない品であり、それらが数々と無傷で鎮座していた。
そう、戦ってすらいないのだ。俺とこの禍ツ神は戦うことなく、前口上を述べることも無く、俺が探し、見つけ、何かをする前に一太刀で斬り伏せた。
「これが笑わずにいられるか?醜き種族、魔族、人族、獣族を滅ぼす為に呼んだ貴様に何もさせて貰えずに倒される。怒りを通り越して笑いしか出て来ぬわ!」
そう言い、禍ツ神は俺に憤怒の視線を向ける。だがその顔は笑みを型作っていた。おおよそ、神の矜持なのだろう。この神は美しき物しか認めない。だから怒りに染まった醜い表情なんて浮かべる事すら嫌なのだろう。
「あっそ。」
だから俺は、俺を呼んだクソったれな禍ツ神にアイツらと出会えた事を感謝し、数々の悲劇を巻き起こした事を怨み、[黒塗の侵食剣]を振り下ろした。
・・・
「終わったのですね…。」
クソったれな禍ツ神の宮殿から出るとそこにはかつて共に世界を周った仲間の一人が佇んでいた。彼女は俺達を監視する為に造られた禍ツ神の駒だったが俺達と世界を見て周り、仲間の説得で創造主から離反した仲間だ。
「創造主を殺されて憎いか?」
「いいえ、これは必然であり、当然の結果。数々の悲劇の報いですので貴方を恨む気持ちなど欠片も有りません。」
そうは言いながらも瞳から涙を流す彼女はあの禍ツ神が作っただけはあり、世に名だたる美女や名画を集めても決して敵わないと思わせる程に美しい。
複数の大国の国王達が彼女を求め暗躍するだけはある。まぁそれもクソったれな禍ツ神の策略なのだが…。
「他の奴等は?」
「祖国の為に今尚離れられないとのことです。皆悲しんでいました。」
クソったれな禍ツ神の策略で世界中に膨大な被害が出た。禍ツ神を抑える為にその他の神々も奮闘したが禍ツ神の策略は神界にも及んでおり、誰一人あの神を抑えられなかったのだ。
その際に出た被害は俺の仲間達である程度抑えていたがやはり簡単には行かず、旅を続けていた仲間達は最終決戦の前に祖国に帰り、神造兵器たるエルダーエルフ達と戦っている。
クソったれな禍ツ神を殺したら止まるが、英雄たる彼等は人々の象徴だ。そう簡単には離れられないだろう。
それを聞いた俺は、最後に会いたかったなぁと思いながらも準備を進める。
「[マスターキー]」
呟くと同時にカギ型の短剣が手の中に現れる。それを自身の胸に突き刺した。
それと同時に視界が変わる。宮殿の前、白亜の庭園は消え去り、替わりに見えるのは無限にも見える本の山々。
[叡智の大書庫]と呼ばれる世界。それが眼前に広がっていた。
手をかざし、とある知識を望む。すると一冊の本が浮かび上がり、手に収まる。そして目を閉じ、再度開くと白亜の庭園へと戻っている。
「お帰りなさいませ。」
頭を下げる彼女だがあの世界と神界も地上も繋がってはいないので時間の流れは無いのだが何故か彼女には俺が向こうに行っているのが分かるらしい。
「ん、ただいま。」
慣れたやり取りをしながらも手をかざす。向こうの世界の本は持って来れないがその知識は俺の頭に短い時間だがインプットされる。その知識から望んだ魔法、異世界への帰還魔法を発動させる。
そう、俺はあの禍ツ神によって地球から呼ばれた存在だ。あのクソったれは人間をたぶらかす為に俺を人間側に呼び、魔族と獣族を滅ぼさせ、その後に俺を帰還させて混乱する人族を滅ぼそうとしていた。だからこそ存在する知識はあの書庫に保存されており、あの神の妨害する術も載っていた。
「帰られるの…ですね。」
先程、創造主の為に流していた涙をより多く流しながら彼女は堪えきれずに蹲り、嗚咽を漏らす。
「まぁな、俺がいたらまた戦争になる。」
この旅で禍ツ神に惑わされた人族の王達、彼等の欲を知っている俺はこの世界にいるわけにはいかない。
俺がいなくなれば人族の英雄はいなくなる。魔族の頂点七大魔王を全て殺し、獣族の超える身体能力、生きる伝説、エルダーに最も近付いたエルフをすら到達できない魔力を持ち、文字どうり一人で大国すら滅ぼせる俺は仲間達の中ですら戦える者がいなくなった。
そんな俺を国王達がありとあらゆる手を使い服従させようとしているのを知っている。
だからこそ、俺はいない方がいい。仲間達には話しているし、アイツらは喧嘩はしても戦争なんてさせようとはしない。そうゆう約束もしているのだ。
「い、ひっぐ…行かない…でぇ…。」
ただ、仲間達の中で彼女だけは納得しなかった。いなくなる事を告げた時ですら彼女にしては珍しいほどに涙を流し取り乱した。
何とか落ち着いた彼女は代わりに最後まで共にいると言い、宣言通り常に側にいた。
「…ごめんな。」
此方に手を伸ばし、けれど隔絶した魔力の渦に近寄れずにいる彼女を目に焼き付ける。いなくなる事を決めた俺が出来るのはそんな事だけだ。地球に彼女は連れては行けない。俺の力も消えるだろうし、彼女の身体が消える事すらあり得る。だから連れて行けない。
「か、ふぅぅ、必ず…ひっぐ、付いて、行きますから!絶対に、会いに、行きますから!」
その言葉を最後に、俺はこの世界から消えた。