走り出した伝説(前)
おばあさんが作った、生姜のたっぷり入った豚汁をはふはふと食べながら、昔の思い出を楽しそうに話すおじいさん。
そんなおじいさんに、これまた楽しそうに相づちを打つおばあさん。
食べ終わった後も思い出話をしていた二人が、布団に入り眠りについた頃でした。
街灯も無く誰もいないはずの真っ暗な橋の袂、話し声は聞こえてきませんが誰かが話しているようです。
「皆、目覚めているか?」
「ああ、目覚めている。」
「これだけ想いのこもったものかぶせられちゃあねー。」
「…………凄まじい想いを感じる…。」
「みなぎってくるね!石だけどさ。」
「で、どうするのよ一号?」
昼間おじいさんがフルフェイスをかぶせたお地蔵様達が声を出さずに心で会話をしているようでした。
「一号ではない、レッド…、いや、リーダーと呼べ!」
赤いマフラーをしたお地蔵様のレッドが手に持つ錫杖で自分が置かれている台座を”しゃりん”とつきました。
すると不思議な事が起こりました、台座がうにょうにょと変形して立派な大型バイクになったのです。
それを見た他のお地蔵様達も我が意を得たりと、レッドと同じように自分が置かれている台座を”しゃりん”とつきました。
お地蔵様たちの台座がうにょうにょと変形し終わると、六台の大型バイクに乗るお地蔵様が揃いました。
「とりあえずは魚鱗で行くか、勿論先頭は俺だ。それじゃあ皆…、行くぜ!」
どるるるん!どっどっどっ…
レッドの言葉を合図に全員がエンジンをかけました。
レッドを先頭に、街へと続く橋を渡っていくお地蔵様達。
しかし、黒いフルフェイスのブラックだけは橋を渡りませんでした。
「………オレは、群れるのは好かん………。」
だれにともなくつぶやいたブラックは違う方向へとバイクを走らせていきました。
どどどどどどど…
魚鱗の陣の先頭を走るレッドに、『人』と後頭部に書かれたピンクのフルフェイスをかぶったお地蔵様が追い付いて並走してきました。
「リーダー!ブラックがいないわ!!」
「構うな、アイツは一匹狼だったんだ好きにさせてやれ。」
それを聞いてブラックの事を心配したピンクでしたが、いつも最後には合流しているブラックの事を思いだして定位置に戻っていきました。
どどどどどどど…
街が間近に迫ってきたとき、レッドが皆に聞きました。
「悪路のせいもあって、スピードに乗る事ができなかったな、どこか良い道はないだろうか?」
「そうだな・・、以前通りすぎた若者達が”街の外周を回る環状道路がある”とか話しているのを聞いたぞ。」
青いフルフェイスのブルーがレッドの問いに答えました。
答えを聞いたレッドはニヤリと不敵な笑いをもらしました。
どっどっどっ…
どぅどぅどぅどぅどぅ…
どどどどどどどどどどど…
どぅーーーーン!…どぅーーーーン!…
クァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
お地蔵様達は、街の外周を回る環状道路に入って、徐々に速度を上げていきました。
最初は緩慢だったエンジンの音が段々と勢いを増していき、環状道路を一周する頃には遠くまで鳴り響く高い音を出すようになっていました。
「はははは!!これだ!!これだよ!!」
レッドは、とても楽しそうに叫び声を上げました。
「この暴力的に吹き付ける風!高鳴るエンジンの音!曲がる度に体が引っこ抜かれそうになる慣性力!!」
レッドの心の声は他の皆にも届いているはずでしたが誰も答えません。
けれども、サイドミラーを見て後ろに続いて走る皆を見て、同じ気持ちだと確信していました。
その時です、サイドミラーに後方から近づいてくるヘッドライトが写りました。
ブラックが追い付いてきたのかと思いましたが、写っているヘッドライトは二つです。バイクではなく街の警備隊の車のヘッドライトでした。
徐々に距離を詰めてくる警備隊の車。
「はっ!思ったより速いじゃないか。」
ミラー越しにそれを見たレッドは言い捨てると同時に、皆に向かって『長蛇』のサインを送りました。
一番スピードの出るレッドのバイクを先頭にして一直線に並びました。
これまでは、スピードの遅いイエローとピンクのバイクに合わせて走っていました。
しかし、それでは警備隊に追い付かれてしまいます。
そこでスリップストリームの効果を使って、全体の速度を向上させて逃げ切る作戦に出ました。
「俺に続けえーっ!!」
レッドはアクセルを全開にしました。
スリップストリームの影響で後ろに吸い込まれるような感覚がレッドを襲いますが、それがどうしたといわんばかりにアクセルを開きっぱなしにしていました。
赤いマフラーをたなびかせたレッドを先頭に一筋の流星となったお地蔵様達。
それに追い付けるものなど誰もいませんでした。
長いカーブを曲がり終え、後ろを見て振り切った事を確認したレッドが少しだけアクセルを緩めると同時にピンクの声が聞こえました。
「リーダー!前よ!!」
前方で警備隊の車が道路の両端に一台づつ止まり、真ん中には暴走族取り締まり用のバリケードを設置していました。
「はっ、味な真似してくれるぜ。」
レッドは自分が加速してバリケードに突っ込んで皆を逃がす考えを決めました。
覚悟を決めてアクセルを再び全開にしようとした時、レッドの前に『畜生』と後頭部に書かれたイエローが躍り出ました。
「リーダーばっかりに良い格好させられないっちゃねー。」
「何してるイエロー!?おまえだけのバイクじゃ…」
「僕もいるよリーダー、イエローの意思を無下にしないでよ。石だけにさ。」
イエローを説得しようとしたレッドの前にもう一台、後頭部に『餓鬼』と書かれたグリーンが現れました。
二人には解っていました。
今からレッドがアクセルを全開にしても、最大速度になる前にバリケードに到達してしまうと。
そうなれば道を作るどころか、レッドがバリケードに絡め取られてしまうと。
それならば、スリップストリームの効果でスピードに乗り、レッドの前に出た自分達の方が道を作る可能性があると。
「獣の如く食い散らかす、畜生道イエロー!大食いだけが取り柄だと思うと酷い目にあうっちゃねー。」
「影は薄くとも出番に餓える餓鬼道グリーン!将来の夢は病院経営、石だけにね。」
イエローとグリーンが吠えました、後はただ仲間のためにまっすぐと進むだけでした。