始まりは断捨離
昔々・・、といってもそれほどでもない昔の事です。
ある街の外れに一軒の家があり、おじいさんとおばあさんが二人で住んでいました。
子供達を育て終わったおじいさんとおばあさんは、穏やかに過ごしていました。
ですが、ここ数十年は特に来客もなく、二人きりの少し寂しい日々を送っていました。
ある冬の朝の事です、おばあさんが大掃除のかたわらに納屋の断捨離をしようと言い出しました。
「やれ、しょうがないのぉ。」
と、言ったおじいさんは、囲炉裏の側からどっこらしょと立ち上がりました。
おじいさんが納屋から取り出す物をおばあさんが選別していく流れになりました。
おじいさんが納屋から何かを出す度に、おばあさんは特に悩むことも無く。
「これはいらない、これもいらない…。捨てましょう・・ゴミゴミゴミゴミゴミゴミ・・・。」
と、ばっさばっさと思いきりよく捨てる事にしていきました。
有無を言わさずに、なんでもかんでも捨ててしまいそうなおばあさん。
そんなおばあさんに焦りを抱いたおじいさんは、納屋に隠していた秘蔵のコレクションが見つからないように奥まった所にそっと隠すことにしました。
「おじいさん!ちょっと来てくださいな!!」
ここなら見つかるまいと、秘蔵コレクションを隠したおじいさんに外からおばあさんの声がかかりました。
おじいさんはどきりとしました、まさか監視されていたのではないかとひどく狼狽えましたが、とりあえずは平静を装いおばあさんの所へ向かいました。
「ばあさんや、どうしたんじゃ?」
おじいさんは内心どきどきしていました。
「見てくださいな、懐かしい物が出てきましたよ。」
おばあさんが箱の中からフルフェイス型のヘルメットを取り出していました。
それを見たおじいさんは、さっきまでのどきどき感など吹き飛び、胸に懐かしさが溢れました。
「おぉ…、これはまた懐かしいのぉ…解散した当時のままじゃ…。」
おじいさんは懐かしそうにに赤いフルフェイスを撫でました。
「皆、私達に預けて去っていきましたからねぇ。」
「なんじゃ、ワシのも含めて六個全部あるのか?」
「ええ、ありますよ。全て断捨離しますけど。」
「え?」
おじいさんは聞き間違いかと思いました。
おじいさんは、捨てる気満々のおばあさんをなんとか説得しようと思いましたが。
「皆、取りにもきませんし。私達もこれを使うには少し歳をとりすぎましたからねぇ。何か?」
おばあさんのまっとうな言い分に”ぐう”の音も出ないおじいさんでしたが、捨てるのは忍びないということで、誰か使ってくれる人を探すということでおばあさんを説得しました。
お昼過ぎにおじいさんは、六個のフルフェイスをリュックに積め、お気に入りの赤いマフラーをして50ccのバイクに乗って街へと向かいました。
ぺぺぺぺぺぺぺ…
軽いエンジンの音が、誰もいない道に響いています。
(思い出の品も、ばあさんにかかればバッサリじゃ…。若い頃とはちがうのぉ・・。)
などと考えながら走り、川にかかる橋にさしかかったところで空から雪が降ってきました。
「こりゃいかんわい、積もってしまってはこのバイクでは身動きがとれんくなってしまう。」
おじいさんは、今日は諦めようと来た道を引き返そうとしました。
そんなおじいさんは、道の端にお地蔵様が立っているのを見つけました。
「はて?こんなところに六地蔵なんぞあったかのぉ?」
不思議に思って見ていたおじいさんは、いいことを思い付きました。
このままでは、雪が積もって寒かろうとリュックに積めていたフルフェイスをお地蔵様にかぶらせてあげる事にしたのです。
黒、ピンク、緑、黄、青・・。
そして、おじいさんが昔使っていた後頭部に『天』と書かれた赤いフルフェイスをかぶせてあげました。
「うむ、見た目は少しあれじゃが、これなら雪が積もる事もなかろうて。」
満足げに六体のお地蔵様を見ていたおじいさんでしたが、何か物足りない気がしました。
少し考えたあとに、自分がしていた赤いマフラーを赤いフルフェイスをかぶせたお地蔵様の首に巻きました。
「うむ。」
と、頷いたおじいさんは雪が積もる前に急いで帰っていきました。
雪は積もる事なく止みました、形は違えどヘルメットを譲り終えて家に帰ってきたおじいさんをおばあさんが出迎えました。
「おじいさん早かったですね。あら?マフラーはどうしたんですか?」
「それがじゃのお…。」
おじいさんは、さっきあったことをおばあさんに話しました。
おばあさんは時折相づちを打ちながら話を聞き終わると、口に手をあてて微笑みました。
「あらあら、おじいさんは昔から変わらず優しいですねぇ。」
「そ、そんなんじゃないわい!たまたま、思い付いただけじゃし、あのフルフェイスには赤いマフラーがないと駄目じゃと思っただけじゃ!!」
おじいさんは耳まで真っ赤になって、早口でおばあさんに答えました。
「はいはい、そういうことにしておきましょうかね。今日は寒くなりそうですし、温かいものでも作りましょうか。」
優しいと言われて、納得のいかないおじいさんは、不機嫌を装って囲炉裏の前にどかっと腰を下ろしました。




