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第三話 ラストフレンズ・ラストラバー前編

病弱な佳乃はクラスメイトである玲に尋ねる。

『友達の定義とは何ですか』

それが二人の関係の始まりであった。


『吾輩は猫である。名前はまだない』


 これはあり。


『おでんの具で何が一番好き?』


 これもあり。


 初対面の人間に対して放つ第一声は相手に自分の事を伝える言葉であるべきだし、話の掴みに万人が共有できる話題を持ってくることは間違いではない。これからの友好的な関係を築くための布石として放つ言葉は相手に自分を印象付ける必要がある。だから、多少のインパクトが必要であることは理解できる。


「あなたにとって友達の定義とは何ですか?」


 だが、こいつが俺に掛けた言葉がありかなしかで言えばなしだろう。


「…………」


 クラスも変わり、約一月が経過した新学期の放課後。斜陽に色づく教室はどうにも何かの始まりを予感させるものだったが、こいつと何か始まる気は一切しなかった。


 先に言った通り、自分のことを伝える言葉や話の掴みになる話題を第一声に持ってくるべきなのに、ディープなカードを初手に切るのは愚策だ。


「いや、お前。いきなり話しかけてきたかと思ったらなんて漠然としたこと聞いてくるんだよ」


「そうでしょうか。僕は純粋ではないですが、好奇心で聞いたのですが」


「別にお前の動機はどうでもいいんだよ。ただ、聞くにしてももう少し踏むべき会話の段階があるだろ」


「段階ですか……」


 思案顔にはなっているが、俺が意図する所に辿り着きそうもないのが見て取れる。休学していたかなんか知らないけど、こいつはクラスでも変人として名高い。話が噛み合わないとか、宇宙人と交信しているとか、実は人じゃないとか、いろんな憶測が飛び交うほどには普通ではないらしい。まあ、俺自身はこいつと関わったことがないから伝聞に留まるわけだけど、火のない所に煙は立たないわけで、大なり小なりこいつが普通でないのは事実だろう。


「まずは自己紹介、そっから当たり障りのない会話。で、その後本題に入るべきだろ。なんでいきなり心臓に突き刺すような話題を持ってくるんだよ」


「先手必勝といいますし、それはそれでありなのではないでしょうか」


「友人ってのはマウントを取り合う関係じゃないからな?」


 そんな殺伐とした関係を求めるならアイドルグループにでも入ればいい。きっと蹴落とし合うだろうし、蹴落とそうとした者の脚を引っ張り合う泥沼の関係だ。偏見だけどな。


 目の前の変人はようやく思案顔を止める。どうやら俺の言うことを理解したようだ。


「では、あなたの弁に従って、自己紹介から始めますね。僕の名前は……」


 そこまで言うと、こいつは何故か再び思案顔になる。そこまで来てどこに悩む要素があるというのか。


「おい、どうしたんだよ」


「いえ。この場合、どちらの名前を言うべきなのかと思いまして」


「二つあんのかよ!」


「あ、でも、片方はこの星の言語には直せないか」


 俺はその言葉に身構える。椅子が机の脚にぶつかり鈍い金属音を教室に響かせる。正面に捉えるこいつの感情の乗らない顔も相まって俺の体は強張る。斜陽の赤も、今は惨劇を想起させる色に見えた。


 けれど、身構えていた凄惨な未来はどこにもなく、表情を崩すことなく呟かれた言葉によって、この場の緊張は解かれた。


「冗談ですよ。どうやら僕は宇宙人であってもおかしくないと認識されてるみたいですね」


 眉一つ動かさずに冗談を言い放つこいつは間違いなく変人だろう。


「……で、結局お前の名前は?」


 居住まいを正し、俺は正面の宇宙人に自己紹介の続きを促す。冗談に付き合うよりも早めに会話を切り上げた方が賢いと判断したからだ。


「同じクラスなのに覚えてもらえてないんですね」


「必要なら覚えるけどな、別に知らなくても生活できるし。特にお前のは」


「確かにその通りですね。僕は何かの役員にもなっていませんし、日直も免除されているので話しかける用なんて滅多にないでしょう」


 冗談も言えるし、自虐もできる。仮面のような無表情さえなければ普遍的な男子高校生だろう。何を以って普遍的というかは分からないけど、その辺に散在し価値観を共有しているその他大勢にカテゴライズできるだろうとは思えた。


「僕の名前は佳乃です。よく女の子みたいな名前だと言われます」


「佳乃だな。俺の名前は玲。男らしい名前だろ?」


「そうですか? 男にも、女にも使われる名前だと思いますけど」


 そう言う佳乃の目はどこか抗議しているようにも見えたが、やはり表情に変化は見られないので気のせいなのだろう。


 自己紹介を終え、ようやく最初の一言目に戻る。


「で、友達の定義だっけ?」


「はい。僕には友達がいないのでどうにもよくわからなくて」


 確かに佳乃が誰かと一緒に行動しているところを見たことはない。教室の移動も昼食もこいつは独りで淡々と行う。表情からは悲観も焦燥も見て取れないので必要ないと思っているのだろうというのが周囲の認識だったようだが、どうやらそれは違った。佳乃はただ友達がどういうものか分からなかったから作れなかったのだろう。それなら、教えてやるのもやぶさかではない。


「まあ、一般論は知らないけど、俺だったら一緒に買い物に行ったり、ゲーセンで遊んだり、喫茶店で駄弁ってて楽しい相手が友達かな」


 綺麗事を言えば、友達とは気づいた時にはなっているものだと答えるべきかもしれない。けど、まあ、こいつはそういうのを求めているわけじゃなさそうだし、気づけないから困っているわけだしな。


「なるほど。友達というのはそういうものなのですね」


「そうなんじゃねーかな。少なくとも、これに当てはまる奴で友達じゃない奴なんていないと思うぜ」


 当てはまらない奴が友達じゃないというわけではないが、それは人それぞれだしな。


「ありがとうございます。何となく掴めた気がします」


「別に礼なんていらねーよ」


 話が終わったので、机の横に掛けられた鞄を手に取り帰ろうとするも、再び佳乃に呼び止められる。


「あの、玲さんは明日暇ですか。よければ一緒に買い物に行きませんか?」


 なるほどそうきたか。当然の流れと言えば当然なのだが、まさか俺と友達になりたいと思う奴がいたとは驚きだった。


「お前、俺の噂知らねえのか? 町の不良何十人かを相手に大立ち回りして、屍の山を築いたらしいぞ」


 もちろん事実ではない。人相が悪いのは自覚しているが、どこからそんな根も葉もない噂が生まれてくるやら。まあ、火のない所に煙は立たないわけだから、どっかで何かしでかしたんだろう。


 けれど、佳乃はそれが初耳だったようで、というか友達がいないから当然なんだが、そうなんですか、と何故か感心した様子を見せた。


「玲さん、強いんですね」


「お前、図太いな。怖いとか思わねえのかよ」


「宇宙人に怖がる姿を見ているので何とも言えませんね」


 本気で言ってるのか馬鹿にしてるのかは定かではないが、確かに弱みを見た相手を怖がる奴は多くないだろう。


「それで、どうでしょうか。僕と遊んでくれますか?」


「……暇だからな。行ってやるよ」


 断る理由がないから承諾するだけであって、久しぶりに誰かと出かけることを楽しみにしているわけではない。だから、この上がる口角は何かの間違いであり、佳乃に見られないように俺は顔を背けた先で沈んでいく夕日に顔を染めたのだった。




 遠足の前日、興奮して眠れなかった事があった。目が冴えて、何度も寝返りをうってどうにか眠りにつこうと努力するも、眠れないことに焦って更に目が冴えて……。


 結局、次の日の遠足は徹夜の状態で行った。眠気に細めた目は鋭い眼光を放ち、同じ班の子に怖がられてしまった。思えば、あの時から俺に友達ができなくなった気がする。クラスの奴には距離を置かれ、校外の奴には喧嘩を売られ、どうにも取り返しのつかない立ち位置を獲得してしまった。


 だからあの日以来、俺は夜の十時には就寝し、朝は六時に起きるようにしている。たいへん健康的な生活のおかげですくすくと成長した身の丈は威圧感を増し、更に寄り付きにくい雰囲気を醸していただろう。


 早起きして顔を洗いに毎朝鏡を覗くと、鏡に映る自分の姿は確かに高圧的に見えた。客観的な評価を理解していたが故に、俺は自ら誰かに声をかけることをしなかった。俺みたいな奴に声をかけられて萎縮しない奴なんて、この辺りにはいないだろうから……。




 そんなわけで俺は眠たい目を擦り、佳乃と対面している。駅前の集合だったが、佳乃は早めに着いていた。俺が辿り着くと既にいたのだから少なくとも三十分前より早くからここにいたのだろう。


 俺の姿を認めた佳乃は少し驚いた様子を見せた。どうせ俺が律儀に集合時間の三十分前にやって来たことが予想外だったのだろう。不貞腐れるわけではないが、どうにも不名誉な感じがする。


「何驚いてんだよ。俺がこんなに早く来るのは可笑しいか?」


 そう声をかけると、佳乃は頭を振って否定する。


「いえ、私服姿が新鮮だったので少し呆けていただけですよ」


「私服? ああ、まあ校外で会うのは初めてだしな」


「ええ。こういう時、なんて言うんでしたっけ。その服、似合ってるよ……で合ってますか?」


「いや、合ってねえよ。それは恋人に対してだろ。友達はそういう気遣いしねえんだよ」


 友達は知らないのに何でそういうお約束は知っているのか。俺の言葉に『そういうものですか』と納得した様子を見せて、佳乃は時間を確認した。


「少し早いですが歩き始めますか。お店を見て回る予定ですが、玲さんはどこか見たい場所とかありますか?」


「ん、俺か。特に考えてなかったけど、早めに夏物の服を見るのもありかもしれねえな」


「分かりました。でしたら先にモール二階の売り場を回りましょう」


 こうして、俺と佳乃の友達ごっこは始まった。





 週末の昼ということもあり、モールは多くの人で賑わっている。そんな中に俺と佳乃の凹凸コンビが並んでいると、多少の視線は集まった。奇異の目で見られることに、俺は慣れているが佳乃はどうなのかと少し心配してみるも、どうやら佳乃の方はそもそも視線にすら気づいていないらしい。鈍いやつだと思ったが、気にしていないのならそれに越したことはない。


 モール中央のエスカレーターで二階へと上がり、俺は夏服を物色し始める。佳乃は俺の後ろに付いて回り、興味もないだろうに一緒になって服を見始めた。


「玲さん、この服はどうですか? 玲さんに似合うと思うんですけど」


「は? いや、なんでスカートなんて持ってくるんだよ! 似合うわけねーだろ!」


 俺が驚きに声を荒げる。何事かと、その声に視線が集まり、俺は羞恥に少し顔が熱くなるのを感じた。


「冗談ですよ。玲さんはカッコいいタイプですから、ギャップを狙うのもいいかと思ったんですけどね」


「ギャップがでかすぎるだろ、それは……」


 その後、俺は何着か夏物の服を買った。久しぶりに来た誰かとの買い物に浮かれていたのか、財布のひもは思ったよりも緩かった。


「持ちましょうか?」


「いや、いい。俺の買い物だし、俺が持つのは当然だろ。それに……」


 佳乃の方を見る。その見るからに弱々しい痩身はすぐにでも消えてしまいそうな儚さがあった。


「お前、モヤシみてーだしな。俺の方が力ありそうだから俺が持つのは普通だろ」


「なるほど。適材適所ですね」


 そうして佳乃は差し出した手を引っ込めた。


「すいません、少し寄りたい場所があるんですけどいいですか?」


「あ? 別に構わないけど、なんでそんなこと聞くんだよ」


「いえ、玲さんの好みに合わないお店かもしれないので」


 よくわからないが、俺の好みに合わなくても、佳乃が行きたいのなら行けばいいだろう。入りたくなかったら店の前で待てばいいわけだからな。


「別に構わないぞ。どこに行きたいんだ?」


「あ、でしたら上の階なんですけど……」


 そうして歩き出すと、辿り着いた場所は店先に大きなくまのぬいぐるみを構えたファンシーショップであった。なるほど。確かにここに俺が立ち入るのはかなり高いハードルがあるだろう。


「お前、こんなところに用があるのか」


「はい」


 店の中に入ると、外から見えていたピンクよりも鮮やかな蛍光色に色取られたポップが視界を埋め尽くす。これがファンシー、これが女子校生の輝きなのかと、過剰な光量の照明に目を眩ませる。


 そんな中で臆することなく商品を手に取り物色し始める佳乃はもしかすると、女子校生並みの女子力を持っているのかもしれない。そうしていると、佳乃は桜の花びらを模した装飾のついた髪留めを手に取り頷いた。


「お前そんな物を買うのか?」


「そうですね。可愛いいと思いませんか?」


 可愛いか可愛くないかで答えるなら可愛いのだろうが、それを男の佳乃が買うというのはどうなのかと。


「お前、女々しい奴だな」


「妹にですよ。誕生日が近いんです」


「ああ、なるほど」


 てっきり佳乃が自分で付けるのかと思い、それが少し似合そうだと感じてしまった自分が恨めしい。


 佳乃は会計へと向かった。


「プレゼント用に別々に包んでください」


 そう佳乃が言うと、可愛らしい髪留めは可愛らしい包装紙に包まれ、可愛らしい店員さんの可愛らしい笑顔の元、可愛らしい仕草で佳乃へと渡った。なるほど、これがファンシー。


「可愛らしさにのぼせてきたから早く出ようぜ」


 佳乃は不思議そうに首を傾げつつも、俺の言葉に従いそそくさとその店を後にした。





 その後、俺たちは予定通りゲーセンに移動した。勝手の分からない佳乃にゲーセンの楽しさをプレゼンするかのようにいろんなジャンルの筐体に触れていく。楽しんでいたようだが、煙草の煙が立ち込める奥の方では佳乃の咳が酷くなり、早々に離れた。代わりに入り口近くにある比較的ライトなゲームを中心にして遊んだ。


「いやあ、お前センスいいな。初めて来たにしてはどのゲームもそこそこできるじゃん」


「ありがとうございます。この辺りはデバックの時に一通り触ったので」


「え、何? お前ゲーム作ってんの?」


「はい。僕が学校を休みがちなのはプログラムの腕を買われて各企業からの依頼が絶えないからなんですよ」


 それに感心する。けれど、佳乃はそんな俺の顔を見て少し口角を上げる。


「玲さん、冗談ですよ。僕が休みがちなのはただ体が弱いだけですから」


「なっ。また冗談かよ。お前、思ってたより茶目っ気があるんだな」


「いえ、本に書いていたので。会話では冗談を織り交ぜると盛り上がるそうですが、僕の冗談は楽しんでもらえてますか」


「まあ、俺は楽しんでるけど。真顔で冗談吐いてくるのは新鮮で面白いぞ」


 そう言うと佳乃は安心した顔をする。どうやらポーカーフェイスの裏では自分の話術に不安だったようだ。


「冗談ついでになんですが、僕が作るプログラムはゲーム性のあるものばかりなんです」


「お、なんだ? また俺をからかおうってか」


 嘘だと分かっているが、敢えて佳乃の言葉に乗ることにする。


「なのでこのゲームセンターのゲームのほとんどはやったことがあるのですが、一つだけ未経験のものがあるのです」


「ほう、ゲーセンでゲーム性のないものがそれってことだな」


 とはいえ、ゲームセンターと名乗るくらいだ。置かれているものは大体ゲーム性を持っている。クレーンゲームですら操作するという部分にゲーム性があるわけで、ゲーム性が一切ないものなんてこの場にあるのか……。


「うーん、分かんねえわ。どれのことを言ってるんだ?」


「あれですよ」


 佳乃が指さす方にあったもの。それはカーテンで仕切られた筐体。中に女子校生たちが入り込んだ後に聞こえてくるのは嬉々とした笑い声とシャッター音。仲間との時間の共有を記憶するためのゲーム。


「プリクラです」


 なるほど確かにゲーセンにあってゲーム性のないものだろう。中に入り込み、写真を取る。証明写真でいいじゃないかと言いたくなるそれは無駄にカラフルな外装を伴って鎮座している。


「い、いや、流石にあれはきついだろ」


「そうですか? ただ写真を撮るだけですよ?」


 それだけならゲーセンに置かないだろ。フレーム選択だの、デコレーションだの、落書きだの付加価値が付くからここにあるんじゃないか。そして、その付加価値は全て女子力に収束する。つまり、俺が入るには経験値が足りないということだ。


「い、いや、そうだ。あれにはゲーム性があるだろ。色々付け加えるわけだし。だから、さっきの答えではない。だから俺は入らない」


 佳乃は思案顔になる。


「玲さんってゲーム好きですよね?」


「ん? 好きだが」


「じゃあ、まだやってないゲームありますよ。行きましょう」


 そう言って佳乃は俺の手を掴むとプリクラの方へ連れて行こうとする。


「いやいやいや、あれはゲームとは言わないだろ。ファンシー証明写真だろ、あんなの」


「あ、でしたら、先ほどの答えはプリクラですね。じゃあ、行きましょう」


 しまった、逃げ道はなかった。


 とはいっても、無理に佳乃の冗談に付き合う必要はない。佳乃だって強制しているわけではないのだから、俺がきちんと断れば引き下がるだろう。


「……分かったよ、行くよ」


 けれど、それに付き合ってしまうのはどうにも佳乃との問答を楽しく思ってしまうからだろう。


「一回だけだからな。目とか瞑ってても撮り直しはなしだからな」


 それがどういう意味なのか、佳乃は気づいているだろうか。いや、鈍いこいつのことだ、きっと気づいてないだろうな。


「分かってますよ。では、撮りましょう」


 フレームを選択し、カウントが始まる。フラッシュが焚かれ、シャッター音が響く。デコレーションをするために画面に表示された二人の写真は友達に相応しい距離感を写す。


「うわっ、俺、目瞑ってんじゃん!」


「大丈夫ですよ、もう一度撮れますので」


 二度目のフラッシュが俺の目を潰す。


 笑い声が、喧しい仕草が、穏やかな表情が二人の間を満たす。友達ごっこは終わりを告げる。偽物はこうして本物へと変わっていったのだ。


「ちょ、もう一回だ。もう一回撮ろうぜ!」


「だめですよ、撮り直しはなしですから」





 はしゃぎ過ぎている感は否めない。久しぶりにできた友達に過剰な思い入れをしてしまうのは仕方ないかもしれない。けど、男友達とのプリクラを待ち受けにするのは厳しい気もする。幸か不幸か、それをからかってくる友達もいないので気にしない方向で行こうと思う。


「今日は生徒会ですか?」


 授業が終わると、毎日のように佳乃は俺の元へやってくる。


「そうだな」


「でしたら、終わるまで待ってますね」


「悪いな、いつも待たせちまって」


 あの日から晴れて友達となった俺たちは放課後の下校を共にしている。時間があるときは喫茶店に寄ったりしているが、俺が生徒会の活動に行く日は帰りが遅くならないようにまっすぐ帰っている。元々体が弱くて休みがちだった佳乃だ。家に心配をかけさせるような友達にならないように、俺も気を遣ってはいる。


「いえいえ、苦ではないので。それにしても、玲さんが生徒会の役員というのも似合わないですね」


「なんだ、喧嘩売ってんのか? 言い値で買うぞ?」


「金欠じゃありませんでしたっけ?」


「そうなんだよ。春は新作が多くて財布が軽くなりがちなんだよ」


「今度、お邪魔してもいいですか。どんなゲームをしてるのか興味があります」


「いいぞ。けど、今は人を迎えれる状態じゃないから来週くらいにな」


 いや、こいつを部屋に招くのは少しまずいか。んー、でも友達だし、問題はないのか。


「じゃ、行ってくるわ」


「いってらっしゃい」


 教室を後にし、生徒会室へ向かう。中に入ると、既に会長、並びに他の役員は揃っていた。


「副会長、遅いぞ」


「いや、終業のチャイムの後すぐ来たんだが?」


 寧ろ他が早過ぎるくらいだろう。


「皆揃ったようなのでこれより定期報告会を始める」


 会長の宣言から始まった役員からの報告が終わると、各人の雑務が始まる。静かな部屋の中で筆記具が机を叩く音だけが響く。何とも退屈な時間に、飽きて俺は又聞きした噂話を会長に尋ねる。


「そう言えば、お前女ができたんだってな」


 突然すぎる話題に他の役員は騒然とする。そんなざわついた部屋の中で、会長はなんてこともなく涼しげな表情で淡々と答える。


「そうだな。先日私には彼女ができたが、それがどうした?」


「いや、去年ずっと一緒にいたくせになんで突然付き合うことになったのか気になってな」


 一緒にいた時は何もなかったくせに、離れた瞬間関係が進展するには何かきっかけが必要だろうと思う。それが佳乃との話の種になるような面白いものであることを期待したのだ。


「まあ、少しオカルトチックになるが、伝説の夜桜とやらのおかげだな」


「ほう」


 お堅い会長の口から零れた『伝説の夜桜』という言葉。噂は聞いたことがあるが、その信憑性は薄いと思っていた。しかし、会長の口からそれが出るということは、都市伝説以上の何かがそこにはあるのだろう。


「詳細は語らないがな。私は惚気話をするタイプではない」


「なんだよ、つまんねー奴だな」


 会長はそれ以上語らず、業務に戻るように皆を促した。

しかし、伝説の夜桜か。夜にしか咲かない桜の大樹。踏み出せない恋愛脳の奴の背中を押す恋愛成就の伝説。調べてみれば面白いかもしれないな。


「おし、じゃあお先に失礼するぜ」


「相変わらず仕事だけは早いな」


「人を待たせてるんでな」


 終わった書類を会長に渡し、部屋を出る。スマホで佳乃の居場所を尋ねると、図書室にいるらしいので迎えに行く。


 図書室の前まで来ると、既に支度を終え廊下で待っていた佳乃がそこに居た。


「待たせたな」


「いえいえ。早かったですね」


「そうか? いつもこんなんだろ」


 並んで歩き始める。歩幅が違うので俺は少しペースを落としながら歩く。いつもならそれに合わせて佳乃も少し早く歩くのだが、今日はどうも佳乃が遅れる。


「どうした。調子悪いのか?」


「あ、ばれましたか。最近は調子よかったんですが、今朝からあまり元気とは言えないんですよ」


 病名は聞いてないが、佳乃は生まれつきの持病があるらしい。冬の間はその所為でほとんどを病院で過ごしていたらしい。


「……少し、寄り道してもらっていいですか?」


 弱々しい声で佳乃は言う。けれど、そんな状態の奴に寄り道なんてさせられないだろう。


「今日はやめとけ。元気になってからならいくらでも付き合ってやるから」


「今じゃないとダメなんです。いえ、今だから見たいんです。あの、桜の木を」


 桜の木……。もう花は散って、青々とした葉を付けている時期だというのに、佳乃はそれが見たいと言った。その目は真剣そのもので、桜を見ることに意味があるかのようだった。


「あの桜って言うのは、なんなんだ?」


 まさか伝説の夜桜ではないだろうか。だとしたら、それは恋愛成就を意味する。佳乃が恋愛成就?


 それを考えると、少し顔が紅くなるのを感じた。いや、そんなことはない。頭を振って冷静さを取り戻す。熱が引いていくのを確認し、俺は佳乃に向き直った。


「僕の、桜です。自然公園の池のほとりに密集している桜の一本です」


 自然公園か。春には花見客で賑わう場所だったはずだ。けれど、マナーの悪い花見客が多くてごみのポイ捨てが問題になってたっけな。


「……分かった。でも、無理だと俺が判断したらすぐに帰るからな」


 そう言うと、佳乃は最近よくするようになった笑顔を俺に見せて、『ありがとうございます』と感謝してきた。


 俺にはこの判断が正しいのか分からない。でも、こいつの意志を尊重して、それの手助けをするのが、友達ってもんなんじゃないかと、そう思ったんだ。




 日が暮れつつある公園には犬の散歩をする人や、ランニングするおじいちゃんなどがいる程度で、桜を見る人など全くいなかった。桜がその存在を認知される瞬間は花を付けている時だけだ。咲き誇る一瞬の栄華に人は目を奪われる。それは約一週間の儚い美。華は散るからこそ美しい。そんな風に感じる人もいるだろう。けれど、俺は桜が散っていくのを見ると、寂しいと感じる。だから、目の前で葉もつけずに枯れ枝を垂らす一本の桜を見るのはとても辛い。


「はは、やっぱりそうでしたか」


 そう言って佳乃はその枯れた桜に触れた。よく見ると、その桜の幹には幾つかの傷が散見し、そこから広がるように朽ちていた。素人目に見ても、それが取り返しのつかない腐敗であると分かった。


「これが僕の桜なんです。でも、もうダメみたいですね」


「……そうだな」


 この桜はもう次の冬を越え、花を付けることは叶わないだろう。


 しかし、佳乃が何度も言う『僕の桜』というのはどういう意味なのか。聞きたくもあったが、今の佳乃に聞くのは酷だろう。


「帰るか」


「……はい。ありがとうございます、玲さん」


 お礼を言われて、こんなに嬉しくないのは初めてだった。佳乃の取り繕ったような笑顔は桜のように儚く、散り際を思わせる表情だった。




読んでくださりありがとうございます。

よろしければ感想を聞かせてください。


本筋にはあまり関係ありませんが叙述トリックを仕込んでいます


後編もよろしくお願いします

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