殺人鬼の話
血の滴る刃物、(元)純白のドレスはすっかりきっぱりさっぱり純血に染まる。
口が裂けんばかりのにやけを作る彼女の回りには肉片と血液が飛び散っていた。
その肉片にはもう人と判断できる材料はおよそ残ってはいない。切り刻まれ過ぎた肉片、彼女には食欲をそそるモノにしか見えなくなっていた。勿論、食べることはしない。
「クケケケ」
多分、そう発音したと思われる。
最早、言葉ではない。発音がない。抑揚がない。意味がない。何もない。
異常な空間の中に彼女は「映えた」。
彼女は芸術的に美しい。その美しさが異質な空間に良く映える。
むしろ、その異質な空間は彼女によって映えさせられている。
なんとも滑稽。
「少々、ヤりすぎでは?」
声の主はこの場の状況を視認、さらに理解した上でそんな口を叩く。彼女には言葉は通じないのだろうと半ば(強いて言うのであれば、当然のごとく、全く、九割九分九里)諦めながら問うた。
声の主の彼は諦めながら返答を待つ。あり得ないものを待つ。
「そんなことないわ。彼等は家畜。死ぬための存在。私に殺されるための存在。なら、ここで殺しても問題ないわ。」
彼は驚かなかった。彼の冷静さは、彼が緊張感を味わうことができない人間だ、ということの証明になり、また、不完全人間の主張でもある。
皮肉なものだ。
彼は思った。が、次の瞬間忘れた。
彼女は正論をいっていると、この不完全人間は自己決定し、反論余地を失ってしまった。だが、彼は反論する気など毛頭ない。毛ほどにない。あり得ないのだ。反論は不完全ではないのだから。
「貴方は誰? 一体何?」
彼の返答を待たずに彼女は問う。
彼は自分がついさっき、彼女に皮肉という感想を抱いてるのを完全に(不完全人間にもかかわらず)忘れ、自分に皮肉を使っていた。
「名乗る名は現在持ち合わせておりません。」
彼は礼儀正しく答える。礼もなければ儀も無いのに正しい筈がないが、彼は楽しんでいた。この異常な空間の中に起こされる日常的会話を(明らかに一般常識とかけ離れている日常だが、彼には至極当然。正に、日常茶飯事だ)。
彼女は可愛く首をかしげてみせる。
「あら? 私は名を聞いてはいないのよ? 貴方が『何なのか』を聞いているのよ。」
彼は笑う。楽しそうに笑った。
後にわかるが彼は良く笑うが、心の底から笑うのは珍しく、この場合もかなりのレアケースなのだ。
そして、彼は言った。
「これは失礼。私は『ピエロ』でございます。此方の名を伺っても?」
「そう。貴方が『ピエロ』なのね。
私は『殺人鬼』。仲良くしましょう。『不完全』さん」
この物語のスタートをこの時としてしまった以上、彼、彼女は主人公であり、主役であり、主演であり、そして結論である。