あざとさはステータスだ
ぐらり、と体が僅かに揺れるのを感じて目覚めた。
少し薄暗い部屋。シルクに似たなめらかな布地のシーツに、木彫りの見事なクイーンベッドだ。身体を起こしてあたりを見渡すと、この世界のビギナーの僕であってもここがどこかわかった。海賊船だ。
その昔、母が生きていた頃に家族でぼったくり飯を海賊がテーマのレストランで食べた記憶が甦る。
無骨な板の壁に、海っぽいインテリアに武器のレプリカ。この空間はその再現のように、王道を行く海賊の部屋だ。無論、壁にかけてある短剣が偽物でないのは分かっている。だからこそ、へらへらしていられない。
ただ、ルーナを含め、村の人を助けられたのは良かった。その点で言うと、僕の作戦は成功している。その上、この扱いを鑑みるに、人身売買ではなさそうだ。
僕を窒息死させんばかりに拘束したザコ海賊Bを一声で退かせたあの短い金髪の女、この船の主。船長と呼ばれていた女のセリフが頭の中でこだまする。
僕は村と引き換えに、あの女のものになったのだ。
正直、怖い。あの眼だ。眼光鋭いのは勿論、心の深くまで見透かされるのではないかと恐れさせる何かが渦巻いているように感じる。
加えて、そのグレーの瞳は、冷たくも美しい顔立ちや黄金の髪に宝石を添えるようにベストマッチなのだ。
綺麗系怖い人というのは前の世界にもいたものだが、そのレベルは大きく異なる。
ケータイの女に至るまで様々な様態、系統の女と関係を持った僕でも、船長さん程の上玉は見たことがない。
だから、珍しく胸が早く打つのも仕方ないことなのだと自身に言い聞かせる。
振り返ると丸い窓があった。ベッドの上に窓があるのはルーナの部屋と同じだ、と少し感傷する。外を見ると日が暮れようとしていた。より寂しい気持ちが滲むが、そうは言っていられない。僕がガン寝を決め込んでいなければ、村での出来事が昼過ぎのことであったのを踏まえて、あれから数時間しか経っていないだろう。
僕はこの世界について無知であるばかりか、今現在自分が置かれている状況も分かっていないのだ。
不安は募る。窓の場所が海面からそこそこ高いので、この部屋は甲板と同じ階層にあるだろう。
船長さんのお部屋で間違いはないだろうが、最悪の場合を考えるに越したことはない。
大事に大事に船員の性奴隷にされるかもしれない。丁寧に扱われているから売られないとは限らない。宝石だって丁重に扱われるが、客は誰だって良いのだ。
大金持ちの肉弾戦車女の奴隷になる僕を想像して、えづいた。
よし、媚を売ろう。できるだけ船長さんを誘惑して、独占欲を煽るのだ。身体を許すのであれば、人は少ないほうが色々ラクだ。その上美人なのだから文句はない。
あの瞳に見透かされない為にも、本気でいかせてもらおう。
伊達に前の世界で売っていない。僕はそっちの意味では一級品だ。この猥褻な顔を活かすときだ。
僕はイメトレを重ね、船長さんを待ちかまえた。
目が覚めて1時間ほど経っただろうか、近くで扉の開く音がした。おそらくこの部屋の手前の部屋だ。
この部屋を船長の寝室とするなら、その手前の部屋は事務的な役割の船長室だろう。
がさがさと音が聞こえるが、一人前ほどの大きさ。単独で船長室に入る、すなわち船長さんだ。
ついに、来た。
僕はイメトレ通り、コンディションを整え、ベッドの上で布団にくるまる。
刹那、がちゃりとドアが開かれる。僕は身体を震わせ、鼻をすする。
「起きているか?」
予想に違わず船長さんの声だ。
「な、泣いているのか?」
足音が近づいてくる。
船長さんはベッドの真ん中で小さくなっている僕に近づく為、ベッドに腰掛けてにじり寄ってきた。
完全に予想通りだ。ここで仕掛ける!
僕はバッと布団をはねのけて、驚いた表情の船長さんを見つめる。
火照らせた頬に涙でうるませた瞳を船長さんに向けると、彼女の灰色の瞳もまたこちらを覗く。
船長さんにリアクションを取られる前に行動だ。
僕は必死な様子で彼女にすがるように抱きつき、キュッと彼女の胸に顔を埋める。
女特有の甘い匂いや僅かな潮の香りにくらりとくるのを耐えて、見上げる。
船長さんはその瞳を驚愕に歪ませ、出会ったときはきつく結んでいた唇は何か言葉を紡ごうと間抜けにぱくぱくしていた。
「なっ、あの、」
瞳が戸惑いと共に欲情の色を浮かべる。
これは掛かった。とどめを刺すだけだ。
僕は手を彼女の頬に添える。
「船長さん…」
すっと目を合わせる。そしてゆっくりと目をそらす。
「どうか殺さないで、ください」
消え入りそうなほどのボリューム、少し震わせるのも忘れない。
それから、彼女の胸元から耳元まで顔を這わす。
前の世界であったら、女の耳を僕の方にもってくるんだろう。だが、どうせこの世界の女は僕の力じゃテコだって動きやしないんだ。仕方ない。
「船長さんのモノにして」
息を多めに吐きながら言うのがポイントだ。
僕は身体を起こしていた力を抜いて、ベッドに横たわる。その過程で船長さんの顔に添えていた手をするりと、頬から首筋、腕と流す。
するとその動きにひかれるように、船長さんは僕についてくる。
ぽふ、と僕がベッドに身体を投げ出すと同時に、船長さんは僕に覆いかぶさる形になっていた。
彼女の灰色の瞳はすっかり鋭さを欠いて、欲に潤んでいた。
僕は許すようにゆっくりと目を閉じる。ここで瞼を少し震わせるのもポイントだ。
数秒の間が空いて、唇にキスが落とされたのを感じた。
触れるだけのものは次第に探るような、確かめるようなものになり、深くなるそれを、僕は受けとめる。
名残惜しむように唇が離れ、彼女は僕の耳元で荒く息を吐く
「名前で呼んで…リザって」
耳や首筋をくすぐる彼女の絞り出すような声に思わず身体が反応する。
僕は迷うことなくその名を呼んだ。
僕はこの女のモノになったのだ。