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ネゴシエーター千尋

海賊、何のイメージも沸いてこない。麦わら帽子の低偏差値か、大手AVみたいな名前の映画くらいしか思いつかないけど、とりあえず分かるのはそれが反社会的勢力だということだ。都合よく貧しい人には優しいなんてのは創作だけの話だろう。険しい顔のセーラをみれば何となくわかる。

「ここに海賊が来るのは初めてだ。」

ただ、何が目的かは想像がつく。そう言って目を細めたセーラに、僕はどうしようもなく不安になる。

「当然、略奪だろうね」

略奪と言っても広い。お金や貴金属だったり人材だ。この世界基準で考えるなら男だろう。僕が危惧していたことが現実味を帯びてきた。

「様子見てくる」

僕は思わず彼女の腕を引っ張った。怖い。こんな僕でも異世界は未体験だ。この状況下で一人になるのはまずい気がする。

「大丈夫だから、待ってて。家から出てはだめだよ」

確かに、ここで僕が身勝手に駄々をこねるわけにはいかない。必ずしも戦うというわけではない。むしろ被害を抑えるため交渉するのがセオリーらしいが、命の危険は当然ある。加えて、昼間は村民の多くが漁に出かけているために、村にいるのはルーナを含め、僅かしかいない。

ルーナは僕を安心させるためにひとしきり声をかけた後、やはり外に出て行ってしまった。


僕はベッドの上で膝を抱いた。窓の外を見ると、村民たちの着ているような麻の服とは違った装いの女たちがうろついているのが見える。ごつごつした窓なので細かくは分からないが、やはり身長は高く、僕なんかじゃあ到底相手にならないだろう。

日は高く、山辺りに逃げようとしてもすぐにつかまってしまう。

外では村民が集められているようだ。目測だが、海賊たちは今いる村民より数が多い。

ルーナは交渉すると言ってはいたが、この村には海賊が最も欲するもの、男がいない。僕を除いて。つまるところこの交渉は決裂すると見た。

想像でしかないが、海賊との交渉決裂といえば思いつくのは一つだ。世紀末よろしく、皆殺し、村は焼き払われるに違いない。この世界は男女の価値が逆転している。そんなことを踏まえても、裏社会の構図というのは不変なんじゃあないかと思う。

考えつく解決策は一つだ。上手くいけば僕一人で村人全員を助けることができる。

身に危険を感じたことはあったけど、見ず知らずの男を匿ってくれた恩義を感じているのは確かだ。

前の世界だったら絶対に選ばない選択肢を選ぶ。そうして僕は新しい世界で、新しい道を歩む。



こっそりと、村人が集められている広場に少しずつ近寄る。

やっぱり僕の想像は正しかったみたいだ。村民たちは中央に固めて座らされ、ワザとらしい刀剣を持った

海賊たちに囲まれている。驚いたのは、漁に出ているはずの村民たちも拿捕されたようなのだ。恐らく漁にでていた村民たちを捕らえ、それを人質に村人をここまで集めたのだろう。

その村民の中で立っている人影が3人、村長、メガネのロール、そしてルーナだ。恐らくこの村のネゴシエーターなのだろう。だがその表情には苦悶が浮かべられていた。

「金もなけりゃあ男もいねえ。どうなってんだこの村はよ!」

雑魚海賊をまとめる雑魚海賊、カードでいうとアンコモン的な奴が木箱を蹴り飛ばしながら言っている。男はともかくとして、この村は物々交換での貿易以外では対外的な関係をほとんど持っていないので、当然通貨の流通量は限りなくゼロだ。海賊たちは襲っただけ労力を損したことになる。

アンコモンの表情に焦りが見える。恐らくこの村を襲った責任はこいつにあるとみた。船長が怖いんだろうなあ、大変だなあなんて思ってしまう。この世界にもブラックな労働はあるのだ。

「おい、これで全員なのか?男はどっか隠れてるとかじゃねーのかよ」

コモンが頷く。その様子を見てほっとしているのがわかるルーナ。いやあ、ここにいるのが申し訳ない。

アンコモンはうんうん唸った後、ため息をついて、部下たちにこう告げる。

「ここは帝国の中継の一つだ。潰せば多少は利益につながるだろ。村を焼く。こいつらは殺せ」

ついにそうなったか。いよいよ僕の出番だ。



「あ、あの、ちょっといいですかね」

場の空気が変わる。海賊、村民は目を見開く。そしてルーナもまた同様の表情をうかべる。前者は驚愕に、後者は悲痛に。

うわ、すごい罪悪感。ほんとに申し訳ないなあ。

「な、なんだおま、君は」

アンコモンが動揺している。混乱のうちに話をつけようではないか。

「その、村の人たちを開放していただきたいな…なんて」

ううむ、さすがの僕だ。体格のいいこの世界の女にはつい萎縮してしまう。

「はァ?なにいってんーーー

僕は包丁を自らの喉に突き付け、付け加える。

「僕と引き換えに」

ルーナの顔がいっそう悲しげに歪む。ここでしゃしゃり出ないあたり、利口な女だ。もともと、この村を救う最良の手がこれだったと知っていたんだろう。男気、いや女気のあるやつめ。


「僕と引き換えに村の人たちを開放してください」

この低偏差値め。とっとと首を縦に振れよ。アンコモンはおろおろとするばかりで答えを出さない。腹が立つ。

「千尋っ」

ルーナの叫ぶ声が聞こえた。ここまでおとなしくしていた彼女がどうして。

後ろで靴が砂をこする音が聞こえ、振り返った時にはすでに遅かった。やっぱり僕は無能だ。答えを決めあぐねるように芝居をうったアンコモンを注視するあまり、周りに展開されていたコモンの存在に気づくことができなかった。

コモンは振り返った僕の手元、包丁を短剣で水平に振るった。包丁は僕の喉を傷つけることかなわず、消えていった。じーんとしびれる手先に気を取られたときは、僕は地面に拘束されていた。

痛い痛い痛い。

なんて馬鹿力なんだよ。頬に砂がめり込み、呼吸が制限されてゆく。コモンは男の身体に触れて興奮しているようだが、こっちはそれどころじゃあないぞ。視界、聴覚がだんだん遠ざかっていくようだ。ルーナの叫び声が脳内を反響する。アンコモンのどや顔くっそ腹立つな。


ああ、コンティニューから間もなくすぎるだろうが。


まだ全然この世界のこと知らないままなんだけど。今になって、固有名詞を全スルーなんてことしなければよかったと後悔する。勿体ねえ。


「放せ」

凛とした声が響く。

瞬間、拘束が解け、空気が肺を満たす。ぼんやりとしていた感覚が取り戻され、むせる。

「立てるか」

さし伸ばされた手を見る。日焼けはしているが、細く指の長い手。思わずこちらも手を伸ばすと、ぐいと強く引かれ、身体が起き上がる。が、力が入らず、ふっと地面に倒れこみそうになる。

すると、ぐっと上半身が抱きかかえられ、続いて足も抱えられる。

お姫様抱っこだ。

ふっと見上げると、声にたがわない凛とした顔つきの、目の覚めるような金髪を頬のあたりの高さにそってざっくりと切った女だった。髪がぼさぼさなので、一見やさぐれたような印象を抱くが、薄く覆う程度の前髪じゃあ隠しきれないほどの眼光が、ただものじゃないことを伝えてくれる。目が合うと、思わずそらしてしまった。

「せ、船長」

アンコモンが再び驚愕の表情で言葉を漏らす。


え、船長?


「この男は私のものだ。撤収するぞ」

コモンは一斉に返事をして、差し出された食料が入った木箱をひょいともちあげ、足早に港のほうへ向かってゆく。

なんとか村の人たちは助かったみたいだ。

ルーナには悲しい思いをさせてしまったが、またいつか自由の身になったら、この村を訪れよう。

幸い、ベントヴィルという固有名詞は覚えてやったからな。

安心すると、眠気が襲ってきた。自分を人質に交渉するなんてこと勿論初めてだったから、すごい疲れた。

目を閉じ、意識が遠のく。


不意に、キスされたような気がした。





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