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敵襲

ふと窓を見ると、月夜だった。

それにしてもルーナの欲は底なしだ。思い出の貯水池より深いんじゃないか。けれども、まっすぐだ。ただ単純に僕を求めてくれる。澄み切った欲だった。だからついつい甘やかしてしまう。

なんども僕の上で跳ねて、僕が動くと歓びに震えてくれる。雛鳥みたいに唇をせがんで、庇護欲をくすぐられる。


行為が落ち着いた後、所謂ピロートークで、ルーナはまた謝った。行為に及んだことではなく、その内容についてだった。

なるほど、男女の価値観が逆転したこの世界ではすこし情けない内訳だったかもしれない。リードもムードもない性行為に対しての謝罪だ。僕はそれを聞いてやっぱり満足するのだった。要らないお膳立てをするくらいなら身体に触れてくれるほうが良いと言うと、ルーナはまたぴくりとした。

「千尋は優しいね。男ってもっと怖いもんだと思ってた。」

「ルーナだから、だよ」

そうしてまた求められる。

彼女の拙い愛撫は次第に大胆さを見せる。僕のクセを探して、くすぐる。ケータイの女どもみたいに、ふんぞり返ったような技巧じゃない。僕のために為される、僕だけの愛撫だ。

前の世界では童貞を好む女が一定数いるのは知っていたが、立場が変わった今、納得した。処女を喰らうのとはまるで違う、安らかな征服感。

互いが果てて、さすがに欲も尽き果てると、ぐっと眠気が襲った。

それはルーナも同じだったようで、僕は彼女の胸に抱きすくめられた。落ち着いた鼓動と吐息が聞こえて、僕は目をつぶった。

「おやすみ」

僕は頭を揺らして返事をした。



起きたときには既に日が高く、ルーナはいなかった。

玄関の方で話し声が聞こえたので、寝ぼけながら丸めて隅にやっていた服を着て、寝室を出た。

外で何やら問答をしていたのは村長とルーナだった。

「おはようございます」

村長はホッとしたような顔をして、

「昨夜は大丈夫でしたか?ルーナが何か粗相をしませんでしたか?」

急になんだ。話が見えない。


「激しかったですけど、優しかったです」

僕はそういって二度寝をするため寝室に戻った。玄関ではいっそう激しい言い争い、ルーナの高笑いが聞こえた。渋々、と言った具合に玄関が閉まる。するとほとんど同時に寝室のドアが開き、ルーナがベッドにダイブした。さすがにパンイチではなかったが。

事を済ますと、ルーナは仕事で外に出た。嫌がってはいたが、僕の為にサボらせるわけにも行かない。彼女はこの村の建築を担っているそうで、海風に晒されるこの村では細かなメンテナンスが不可欠なんだそうだ。

こういった小さな自治コミュニティでは、一つの欠けが致命的となる。それぞれの役割、それぞれの育てる作物が明日を生きるための重要なファクターなのだ。けして重労働ではないにしろ、働くことは何よりも優先される義務となる。

その中で最も危険を伴うものがこの村を支える漁業だ。ルーナさんを含めた一部、建築や林業や経理などを担う村民を除くほとんどがお魚さんを取りに行くらしい。海は穏やかだし、遠洋に出るわけでもない。

魔物がいる、と聞いて僕はぶったまげた。

海は魔物の巣窟であり、運悪く決まったルートを外れてしまえば命はないという。正確な航行、天候、武力なしには海の恩恵を享受することはできないのだ。この世界において、多くの海域が人間の侵入を許していない。漁業はかろうじて魔物がいないとされている領域で魚を取る危険な職なのだ。それ故に、海産物の価値は高い。魚だけでなく、貝や海藻を干したものは貴族に人気だ。ハイリスクハイリターンというわけだ。

無論、魔物は海だけのものではない。大っきな街なんかだと、対人も兼ねた城壁がぐるりと囲っているらしい。ただ、このベントヴィルは島なので森にろくな魔物がいない安全な土地なのだ。海のように、地上にも立ち入るのに危険が伴うところはいくつかあるが、海のそれと比べると大したことはないそうだ。

いやあ胸熱な設定だ。僕は絶対戦わないけど、見てはみたい。なんでも魔物の中には人語を理解する人に似た形をしたヤツもいるらしい。レアキャラなんだろうが、例えば海だと人魚的なヤツが現れるんだとか。

ついさっき聞いたのに名前を忘れてしまった。僕はどうも慣れない固有名詞を右から左に受け流してしまう。僕はムーディーな男なのだ。


せっかく教えてもらったんだから思い出そうとうんうん格闘していると、誰かが扉を叩いた。宅急便かな、と思った僕のバカさったらないね。村長かな。

無駄に重たい扉をヒィヒィ言いながら開けると、

「「お、おおおおホンモノ…」」

第二、第三村人だった。


「あの、なんでしょう」

ルーナより少しくらい低い身長の活発そうな女の子と、この世界にしては小柄なメガネをかけた大人しげな女の子。僕を舐め回すように見る。

「いや、村にお客さんが来てるって聞いてなっ」

メガネ女に同意を求めるような目配せをしながら告げた。

「村民として一つ、挨拶をしよう思って」

なるほど。僕からしても、新参者を優しく受け入れてくれる体勢はありがたい。家は僕のものじゃあないと断りを入れて、玄関先で他愛もない話をした。


短髪がナターシャ、眼鏡がロールか。覚えなくては。

彼女たちはそれぞれ、林業と経理を担っているそうだ。だから昼間でも村にいるというわけなのか。僕の記憶喪失設定は知らないみたいで、この村について話をしだした。といってもルーナがしたざっくりとしたものでなく、あの家は誰のだとかどうでもいいことばかりだった。

どうにも気になるのは、二人がジリジリと距離を詰めてくることだ。ルーナが言っていた、此の村に男子の安全は無いというのを体感してるわけだが、不味いな。後ろに扉がある形で追い詰められていくから、逃げられない。ただ、彼女たちからすれば扉は扉でしかないので、下手をすれば中に連れ込まれる。リアル身の危険だ。

「千尋さんはいい匂いがしますねえ」

ロールのセリフは犯罪の匂いがするし、ナターシャの息は猪かと思うほど激しい。いやー参った。

助けてほしいな。


「うちに何の用だ」

ルーナはつかつかと近づき、僕を取り囲む二人の間に入って、僕を見た。そして扉を空け、僕を中に押し込んだ。

外では怒気にみちたルーナの声と、二人の弁解するような声が聞こえる。ルーナも荒々しく戸を開け中に入る。二人はいなくなっていた。

「何してた」

うわーめっちゃ怒ってる。

「挨拶らしいです…」

体格のいいルーナが怒るとかなり怖いな。思わず縮こまってしまう。

ふいに抱きしめられた。

「あいつら、千尋を犯そうとしてた」

あ、やっぱり?

「外は危ない。出ちゃだめだ。」

ルーナは諭すように言う。

なんだか僕がどうしようもない子供みたいな言い方で恥ずかしい。けれど事実は事実なので素直に頷く。

どこかでスイッチが入ったのか、深くキスされた。焦りや不安が伝わってくるような舌先に、僕は応える。

ふっと繋がりを離して、顔を見つめられる。僕はもう一度頷く。

ルーナはひょいと僕を抱きかかえ、寝室に入った。


微睡みの中、互いに足を絡ませながら体を撫で合う。まだ日が高いことが背徳感を煽る。荒れていた呼吸が徐々に平静へと回帰し、思考が心地よく溶けていく。


だから、鼓膜を突き破るような金属音は本当に恐怖だった。一気に覚醒し、戸惑う。繋がれた右手がぎゅっと握られるのを感じて、ルーナを見る。

彼女は窓の外を忌々しげに見ていた。

「…敵襲、海賊だ」


この世界でも、何より怖いのは人間なのかもしれない。




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