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<ルーナside>

私は都で生まれ、幼少期を過ごした。

幼少期というのもあっという間だが。物心つく頃には父親は出ていき、母親との二人暮らしになった。そこから逃げるように、母の実家であるベントヴィルまで引っ越した。村を出て行った母親の帰りを、村人は当初快く迎えてはくれなかったけれど、時間がそれを解決した。

ベントヴィルは都の港から船を乗り継いで1日ほどの小さな島の漁村だ。潮風のせいで、弱い野菜は作れないけれど、根菜などはなんとか育つ。魚はうまいし、野菜もある。調味料やら生活必需品なんかは、国の交易船が月に一度来る。そのため、贅沢はできないけれども悪くない暮らしができる。ベントヴィルはそんな村なのだ。一つの問題を除けば、嫌いではなかった。

ただ一つ、この村には男がいない。世界的に男は少ないのを踏まえても、この村の男不足は少しやばい。村自体に金があるときは男を何人か買って子供を作るらしいが、私はそのイベントに未だ巡り合わない。だからこそ母さんみたいに都にでて男を探す女なんかは毎年の如く現れる。都までは往復しても2日程度なのだから気軽といえば気軽だが、たいていの奴は来年には帰ってくる。母さんみたいに運よく男を見つけるのなんてかなりラッキーだ。結果的に逃げられはしたが、私を生むことができただけ大金星だ。生まれたのが男ならばそれ以上のことはないんだけど、そううまくいかないからこんなにも世界はハードモードなのだ。

この村で男児が生まれると必ず引っ越すし、出て行った先で生まれたとしたら絶対この村には帰ってこない。女の我慢なんて程度が知れているし、村のような小さなコミュニティは時にカルト的一面を見せる。何が言いたいかというと、この村での男の子の安全というのはほぼ無いということだ。

こんな男の不毛地帯で本能をうずかせながら成長した私は、成熟した身体、処女膜のささやきに夜な夜な苦しんでいた。はじめて男を見たときーー交易船にのってやってきた貴族が男を侍らせているのを見て、私は悔し涙をながした。


16歳になり、そろそろ母さんに「都に出たい」と持ち掛けようとした矢先、母さんに

「ちょっと都で働いてくるわ」

と言われたときは発狂した。都で働く、ということは男を探すということだ。私は阻止するため手を尽くしたが、一度こうと決めた女は梃でも動かない。

母が都に行ってしまった後、私は怒りを原動力に、粗末な二人用の家をぶっ壊して一人用を立てた。木材から何まで調達してしっかりとしたのをこさえたときは達成感でいっぱいだった。少しばかり小さくなってしまったが、余った土地には古くなった便所を作り直したものを置いた。村人は私の仕事の早さに驚き、建築に関しては私に一目置くようになった。それでよい、それでよいのだと、若い女のリビドーを有効活用できるならそれでよいんだと、半ばあきらめるかたちでこの村に貢献を重ねた。


そんな私だからこそ、千尋に声をかけられたときは自分の生死を疑った。あるいは夢でも見てるんじゃあないかと思った。少し高いが、女のそれとはまったく違うすこしハスキーな声。振り返ると目ん玉転がるかと思った。むしろ転がった。

小さな顔。すっと通った鼻立ちに深い瞳。ふんわりと広がるウェーブ。華奢な身体は今にも壊れそうだ。


思わず近づいて、質問を重ねてしまった。落ち着け私。

きょろきょろする仕草もたまらない。というか色気半端ないぞ。戸惑いの言葉を紡ぐ小さな唇から漂うエロスに思わずガン見してしまう。

唐突に「記憶がない」と言われたときは少し驚いた。が、納得する。身なりも綺麗だし、この村の人間でないことなんてすぐにわかる。こんな美男子が村にいたら気配だけで見つけ出す自信がある。

だとすると交易船で乗ってきた貴族やその側室かもしれない。ならば私の手には負えない。だというのに、ふいに話しかけられるとドキリとして言葉が詰まる。目が一瞬会うだけで下腹部がうずく。脈動どころか噴火してしまいそうな本能を抑えつけ、村長の家に向かう。道中はほかの村人、女どもに見つからないよう視線をブロックしながら移動した。少々不格好だがこの際しかたない。ほかの女が群がってくれば、それらを抹殺する勢いで五感が研ぎ澄まされているのだ。

だから、戸を開けるときに千尋を包み込むような体制になっていたのに気づいた時には、その研ぎ澄まされた五感全てで千尋を感じた。見下ろすと、より一層小さく見える。衣擦れの音、感覚が体に響き、色香が脳を溶かす。こてん、と上を向いた頭が胸に当てられ目が合う。「ありがと」と声を聞いたとき、私は軽くイッた。


おなじくさみしい女の村長を千尋に見えない角度から全力で目くばせをして説得をする。私が面倒を見る、見させてくれという合図に気づいたかはわからないが、村長は私の提案を一蹴しやがった。そこに千尋の声が響いたとき、私は人生の頂点を迎えた、と思った。

家に帰るまでの道中は期待と緊張でいっぱいだった。気の利いたこと一つ言えやしない。

家に着くなり、千尋がきょろきょろと探すようなそぶりを見せたので、家族が出払っていることを伝えた。そこから皮切りに、千尋は色々と尋ねてきた。本当に些細なことから、細かいことまで、まるで何も知らない子供のようでたまらなく可愛い。けれど時々考え込むようなそぶりを見せると、エロさが加わりいよいよ女殺しだ。

そのことは別に、千尋の記憶は本当にすっからかんになってしまったようだ。常識的なことも覚えていないのはさすがの私も驚いた。

だからこそ、目の前の男が、見た目とは別に全く別の次元の存在のように思える。興味深く、見つめていると向こうも見つめ返す。どこまでも深いその瞳に吸い込まれてしまいそうになり、自分の中の女が追随して引きずり出されるようだ。

千尋の可愛いおなかが鳴らなければ、きっと私はどうかなっていただろう。


一通り腹を満たし、千尋を楽しむ。

ふと外をみると夜になりそうだったから、名残惜しいが農具を片付けねばならない。

畑に出て、ふと考える。これからどうすんだ、と。千尋といては本当に我慢がきかなくなってしまいそうだ。だからといってこの機会をほかの誰にも譲るつもりはない。しかしあと最低でもひと月、耐えられる自信はさらさらない。私は今日を乗り切るため、畑にかがんで自分を慰め、家に帰った。

玄関を開けるとともに、「おかえりなさい」と声がかかった。夫婦のようなやりとりに思わず赤面する。寝室のドアを開けると、私がいつも使うベッドの上にちょこんと千尋が座っていた。それだけで先ほどの自慰は意味をなさなくなった。

かなりの下心をこめて、体をふく布と桶を手渡した。今夜はこれで乗り切ろう。すると千尋はおもむろに上半身をさらした。とっさに扉を閉める。

息が上がり、光景がフラッシュバックする。

なんとか言葉を絞り、謝罪する。すると千尋と声が重なった。何とも不思議だが、千尋は怒るそぶりも見せずに私と同じほどの勢いで謝ったのだ。母さんに教えてもらった男とはまるで違う千尋。少し冷静になった私は、すこし考え込んでいると、声が聞こえた

「僕はその…大丈夫ですから」

許された。無論、裸を見てしまったことへの許しに違いないが、私は動揺していた。私のなかで必死に押さえつけている本能が受け入れられたように感じた。

気づいた時には戸を開けてしまっていた。

少し戸惑った表情で千尋は相変わらずベッドに座り続けている。裸を隠すようなこともしない。私はいよいよ許されたような気になり、初めての口づけをした。

ベッドに押し倒し、気の向くまま千尋を味わった。征服して、支配した。


血の気が引いた。自分の愚かさ、女という種族のあさましさ。これからの暗い未来や悲しそうな千尋の表情が脳裏をかすめた。私はついにやってしまった。犯してしまったのだ。自らの身勝手な欲望を、力のないうえに何も知らない小さな男にぶつけ、傷つけた。下腹部の疼きも、私を責めるように強まっていく。

ああ、おしまいだ。人生、なにより千尋との出会いがーーーーーーー


ふと、顔をなでる手があった。

千尋が私に向かって微笑んでいる。

「いいよ」確かにそう言った。


安らかに目を閉じて私を待つ千尋を見下ろして、それが無理や強がりなんかじゃないと感じた。


何度も何度も彼を求めたが、彼は嫌な顔一つしなかった。

キスをすると、舌先が返ってくる。首に手が回される。少し微笑む。

一つ一つの反応が、私の身体を喜びにはねさせる。

千尋の名前を何度も呼んだ。この喜びが幻でないことを確認したかった。

すると千尋も私の名を呼ぶ。そうだと答えんばかりに。


私は全てを千尋にささげることを決意した。

私なんかが千尋を支配して独占しようと考えるなんて愚かなことだ。ならば私を彼に尽くそう。


彼の温もりは、私にそう思わせるには十分だった。







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