ダーツのアレ
目を覚ますと微かに潮のにおいがした。
辺りは森だがさほど深くない。ハイキングなんてできちゃうようなそんな森だ。
川がせせらぐような音がしたのでその方向に足を向けると、ささやかな小川が日をうけてきらきら輝いていた。
静かで、それでいて空気がきれいだ。
大きく息を吸えば、マイナスイオンやらなんやらが循環して僕の汚れが少しずつ消えてゆくんじゃないかと錯覚するほどに。
はて、僕は死んだのだろうか。
明らかにここはさっきまでいたところと違う。それこそ空気がまるで違うのだ。森のにおいや川からの冷たい風、向こうから漂う潮のにおい、すべてが住んでいたあの町と違う。下手をすれば日本でもないような。
死後の世界なら、受け入れるに易い。それほどにここは清らかだ。
しかし、懸念として足が痛む。裸足だからなのだが、死後にしては都合がわるいじゃないか。加えて腹も減った。のども乾いた。
恐る恐る川の水を飲むと、視界がクリアになった。冷たさが身体を満たしてゆく。
ふと水面をみると、いつもと同じ顔が揺れていた。いよいよ死後の世界説が濃厚になってきたぞ。ここは自給自足タイプの死後の世界なのかもしれない。川にそって森の外を目指すことにした。
川とともに緩やかな傾斜を下ると、あたりの草木は次第にまばらになり、やがて森が終わった。
道のりでは僕の無能っぷりが発揮されて、緩やかなでこぼこを盛大にコケながら必死だったので気づかなかったが、向こうに家が建っている。そして穏やか海が開けていた。
なるほど漁村なわけだ。自給自足タイプの死後の世界で、海の幸と山の幸を両方楽しめるようにというはからいに違いない。森から村までは少し歩きそうだが、潮のせいだろう。みたところ小規模な畑作もやってそうだ。僕はらっきょうはそんなに好きじゃないんだがなあ。
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村に近づくにつれ、ディテールがはっきりしだした。けして大きくはない。見たところ200人はいるだろうが、死後の世界というのはこんなにも少人数精鋭なのか。ここはダーツのアレっぽく、第一村人に声をかけてみよう。さっそく畑を耕してる人を発見、君に決めたぞ。
「あのう、ここってどこなんです?」
いくらか猫なで声になってしまった自分が気持ち悪い。悪い癖を死後の世界まで持ち込む僕自身に腹が立つ。
怪訝な顔でこちらを見た村人をみて僕はびっくりした。同い年ぐらいの女の子だ。背格好で女だとはわかっていたが、ダーツのアレ的にはこういう場面で出てくるのは我の強い元気なおばあちゃんに相場が決まっていると勝手に思っていたのでちょっと意外だった。
「ここはベントヴィルだけど…。貴方は誰?この前の交易船は本国だったから、都の人ですか?」
女の子は顔を赤らめて答えた。な
知らない地名。やばい、入ってきた情報が謎すぎて言葉返せない。どうしよう。
「あ、あのー、え、えっと…」
まずいな。女の子がじりじりと近寄ってきた。疑いの目とともに。
顔は東洋とも西洋ともつかないキリッとした顔だ。そばかすが親しみやすさを感じさせる。かわいい。そんな女の子に嘘をつくのは気が引けるが、ここはどうやら死後の世界ではなさそうなので、世渡りモードにひとまず切り替えるしかない。修羅場を潜り抜けるとっておきワードを絞りだす。
「あの、僕記憶が…」
上目遣いと共に。