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プロローグ

 神は二物を与えず、とはよく言ったものだ。


 自覚したのはいつ頃だったか、僕は不器用で人並み以下の作業をする男だった。

 幼稚園のぼんやりとした記憶の中でも、これはまずいだろと思わせるような粘土のモニュメントやら絵の具を散らかした工作を量産していた。

 周りの子どもたちが、お母さんだったり消防車を描いていた中で、抽象画を仕上げた僕が保母さんにどう思われていたのかは想像に難くない。


 かけっこは小太りな子の手前、勉強は本当に難ありな子の手前といった具合に、僕は絶妙に劣っていたのだった。

 只、誰も僕を蔑んだりすることはなかった。容姿という神の一物に恵まれたようで、みんななんとなく優しいのだ。

 どうせ着飾ろうとしても中途半端になるのだから鏡なんてめったに見ないが、テレビに映る華やかな人たちと僕の容姿が並ぶとは思えない。が、ある人曰く、僕の容姿は放送向きじゃあないそうだ。

 というのも、僕はどうも猥褻な顔なんだとか。スケベな中年ではなく、痴女のそれである。

 意味が分からない上に分かりたくもないが、今までそんな顔に僕の無能っぷりを助けられて来たのだから文句は言えない。


 甘やかされ、叱られることもなく幼年期を過ごした僕は、クズと呼んで差し支えない性格になってしまったのだが、それでさえ生きるのには苦労していなかった。

 体が成長する中いよいよこの猥褻な顔が真実味を増すようになって、身の危険を感じることが格段に増えたが、抵抗するだけ無駄だという具合に腕力は成長することはなかった。

 つまるところ、中学生の時に家にやってきた義母が僕を襲ったのも、教師に「行為」を強制されたのも、不本意なものだと言う事だ。


 高校生として終わりを迎える今現在、ヒモとして大成しているのも不本意なのだ。


 ---


「どうするの?進路」と担任が耳でささやく。


 どうしましょうかね、とオウム返しをすると、身体をふいにまさぐられる。

 キモいので逃げたいが、膝の上にいてはできない。

 重ねて、僕の中途半端な発達をした身体ではどこにいようと無理だ。つまりこれも不本意。


「私のところに来ても良いのよ」


 しょうもない提案だ。

 僕は絡みつく女に一瞥くれたあと、深いキスをして、弛緩した女を解いた。

 また明日、と言葉だけを残して僕は荷物も持たずに指導室を出た。後ろで千尋くん、と呼びとめる声が聞こえるが下らない。

 校門を出る頃には日も落ちかけて、僕の心も冷え切っていた。

 ポケットからケータイを取り出す。

 別の女が僕に買い与えた、カメラなんて使ったことない、ただの連絡の手段だ。

 開くと醜い女の欲望でびっしりで、僕は少し笑った。高校卒業間近の僕に、自分のものになれと言う女は何も担任だけではなかった。繰り返される似た問答にうんざりして、僕は定期連絡さえも怠り、女たちは飢えていた。

 会いたい、ご飯食べよう、今どうしてる、なんて御託やめればいいのに。

 素直にやりたいと言えばもう少し好評価なんだが、所詮こいつらも僕が顔で選んだに過ぎない、僕に似た人生を歩んできたゴミだ。

 ケータイをしまうと、帰路の角から懐かしい女が現れた。

 幼馴染の日向ちゃん。思えば長らく疎遠になっていた、ご近所さんの女の子。

 昔こそ仲が良かった、ような気がするだけの女の子。


「…何ニヤニヤしてんの、キモいよ」


 なんて中々僕が聞けない言葉だ。同い年の、活発そうな少女が顔を歪ませている。


「久々に会ったのにそんなことしか言えないの、つまらないのは相変わらずなんだね」


 と毒を返すと、幼馴染はハッとしてことさらに顔を歪めた。


「淫売のくせに」


 僕は苦笑したあと、少し考えるフリをして

「そうだね。でも今なら日和に全部あげるよ?」

 なんて笑いかけると、日和ちゃんはみるみる顔を赤らめこっちを見た。

 途端に僕は本当につまらなくなった。ケータイの女たちと同じ、プライドと性欲の交錯した目、僕をモノみたいにみる目だ。

 なにか言いかけた日向ちゃんに被せて、


「嘘だよ」


 と言って背を向けて歩き出した。

 日向ちゃんがどんな顔をしてるか、見なくても分かる。

 多分あの子は泣いてる。僕のお母さんがまだ生きてる頃からの馴染みだ。きっと昔から僕のことが好きだったんだと思う。今やケータイの女たちみたく成り下がったけれど、小学生や中学生の頃は純粋に、僕という人間を好きでいてくれたんだろう。

 タラレバの話に意味はないけど、日和ちゃんと付き合った未来を想像することは時々ある。

 現状よりはずっとマシなんだろう。どうでも良いが。



 困ったことは、格好をつけて背を向けてしまったことだ。

 家と真逆の方向に進んでしまっているが、日向ちゃんが立ち尽くしていやがるから今更戻るのも風情がない。そのまま気取った風に歩くがどうしたものか。

 僕が住むこの街はちょっとした団地だから、どこに行っても家ばかりでつまらない。段々地理感覚も曖昧になって不味いななんて思っていると、なかなかに広い公園に出た。

 小学生の時に遊び倒した思い出の場所。ここもまた久しくて懐かしい。

 立ち寄ると子どもたちがいて、自分の幼少期を思い出すと同時に、なんだか後ろめたく感じる。



 思い出の貯水池は酷く汚れ澱んでいて、親近感がわいてしょうがない。

 昔はよく、石なんか投げ込んであっという間に沈んでいく様子が面白かった。

 実際はどうであれ、僕らにとっては底なし沼だったここは、都合の悪いものの溜まり場だった。点数の悪いテスト、友達から盗んだゲーム、万引きした駄菓子を沈めなかったことにする場所、自分の汚れを落とす場所だった。



 名案を思いついた。

 フェンスをこえて淵に立ち、ポケットからケータイを取り出して沼に捨てた。

 財布も捨てようと思ったのだが、さすがに気が引けて、入れていた避妊具だけを抜いて捨てた。

 残った金は動物愛護にでも使ってもらおう。


 そうして沼を見ると意外にしぶとく、どちらも沈んでいなかった。僕にすがる女達みたいで滑稽だった。


 決めた、この際金も捨てよう。


 そう思って財布を思いっきり振りかぶった。ここで僕の無能っぷりが盛大に発揮される。

 ここが池の淵だったことを忘れて無様なフォームで振りかぶった僕は、足を滑らせ背中から沼に吸い込まれていった。僕は泳げない。


 なんて僕らしい終わり方だろうか。

 綺麗になる決心さえできやしないのだ。

 ふいに日向ちゃんの顔が思い浮かんで、次の人生はせめて上手くやろうと思った。



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