咲夜とナイフ
スコッ
そんな小気味よい音とともに、私、十六夜咲夜の放ったナイフは、
私と、私の仕えるお嬢様の前で、
赤く色付いたリンゴの真ん中へと突き刺さる。
「おぉーー。」
お嬢様の情けない声を聞き流しながら、私は、主人に意見する。
「大丈夫ですか?リンゴ食べすぎになりますよ?」
「うぅ……。」
うなだれるお嬢様。カワイイ……!っじゃなくて!
「投げナイフは難しいですから。すぐに身につけるのは厳しいかと。」
あくまでも冷静を装って、私は言った。
要は、私のお嬢様は投げナイフがやってみたいのである!
ここで、
「ところで、咲夜ってなんでナイフ捌きがそんなに上手いのよ?
そもそもなんでナイフ使ってるの?」
そんな質問をお嬢様から受ける。
「フフフ……そこは触れるとあなたが死ぬ領域ですよ……。」
私は黒い笑みを浮かべて言う。
「ええぇ!!ならいい〜。」
軽く涙目でお嬢様は言うが、
「嘘です。」
「酷い!?」
カワイイ……!だから違ぁう!!
「お嬢様には話してなかったですね。わかりました。
これは、私がまだ小さかった頃の話……
私は、逃げていた。
得体のしれない妖怪から逃げていた。
森に食べ物をとりにいったら、そいつと目が合ってしまい、追いかけられている。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
助けてっっっ!助けてぇぇぇぇ!!!」
叫んでも、誰も来ない。
走っている私のすぐ後ろから、足音と気配を感じる。
っドン!という音とともに、私の体が前に倒される。
絶体絶命
死にたくない。
ただそれだけだった。
「たすけて……!」
最後にそう呟くと、
ありえない声が聞こえた。
「はいはーい。間に合いましたよーっとぉ。」
私は、頭が真っ白になった。
そんな私には目もくれず、その声の主はナイフを取り出す。
それを妖怪に突きつけ、
「てめぇ、誰に殺気撒いてんだよ。」
その一言を放った瞬間、辺りの雰囲気がゾン!と重く変わる。
「うがぁぁぁぁ!!!」
その空気を喰い破るように、妖怪は雄叫びをあげて声の主に飛びかかる。
「バッカだねぇ。今逃げてりゃ見逃してやったのに。」
そう言った刹那、
スパン。
という軽い音がなり、妖怪の体がバラバラに引き裂かれた。
「ナイフ一本汚しちまったなぁ。」
声の主は、何事も無かったかのようにナイフを拭き始めてしまう。
私は正直困惑した。
助かった。のは分かる。でも、
「なんで助けてくれたんですか?」
「おぉおぉ。俺は近くを通りがかっただけだぜ。」
もしもこの人がいなかったら……そう思うとゾッとする。
「あの……ありがとうございました。」
「おぉー。いいってことよ。ところで嬢ちゃん。なんでこんなとこに?」
私は、その質問に答えるか、迷った。
それは、私が産まれてすぐに捨てられたから。
生活に必要なものは自分でとってきたから。
「あの……えっと……。」
私があたふたとしていると、
「まぁそんなこたぁいい。言えねぇ理由があんだろ?
俺は零士。ゼロ、とても呼んでくれ。」
「私は、十六夜咲夜です。本当に、ありがとうございました。」
私は、ゼロさんから差し出された手を固く握り、別れようとした。
その時、思い出したかのように、ゼロさんが言った。
「咲夜、気をつけろよ。この辺り、妖怪がたんまり出てきてやがる……。
下手すると、死ぬぞ。」
その言葉は、子供の私を震え上がらせるほどには威力があった。
私は、正直に話すことにした。
この人なら信用できると、子供の勘が囁いていた。
「私、捨て子なんです。だから、1 人なんです。」
ゼロさんは、驚いたように少し目を見開いたが、すぐに笑った。
「そうか。なら、俺について来い。」
すでに今まで起きていたことが私の処理の範疇を超えていたことが幸いした。
おかげで、すぐに答えられた。
「よろしくお願いしますっ!」
その時、きっと私は笑っていた。
ゼロさんは、妖怪退治の仕事をしている。という話だった。そりゃ強いわけだ。
私は、その仕事にもついて行った。
時に 3m を超える大物を、
時に毒をつかってくる蠍の妖怪を、
ゼロさんは、ナイフと自身の技量のみで撃破していった。
そこで見せてくれたゼロさんの能力、
「「時間を操る程度の能力」」
は、とても強力で、
妖怪の周りにナイフを展開させ、時を動かしてすべて刺す。
この戦法から逃れた妖怪を、私は知らない。
ゼロさんもこう語る。
「不意打ち受けない限り、俺、死なんよ。」
そんな彼の近くで学んだことがある。
自分の体は自分で守る強さを持たなくちゃならない。
それは、人を助ける強さにもなる。
だから、ゼロさんに会ってから一週間後、私はこう切り出した。
私に修行をつけて欲しい。
と。
「いつか言うと思っていたよ。」
ゼロさんは、いつもみたいに笑って返してくれた。
「いいさ。俺も咲夜に死んで欲しくない。それに……」
その笑みが獰猛なものに変わる。
「そんじょそこらの妖怪より、鍛えたお前は楽しめそうだからな。」
その顔を見て、背筋を凍らせる私。
だからって、もう後には引けない。
「はいっっ!!」
無駄に大きな返事が、その場の空気を震わせた。
「おらぁぁっ!遅い遅い!!!ちゃんとナイフを握れ!」
その日の夕刻、修行を始めたが、駄目だ。まともにナイフも握れない。
ゼロさんを見てナイフを武器にしたが、思ったよりずっと難しい。
今はゼロさんに当てようとしているが、無理。能力も使ってくれない。
それにさっきからずっとゼロさんに怒鳴られている。
怖い。
どっかの妖怪よりずっと。
走る足とナイフを振る右腕が悲鳴を上げそうになったところで、
ゼロさんの声がストップをかける。
「ここまで!!」
「ふひぃぃぁー。」
ついつい情けない声を上げてしまう。
ゼロさんは地面にぺたりと倒れた私を見おろして、辛い一言。
「せめて 1 発はあてようぜ……。」
「はひ……。」
彼が本当はちょっぴり能力を使って避けていたなど、
今の私には知るよしもない。
3 日後。
ゼロさんが、避けるだけじゃなく、ナイフで捌くことが多くなってきた。
良くなってきた。と言われた。嬉しい!
5 日後
初めて当たった!
ゼロさん悔しそう……!
やったぜ。
1 週間後
初の妖怪退治。
初めて襲ってきたやつと同じ種族。
フルボッコだぜ!
3 週間後
ナイフを投げてみた。
不意をつけたぜ。
これは使えると悟った。
そして、1ヶ月後。
私は、1 人で、ゼロさんに黙って妖怪退治へと出掛けた。
だいぶ強くなったし、もう平気。
そう思っていた。
森の奥へ奥へと妖力をたどっていく。
妖力の最大値の辺りまで来たところで、急に視界が暗くなった。
時止めの能力を使って、私と妖怪の間に入り込む。
だが、
私を連れて逃げるのは間に合わず。
ゼロさんの、その胸に妖怪の腕が突き刺さった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
私は、思わず叫んでいた。
妖怪も、虚を突かれたようで、固まっている。
そんな私のすぐそばで、ゼロさんがこう言った。
「馬鹿野郎。だが、間に合ってよかった。
俺の命。無駄にすんなよ。」
そうして、ゼロさんは私に口付けをした。
「これは俺の能力だ。受け取れ。」
私は、泣きながら頷いた。
唇を離し、ゼロさんを見ると、
いつもみたいに笑いながら、
息絶えていた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
一気にこみ上げる悲しさ、怒り。
それを全部ぶつける。
私はゼロさんのようにナイフを展開し、ナイフだけを加速して。
そして時は動き出す。
翌朝、全身に刺された跡がある妖怪が、森の中から見つかったという。
……ということがあって、私はこの能力でナイフを使ってるんです。
って。寝てますね。」
寝顔もかわい……違うってぇ!
まぁ、咲夜は、お嬢様からつけてもらった名前。
ホントの名前は……