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第93話「荒野の女の子封筒」


 どうしてこうなった。


 並ぶと言うことを知らない群衆が俺たちの前に群れとなして集まっていた。

 初日は良かった。

 数人の旅商人や地元の人間たちが物珍しげにソレを手に取って、俺と雑談なんかを交わしながらソレの説明を聞いて納得した人だけが購入していったからだ。

 おかしいと思い始めたのは二日目からだった。途中から客が途切れないのである。

 そして露店を始めて三日目の今日は洒落にならなかった。


 ヴェリエーロ商会の口利きで用意してもらった中央広場の一露店に訪れる人数が明らかに増えている。

 最初は革命のせいでまばらにしか開店していなかった露店の数が増えてきたからそれに比例して客も増えているのだろうと思っていた。だがそれらの群衆は明らかにウチの店が目当てだった。開店前から多数の人間が待ち構えている。

 並ぶことを知らない群衆がどれほど恐ろしいか知っているだろうか?

 想像して欲しい。

 まずは3畳かそこらのスペース前に5人ほどたむろっている光景を。

 ……そうだな。マニアックな人なら某夏と冬の祭典で島中のピコ手を連想して欲しい。わからない人は流してくれ。

 最初はいいのだが5人の後ろにさらに人が来だしたあたりからおかしくなっていく。

 商品……見本を手に取って見ようとその5人の脇から手が伸びてくる。押しのける。別の人とのやりとりを遮って話し出す。

 5人が10人になり15人になったあたりで左右の露店の前まであふれ出ていく。左右から殺気の籠もった視線が飛ぶ。というか素直に「邪魔なんだよ! 迷惑だ!」と怒鳴られる。

 俺が並んで欲しいとお願いすると今度は客から文句が出る。「俺が先だ!」「こっちが先だ!」と。

 中には商品をこっそり持ち出そうとする悪い奴もいる。そういう奴は一瞬でヤラライにとっ捕まって地面に手痛くキスさせられていた。そんなヤラライの威圧感もあって、なんとか並んでくれはするのだが、それはその場にいた人間だけの話だ。

 噂を聞いたのか野次馬なのか事態を把握していない新たな客が列を無視して隣の露店前から覗き込んでくる。すると再び左右から怒声が上がり、列の人間が烈火のごとく怒りだし、下手をすると再び列が崩壊し露店前に無秩序な人垣が再構成されるという悪循環。

 マニアックな人向けの説明。島中に壁大手が配置されちゃった☆状態である。

 上司の一人がマニアックな趣味の持ち主で男同士が仲良くする薄い本を作成するのに命をかけていたのだが、なぜか夏冬の貴重な休みになると呼び出されベタやトーンを手伝わされたあげく女性しかいない怪しい熱気溢れる場所で売り手までやらされた事がある。

 薄い本を手に取る女性たちが俺に目をやり鼻息を荒くしていたのは思い出したくない記憶である。閑話休題。


 話を戻してこの小さな露店を捌いているのは俺とヤラライの二人だけ。

 ヤラライは頑張ってくれている。超頑張ってる。でも全然追いつかない。時折精霊の力を借りて高速移動までしてるのに、それでも事態を収拾しきれない。

 俺は俺で次から次へと押し寄せる客の対応に四苦八苦していた。

 最初の頃は商品の受け渡し数もお試し一個とか、多くても2~3個だったのだが、いつの間にやら10個が当たり前になり、20個欲しがる人間が増え、現在は麻袋のレベルで取引するありさまだ。

 というのが2日目の状況で、3日目は嵐のような忙しさになっていた。

 波動理術全開である。


 一々ヴェリエーロ商会から借りた大きな木箱から商品を取り出すフリをしなければならないので、2倍の手間が掛かってしまう。

 また、金を誤魔化そうとする人間の多いこと多いこと。

 その度に指摘すると、やれ「じゃあ数え直せ」だの「商品が少ない」だの「お前が誤魔化した」だのといちゃもんをつけてくるのである。一種の値引き交渉なのかもしれないが、もうちょっと後ろを見て欲しい。あんた今まで待たされて良い気分はしなかったろ!

 それらの対応に時間を喰っているとまたまた列から怒声が飛ぶのである。

 冗談では無い。

 その日俺は波動を纏っているにもかかわらず両腕が上がらないほどの筋肉痛になってしまったほどだ。

 両隣の露店にはお詫びに商品を一袋ずつ渡したら、それなりに機嫌を直してくれた。喧嘩にならないで助かったぜ。

 ……。

 ほんとどうしてこうなったのか……。

 話は4日ほど遡る。


――――


「しばらくはお会い出来なくなりそうですね」


 商会に戻ってきたチェリナは深いため息と共にそう吐きだした。


「そりゃそうだろうな」


 暫定統治政府代表という立場に立たされたのだ、これからは寝る暇もないだろう。今日の会議とてまだまだ決めることは多かったのだが、さすがにチェリナに気を遣ったのか早めに切り上げた方なのだ。外はとっくに真っ暗ではあったが。


「アキラ様、ハッグ様、ヤラライ様、夜食を用意させますので召し上がっていってください」


 有り難い申し出だったので素直に受けることにした。


「マックス師匠は誘わないのか?」


 当面チェリナの直掩に命じられた波動師匠マックスさんの事を聞く。


「彼はもう寝るそうですよ。今は他の護衛の方と交代されています」

「そうか」


 まぁ別段彼の筋肉が恋しいわけでもないので誘わないのならそれでいいのだ。ただちょっとハブにしてるのかと思って気になっただけだ。

 食堂に行くと思ったのだが、チェリナが向かったのは商談用の小部屋だった。


「ここなら照明の空理具だけで明かりが十分足りますからね」


 なるほど、あのでかい食堂を使おうと思えば、照明はどうしたってロウソクの明かりも必要になるだろう。こんな時でも節約する女だ。


「さて……」


 軽食を腹に詰め込んで、食後のお茶タイムだ。


「アキラ様はこれからどうなされるおつもりですか?」


 優雅に華奢なカップを摘まんでいるチェリナ。


「どうって……質問の意味がわからんぞ?」


 彼女の眉間にわずかばかりのシワが寄る。


「いえ……アキラ様はこの国に残ってくれないのかと……」


 最後の方は消えそうな声だった。


「何でだ?」


 俺が残っても邪魔なだけだろうに……。


「数日は神官さんの連絡を待つつもりだ。……そうだな7日連絡がなければ俺はこの国を出る」


 うん。本部だか本殿だかの場所はレイクレルとかいう国にあるのはわかってるんだ。こちらから向かえば問題無いだろう。


「早急ではありませんか? 急ぎの旅では無いんですよね?」

「まあな。でものんびりしてるのも俺の性に合わない。それに行かなきゃならん場所は3カ所もあるからな。なあハッグ。例の何とか山を越えるのって大変なんだろ?」


 一人だけ軽食といえない量をかっこんでいたハッグが顔を上げた。


「ふむ。それはそうだが金があるならシフトルームを使うのが良いかもしれんな」

「ああ、なんかワープ……瞬間移動する術だか技だっけ?」


 空理具の話を聞いたときそんな話も出たな。


「高い金をぶんどられた上に狭い場所にぎゅうぎゅうに押し込まれるが、それさえ我慢すれば危険な山越えは避けられるの」


 つまらなそうに酒をがぶがぶとあおる。少しは遠慮しろよな……。


「それがあるのもレイクレルって場所だけなんだよな?」

「ミダル山脈より北側ではな」

「なら迷うことも無いさ。目的地はレイクレルだ」


 今まで有耶無耶(うやむや)だった予定を確定させると、気持ちがさっぱりする。ずっと成り行きだったからなぁ。

 俺とは真逆に妙に神妙な表情でチェリナがカップを置いた。


「アキラ様……どうにかこの国に残ってはいただけませんか? 神殿への奉納であれば商会から優秀な人間を派遣いたしますから……」

「わかってて言ってんだろ。さすがにこればっかりは俺が行かなきゃダメだ」

「……」


 チェリナは俯いてしまってその表情がわからない。


「まあSHOPの能力が魅力的なのはわかるけどよ」

「そうではありません」


 力強く否定された。だったら別に俺にこだわる必要など無いだろうに……。


「なに、全部回って気が向いたらまた遊びにくるさ」

「……」


 どうにもチェリナの反応が鈍い。最初からわかってたことだろう。


「SHOPといえば……なんか変なもんが増えたんだよな」

「変な……ですか?」


 ああ。もの凄く変な奴だ。と口には出さない。チェリナの為に救急セットを承認させたとき神格レベルが10になったんだが、同時に「クエスト」が購入可能になったのだ。

 忙しくて放置していたが、確認作業は必要だろう。

 目をつぶるといつものリストが表示される。SHOPに「クエスト」タグが追加されていた。


「あるなぁ……」


 誰に聞かせるわけでも無いが思わず呟いてしまった。どうせ碌でもないことに決まっているのだ。


【クエスト0=1000円】


 やだなぁ。見たくないなぁ……。


「どうしましたか? アキラ様」


 疲れた表情をしていたのだろう、チェリナが心配げに声をかけてきた。


「いや、何でも無い……よし。買ってみるか。


 渋々リストからクエストを購入した。


 残金475万1061円。


 コンテナから取り出したソレは……。


「ずいぶんとカラフルな和紙ですね」

「ふむ、例の紙じゃの?」


 チェリナとハッグが覗き込んでくる。なんていうか今すぐ火にくべたい。

 それは手紙であった。ピンク色で可愛らしいキャラクターが散りばめられた派手な女の子封筒。封印シールはウサギだった。


「か、可愛いですわね」


 どことなくチェリナの鼻息が荒い。ナルニアがいなくて良かったかもしれない。


「手紙だな……嫌な予感しかしねぇ……」


 俺は封筒を指で適当に開く。ウサギが引き裂かれると同時にチェリナが「あああ……」と声を漏らした。しらん。

 中の便せんもお察しである。

 どこかで見たことのあるような、猫なのかウサギなのか判別不明のデフォルメされたキャラの便せん。女子中学生か!

 誰に突っ込んで良いものやら……。

 俺は盛大にため息を吐き出しながら、ようやく文面に目を通す。

 ……一行目から破り捨てたくなった。


【こんにちは! アキラさまお久しぶりですね!

 私です! 私!

 覚えてますか?!

 あなたの恋人メルヘスですよ~。

 きゃっ!

 恥ずかしっ! も~冗談ですよ~。本気にしちゃいました?

 てへ☆

 最初は名無しだった私も世界に認められて名前をつけていただきました!

 どうぞメルちゃんとお呼びください☆

 ぱんぱかぱーん! それでは重大発表です!

 アキラさまが神格を上げてくださったのでようやくクエストを発行出来るようになりました!

 わー! ぱちぱちぱちー!

 凄い?! 凄いよね!

 これからはクエストを通してアキラさまのお手伝いをしていきます!

 よろしくね!

 会えないからってすねちゃダ・メ・だ・ぞ☆

 クエストをクリアすると良いことがいっぱいあるから

 頑張ってね☆


 成功報酬報酬:100円

 達成条件:このクエストを読むこと】


 ……。

 …………。

 ………………。

 俺は無言で手紙を全力で踏みつけた。


 残金475万1161円。


評価・ブクマしていただけると、感涙して喜びます。

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