第92話「荒野の経済自由都市国家」
決まった内容を要約しよう。
まずは国王ピラタスⅡ世。死刑である。まあ当然だな。
だが国王より先にポール・モルモレの公開処刑になるらしい。理由としてはプロパガンダだ。国の立て直しにはまだ時間がかかる。民衆の不満は明日からでもすぐに溜まっていく。そのガス抜きを少しずつしていくのだ。いきなり国王を殺してしまっては後が続かないという事だ。
もう一つは時間稼ぎをしている間に、簡易的な法整備をするらしい。
基本的にはいままでの法律を利用するが、民衆に受けの良さそうな変更を重ねていくとの事だった。
その一つとして裁判制度の見直しがあり、国王は建前上でもその裁判で裁くのだと言う。
すでに結果は確定している茶番ではあるが、裁判期間中ということで民衆の不満を逸らすことが出来るとブロウ・ソーア「復興大臣」が語った。
彼曰く「私はこの国を良くするまで死ぬに死ねなくなってしまいましたから」だそうだ。考えてみると可哀相な奴なのかもしれない。
他に決まったことに、ほぼ全ての貴族の廃止である。
元々野党崩れの傭兵団が襲って成り立った国である。他国を真似して作られた爵位も、元傭兵団の重鎮たちへの褒美として分け与えられたものなので、貴族としての責務を果たす者などおらず、年金を国庫から食いつぶすだけの役立たずばかりだったという事情があったらしい。
その後に金銭や推薦、功績に対して爵位を与えられるようになったのが男爵や子爵などの爵位だという。ノブレス・オブリージュもなにもあったもんじゃない。
無駄に国兵として金だけ出させた私兵をかき集めていたり完全な寄生ヤクザだ。
そんな中で金と功績の両方を積み上げて男爵位についたのが前レッテル男爵だった。だが与えられた、または買い取った特権の整理流通を終えた頃に急死してしまう。そこでまだ若い現レッテル男爵が後を継ぐことになった。
病気による死を予見していた前男爵は懐刀であるブロウ・ソーアに現レッテル男爵の事を任せて逝ってしまった。
ブロウは恩を返すためにレッテル家に粉骨砕身で仕えて大きくしていった。商業規模だけでいえば一時期はヴェリエーロ商会の5倍とも10倍ともいう規模にまで膨れあがったという。
ただし貴族としての責務もあった。いや国の面倒を押しつけられる立場にもなってしまい、収入に対しての支出も凄まじいものになっていた。
さて、現レッテル男爵はそんな理由から若いがブロウに支えられてこの王国切っての経済貴族となってしまった。それを面白いと思う他の貴族はいない。だが所詮ごろつき上がりのど素人である。男爵に対して嫌がらせ以上のことは出来なかった。
そもそも根本的にこの国の貴族には与えられるべきはずの「領地」という物が存在しない。
当たり前だ。ここは都市国家であり与えられる土地など無いのだから。(貴族街の屋敷くらいは与えられる)なので与えられるのは数々の「特権」と言うことになる。
俺が感じていた「キモ男爵がやたらと特権を持っている」と感じたのはこの辺の事情も大きかったようだ。さらに言えば、その特権を使いこなせなければ貴族と言えどやせ細っていくほか無い。結果的に歪な政治体制だけが残ってしまった形だ。
それでも前国王の時代であれば傭兵運用のノウハウが少しは通用した。また優秀なブレーンも何人かはいたのだ。
それも時代とともに去って行き、現豚王統治下に置いては配下の良心すら機能しなくなっていたのだ。
さて本題だ。
そもそもこの国は王政で無くなる(後述)。そこに至って貴族を全て廃したいというのは当然の話であった。だが潰せない事情が出てきてしまった。
まず一つがこのクーデターの立役者の一人を大々的にレッテル男爵だと公言してしまったこと。
民衆に取ってみれば爵位のある人間に認められた新たな人間=チェリナという認識があるのでその男爵が貴族で無くなるのを理解できない可能性があるというのがブロウの言い分である。
また単純にレッテル男爵には何かしらの役職が必要だが、貴族以外に適切な物が見つからなかったという事もあった。
もう一つが、レッテルとは別にいる俺の知らない子爵の存在だ。その子爵は政治がうまく、ぜひ国の重鎮として起用したい人物なのだそうだ。ただしその政治のうまさは汚職のうまさと比例していた。
だが、逆に言えば汚職のうまい政治家というのは真の意味で政治家とも言える。悪いことが出来る神経と頭の良さこそが国を支えるパワーとも言える。その事をブロウが力説していた。バッハールは反対していたがブロウの説得に押される形で了承することになった。
結果としてレッテル男爵はレッテル伯爵に。名も知らぬ子爵は男爵に降格させるが貴族籍を残すことで取り入れることにするらしい。
しかし王国制でなくなる上に与える領地も無いわけで、貴族に対する特権なのだが年金の他に与えるものとして今までの特権を改良した専売公社的な立ち位置を与える事が決まった。
それぞれ得意な貿易を独占させる形だ。
とんでもない特権であるが、民衆にはその事が当面は理解出来ないだろうという判断をしたらしい。
さて前述したとおり、この王国は王国では無くなる。つまり王政を廃止することが決まった。これにはブロウとバッハールがかなり反対していたが、最終的にチェリナの意思を飲むことになった。
チェリナが掲げたもの。それは……。
「経済自由都市国家」
もともとはブロウが目指そうとしていたものかもしれない。だがそれは王政の廃止と同意ではなかった。だから揉めた。なのに王政にならなかった理由は、俺が余計な事を口走ってしまったからだ。
「なら選挙でもして大統領でも決めたらどうだ?」
俺のうろ覚えの知識を元にブロウがその制度を詰めるという形で落ち着いたのだ。
長々と説明させられて泣きそうだった。
……本当に余計な事を言った。
結果として早ければ半年、遅くても1年位内に大統領選挙を実施して、その大統領が閣僚を指名する形になるだろうということになった。なんかすまん。
だがチェリナはそれに満足していた。
そして選挙が実施される日までチェリナが暫定統治政府代表という政治体制を取ることになった。バッハールは副代表だ。
「それで、国名はいかがしますか?」
ブロウが皆に尋ねる。
「ピラタスでない事は間違いないな」
当たり前の事をバッハールが言う。
「大統領に決めてもらえば良いのでは?」
「いえ、国名発表は民衆に対する良いニュースとなります。大統領選が先に伸びることを考えると、ストレスを押さえる意味でも決めておいた方が良いでしょう」
チェリナの意見をブロウがバッサリ切った。
「ふむ……ではチェリナかヴェリエーロで良いのでは無いか?」
「商会と同じ名前は問題ですよ」
バッハールを即座に否定したのはヴェリエーロ商会会頭のカルゴだった。
「ならチェリナでしょうか?」
「いやですよ。わたくしは立候補するつもりもありませんし」
「「「なに?!」」」
ここでまたも揉めることになる。だが結局誰もチェリナを説得できる者はいなかった。
「まあ……半年はあります。どうにか説得して見せましょう……」
ブロウがため息とともにそんな言葉を吐き出した。
「そうだな……では紅鎖などはどうだ?」
「それもちょっと……」
チェリナが眉を顰める。
「ふむ。では鉄鎖ならどうだ? ここは港町だ。鉄鎖はシンボルとして良いだろう?」
バッハールの意見にブロウがしばらく考えた後に口を開いた。
「悪くは無いのですが、それは国名の前につけるような文句ですよね。独立した国名という印象がありません」
確かにそうだな。
「……そうですね……。アキラ様」
チェリナが俺の名を呼ぶ。
「なんだ?」
「アキラ様の国では鉄鎖はなんと発音するのですか?」
唐突な問いだな。例の謎翻訳のおかげで鉄鎖と聞こえているから変な感じだった。別に内緒の話でも無いので「日本語」を意識しながら発音してみた。
「テッサ」
「ほう……」
「テッサ……ですか」
「ふむ……テッサ。切れの良い響きですね」
各々が頷いている。
「良いのではありませんか?」
「ああ。決まりだ」
おい、そんな簡単に決めていいんかい!
「それでは……この国の名は……」
【経済自由都市国家テッサ】
西の最果て辺境の終わりに新たな国家が誕生した瞬間であった。
……俺しーらね。
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