第91話「荒野の円席会議」
王城にはまだ沢山の人間がいた。
大半は革命の成功に喜びの声を上げていたが、時々身内でも亡くしたのか死体を前に泣き叫ぶ姿も見受けられた。
「いたたまれないな」
俺の呟きに誰も答えない。聞こえているとは思うが。
もっとも何か言い返された所であまり頭には入らなかっただろう。
喜びの喧騒を他所に葬儀の列と変わらぬ暗さで指定されていた場所に向かう。広いホールでいかにも謁見などが行われていそうな場所だった。天井が高くちょっと教会をイメージさせる。
広いホールを進むと小さな瓦礫の山が見えた。
「なんだありゃ」
「確か王座があった場所ですね」
なるほど言われてみるとそのあたりは一段高くなっていて椅子など置いたらさぞ偉そうに見えることだろう。
瓦礫の撤去をしていた一人がこちらに振り返った。
「傷はどうだ?」
漁業ギルド長マイル・バッハールだった。相変わらず色黒のイケメンである。
「はい、痛みもあまりありません。医者には熱が出るかもしれないと言われていたのですがぐっすり眠ったおかげかそれもありませんでしたわ」
チェリナの答えを聞きしまったと思う。大怪我をしたら熱を出すのは普通の事だ。痛み止めと解熱剤を用意しておくべきだった。ふと自分の怪我を意識すると急に痛みを感じるのだから不思議なものだ。
後でロキソプロフェンとセフェム系抗生物質でも承認して渡してやろう。
「それは重畳。今椅子を用意させている。本当はもっと早く並べておく予定だったのだが、想像より持ち出しが酷くてな」
バッハールが苦笑する。椅子まで持ち出す馬鹿がいるのかよ。
「火が掛けられてないだけマシだ。燃え種は少ないが王城が燃えたら復興もままならん」
どうやらバッハール達は正しく復興の難しさを理解しているらしい。偉い人ってのはなるべき人がなるんだな。
瓦礫の片付けを手伝っていると奥から人の気配がする。ヤラライがピクリと反応した。ハッグは広場の入口側に注意を払っている。
「お待たせしました。形はバラバラですがかまいませんね」
波動道場の世紀末門徒たちを引き連れて出てきたのは、なんとブロウ・ソーア大臣だった。
俺を牢屋にぶち込んだ挙句、冤罪で死刑を決定した本人だ。忘れるわけもない。
「生きてたのかよ」
嫌味が主だが、まさかこの動乱の中で王国の重鎮が生きているとは本当に思っていなかった。
「ええ。あなたこそよくもまぁ生きていましたね……いえ、そもそもこの騒ぎの中心人物でしたか」
ブロウが半笑で溜息をつく。なんかムカツク。
「俺は脇役だ。主役はそこのお転婆娘と色黒のおっさんだ」
「俺はおっさんと言われるほどの歳ではない」
わかってるわ。わざとだ!
「くっくっく……いやいや、貴方のことを危険人物だとは認識していましたが、想像以上でしたよ」
何がおかしいのか卑屈気に笑う。
「俺のどこが危険人物だ。まごうことなく人畜無害の一般人だぞ」
「「それはない」」
なぜかハッグとヤラライにハモられてしまった。水と油じゃなかったのかよ! クソ!
「おい色黒、なんでこいつが生きてるんだよ」
仕方ないので矛先を変えてみる。
「こいつだけは死なせるわけにはいかなかった。何をどうしても新たな国に必要な人材だからな」
バッハールがつまらなそうに腕を組む。
「てっきり国王と一緒に吊し上げるもんだと思ってたんだがな」
「俺たちだけで国を運営できるのならな。残念ながら俺やチェリナがどれだけ頑張ったところで素人が運営できるほど国は甘くない」
へえ、こいつ以外と現実が見えてるんだな。
「素人ってそいつも確か一商人じゃなかったか?」
色黒は苦笑した。
「苛めるな。こいつは別モンだ。農家の3男が商人になり、商会を持ち、男爵に取り入れられ、大臣にまでなった傑物だぞ。どんなに金を積んでも手に入らないこの国の財産だ」
俺はブロウ・ソーアに眠たい視線を向ける。
「俺はそいつに殺されかけたんだがな」
「なにこいつには死ぬのと変わらないくらい働いてもらうさ」
「ふん……」
バッハールの苦虫をかみつぶしたような苦い言葉に鼻息で答えてやった。
「嫌われたものですね」
こちらも苦い顔でブロウが呟く。
「気にするな、個人的な八つ当たりだ」
「まあそうでしょうね」
首を振って肩をすくめた。
「もうどうでもいいけどな。それより話し合いってのを始めなくて良いのか?」
椅子はもう揃ってると思うのだが。むしろ少し多い。
「重要な方が来ていないのですよ」
「ああ、閣下か」
たしかに大事だ。どうやら城壁を破壊したバリスタを用意したのも閣下らしいしな。
そしてタイミングを見計らったように入り口から数人の集団がやってくる。ホールが長いのでよくわからないがレッテル男爵が先頭を歩いているようだ。ハッグが反応するが、バッハールが「問題無い」と言うとハッグは鉄槌を下ろした。
近づいてわかったのだが、レッテル男爵の後ろに身なりの良いこの国の民族衣装をまとった壮年の男女が続いていた。その他は護衛だろう。そしてその姿を確認したチェリナが声を上げた。
「お父様! お母様!」
チェリナが立ち上がり側に寄っていく。
「久しぶりだねチェリナ……。だがレッテル男爵閣下への挨拶が先だろう?」
適度に日に焼けた厳格そうな顔つきの父親が優しい声で窘める。
「これは失礼しました……。男爵閣下にお詫び申し上げます」
チェリナが頭を下げると、むしろ男爵が慌てるように横に首を振った。
「いいおいいお、久しぶりに会う家族だお、ゆっくりするといいお」
見た目としゃべり方はキモいが性格は良い奴である。
「レッテル男爵、こちらへ」
バッハールが閣下を椅子へ導く。
「それにしてもどうしてお父様がここに?」
「どうしてもなにも、娘を助けに来ただけだよ」
「ええ、あなたはいくつになってもお転婆が直りませんね」
父親に続いたのは爆乳妖艶美女だった。なんだあの凶器。遠目では顔を隠すベールをしていたので壮年だと思っていたが、あんがい歳は俺とあまり変わらないかもしれない。……チェリナは何歳の時の子供だよ……。
いや待て、さすがにチェリナは高校越えてるくらいの年齢だろ? ってことはこの奥さんの年齢は俺を遙かに超えている……?
いやいや……、でも……あれ?
俺は年齢のことをそれ以上考えないことにした。
それにしても超弩級の美女だな。チェリナの親父羨ましいわ……。
ふとチェリナと視線がクロスする。なぜか殺気が込められていた。怖い。
「こちらから何度も連絡いれていたのですが、ずっと返事が無いのでまた予定のルートを外れているのかと思っていましたわ」
「予定のルートを外れていたのは確かだね。リベリ湾内南の造船所にいたのだから」
「ええ?!」
父親の言葉に驚きの声を上げるチェリナ。
「それでは最初からそちらに?」
男は顔を縦に振る。
「前々から極秘で建造していたのだよ。レッテル男爵閣下のご支援を受けて」
「建造……ですか?」
「ああ。この国の新しい象徴になるだろう、3隻の軍船だよ」
そこで俺は気がついた。
「もしかしてあの鉄の矢は……」
俺の口からつい今まで疑問であった現象の事がこぼれてしまう。
「ああ、君がチェリナの相談役のアキラ君だね。挨拶が遅れたがチェリナの父でカルゴ・ヴェリエーロと申します。以後よろしくお願いしますね」
「あ、ああ。俺は遠藤明喜良だ。こちらこそよろしく頼の……お願いします」
不意打ちだったおかげで口調がまとまらない。失態である。
俺が名前を名乗ったときにカルゴの視線が鋭くなっていたのだが、俺は気がついていなかった。
差し出された手を握り返して引きつった笑顔を返した。
「アキラ君の言うとおり。おそらく船上用のバリスタとしては最大の威力だろうね。ヴェリエーロの総力を挙げて開発していた」
「初耳です」
チェリナは不機嫌を隠さなかった。
「船とバリスタの設計は私とパロスでやっていたからね」
「まあ! あの兄様がわたくしに内密の仕事など……屈辱ですわ……」
おいおい。
「しかしそれでは商会の仕事はどうしていたのですか?」
「それはもちろんフリエナに任せていたさ」
「……お母様……」
「ふふふ……」
フリエナと呼ばれたダイナマイト美女が妖しく微笑んだ。妖怪の類いか?
ってかこのフリエナもチェリナ並の商才があるって事か。なんなんだこの親子。
「そういえば兄さんは来ていないのですか?」
「パロスは船ですわよ。まったく誰に似たのやら」
フリエナが呆れるようにカルゴに視線を投げる。カルゴは軽く視線を逸らした。
二人の力関係が知れるというものだ。
「それに今回の話し合いには役に立たないしね」
お前もひどいな親父! 長男をもっと立ててやれよ!
「それもそうですわね」
チェリナ!
「ええ。まったくです」
奥さーーーーーん!
なんかパロスに同情しちまうぜ……。
「ごほん……そろそろ宜しいでしょうか?」
ブロウがわざとらしく咳払いした。
「これは失礼。さあチェリナ。君も席につきなさい」
「……わかりました」
父親の言葉に一瞬躊躇を見せたが。凜とした表情に変えて席に着く。
ブロウはバッハール、男爵、チェリナ、カルゴに視線を移して頷いた。
「それではこの国の行く末を話合いましょうか」
なぜかブロウが仕切っていた。
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