第90話「荒野の指切り」
屋敷に戻るとメルヴィンがチェリナに、ナルニアが俺に飛びついてきた。
感動の再会はそこそこに俺とチェリナの二人は泥のように眠ってしまった。
次の日に目を覚ましてから商会で寝入ってしまったことを知る。ナルニアも商会に泊まらせてもらったらしい。
俺とチェリナが倒れるように寝てしまったのと対極にハッグとヤラライは普通に夕飯を食べてから寝たらしい。タフすぎる。
しかも交代で見張りをしてくれたというのだ。まったく化物である。さてこの感謝はどうやって返せばいいのかね?
寝ぼけた頭で状況を説明してもらいつつ朝食をパクついているのが現在である。
商会料理長フーゴ渾身の朝食で、さっぱりしつつも食べやすく、胃がもたれないのにボリュームもあるという凄い朝食だった。うーん。この人天才じゃね?
チェリナも寝ぼけ眼でちょっと寝ぐせがハネていた。妖怪に反応しそうなアホ毛になってる。それでもちょっとずつ朝食を口に運び少しずつ目が覚めていっているらしい。アホ毛が徐々に項垂れていく。
首に巻かれた包帯が痛々しい。
そうだ。新しい物に替えないと。
残金475万2061円。
メルヴィンに救急箱を渡しながら使い方を教える。特に消毒に関しては徹底するように言い含めた。あとメルヴィンさんが怪我した時に出してやらなくてすまん。思いつかなかったんだ……。せめて新しい包帯とガーゼを使って欲しい。
「それでバッハール様からなにか連絡は?」
ブドウ糖が頭に廻ったのか、だいぶいつもの調子を取り戻してきたようだ。
「まだありません」
こちらも調子を取り戻していつもの側近然とした態度のメルヴィンだった。どっちも逞しいねまったく。
「外の様子は?」
「暴徒化していた群衆は落ち着いております。バッハール様率いる海龍の手際でしょう」
「さすがですね」
「現在は革命の成功に声を合わせて歌っているような状況です。海龍からの連絡では城内の略奪は甚大。人的被害は最小限という報告が入っております」
「そうですか……」
チェリナは声のトーンを落として顔を顰める。
「何か問題でもあるのか?」
「おおありですよ。国庫が空っぽということは、国の復旧をゼロからやらなければなりません。このような革命はすぐに自分たちが裕福になると勘違いしている人間で成り立っています。彼らに生活の向上をハッキリと認識させる政策を矢継ぎ早に打たなければなりません。それなのに金が無い。それこそ素手でマンティコアに挑む様なものですわ」
マンティコアがどれほど強いのかわからんが、言いたいことはわかった。しかしいるのかマンティコア……。
「うーん。銀行を作って国債の発行とか」
「国債、ですか?」
「ようは国の借金なんだが、後日利子をつけて返しますよーっている約束手形だな」
「……悪く無いですね」
「ただ信用も無いのにそんなもん発行して誰が買うんだっつー話だよな」
「それは確かに」
「だからこそ銀行に買わせるんだが」
「そもそも銀行とはなんでしょう?」
「うーん。通貨を発行したり、国の金を預かったり、ああこれは中央銀行の話で、それとは別に普通の……民間の銀行があり、そこからの金も預かったりする。利子を付けて返したりするわけだ」
「……わかりません」
「うんすまん。俺も詳細はわからん」
あとで金融関係の本でも承認して渡してやろうかしら。少しは役に立つかもしれない。
「まあ中央銀行があれば、紙の通貨とか作って便利だと思うんだがな」
俺はなぜかコンテナからお金を自由に出し入れできるが、金属の硬貨を大量に持ち歩くのは大変だと思うんだよな。特に100円にあたる通貨がないから、とにかく小銭が多い。
「なあ、なんで100円前後の硬貨がないんだ?」
素直に聞いてみた。
「そうですね……価値でいったら鉄が良いのかもしれませんが、鉄は価格以上に使用される用途が多いですからね。鉄銭を出しても、釘や包丁に鋳潰されるのが落ちでしょう」
「なるほど」
大量の薪やら石炭を使って鉄銭を作って、それをまた燃料を消費して鋳潰されたのではたまらない。経済という意味では回るのかもしれんがこれに関しては却下だろう。鉄材を売ればいいだけの話だ。
「難しいもんだな」
「まったくですね」
クスリと笑う。
「ねえお兄ちゃん、これから私達どうなるのかな?」
今まで遠慮がちに朝食を食べていたクジラ亭の看板娘ナルニアだ。
「おそらくそれを決める話し合いをこれからするんだと思う。……なあナルニア。お前は国王がいなくなったらどうなると思う?」
先ほどのチェリナの言葉が棘のように気になっていたので聞いてみた。
「うーん。きっと馬車税とか宿税とか無くなって、パンが安くなって、お客さんがいっぱい来てくれるようになるかな!」
俺がチェリナに視線を移すと彼女は左右に首を振った。
「うん……きっと多くの人はそう思うよな……」
一度目を瞑って言葉を選ぶ。
「ナルニア。おそらくお前が思うほど暮らしは良くならない」
「え?」
ショックなのだろう表情が固まる。
「しばらくは前より厳しい生活になるかもしれない」
固まった表情が崩れて泣きそうになる。幼女を泣かせる趣味はない。
「だがな、少しの間耐えたら必ず暮らしは良くなっていく。少しずつだが今よりきっとだ」
「そうなの?」
「ああ約束する」
もちろん口先だけの約束だ。だがこれから国の行く末を見守るのは横にいるチェリナであり国を憂いたバッハール達なのだ。悪くなるはずがない。
「そうだ、俺の国でやる約束のおまじないをしてやろう」
ナルニアが首を傾げる。
「小指を出せ、そう」
俺は小さな指に自分の小指を重ねる。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
リズムに乗せて手を上下するとそれが楽しいのかどんどん笑顔になる。
「お兄ちゃん。どういう意味?」
「約束を守れなかったら針を千本飲ます……酷い事していいよっていう誓いかな」
「ふーん? 面白いね!」
これが希望になって力強く生きてくれればいいんだが。
「アキラ様……ナルニアさん。生活は良くなりますよ。わたくしが保証します」
唐突にチェリナが言った。
「おいおい……」
お前がそれを言ったら洒落にならん。それがわからないチェリナじゃあるまいに。俺の目が語っていたのだろ。こちらを見たチェリナは力強く頷いた。
「わたくしはこの国を変えてみせます。誇れる国にしてみせます。だから約束しますよナルニアさん」
「チェリナ様……」
ナルニアは目に涙を溜めてチェリナを見つめ返す。
「お嬢様。バッハール様からの使者が参りました。すぐに王城においで欲しいとの事です」
「わかりました。すぐに準備をいたしましょう」
チェリナが毅然と立ち上がる。窓から差し込む太陽光で輝くようだ。いい女だな。と、ちょっとらしくない事を思ってしまった。
俺は頭を振って別のことを考えることにした。
……昨日湧いて出た「クエスト」の事を調べるのを忘れてたぜ……。
俺は背広に着替えながらどうでもいい事を考えるようにしていた。
――――
街ではところどころ煙が燻っていたが、もともと石造りの建物が多いので夜の内に鎮火したらしい。木造メインの建物は燃え尽きたらしいが……。
飲水には向かないが河の水も海の水も豊富だから人海戦術でどうにかしたんだろう。
今日もオレンジモヒカンのマックス師匠率いる混成軍が護衛についてくれている。
「だいぶ落ち着いたようだな」
モヒカンを左右に揺らしながら街を見回すマックス。
「街中が廃墟になってなくて良かったぜ」
「ああ、その辺はバッハールの旦那と随分前から想定してたからな。そういう不埒な輩をぶっ飛ばす役割を俺らが引き受けていた訳よ」
腕の筋肉を見せつけてくる。暑苦しいわ!
「昨日は行かなくて良かったのか?」
「馬鹿野郎! お嬢の安全は最優先だろう! お前馬鹿なのか?」
「おふう……なんだろう、あんたに馬鹿って言われるとやたら傷つくな……」
「ふん。頭の中身なんざ似たようなもんだろ?」
「否定できねぇ……」
自分でも嫌になるくらい学がないからな。
「ま、お嬢を助けたのは褒めてやらあ」
「ハッグとヤラライのおかげさ」
前後を歩いていた二人が少しだけこちらを向いた。ハッグの表情は巌の様で、ヤラライは軽く片手で答えてくれた。
「しっかしエルフとドワーフねぇ……すごい組み合わせだな」
「そうなのか?」
「東にゃエルフも沢山いるらしいがこの辺じゃ珍しい。たまに見かけても大抵ドワーフとは相容れないな」
「ふうん? なんでだろうな?」
「俺が知るかよ」
マックスは大げさにかぶりを振った。
――――
街のそこらで声を上げて騒いでいる団体がいた。彼らは酒を手に持ち何度もカップを打ち合っている。
叫んでいる単語に「自由」とか「万歳」とか混じっている。よく見ると高そうなツボを抱えた奴や、銀製のろうそく台を掲げている奴もいる。好き放題略奪しておいて自由も何もあったもんじゃないな。
中東で反政府運動が活発化したが実際あれらは上手く行っていないようだ。もちろん政府にも問題は多数合ったのだろうが元を正せば「仕事が無いから」起きた暴動であり、頭がすげ変わった所でそれは解決しない。
上手くいかない全てを他人のせいにしても何も解決しないのだ。
自分たちで出来る最大限の努力をしてそれでも上が変わらなかった時のみ革命というのは成功するものだと思う。
そう考えるとチェリナやバッハールはどうだろう?
俺から見ると彼女は懸命に生きていたと思う。制約のある世界で自分のできる範囲の努力を最大限。
彼女の横顔を見る。毅然とした顔だった。
「……どうしました?」
「いや、なんでもない」
無意識に彼女をガッツリ見ていたのに気が付かれてしまってちょっと気恥ずかしい。
「うん。お前なら大丈夫だ」
チェリナはしばらく無言だったが笑みを作って頷いた。
さて、世界を変えに行こうか。
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