第89話「荒野の神格レベル10」
(凄く長いです。三倍くらいあります)
巨大な鉄の矢の飛来は終了していた。
矢が尽きたからか、これ以上の攻撃は必要ないと判断したのかはわからないが、なるほど城壁の一部は完全に崩れ落ちてレンガの瓦礫を積み上げていた。
「中はレンガだったのか」
それにしてもよく打ち崩せたものだとは思うが。
そしてその崩れた箇所に漁業ギルド長バッハール率いる一団と、波動理術道場主マックスが率いる一団が怒声を上げて殺到する。
「ワシらもいくぞい!」
「お、おう」
ハンドガンを構えてエルフのヤラライについていく。どうやらドワーフのハッグは殿をやってくれるらしい。
崩れた瓦礫の山をよじ登るのは大変だと思ったが、波動を纏っているおかげか、比較的に楽に超えることが出来た。それでも波動道場の一団には敵わず引き離されている。
中庭ではすでに戦いが始まっていた。王国軍側は明らかに手薄だった。
俺が今いる場所からギリギリで城壁門が見える。あちらは大量の兵士で門を守っているらしい。
門自体もバリケードが作られかなり守りが堅い。
「バッハールの野郎、群衆を囮にしたな?」
王国軍は攻められるはずのない城壁西側からの乱入者に明らかに浮き足立っている。統率の取れていない兵士がばらばらと駆けつけるが、あっさりと道場生たちに各個撃破される。
ってか道場生たち強ええ!
リアル「ひゃっはー!」の声と共に兵士を確実に多対一で片付けていく。おそらく一対一でも勝てる実力があるのにだ。ようやくあの時ハッグが「実戦派」と言った意味がわかった気がする。恐ろしい。
「俺達も行こう」
奥から手招きするバッハールに追いついて、とうとう城に乗り込むことに成功した。
――――
詳細は避けよう。
中央突破する俺達の前に重装兵が現れ、バッハール隊が力押しする。その隙に俺たちだけで奥へと進む。
「アキラ! チェリナを……必ず助けろ!」
「バッハーーーール!!」
などとお約束のやりとりを繰り広げ、かなり血まみれになりつつ(殆どが返り血だ。ハッグとヤラライが倒した敵の)ようやくピラタスⅡ世豚王陛下を追い詰めたところだ。
細かい描写は皆の想像力に任せるが息切れするほど大変だった事は明記しておく。
彼の私室なのだろう、絢爛豪華な部屋。
いや調度品に統率が取れていないケバいだけの気持ち悪い部屋。部屋の中央に鎮座する巨大なベッドが妙に醜悪に見える。
実際その寝具の上で薄着のチェリナが豚王に伸し掛かられている状態だったのだ。
恐怖で固まっていたチェリナが俺たちに気づいて叫んだ。
「アキラ様!」
「なっなんじゃ貴様らは!」
今までの騒ぎを知らないのかよ……。
おそらく今頃は崩れた城壁に気づいた群衆が瓦礫を掻き分けて押し寄せているし、城門も落ちている頃だろう。城内は武装した一般市民の狩場と化している。
この部屋に通じる通路にいた重武装兵だけが難物だが、それもバッハールがなんとかするだろう。
どこに隠れていたのか部屋の奥から3人の武装した男が飛び出してきた。
が。
ざしゅっ!
ぐしゃっ!
ドンドン!
一瞬で死体に変わる。
エルフのヤラライによる黒針で。ドワーフのハッグによる鉄槌で。俺の拳銃による銃弾で。
殺しに対する罪悪感はここまでの行程でとっくに麻痺している。
「ぎょわあああ!」
豚王の鳴き声を無視して、拳銃からマガジンをずらして残弾を確認。3発。新たに装填している余裕はない。
光剣のしまってあるポーチの位置を確認して、拳銃を豚王に向ける。
「そのクソ汚え肉をどけろ豚野郎」
ハッグとヤラライが俺の左右につく。
油断だった。
さすがに観念すると思い込んでいた。
力なく項垂れたと思った豚王がどこからかナイフを取り出してチェリナの首筋に当てながら羽交い締めにしたのだ。
「あっ!?」
豚の頭を吹き飛ばそうと思ったが動いてる上にチェリナが近すぎた!
「しまった!」
ハッグとヤラライも動いたのだが、俺の動きが逆に二人の邪魔をしてしまったらしい。
間抜けすぎる! 自分をぶん殴りたい!
「ふ……ふははは! 余の神聖な寝所に随分と荒っぽく入ってくれたの!」
豚王がギリギリとチェリナを締め付ける。ナイフが首に食い込み血が流れる。
こいつは、殺す。
俺が銃口をドタマに向けるが、豚王はチェリナの頭に隠れるようゆらりゆらりと身体を揺らす。馬鹿のくせに銃が飛び道具である事を理解したらしい。この距離なら外さないってのにクソが。
「あ……アキラ……さま……」
苦しげに声をもらすチェリナ。すまん少しだけ我慢していてくれ。
「ええい! 黙れこの売女が! 余の前で許可もなく喋るとは無礼であろ!」
豚王が天蓋付きベッドの縁に隠れながらチェリナを締め付ける。こうなるとさすがのハッグとヤラライも手が出せないらしい。
ベッドの脇には山盛りのじゃがバタが積んであった。
こんな時まで馬鹿じゃねーの?
「卑怯者、女子、離せ」
ヤラライが殺気のこもった声を吐く。
「はっ! エルフ風情が偉そうに! 貴様らの時代はとうの昔に終わっておろ!」
豚王の挑発めいた発言にもヤラライは反応せず氷点下の視線を浴びせ返すだけだった。
「おい、豚王」
「ぶ、豚だと?! 貴様! 無礼であろ?!」
豚がヒステリックに叫び返す。
「ふん。テメエはどっからどう見ても豚だろうが」
「貴様は縛り首だ! ……ん? 貴様! チェリナと一緒にいた間男ではないか!」
今さら気がついたのかよ。ってか間男言うな。
「なんだ、随分罪が軽くなったな。たしか反乱罪とか公開処刑とか色々冤罪押し付けられてたぞ」
「親衛隊を目の前で殺しておいてのうのうと! 現行犯であろ!」
俺は血だまりに沈む3人の死体を一瞥。
「そうだな。今度は冤罪じゃない」
俺が認めると豚王ががくがくと頷く。
「ただ、いったい誰がそれを裁いてくれるんだろうな?」
「なん……じゃと?」
チェリナの髪の間からひん剥いた目玉をこちらに向ける。
「いい加減気づかないのかよ。こんな異常事態だってのに誰も助けにこないとか……あと、外の騒音が聞こえないのか?」
「何を言っておる?」
俺がヤラライに目で合図すると、彼はするりと移動して部屋の窓を開け放つ。ガラスをふんだんに使った贅沢品だ。途端に外から怒声や破壊音が連続して流れ込んできた。随分と防音のしっかりした窓だったらしい。
「さっきの振動は……まさか……貴様らの仕業か?!」
バリスタの攻撃の事言ってんのか?
あれからそれなりに時間が経つが外を見ることすらしなかったのか。
危機感ゼロだなこの泥豚野郎は。
「俺らのっていうか、この国の人間の仕業だな」
「なんだと?!」
クソ、動揺すれば隙を見せると思ったのにチェリナのナイフは浅く食い込んだままだった。案外強かなやつだ。ハッグとヤラライが動けないんだから。
「そうだな……チェリナを開放してくれれば、見逃してやるぜ?」
「ぬ?」
お、反応しやがった。いけるかもしれない。
「どうせ抜け道の一つや二つはあるんだろ? 外の奴らはお前が狙いらしいが、俺たちゃそこのチェリナが返ってくればそれでいい。悪い話じゃないだろ?」
乗ってこい。実際見逃したっていいんだ。どうせバッハールあたりが地獄の底まで追うだろうしな。
「別にナイフを離さなくてもかまわねぇ。チェリナを解放してくれれば追わない」
俺は手の拳銃を床にそっと置く。それを見てヤラライも床に黒針を。ハッグは少々躊躇した後、乱暴に鉄槌を床に落とした。
「くっ……」
俯いた豚王から空気の抜けた音が漏れる。なんだ?
「くく……」
そこで豚王は頭を上げる。顔には狂気が宿っていた。
「くははははははは! 余を馬鹿にするのいい加減にしろ! 余が望むのはチェリナただ一人よ! その他の事などどうなっても構わんわ! それにの、余はそなたの事が大嫌いである!」
しまった! 完全に戦法を間違えた!
豚王の手のひらに血管が浮かび上がる。ナイフを持つ手に。
俺は見た。
チェリナの首が引き裂かれ天井まで吹き上がる鮮血を。
背筋が凍りつく。
だが。
現実は違った。
その現実を勝ち取ったのはチェリナ自身だった。
「はっ!!」
裂帛の気合とともに淡く発行するチェリナがすかさず豚王の横腹に肘打ちをかますと、ぐらりと豚の肉塊が揺れた。
3人同時に動いた。ヤラライは矢の様に豚王の顔を掴み、ハッグは脇腹に岩の様な握りこぶしを打ち込んだ。
そして俺はへっぴり腰で飛び込んで豚王のナイフを思い切り掴んだ。
刃の部分など知った事か!
それを無理矢理チェリナから引き離す。アドレナリンのせいか指の痛みは感じなかった。
ハッグとヤラライが豚王を引き倒すのと同時にチェリナを抱きしめて引き寄せた。
「チェリナ!」
「……アキラ……様!」
チェリナが力強く抱きついてくる。いや、俺も抱きしめていたので抱き合ってしまったというのが正解か。
そこに血だらけのバッハールが飛び込んできた。続いてマックスたちも雪崩れ込んでくる。
「チェリナ!」
「「お嬢!」」
「「ヴェリエーロお嬢様!」」
一瞬で状況を見て取ったバッハールが安堵の溜息を吐きながら、大声で部下に指示を出す。
「チェリナ・ヴェリエーロ嬢は無事だ! ピラタス王も捕らえた! お前たちはこの事を知らせて回れ! 降伏するものは生かして捕らえろ! 逆らうものは殺せ! それと混乱を避けるためにこれ以上ここに人を入れるな! わかったらすぐ行動に移せ!」
「「了解!」」
武装漁師達が廊下に散らばると、マックスも弟子たちに「お前らも手伝ってこい!」と部屋から追い出した。
「よく……やってくれたなアキラ」
バッハールが珍しく笑顔で俺に近寄ろうとして……。抱きついているチェリナを一瞥。俺に向かってふんと鼻息を一つ吐いた。
「俺はお前が好きになれんな」
「たった今そこのブタ野郎にも同じこと言われたぜ」
「それは……心外だ」
二人して思わず苦笑してしまう。
「それで、豚王は渡してもらえるんだろうな?」
「好きにしろよ……ただお仕置きはしておけよ」
「どう考えても生きる道はないな」
「そりゃ残念だったな」
どうせなら俺が八つ裂きにしてやりたいところだ。
押さえつけられた豚王に視線を向ける。
「この……下賤共が!」
「革命は成功した。もうお前は国王でも何でもない。どちらかといえばお前のほうが下賤だな」
冷たくバッハールが言い放つ。
「それで……そろそろ離してくれ。チェリナ」
全力で抱きしめられ続けていたので、そろそろ苦しい。
「それに治療をしないといけない」
俺は半ば無理矢理チェリナを引き離して、ようやくチェリナの表情に気がついた。
紅い両眼から絶え間なく涙が流れ、身体は震え、倒れぬように俺にしがみついていたのだ。チェリナをベッドの縁に座らせて首の様子をみる。
意外と傷が深いようで血が止まらない。
「おい、誰か医者を連れて来てくれ!」
「わかった。おい! 医者だ!」
バッハールが廊下に向かって叫ぶ。
俺は目を瞑って「救急箱……出来るだけ品質が良い物」と思い描く。
【承認いたしました。SHOPの商品が増えました】
リストを確認。
【救急セット=7600円】
迷わず購入。
残金476万5961円。
【神格レベルが10に上がりました】
【コンテナ容量が55個になりました】
【クエストが購入可能になりました】
……。
……。
……は?
いやいや!
今は無視無視!
他の奴らに見えないように救急箱を取り出す。
「しみるぞ」
消毒液を傷口に吹き付ける。
「きゃっ!」
「おい?」
チェリナの悲鳴にバッハールが反応する。
「大丈夫だ。消毒しただけだ」
「消毒?」
「あー。傷口が化膿しにくい薬を塗ったんだ」
正解半分で答えておく。
傷口にガーゼを当てて包帯で巻いていく。
「随分と……伸びる布……ですね」
ようやく落ち着いてきたのか、いつもらしいセリフを吐く。もっとも口調は震えていたが。
「これなら首に巻いても苦しくないだろ? 血は……止まらないがかなり抑えられたはずだ」
「はい。ありがとうございます」
そこでチェリナが俺の手に気がつく。
「アキラ様……血が!」
「ああ、悪い汚れるな」
俺はズボンで適当に拭おうとするが、その手をチェリナが両手で取った。
「わたくしが包帯を巻きますわ」
「ん……そうか。頼む」
俺は自分で消毒薬をぶっ掛けてから、ガーゼと包帯をチェリナに渡した。
「その薬は高価なものなのですか?」
「いや、たしか80-90%のアルコールで良かったはずなんで、酒を作る技術があれば作れるんじゃないか?」
もっと薄くても良いんだったかな? さすがに細かく覚えていない。80%前後が殺菌力が強いとか何かで読んだ覚えがあるんだが……うろ覚えすぎる。
「ふふ……相変わらずですね……アキラ様は」
ゆっくりと包帯を巻く彼女が小さく笑う。だいぶ震えは治まってきたらしい。
「何がだ?」
「傷の化膿はこの世界共通の悩みですよ。様々な止血薬や妙薬が存在しますが、その製法はどれも門外不出。実際に効くかどうかハッキリしないものが多いですし、それ以上に偽物が大量に流通しています。……そうですね、エルフの秘薬と呼ばれる止血薬は血止まりも良く化膿もしないと聞きますが」
俺がエルフのヤラライに顔を向けると、ちょうどバッハールに全裸のフルチン豚王を引き渡していた所だった。聞いていたのか頷いて答えてくれた。
「秘薬、違う。だが、調合薬草に、傷に効くの、ある。今は手持ち無い」
少しすまなそうに頭を下げる。
「気にしないでください。アキラ様の秘薬をいただきましたので」
チェリナが微笑むとヤラライが頷く。
「ヒューマンは軟弱じゃからの」
「ドワーフ、雑すぎ」
睨み合う二人。おいおいこんな所で喧嘩を始めるんじゃねーぞ?
「出来ました。痛みませんか?」
包帯は巻き終わったが俺の手にはチェリナの両手が添えられたままだった。いつもなら振りほどくのだが、どうしてかその時はそのまま放っておいた。
どうしちゃったんだろうね? 俺は。
「お前こそ傷まないのか?」
「少し、痛みます」
「だろうな」
何と言っても首だ。かなり出血もしている。動脈が切れて無ければいいのだが、首の動脈が切れると吹き出すほど血が出ると聞いたことがあるので、たぶん大丈夫だろう。
「二人とも、防御の波動を意識するんじゃ?」
唐突にハッグが言った。
「防御の?」
「うむ。波動には自己治癒能力を促す作用もあるんじゃ。血が止まるように特に意識してみい」
俺とチェリナは揃って頷くと教えてもらった防御の波動を発動する呼吸法をふだんより深く繰り返す。手の傷に意識を集中するとそこが淡く光ってきた。
「ほう? 覚えたての割には筋がええの。それで失血死はせんじゃろ」
それはありがたい。見ればチェリナの首も包帯の隙間から淡い光を漏らしていた。良かった。彼女も大丈夫そうだ。
安心した所に外から人が入ってくる。白髪の爺さんで手に大きなカバンを持っていた。
「医者が来たぞ」
バッハールが爺さんを招き入れる。
「おおチェリナ嬢! 生きておったか!」
「まあライナル医師ではありませんか。お久しぶりです」
「良かった良かった! お前さんが城に連れて行かれたと聞いた時は生きた心地がせんかった。ワシは武器は振り回せんから代わりに後方で怪我人を治しておったんじゃ」
「まあ、それでは直ぐに戻りませんと」
「なに、お嬢の治療と聞いて死にかけの奴らまで早く行けと急かしおったよ。どれ傷をみせてみろ」
そういって包帯に手を伸ばした爺の手を掴んだ。
「なんじゃ? 若いの?」
「ちょっとまて、消毒が先だ」
俺は相手の返事を待たずに医者の手に消毒薬をぶっ掛けまくった。
「なんじゃ! 冷たいのう! 手なら透明な水で洗ったぞ?!」
「先生、これは化膿を押さえる秘薬ですわ。安心ください」
チェリナが微笑む。
「ほう?」
ライナルは視線をめぐらしてエルフのヤラライで視線を止める。
「なるほどの……。それは貴重じゃな」
何か勘違いしたようだが別に問題ないのでそのまま流した。
医師は包帯に驚きつつもチェリナの傷を覗き込む。やはり出血が多い。
「ふむ。縫えばなんとかなるの」
「縫うのか? どれで?」
「なんじゃさっきから……これじゃ」
医者がカバンから取り出したのは小さな糸巻きに巻かれた白い糸と、布に並べられた針だった。どう見ても使い捨てには見えない。
「ちゃんと絹糸じゃぞ。そこらのやぶ医者が適当に使う木綿糸なんかじゃないぞ?」
「ちょっと待て」
俺は目を瞑って願う。
【糸付縫合針(10セット)=6300円】
残金475万9661円。
ポケットから出したふうを装って医者に個別包装された糸付きの縫合針を渡す。
「一縫いごとに新しいやつを使ってくれ」
「これは……なんじゃ?」
ビニール袋に包装された針をマジマジと見るライナル。俺は無言で一つ袋を破り手渡す。直接触らないようにビニールから少しだけ針を出す形でだ。
「いいから。これを使ってくれ」
さらに救急箱からピンセットも取り出して渡す。
「ふむ……針が歪曲しておるのか……これは縫いやすそうじゃ」
「出来るだけ手は使わないでそのピンセットを使ってくれ」
「わかった。やってみよう」
医者の腕はなかなか良いのか、手際よく縫合していく。5針ほどで出血は止まった。
「ふーむ。見慣れない針に糸。秘薬……何がどうなっておるのか」
「悪いが答えてる余裕が無い」
消毒薬をもう一度傷口に吹きつけてガーゼで血と一緒に拭き取る。新しいガーゼを当てて、新しい包帯で巻いてやった。
消毒液を傷にかけるのは今のやり方では無いかも知れないが、この土地柄を考えると病原菌の方が怖いからな。
「勿体無いですよ、さっきほどの布を使いましょう」
チェリナが先ほど巻いていた包帯を手に取る。
「駄目だ。古いのは破棄だ。針も包帯もガーゼも一度使ったものは絶対に使うな」
俺はドスの効いた声で半ば脅す。
「な、なにか理由でも?」
「詳しい話は俺も出来ないが、目に見えない……病気になる砂粒より小さい粒みたいなのがあるんだ。古い包帯なんかにはそれが残ってる」
包帯くらいなら熱湯消毒してまた使ってもいいんだろうが、今は安全が最優先だ。それに必要ならいくらでも買える。幸い金はある。
「そうなのですか?」
チェリナは首を傾げる。
「似た話、聞いたことある。エルフ、治療に、使い回し、しない。言い伝えある」
ボソリとヤラライが呟いた。どうやらエルフは経験則なのかある程度の知識があるらしい。長命の理由の一つなんじゃないだろうか?
「それではワシは戻るよ。チェリナ嬢、本当に良かったの」
「はい。ありがとうございます」
俺は脇に置いてある救急箱に残りの縫合針を突っ込んで医者に手渡す。
「ならこれは持ってってくれ。少しは役に立つだろ」
「いいんかい?」
「治療の礼だ」
「ならありがたく。ではな」
ライナル医師はそう言って出て行った。
「落ち着いたか? お前たち」
バッハールが立つ。
「俺は大丈夫だ。ハッグとヤラライも大丈夫だろ?」
「むろん」
「問題、ない」
さすが戦士。
「わたくしも大丈夫ですわ」
「そうか、なら今夜は商会に戻れ。護衛もつける」
俺は眉をひそめる。
「まだ後処理は終わってないだろ?」
「これから行われるのは後処理なんてもんじゃ無い。虐殺と略奪だ」
「なんだって?」
「もちろん可能な限り抑えさせるが、動き出した群衆を止める手はない。おそらく城が空っぽになるまでは手がつけられないだろう。まあ明日の朝までには沈静化する」
「マジか……」
「残念ながら……な。辛うじて降伏した兵士やメイドの命だけは確保しているが強姦陵辱は戦争の常だ。それを抑えている分略奪までは止められん」
「……」
「なに、日が昇る頃には頭が冷めるだろう。なので明日の昼頃に再度集まることにする」
「お前は休まないのか?」
「俺がいなくなって誰が指揮をするのだ? アキラ、お前が代わってくれるか?」
「すまん。頑張ってくれ」
「……ふん」
バッハールが指示すると屈強な漁師とマックスが並ぶ。どうやら彼らが護衛らしい。頼もしい。
「そういえばモルモレの野郎はどうなったんだ?」
思い出してマックスに聞いてみる。
「約束通り両手両足を砕いておいたぜ。最後に見た時はまだ生きてたぜ」
マックスが筋肉を震わせて答える。笑顔で。
「ポール・モルモレ……思っていた以上に小物でしたわね」
「お前がそれ言っちゃうかね」
俺の反応にチェリナはクスリと笑う。
「マックス師匠。わたくしの代わりに天誅をくだしていただき感謝いたしますわ」
「いやいや! お嬢を裏切る野郎は許せねぇですよ! きっちりカタ嵌めときましたんでご安心くだせえ!」
相変わらず権力に……いや単純にチェリナに弱いのかこいつ。
「それでは商会までエスコートをよろしくお願いしますね」
「お任せくだせえ!」
もりもりと力こぶを見せつけるマックスに思わず苦笑してしまう。
ハッグ、ヤラライ、マックスだけでも過剰戦力なのに、さらに屈強な海の男達も付いてきてくれるのだ。心強いことこの上ない。
部屋を出ようとするとバッハールが声を掛けてきた。
「明日迎えを出す。それまでゆっくり休め」
俺は片手を上げて答えておく。
明日は明日で忙しくなりそうだった。
一区切りつきました。
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