第88話「荒野の大逆襲」
広場は人でごった返していた。
海龍の手引で広場に誘導されているのだ。彼らは口々に王国を乗る呪詛を吐き出している。辛うじて暴徒化していないのは海龍の事前準備のおかげか。
普段目にする住民だけでなく、明らかに身なりの見窄らしい人間も多い。ここで言う人間とは獣人なんかも含める。
「諸君! よく集まってくれた!」
声高らかに宣言したのは黒肌筋肉男バッハールだ。漁業ギルド長の貫禄も十分で声は広場全体によく通るバリトン美声だ。クソ。こいつもイケメンだな。
「すでに内々に話を聞いている者もいるだろうが、我々は改めてここで宣言しよう!」
うおー! と広場中で怒声が合唱する。
しばらく騒がせた後、バッハールが手を上げる。広場は自然と沈静化していった。大したカリスマだ。もっとも本来ならこの役回りはチェリナの予定だったのだろう。
「我々ピラタス住民は決断した! 現ピラタス国王に王たる資格無し! その首を貰い受けることにする!!」
今度は爆音だった。広場中の人間が喉が枯れんばかりの大声を上げ、その熱量で黒天をも焼きつくしそうであった。
「本来!」
そこで住民たちの声は一度トーンダウンする。続きを促そうと身の内に湧いた熱量を押さえるが如く。
「この場所で! この宣言をするのは! 君らの敬愛する! チェリナ・ヴェリエーロ嬢の予定であった!」
おおお?!
ざわざわと不思議な波が群衆を駆け巡る。
「だが! この事を知った愚王ピラタスⅡ世によってチェリナ・ヴェリエーロはその身柄を捕らえられてしまった!」
うわあああああああ!
悲喜こもごもの怒声が上がる。そしてどこからともなく「取り戻せ」「「取り戻せ」「チェリナ様を取り戻せ!」と波のように広がり、気がつけば群衆全員が足を踏み鳴らして「取り戻せ!」と繰り返し叫び出していた。
「そう! 我らは勇気あるチェリナ・ヴェリエーロを取り返さなければならない!」
うおおおおおおお!!
殺気に満ちた怒声が、腕を突き上げる群衆たちによって蔓延した。
「大義は我らにある! この国を真に思うのは誰か! この国に相応しい王は誰だ!!」
「「「チェリナ! チェリナ! チェリナ!」」」
何百もの唱和がただ一人の人物の名を浮かび上がらせる。
「そうだ! 我らは取り返さなければならない! 安心したまえ! 大義は我らにある!」
バッハールが手を突き上げると、馬車に待機していた漁師たちが一斉にその布を引剥した。
馬車に積まれていたのは大量の剣や槍。つまり武器であった。
「見ろ! こちらにおわすはレッテル男爵である!」
おおおお! 若干の戸惑いを見せる群衆。
「これらの武器を用意してくださったのはこの国の重鎮であるレッテル男爵閣下である! 閣下は喜んで我らに協力してくれた! さあ武器を取れ! 大義は我らに!」
「「「「大義は我らに!」」」」
「「「「うおおおおお!」」」」
「「「「チェリナお嬢様を取り戻せえええええ!!」」」」
さまざまな怒声渦巻き、群衆に次々と武器が渡る。手にした者たちから武器を掲げて城門に殺到していった。
これがこの国に後生まで残ることになる一夜革命の産声であった。
――――
「これからどうするんだ?」
あらかた武器を配布し終わった所でバッハールに尋ねた。なんで俺がまだここにいるかというと今まで武器を配るのを手伝っていたからだ。本当はすぐにでも突っ込むつもりだったのだが、バッハールに止められていたのだ。
「これから向かう場所がある」
自分の武器を用意しつつバッハールが言った。
「どこに?」
「良いところだ」
バッハールの冗談に顔を顰めてしまう。
「すぐわかる……それで閣下。例の件。間違いありませんか?」
「だ……大丈夫だお……ま、任せるんだお……」
「それではよろしくお願いします。……お前! 閣下を安全にお届けしろ!」
「了解!」
壮年のいかにも屈強な男たちがレッテル男爵を守りながら進んでいった。まあ閣下は戦いの役には立ちそうもないから安全な場所にでも連れて行くんだろう。
「行くぞ」
バッハールの先導で闇夜を進む。
彼が選んだ道はあまり人のいない細い道ばかりだった。
「おい、こっちには門がないんじゃないのか?」
「今は門に向かっても群衆で身動きが取れん。黙ってついてこい」
「偉そうに……」
俺は装填デコッキング済みのP229を構えながら細マッチョ漁師の後を追う。裏道ばかりでだんだん方角が怪しくなってきた。
しばらく進むとバッハールが暗闇でしゃがみ込み、片手で俺たちにも伏せるよう指示を出してくる。
「首尾は?」
暗闇に問いかけると、同じく暗闇が返答を返してきた。
「遺漏なし」
バッハールが頷くと手招きで呼ばれた。そのまま建物に入ることになる。
中は暗い。当たり前といえば当たり前だが。
「よう。ちったぁ波動を使えるようになったのかい?」
闇の中からドス太の声がする。目が慣れてくると、微かに開かれた木窓の薄い明かりで声の主が見えるようになった。
「あんたは……ニワトリ!」
「誰がニワトリだぁ?!」
「声! 声!」
思わず声が上がりかける俺に、更に上回る声でニワトリが鳴き、それをバッハールの手下が懸命に諌める。
声の主は上半身ハダカで筋肉隆々。ズボンは日本のホームレスといい勝負というボロぶり。
「マックス師匠じゃないか。なんでこんな所に?」
慌てて声を落として尋ねた。
オレンジのモヒカン男、チェリナが波動理術を習った波動道場主のマックスであり、俺の波動を調べてくれた師匠でもある。
もっとも彼からは何も学んでいないが。
よく見ると彼の背後には肩パットや大型バイクの似合いそうな世紀末門下生たちも揃っている。
「俺たちゃ最初から海龍のメンバーよ。バッハールの旦那と前々から計画を練っていてよ」
「そうだったのか」
見た目はあれだが、これは頼もしい援軍である。
そしてまた筋肉率が上がった。いったい誰が喜ぶというのか。
「マックス、こちらにどのくらい情報が入っている?」
「こっちは隠れんぼしてんだ。ここから外を覗くくらいしかやるこたねーよ」
バッハールの問いかけにオレンジ鶏冠が肩をすくめた。
「では伝えておこう、良い知らせと悪い知らせがセットだ」
「なんだそりゃ。なら悪いニュースから聞かせてくれ」
マックスは不機嫌そうに肩の筋肉をひくつかせる。怖い。
「残念ながら先に良い話だ。チェリナが仲間になった」
途端にマックスの表情がぐばぁと明るくなる。怖い。
「そりゃ最高じゃねえか! 俺たちゃお嬢のためなら命も惜しまねえぜ! 俺の家族が食えていたのも全部お嬢の商会のおかげだからな!」
「それは頼もしいな。そして悪い話だが……」
そこでバッハールは一度言葉を切った。
「チェリナはクソ豚陛下に攫われた」
鋭い視線で吐き出した。
「何だと?!」
「声っ! 声!」
今度はバッハールの部下だけではなく、立ち上がってしまったマックスを世紀末部下たちが寄ってたかって押さえつけた。
「……それはマジもんの話なのか?」
なんとか落ち着いたマックスがバッハールに襲いかかりそうな勢いで尋ねる。
「……すまん。目の前で連れ去られた」
「てめぇともあろうもんが……!!」
びきびきと上半身の筋肉が盛り上がる。怖い!
「ポール・モルモレが裏切った。奴はチェリナを売った」
「……」
ようやく静かになったかと安心しそうになったが、マックスは体中を震わせて憤怒の形相を浮かべる。全身の筋肉が盛り上がり波動の発光現象まで起こしていた。怖い! 怖いよ!
「俺は……モルモレにも、ちょっとは世話になってたことがある。ガキの頃の話だが不浄物処理の仕事を与えてもらったりした。クソ安い賃金だったが、それでもなんとか生きていけた……でもな……」
彼の闘気……ではなく波動が踊る。
「モルモレの野郎は俺に殺らせろ! お嬢を攫う野郎なんぞ許しておけねぇ!」
マックスがバッハールと俺を交互に見る。目が怖い!
バッハールは俺に視線を移す。俺はため息混じりに頷いた。
「わかった。モルモレはお前がやれ。出来れば生け捕りがありがたいんだがな」
「ふん。なら手足をぶち折って生きてたら渡してやるよ」
好かれ過ぎだチェリナ。
「しかたないそれで良い」
バッハールは深くため息を吐いた。
「旦那は話がわかってありがたいぜ」
人はそれを脅迫という。
「話に区切りがついたみたいだからそろそろ説明して欲しいんだがな」
俺がバッハールを睨むと、彼は無言で指差す。その先には木窓があり、そこから微かに光が漏れている。
外を見ろということだろう。
俺はわずかに開いた木窓から外を覗く。
「……城壁? いつのまに目の前まで来てたんだ」
15mほどの更地の向こうに城壁が聳え立っていた。
「こっちは城壁の西部分にあたる。門がないから警備は手薄だ」
大型の銛を点検しながらバッハールが答えてくれた。
「なるほど……手薄なのはいいが、これをどうやって超える気だ?」
市壁ほどではないがピラタス王城を囲む城壁は十分に高く作られている。よじ登るのは無理そうだ。
「実はな、この西側城壁は先代王の時に修復された場所だ。見た目にはわからんが古代の城壁に比べりゃ紙みたいなもんさ」
その情報は意味がないんではないだろうか……。
「そりゃあ昔と比べりゃ柔いのかもしれんが、あんな石の壁どうするっていうんだ」
「それはな。閣下がなんとかしてくれるのさ」
ニヤリと笑う。イケメンがやるとむかつくな。クソ。
「あの閣下が?」
俺の疑問の言葉と、どこからか聞える甲高い音が重なった。それは風を切る飛行機の音にも似ていた。
途端に身体を揺らす振動と爆音。
「なんだ?!」
「見ろ!」
バッハールの指差した先は城壁だった。……なにやら太い鉄心が生えてるんですが。
何あれ?
2度3度と連続して甲高い音が続く。その度に振動と爆音が響き鉄心が生えていく。
「なんじゃありゃ!」
思わず潜伏しているのも忘れ叫んでしまう。
「ありゃあバリスタの矢じゃろ。しかもかなり大型のしろもんから打ち出されておるの」
俺の驚きを横にハッグは落ち着き払って髭をいじっていた。
「鉄の矢を打ち出すあたりかなり性能の良いもんじゃが……よくもまあこんな辺境にあんなもんがあったのう」
目の前の惨状をよそに、妙に落ち着いている。ヤラライも同様だ。
お前ら荒事に慣れすぎじゃね?
次々と飛来する鋼鉄の矢が、徐々に城壁を打ち崩していく。
「おいバッハール! これはどういうことだ?」
ニヤリと意地の悪い笑みを返してきやがった。ムカツク。
「これはな……チャンスって事だよ!」
バッハールが木窓をぶち破って外に飛び出すと、部下の漁師とマックス、さらに道場生達も奇声を上げて飛び出していった。
「何しとるんじゃアキラ! 行くぞい!」
いつの間にか外でスタンバイしているハッグとヤラライ。順応が早えなおい。
俺も慌てて外に出ようと、もたもたしながら窓枠を掴んだ。
「しっかり波動を纏えぇい!」
怒られた。
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