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第87話「荒野のレジスタンス本部」


 部屋の中は生臭く壁には網やロープ、銛や巨大な魚の骨なんかが飾ってある。

 テーブル代わりの巨大な樽。小さめの樽がその回りを取り囲んでいる。椅子の代わりらしい。


 俺たちが席に着くと安物のワインを入れてくれた。

 チェリナいわく船乗りにとって安ワインは腐らない水代わりらしい。

 葡萄が採れる土地でもないのにワインがあるのが不思議だったが、きっとどこからか輸入しているのだろう。

 そんなに酒精が強いわけでもなさそうだったので軽く飲むことにした。もともとアルコールには強いしな。ドワーフであるハッグにとっては水と変わらないだろう。

 エルフのヤラライも顔色一つ変えずに口にしていた。この世界のエルフはアルコールに強いのだろうか。


「さて、ではまず海龍について少し話しておこう。そもそも海龍という組織はこの国の政策に不満を持つ人間が集まった相互扶助組織だった」


 ん? 相互扶助組織? レジスタンス組織じゃねーのか?


「もちろん不満はあっても国と敵対する気はなかった。……初めはな。海龍には三幹部と呼ばれる代表がいた。俺とポール・モルモレ。それにカルゴ・ヴェリエーロ……チェリナの親父殿だな」

「え?」


 予想外の人物に思考が止まりかける。


「当初は圧政に対してお互いを助け合い生き残るための同盟だったのだが、次第に過激な意見が出てくる。まぁ俺が中心に煽っていたんだがな」


 そこでバッハールは苦笑した。

 ところでポール・モルモレって誰だっけ?

 ……そうだ。国から不浄物処理を押し付けられて潰れかけてた商会長だ。思い出したぜ。


「俺は我慢できなかったんだ、虫けらみたいに扱われるのがよ。実際海龍に賛同する大勢の人間もそっち方面に傾き始めた。するとカルゴ・ヴェリエーロは自分は身を引くと言って代理の人間を置いていった」


 ふむ……ではチェリナの父親は今回の件には無関係なのか。


「その代理人なのだが、最初から得体の知れない男ではあったのだが、彼の用意してくれる情報や資金は魅力的すぎた」

「よくそんな怪しい男を幹部にしたな」

「チェリナの親父殿の紹介でなければ採用するはずがないだろう。だが親父殿は彼は大丈夫だと太鼓判を押していたからな」

「それにしたって……ちょっとまて、まさか今回のチェリナの件は」


 バッハールが木製のカップで安ワインを一気に煽る。色黒の男がやると様になるなクソ。


「俺だってそこまで馬鹿じゃない。そいつに対しては常に警戒していたさ。……だが」

「だが?」


 突然バッハールがカップを壁に投げつけた。飾ってあった巨大な魚の骨が砕け飛ぶ。


「裏切ったのは! ポール・モルモレ! あのクソ野郎! 今までの恩も忘れてチェリナを売りやがった!」


 俺も、手に持っているカップがグラスだったら、きっと握り砕いていただろう。頭が沸騰しそうだ。

 俺はポケットからタバコとライターを取り出し火を点ける。

 思いっきりニコチンを肺に取り込んでようやく少し追いついた気分になる。灰は床に落としたが誰も文句を言わなかった。


「で、そのモルモレの野郎はどうしたんだ?」

「三幹部会合では猫を被ってた。俺達に同調するようにチェリナを旗頭に決起するとな。その割にやたらと作戦の細かい計画なんかを確認してきやがる。今考えればあれは時間稼ぎだったんだろう。おかげでこの場所は囲まれちまった」

「ふむ……」


 タバコの煙を強く吸い込むと一気に灰に変わる。2本目のタバコに火を点けながら言った。


「だが妙じゃないか?」

「なにがだ?」

「だって、ここはレジスタンスの本部。幹部3人がいるんだ。チェリナだけ攫う意味だよ」

「ふん。あのクソ豚国王ならありうるだろうな」


 いつのまにかぶどう酒を陶器瓶から直接ラッパ飲みしていたバッハール。


「全然回りが見えてない。どうせ俺らの事なんぞいつでも潰せると思ってるんだろう。だから己の欲望優先でチェリナだけを攫っていった。ああちなみにモルモレの野郎は揉み手をしながらチェリナを連行した兵士どもに付いて行ったぜ。報奨金がどうのこうの言ってたからな」

「ゴミだな」

「ああ、カス野郎だ」


 燃えた視線がクロスする。よほどチェリナの事が好きなんだろう。このゴタゴタが収まったらうまくいくと良いなバッハールよ。


「船長!」


 入口を蹴破る勢いで武装した漁師姿の男が乱入してきた。


「エリアの代表があつまりましたぜ!」

「よし、行こう」


 こうして新たな仲間を増やしてチェリナ奪還及び国家転覆作戦が決行された。

 あれ?

 なんかやたら汗臭くね?


――――


「まずは広場に向かう!」


 色黒でバランスの取れたスリム筋肉男が叫ぶ。

 叫ばないと聞き取れないほど街は混沌とした騒ぎに溢れていた。


「ミズーリ! あそこで暴動まがいの馬鹿共を鎮圧しろ! お前はそのまま自警団として馬鹿共を蹴散らして回れ!」

「了解っす!」


 ミズーリと呼ばれた若い漁師が仲間の若い衆をかき集めて、商店を叩き壊そうとしている暴徒に突っ込んでいった。


「ふーん? 優しいところもあるんだな」

「……何の話だ?」


 最前線から若いやつを外してるのなんぞバレバレだっつーの。脳筋だが悪いやつでは無さそうだ。チェリナも身近に良い男がいるんじゃねーか。身分だって漁業ギルドのギルド長なら悪く無いだろうに。

 走り抜けた先の大通りはどこにこんなに人がいたのかと言うほど人で溢れていた。


「こりゃスラムの奴らも集まってきてるな。ちょうどいい」


 色黒漁師バッハールがニヤリと悪い顔を浮かべる。


「なんだって?」


 返事を聞く暇もなく例の広場にたどり着いた。サンダルでボラれた記憶の新しい露店が並んでいた円形広場だ。

 なぜか何台もの馬車が中央に集まっていて、その回りを漁師や武装した人間が守るように取り囲んでいる。


「準備は済んでいるか?!」

「そ、それが……」


 バッハールが呼びかけた男が狼狽えて歩み出てきた。


「問題が?」

「それがなんと言っていいのか」


 バッハールに問われた男が手足を激しく動かしてはいるのだが、口を動かしてくれなければ話はわからない。


「それは私から説明しよう」


 男の背後からまた男。

 男ばっかりだな……。

 漆黒のローブを纏った怪しげな……いや完璧に怪しい男だった。


「お前か。ここの仕切りは任せたはずだが?」

「うむ。我は必要なことを全て終わらせた」


 なんかやたら偉そうな奴である。友達にはなりたくないタイプだ。


「だがこいつを見ると問題があるようだが?」


 バッハールが先ほどの男に親指を向けた。


「それは貴殿の主観である。問題は発生していない」

「発生しているように見えるが?」


 バッハールがため息を吐く。


「貴殿に謝罪しなければならないことがある」


 謝罪という単語を使っている割に黒ローブの男から申し訳無さそうな気配は一切見えない。バッハールは顎で先を促す。


「実は我は(あるじ)の代行に過ぎん。騙していて悪かった」


 バッハールは再度ため息。どうみても「そんな事はわかってたぜ」という態度だ。


「そんで? 本当の代表ってのはどちらさんだい?」


 漁業ギルドで聞いた話で、チェリナの親父の代わりに来たのがこいつなのだろう。資金や情報が潤沢なパトロン的存在だったらしいが……。


「アキラ……かお?」

「へ?」


 珍妙な呼び声に顔を向けると、そこには(よりにもよって)あの男がいた。


「閣下?!」


 そう。馬車の間からコソコソと忍ぶように顔を出したのはレッテル男爵閣下その人であった。


「なんでこんな所に?」


 怒声響き渡るこの場所に最も似合わない男がその中心にいるのはなんとも不可思議であった。


「お……ボクが……お本当の……三幹部なんだお」

「マジか」


 俺は肘でバッハールを突く。


「可能性は考えていた。だが最も低い可能性だ。正直に言うとブロウ・ソーア特命担当大臣だとアタリをつけていたんだが……」


 彼は小声で答えた。


「なんでそこでブロウの名が出てくるんだ?」


 腹の立つ男の名前である。


「奴はあれほど有能なのにも関わらず王宮内では冷遇されている。特にピラタス王は日に日に不満を募らせているらしい。正直ブロウが幹部であればこの革命ももらったようなもんだったんだが」

「事前に確認出来なかったのかよ」

「貴方は海龍の幹部ですか? とでも聞きに行けとでも言うのか? これでも秘密組織なんだぞ」


 微妙に厨二臭い事を言いながら顔を顰める。


「レッテル男爵はピラタス王とベッタリだ。爵位が低いにも関わらず様々な特権を持つことでもわかる。だが資金力や情報力は申し分ない」


 俺とバッハールは数秒顔を見合わせた後、キモ男爵の顔を窺う。


「な、なんだお?」

「い、いえ、どうしてレッテル男爵のような立派な方がこのような企てごとに参加したのかと疑問に思いまして」

「お……お……お……」


 オットセイかおまいは。


「チェ……ヴェリエーロのお嬢の為だお」

「チェリナの?」


 微妙に話が見えない。


「本当はボボボボクがお嫁さんにしたいんだけど、お。チェ……ヴェリエーロお嬢はボクの事お嫌いなんだお……」


 理解はしてたんか。


「もももちろん今でもそう思ってるお。でもたぶんそれは無理なんだお」


 キモデブがしゅーんと縮こまる。案外面白いなこいつ。


「でも、陛下の……ピラタスⅡ世国王陛下の……お嫁さんだけは……許せないんだお!」


 キメ顔だった。キモいけど……いや男の顔だな。いい顔だぜレッテル男爵閣下。


「カルゴからお幹部のお話をもらったのも、お嬢を守るため……ボクはお嬢の為なら頑張れるお!」


 カルゴ……チェリナの親父さんか。

 こいつ見た目よりしっかりしてんだな。


「陛下の……お嫁さん……皆んな……壊れてるんだお」

「壊れる?」


 思わず声を出してしまった。


「お身体も……お心もだお……おうおっ?!」


 閣下が悲鳴を上げる。俺の表情を見て、だ。


「すまん。ちょっと頭に血が上った」


 きっと凄い表情をしていたに違いない。落ち着け。閣下の前で失礼とは思いつつもタバコを取り出し火を点けた。


「びびびびっくりしたお。でもそのくらい酷いお……」

「……ゴミだな」


 自分でもびっくりするほど鋭い声で吐き捨てていた。


「ああ、クズ野郎だ」

「お嬢だけは……守るお」


 俺、バッハール、レッテル男爵が強い決意を吐き出した。


「それじゃあ作戦を実行しよう」


 バッハールと男爵が広場中央に急造されたお立ち台に登った。


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[良い点] まさかのやる夫さんw ちょっと気持ち悪い以外はいい男なんじゃないの~w
[一言] ここでレッテル男爵好きになったわ
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