第86話「荒野のアキラの決意」
「それじゃあメルヴィンさんは治療と、あとナルニアを頼みます」
「しかし……」
「チェリナの事だ。もしかしたら自力で脱出してここに戻ってくるかもしれない。それにあなたがいなければ誰がこの商会を取り仕切るんですか」
俺は話しながらも身支度を調える。
SHOPを使って新たに承認。
【SIG SAUER P229マガジン=4800円】
こいつを二つとパラを50発追加しておく。
【9mmパラベラム弾(50発)=1600円】
せっかくのP229なんだから357弾バージョンが出てくりゃいいのに……。まあ威力を求めるなら光剣を使えばいいか。M4A1も考えたがあれは取り回しが悪い。それに……。
今回彼らに手加減するつもりはない。
殺す気で……いや、間違いなく殺す事になる。だが躊躇するつもりはもうない。
残金477万3561円。
元からあった分と足して3マガジンに弾を詰め込みポシェットに差し込んでおく。
今度ゆっくり説明書を読みながら分解整備しないとだな。
もっとも生きて帰れたらの話だが。
光剣の空理具はコンテナから出し入れすることにするので特に装備はしていない。
「それでメルヴィンさん。チェリナが攫われたのは漁業ギルドを出たところなんですね」
「そうです。すぐにバッハール様率いる漁業ギルド員達が取り返そうとしたのですが多勢に無勢で。兵士たちは兵力を二分すると半分をギルド員の鎮圧に、半分でチェリナお嬢様を連行していきました」
「お前さんが生きてたのは不幸中の幸いだぜ」
「いいえ! 私は命を賭してでもお嬢様をお救いしたかった! この身などどうなっても良かったのにお守り出来なかったんです……!」
歯が砕けるほど噛みしめて地面を叩きつける。拳から血が出ていたが止める気にはならなかった。
「安心しろ、俺が絶対助けてやる」
「くっ……お願い……いたします」
彼とチェリナの関係は詳しくはわからないが、きっと家族のような信頼関係があるのだろう。メルヴィンの表情からは悔しさが滲み出していた。
「でだ、ハッグ、ヤラライ。本当に良いのか?」
「うむ。暴れるのは嫌いじゃないからの。それにヴェリエーロの嬢ちゃんには美味い飯の礼もある」
「友達、女、助ける。当たり前」
確認するまでもなく二人は揃って肩の筋肉を盛り上げてみせた。頼もしいが暑っ苦しい。
「アキラ様」
「うおっ?!」
唐突に真後ろから呼びかけられ、その場で飛び上がってしまった。
「なんだ?!」
「チェリナ様の影でございます」
「お、おう……びっくりした。もうちょっと普通に話しかけてくれよ」
「これが地なもので。出かけるのであればまずは漁業ギルド長マイル・バッハール様の所へ行ってみてはどうでしょう」
「漁業ギルド長ん所?」
「はい。もともと決起に一番積極的だったのは彼です。兵力や根回しも十分。お嬢様は王城に連れられた可能性が高いと思います。籠城に入った城を落とすには必要な力かと」
小さな声なのに妙に耳に残る声だった。これも影の特徴なのだろうか。
「そう……だな。メルヴィンさん、チェリナがそのバッハールって奴に嵌められた可能性は?」
「ゼロではありませんが……あまりメリットは無いかと」
「理由は?」
「一つは単純に革命を本気で考えていた男です。今さら王家に媚を売る利点がないでしょう。すでにこの街は火の点いた導火線ですから。そしてもう一つは……」
そこで少し口ごもる。
「なんだよ」
「もう一つは、おそらくバッハール様がチェリナ様に思いを寄せている事です。……チェリナ様はその事にまったく気がついていないようでしたが」
「そうなのか?」
チェリナなら相手の恋心すらも商談に使いそうなもんだが。
「お二人は幼なじみでございますから」
ああ……ガキの頃からずっと一緒で気がついてもらえないパターンね。ちょっとだけバッハールって奴に同情するわ……。
「わかった。まずはそのバッハールの所へ行こう」
「案内いたします」
影の人がすっと立ち上がると、存在感無く早歩きで進みだした。なんだろう幽霊でも追っかけてる気分だ。
そうしてようやく俺たちは商会の建物を後にした。
――――
外は想像以上に酷いことになっていた。
もう空は暗くなっているというのに、そこら中で火の手があがっているのかかなり明るい。
「なんだこりゃ?」
「アキラ様と一緒に脱出した囚人が起こしたもの、衛兵が起こしたもの、そして街中に暴徒が出てきていて混乱のるつぼです」
「マジかよ……」
非常事態だったとはいえ、やはり囚人を解放するような手段を取るべきではなかったのかもしれない。
あの時は冤罪で捕まっている人間が大量にいると認識していたので、あんな戦術を選んでしまったが、普通の犯罪人も大勢収容されていたのかもしれない。
……駄目だ。俺は俺の身を守るのが精一杯の男だ。
これ以上考えちゃいけない。
俺が考えなきゃいけないのはチェリナを助け出すことだけだ。
チェリナも俺を救出に来た時こんな気分だったのだろうか……。
だが先ほど隠し部屋で聞いた話を思い出すと、どうにも俺とチェリナには決定的な思いの違いがあるような気がする。
チェリナは商会のほぼ全ての財産を使ってでも俺を取り戻すつもりだったらしい。
あの、徹頭徹尾商人であるチェリナが?
そして揉めたとはいえ、最終的に商会の幹部連中にそれを認めさせた?
わからん。
どうしてそんな事になったのか……。
「そちらです、アキラ様」
呟くような声に思考の網が解け、顔を上げると銛や片手斧や網を持った男達が30人ほどの兵士を囲んでいる所だった。兵士の倍ほどの数で取り囲んでいる。囲んでいる男達は見たまんま漁師であった。
怪我人は漁師側の方が圧倒的に多い。そんな彼らがやっているのは戦争であった。
そして額から腕から胸から流血したまま奇声を上げて兵士たちに襲いかかる様は完全にホラーだった。
いやまて、どこかで見覚えのある光景だな……そうだ中国の田舎でおこった暴動動画で似たようなのを見たんだ。
棒や農具だけの原始的な武器だけで数百人の人間同士がぶつかり合い殴りあう携帯動画。アレを見た時は心のそこから震え上がったものだ。
同じ種類の恐怖が俺を襲うが、今の俺には決意がある。
ゆっくりと呼吸を整える。波動の呼吸だ。身体の内側をぐるぐると力が巡るのがわかる。
「よし、まずはあの兵士どもを蹴散らすぞ。あの一番偉そうな奴だけ生け捕りにしたいがいけるか?」
「簡単じゃな!」
「容易!」
軽く波動を纏った<鉄槌放浪>ハッグと精霊を力を借りて跳ねのように飛び上がる<黒針>ヤラライが暴風のように兵士に躍りかかった。
今度は俺も黙って見ているだけではない。
きっちりと両手でシグを構えて1発1発確実に兵士の胴体にぶち込んでいく。
女を攫うような糞野郎は死ね!
突然背後からの銃声に驚いた漁師達だったが、それが飛び道具であり、強力な武器らしいと判別すると、俺と兵士の間に隙間を作って援護してくれた。
もっともモーゼの十戒が完成する前に敵兵士たちはたった二人の手によって全滅していたが。
「おうアキラ、だいぶ男の顔になってきたの!」
「うむ。戦士の顔。良い顔」
近寄ると口々にそんな事を言われる。照れるべきなのか悲しむべきなのか。
「……城門脱出の時は実感がなかったが、今回は完全に殺意を持って殺しちまったよ……」
銃弾一発で即死したかはわからないが100%死んでいる。理由は簡単で倒れた兵士は漁師たちによってタコ殴りにあっていたからだ。
「それが、戦士の条件」
「うむ。次はそれに溺れないことじゃが……まぁお主なら平気じゃろう」
ハッグに合わせてヤラライが強く頷いてくれた。それだけでも気持ちがぐっと楽になる。
「それでじゃ。こいつには何を吐いてもらおうかの?」
見ればハッグに押しつぶされた敵の隊長らしき人間が罵詈雑言を吐いていた。
「貴様らあ! 王家に逆らって無事で済むと思うなよ! 一族郎党縛り首だ!」
「……へえ、いったい誰がその判決をしてくれるんだ?」
漁師たちの間から、長身で色の黒い男が姿を表した。
「アキラだったか、礼を言う。思ったより手練の兵士たちで困っていた」
「良かった。あんたに会いに来たんだマイル・バッハール」
「チェリナの事だな」
「ああ。助けたい。力を貸してくれ」
「直球だな……」
バッハールは苦虫を噛み潰した苦笑。
「お前は事情を知っているのか?」
「知らねーよ。海龍だか怪獣だかいう革命組織やってんだろ? 手伝ってやるからお前も手を貸せよ」
俺はぐいとバッハールに詰め寄った。
「……少し話をしてやろう」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。今すぐ……」
バッハールは片手で俺の言葉を遮る。俺より背が高いので見下されている気分だ。
「今、海龍の潜伏員を使って賛同者の決起を促しているところだ。もう少ししたら各ブロックの代表者がここに集まる。事を起こすなら少しでも確率を上げたほうがいいだろう」
「……チェリナを簡単に奪われた奴のセリフかよ」
「返す言葉もないな……その辺の事情についてもこれから話そう」
バッハールが無言で建物に入っていったので、俺達も仕方なくその背中を追った。
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