第85話「荒野の隠遁生活」
俺たちはそのままチェリナを待つ形で商会に匿ってもらうことになった。
本当はナルニアだけでもクジラ亭に返したかったのだが、俺にへばりついて離れなかったので一緒にいさせる事にした。
商会には何度もピラタス兵がやってきて、商会中を漁っていった。
作りが凄いのかこの隠し部屋は見つかること無く難を逃れている。
俺は改めてツレの二人を観察した。
ハッグはドワーフ特有の低身であるが樽状に膨らんだ筋肉の自己主張が激しい。これで本人曰く戦士ではなく鍛冶師にして発明家……らしい。
発明家って顔かよまったく。
またハッグは理術と呼ばれる魔法に似た技術も使いこなす。ハッグが使うのは波動理術と呼ばれる自己の能力を上げる理術らしい。
俺もこの波動理術を習い始めている。
特にハッグには呼吸法による波動の常時発動し続けるように指示を受けていた。
ようやく波動を常時維持しながら会話が出来るようになってきたところだ。これは捕まっている間も意識して続けていた。
この波動というのを発動していると肉体の疲労が起きづらく、さらにいつもより5割増の身体能力で動けているので凄い能力だ。地球のオリンピック選手に教えたらドーピング疑惑間違い無しだろう。
地球で使える技術なのかどうかはわからんが……。
それと対象的なのがエルフのヤラライである。
俺よりも高い身長にネイティブ・アメリカン風味な独特の装束を身にまとい、長い手足にはしなやかな筋肉をつけた細マッチョイケメンである。
ただし美しい金髪をドレッドにまとめていて台無しである。
ハッグ曰くエルフにしては筋肉があるらしいので、おそらく他のエルフはもっとこう、俺の持っている一般的な線の細いエルフではないかと予想している。
正直ヤラライみたいのがエルフの標準だったらちょっと嫌だ。
エルフの特徴なのかヤラライの個人的な問題なのか彼の会話は片言である。俺の謎翻訳さんでも片言に聞こえるので、実際ヤラライはあんまりこの辺の言語を知らないのだろう。
ヒアリングは出来るようなので問題は無いが。
そしてこのエルフ、俺のエルフに対する幻想をぶち破るように非常に肉体派である。
まず武器が鉄パイプほど太い黒鉄のエストックである。いや、超高層ビルの下層に使う極太の鉄筋の先端を尖らせただけの原始的な武器といった方が適切なほどだ。一応は鍔も付いているのだが巨大なバーベキュー串にしか見えない。
実際このエルフは一瞬で怪しい人間4人を串刺しにしてみせた。
あの光景を思い出すと今でも足が震えそうだ。
後でチェリナに聞いた話だが、やはりヤラライの戦い方は一般的なエルフとは大きく異るらしい。
普通は精霊理術と細身の剣、それに弓を使う正統派(?)が普通らしい。
もっともエルフ自体あまり人間……ヒューマンの生活圏に出てくることが少なくあまり当てにはならないとのことだった。
さらにこの地が西の最果てにある荒野なので、より顕著なだけだとも言っていた。自然がある場所であれば、もう少しはエルフも普通にいるらしい。
ちなみにハーフリングはこの街で何度か見たことがある。
最初は子供だと思ったがやたらすばしっこく落ち着きが無いのに大荷物を担いだ旅装束で不審に思ったものだ。
耳がエルフほどではないが細長く尖っており、目の形も人間と比べるとかなり違う。慣れると簡単に見分けられるようになる。
いやこれはどうでもいい余談だったな。
ともあれ頼もしいハッグとヤラライと一緒にいるおかげかあまり恐怖を感じていない。
彼らにはいずれ恩を返さねばならないだろう。
日本での生活を思い返すとこんな風に誰かに恩を感じた事はなかったので、どうにもケツがむず痒い。
いつの間にかナルニアは俺の膝を枕に寝息を立てていた。起こさないように積んであった毛布を掛けてやる。
気温が下がってきているのでおそらく陽は沈んだのだろう。
時折響く乱暴な足音にビクつく時もあるが、おおむね平穏な時間が過ぎていく。
あとは無事にチェリナが戻ってくれば第一段階はクリアだろう。
もっともその先はチェリナが先陣を切って革命を成功させるという大問題が残っている訳だが。
ふと。
どうして俺はケツをまくって逃げ出していないのかと自問自答してしまう。
たしかにチェリナには恩がある。命を賭けて俺を救いに来てくれたのだ。
だが所詮別世界の人間でしか無い。
俺をこの世界に飛ばした神メルヘスはもう戻れないと言っていたから、その考えは危険なのだろうが……他人であることは間違いがない。
命は大事だ。
自分の命にまったく価値を見いだしてはいないが、死にたいとは思わない。生きられるのであればその努力はするつもりだ。
だから俺が生きるための最善手はここから逃げ出す事だ。なのにそれを選べない。
この一ヶ月にも満たない期間の間に俺はずいぶんと変わってしまったらしい。
「なんだかなぁ……」
自嘲を込めて呟いたつもりだったが、自分で思っていた以上に明るい声だった。
さらにまんじりと時間が過ぎる
唐突に激しい足跡と隠し扉を開けようとする物音が響く。
俺とハッグとヤラライは飛び起きて扉に武器を向ける。
部屋に入ってきたのは兵士達では無く、頭から血を流したチェリナの側近メルヴィンだった。
「アキラ様! た……大変です!」
「大変って、あんたが大変じゃないか!」
「私はどうでもいい! お嬢様が……チェリナお嬢様が兵士たちに連れ去られました!」
「なんだって?!」
メルヴィンの悲痛な叫びが隠し部屋に響き渡った。
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