第84話「荒野の生還報告」
(長いです)
「お兄ちゃんー!」
ヴェリエーロ商会の奥に向かう途中、いきなり横から胴にタックルされた。
「ぐぼあああ!」
完全に油断していたので想定外の攻撃に受け身も取れずひっくり返った。
「お兄ちゃん! 生きてたんだね! 良かったよー!」
床に尻もちをついた状態の俺に乗るようにしがみついていたのはクジラ亭のナルニア幼女であった。
「うぐぉ……な、ナルニア……お前……重い」
「うわあ! お兄ちゃん! 女の子に重いとか禁句だよ!」
「そりゃ……失礼、重いってか、痛え……」
聞こえているのかいないのか、ナルニアは俺からどく気配はなかった。
「心配してたんだよ! 王城に連れてかれちゃったって言われて!」
「ん、ああ。そりゃ悪かったな。とりあえず無事がどうかわからんが戻ってきたぜ」
「うん……良かったよ」
ぎゅうともう一度抱きしめられる。
なんかよくわからんが心配させていたようなので、ナルニアの頭をぐしぐしと撫で回してやった。
落ち着いたナルニアの手を引いて、奥の隠し部屋に入る。こんな場所があったのね。
「さて、これからどうするよ?」
俺は隣に腰掛けたチェリナの顔を見る。あまり広くない部屋なので壁に背を預けて座っている状態だった。反対側にはナルニアが座っていた。ハッグとヤラライは左右の壁でにらみ合う形だ。
さて、このメンバーの中で一番やばいのは間違いなくチェリナだ。
俺にしてもハッグにしてもヤラライにしても、この街を逃げ出してしまえばなんとかなるが、チェリナだけは別だからだ。
「海龍と連絡を取ります」
「海龍って、あのすかした大臣が言ってたな」
「はい、簡単に言えばレジスタンス組織ですね。前から誘われていました」
「マジか」
「マジです」
そいつは驚いた。チェリナなんてその手の話から一番縁遠い人種だと思うんだがな。
「誘われてはいましたが、賛同はしておりませんでした。まあ資金援助はしておりましたが……」
「なんだそりゃ」
「そのくらいはしておかないと、今度はこちらの命の心配もしなくてはいけませんでしたので。それに思想そのものは若干ですが共感出来る部分もありましたからね」
「あの豚王じゃなぁ……」
俺は部外者だから実感は無いが、おそらく住民であれば我慢出来ないレベルで碌でもない王だろう。
「今、影を連絡役につなぎを取らせています。直に連絡があるでしょう」
「連絡はいいんだが、海龍ってのを使って何をするつもりだ?」
「それはもちろん革命ですよ」
「おい」
あっさり風味も限界だろ。
「なにを簡単に革命とか言ってやがる。そう簡単に出来るもんじゃねーだろ」
「それがそうでもないのですよ。海龍に賛同している人間は数千人に及びます」
「ふかしじゃねーのか?」
「あながちそうとは言い切れませんね。独自の調査でもかなりの数の人間が賛同しているのを確認しています」
「それにしたってな……」
「この国の現在人口はおそらく3万弱です。数年前から比べると半分近くまでへってしまいましたね……。軍人が2千から3千と言われています。海龍に賛同している数千人に、街の人間が連動すれば十分に勝算のある賭けです」
「それにしたって危険すぎる」
「もうすでに危険な状況ですよ。むしろこのままでは危険が増すばかりです」
「それなんだが、チェリナ、お前が逃げればいい話じゃねえのか?」
そこでメルヴィンが何度も無言で頷く。
「……それでは何一つ解決しません。たしかにわたくし一人が助かる可能性はありますが、二度とこの国に帰ってこれなくなりますし、なにより商会の皆さんがどうなるかわからないのです」
「私どもの事は心配する必要はありません! 大旦那さまとチェリナさまさえご無事であれば……!」
そこでチェリナに手で制される。
「革命が上手く行けば王が変わります。誰が王になるかはわかりませんが今より悪くなるということは無いでしょう。これは好機なのです」
「……」
「ヴェリエーロの娘よ、本気なんか?」
今まで無言で髭をいじっていたドワーフのハッグが片目だけ開いた。
「はい。本気です」
「ふむ……軍人と同数程度の素人が集まったとて勝てるもんではないぞ?」
「それなのですが軍人といっても大半は無理矢理徴収した人間が大半でその待遇に不満を持つものばかりです。実際海龍に呼応すると約束している軍人も多いとの事です」
「……アキラ、お主はどうする?」
「は? 俺?」
「うむ。お主は嬢ちゃんと仲が良いじゃろ、お主が参加するのであればワシも付き合ってやるぞい」
「付き合うってそんな簡単な話じゃないだろ」
「ハッキリ言うがな、ワシが参加すれば勝算は跳ね上がるんじゃ。先ほど強行突破した時も思ったがこの国の兵士は練度が低い。兵士なら当然基礎教程から組み込まれているはずの波動理術もお粗末なレベルじゃったしな」
「それ、気になってた」
ハッグに呼応するようにエルフのヤラライが頷く。
「その答えは簡単ですよ、単純に敵らしい敵がいませんからね。そもそもどうして西の荒野が都市国家ばかりかを考えれば自ずと答えは出るでしょう」
「ふむ?」
「ああ、そういう事か……」
ハッグが首を傾げたのと同時に俺は答えに行き着いた。
「まだ地理には疎いんだが、この荒野ってかなりでかいんだろ? そんで都市国家同士ってのは随分離れてるんじゃないのか?」
「さすがアキラ様ですが、それでは30点ですね」
「うーん。ああ、そもそも戦争ってのはウマ味がなけりゃやらないんだ。まともな食料も採れない不毛の大地を分厚い城壁に囲まれた一国を落としてまで欲しいと思う人間はいないわな」
「いいですね70点です。残りの30点はどの都市国家も自国の内政すらままならない状態であることですね」
「つまり戦争どころじゃないと」
「そうです。自国に不安を抱えながら、兵站の伸びきる見通しのきいた荒野を進軍し、さして兵数の変わらない敵国に攻め込むなどどこの国も出来ないのですわ」
「ふん。カルマンとメイセデスあたりは万年戦争しちょるがな」
「あれはミダル山脈の向こうの特に裕福な辺りですからね」
カルマン? メイセデス?
俺の疑問を感じ取ったのかチェリナが補強してくれた。
「カルマン帝国とメイセデス王国です。大ミダル大陸の南西に位置する大国ですね。肥沃な土地なのですが、それゆえに領土争いが尽きない場所でもあります。さすがに正面を切った戦争はもう起きていないそうですが、辺境や国境線では小競り合いが尽きないそうです」
「へえ」
「カルマンの北東にはハッグ様の故郷と思われる鉄槌王国ドワイルが存在します。国民の大半がドワーフらしいのですが、この国からは遠すぎてあまり詳しい情報は入ってきませんね」
「ハッグ、お前の故郷ってそこなのか?」
「……うむ」
なんとなく歯切れの悪い返答を寄越すハッグ。珍しい。
「ついでなので言っておくと、その鉄槌王国ドワイルとカルマン帝国の間にある小国がテルミアス教本部のあるアルミネス王国です。小国ですが世界に対する発言力は高いですね。そしてドワイルのさらに東にある世界最大の国家が真輝皇国アトランディアです。太陽神ヘリオス教の本部があり、国政と宗教が強く結びついた国でもあります。さらに海を越えた東に剣聖王国ヴァジュラという国があるそうですが、どのような国なのかはまったくわかりません」
「なんで?」
情報通のチェリナにしては曖昧な答えだったので、俺は片眉を上げた。
「遠すぎるのですよ……。アトランディアはミダル大陸全土に影響力のある国なので大なり小なり情報は入ってきますがさすがに海の向こうとなると」
「なるほど」
今の話から、どうもこの世界に無線の技術はないらしい。魔法……じゃなくて理術とか使えば通信くらいできそうなもんだが無いんだろうか?
「話が逸れてしまいましたね、基本的にこの西の荒野周辺の兵力といえば害獣退治や国内に向けた兵力であり、最小限の金銭で保持される軍事力なのですよ。そもそも先王自体が盗賊まがいの傭兵でしたからね。兵士をまともに鍛えあげるノウハウなど無いのです」
「なるほどな」
これで俺程度の人間が強力な武器を使っていたとはいえ、ハッグ達に生きて合流出来た理由がわかった。普通に考えたら波動理術を使える兵士にとっくに身柄を確保されていただろう。
「運が良かったんだな」
「その運はアキラ様がご自身で掴んだものですよ」
チェリナがそういうと、俺に体重を預けてきた。あれだけの大立ち回りをしたのだ。疲れているのだろう。
「少し寝ておいたらどうだ?」
「……いえ、このままで」
分厚い米軍ジャケットを羽織っているので身体の方はわからないが、顔には彼女の頭が触れて体温が伝わってくる。少し汗の臭いがした。だがけっして不快では無かった。
ふと、床にあった手の上に彼女の手が重なった。
俺は無言で手の甲の暖かさを感じていた。
――――
そんな風にしばらく休息しながら軽く食事をして時間を潰していると、するりと部屋に細身の男が入ってきた。
ほぼ同時にヤラライとハッグが腰を浮かしかけるが、チェリナが手で制すと大人しく席に座り直した。
「大丈夫です。彼はわたくしの影です」
どこにでもいそうな特徴の無い若者が軽く目礼する。そのままチェリナの耳元に口を寄せると小声で何かを伝えた。
「……わかりました。すぐに伺うと連絡してください」
チェリナが指示すると男は音も無く部屋から出て行った。
「ただいまつなぎが取れました。海龍は受け入れてくれるそうです」
チェリナの表情が引き締まる。
「それで今後の方針を決めるので一人で来いと言われました」
「一人でですと?!」
叫んだのは側近のメルヴィンだった。
そりゃあ叫びたくもなるだろう。俺だって驚いている。
「反政府勢力の集まりに女一人で行くとかダメだろ。普通に考えて」
メルヴィンが激しく首を縦に振る。
「そうですね……メルヴィンくらいであればお目こぼしをもらえるでしょう。メルヴィン、ついてきなさい」
「はっ!」
恭しく頭を下げるメルヴィン。
「そりゃいいんだが、行き先くらい教えといてくれ」
「そうですね……直に知れ渡ることですし。漁業ギルド長マイル・バッハールの所ですよ」
「漁業ギルド長だって? あの色黒細マッチョか」
「そうです」
「漁業ギルドってこの辺の顔役だろ? そんな奴がレジスタンスなんてやってるのか?」
「それだけ根が深いのですよ。わたくしが勝算があると言った意味が少しは理解できまして?」
「ああ」
なるほど。これはもう戦争なんだ。今まで武力衝突していなかっただけで戦争だったんだ。旅人の俺が気がつかないのはしょうが無いのかもしれないが、この都市国家はとっくに戦争をやってたんだ。
武力の行使は外交の最終手段。ただそれだけだったんだ。
「だが、それにチェリナが出張る意味はあるのか?」
「彼ら……海龍にとってどうしても必要なピースがわたくしだからですよ」
「ピース?」
「はい。大義ですね」
「ますますチェリナは関係ないだろ」
「そうでもないのですよ。昔から王国からの難癖をのらりくらりとかわし続けている事は住民の知るところですし、我が商会が商売を中心にした国政をたびたび上申しているのも周知の事実です。さらに本来ならとっくに潰れている大小の商会や露天商などに仕事を割り振っているのも我が商会なのですよ」
「なんだそりゃ。事実上この国を支えてるのはこの商会じゃ……あ」
そういう事か。
「理解されたようですね。この商会の事実上のトップであり、また若い女性が先陣を切ればこの国の大半の人間は賛同し、動いてくれる事を見越しているのですよ。海龍は」
「……つまり欲しいのは旗頭って訳か」
「その通りです」
「……ちょっと待てそりゃつまり海龍に行ったらお前が先陣切らされるって話か?」
「どうでしょう? 人前で演説するハメにはなると思いますが詳細は海龍の幹部たちが計画していると思いますよ」
「なんだそりゃ? 詳細不明じゃねーか」
「それを聞きにこれから行くのですよ」
ぬう……。
俺はそこで言葉を詰まらせてしまう。
「せめて一緒に行くのは……そうだなハッグかヤラライとかに頼めないのか?」
「さすがに部外者はまずいでしょう。バッハール様はメルヴィンの事を良く知っているのでおそらく問題無いでしょうが、組織の会合に見ず知らずのドワーフやエルフを連れて行けば余計な疑心暗鬼を生むだけでしょう。それにメルヴィンはこう見えて結構強いのですよ?」
そこまで言われては無理強いは出来ない。
「わかった。十分気をつけろよ」
「はい。もちろんです」
いつも通り、彼女はニコリと微笑んで部屋を出て行った。
ただその笑顔がどうしても商談用の作り笑顔に思えてしょうがなかった。
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