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第82話「荒野の大脱出」

(長いです)


「な、なんだあ?! お前は!」


 叫んだのは牢屋の中の人間だった。

 狭い牢屋の中に6人も詰め込まれて、全員揃いの麻の貫頭衣を羽織っている。食事が悪いのか皆顔色が悪く痩せていた。


「兵士じゃないな? 怪しい奴め!」


 その気持ちはとてもわかる。

 いきなりデザート迷彩の人間が現れたら俺だって驚く。それが異世界の住人なのだから、驚きは3倍はあるだろう。


「細かいことは気にするな。それよりお前たち、外に出たいか?」

「え? そ、そりゃ出たい、家族に会いたい」


 彼らは顔を見合わせて、出たいと口ずさむ。


「協力するなら出してやる」

「何をさせようってんだ?」

「ここに牢屋の鍵がある、だが、どれがどの鍵かさっぱりわからん。鍵束をありったけ渡すから、かたっぱしから開けて回って欲しい」

「鍵束?! なんでそんなもんが!」

「説明してるヒマはない。兵士が手薄の今しかないんだ、手伝ってくれるなら、武器も渡す」

「ど、どうするよ」


 この狭い牢に6人もひしめいているのを見ると、どうやらあれでも俺はVIP待遇だったらしい。


「やるしかねえだろ! どうせ国は俺らの話しを聞きもしねえ! 近いうちに殺されるのは目に見えてる!」

「ああ、それにこの食事じゃ長いこと保たねぇ。俺は家族に会うためならなんでもするぞ!」

「よし。じゃあこれを」


 俺は鍵束の束を牢屋に放り投げた。


「同じ話をして、同意を得たら、どんどん解放してってくれ。それと武器はここに置いていく」


 そう言って俺は【ピラタス王国一般兵士用長剣=3万6200円】をどんどん取り出していく。まとめて出さないのはコンテナの空きの問題だ。

 100本の剣を購入して、合計101本の剣を牢屋の前に積み上げた。


 残金478万4901円。


「あ、あんた今何をしたんだ??」

「余計なことを考えるな、今は生き抜いて脱出することだけ考えろ」

「わ、わかった」


 牢屋から解放された6人は剣と鍵束を手にして、それぞれが別の鉄格子の前に走っていく。

 10分もしないうちに何十人もの囚人が解放されて、剣を手にする。


「なああんた、これからどうす……」

「これは何事だぁあ!!!」


 奥から叫び声。


「うわあ! 看守だぁあ!」

「殺せ! 殺せ!」

「てめぇ! 良くも今まで俺たちを!」

「家族に会うんだぁああああ!」


 俺が何を言う暇も無く、奥から現れた兵士は一瞬でめった刺しにされたようだ。実際には人垣でほとんど見えなかったが、すぐ後に見た死体の様子と、叫び声で予想はついた。


「外に向かえ!!」

「お前たちは隣のエリアの牢を解放しろ! その部屋にも鍵があるぞ!」

「出口はどっちだ?!」

「てめぇ早く進みやがれ!」

「脱走だ……ぐぎゃあああ!」

「ひぎいいい! 俺は味方……ぎゃああああ!」

「うるせえ! 立ち止まってるテメエが悪い!」

「進め進め!」

「殺せ! 皆殺しだあぁ!」

「外は、外はどこだ!」

「よくも無実の俺たちを!」

「仲間の解放が先だぁ!」

「囚人共だと?! 上に知らせろ! 入口を閉鎖させるんだ!」

「隊長! それでは我々が!」

「ええい! たかが囚人相手に何を!」

「あいつら武器を持ってるんですよ!」

「なんだと!」

「しかも一人や二人じゃ……ぎゃあああああ!」

「ええい! クソ! 撤退だ! 上で迎え撃つ……ぐはっ!」

「隊長!」

「ええい! こんなところで!」

「ぎゃああ!」

「ぐはぁあ!」

「殺せぇ!」


 あっという間に地獄絵図である。

 想像以上の事態になってしまった。

 自分で選んだ事とはいえ、ここまで酷くなるとは思っていなかった。

 ここは日本ではないのだ。殺し、殺されるのが日常の世界なのだ。


 俺は吐き気を抑える。どうやらこのエリア以外の囚人たちも解放されて、とんでもない数の囚人が出口に殺到しているらしい。

 武器はあっという間に無くなった。

 つまり100人以上の囚人がいたことになる。もっとも一人で何本も持って行って無ければだが、武器の山の前には俺が立っていたので、そういう馬鹿はとりあえずいなかったと思う。


 気勢を上げながら、いやもう奇声と言ったほうが正確な叫び声を上げながら折り重なるように出口に殺到する集団。兵士たちが逃げ出すのもしょうがないだろう。

 狭い通路で詰まり、後方の人間から殺気の篭った怒声がひっきり無しに響き渡る。それでも少しずつ進んでいる所をみると、なんとか入り口の封鎖を突破したようだ。

 本当なら俺が先陣を切るつもりだったのだが、装備は無駄になりそうだ。


 情けないが安堵してしまう。

 出来るだけ殺さない装備を揃えたが、考えてみれば俺が殺さなくても彼らが兵士たちを生かしておくわけがない。自分の計画が穴だらけだったことに改めて無力さを感じてしまった。


 ――今は生きて出ることだけ考えよう。

 俺はライフルを構えながら、ゆっくりと囚人たちの後をついていこうとした時、なぜか後ろから声がする。


「貴様らぁ! 許さんぞ!」


 額から血を流した兵士が起き上がりながら叫んだ。どうやら死体と思われて無視されていたらしい。

 兵士は腰の剣を抜くと、突くように構えて、猛然と襲い掛かって来た。

 俺は咄嗟にライフル銃を向けて引き金を引くが、銃は沈黙したままだった。


「しまっ」

「死ねぇ!」

「てめぇが死ねぇ!」


 俺が銃の安全装置を掛けっぱなしで狼狽した瞬間、兵士の突きが顔に向かってきた。

 死ぬ!

 そう思った時に、横にいた囚人たちが兵士に剣を振り下ろした。剣と剣がぶつかり甲高い音を上げる。おかげで剣の切っ先が額をかするだけで済んだ。


 3人の囚人が剣術も何もなく、剣をぶん回しているが、牽制には十分だった。

 俺は今度こそ安全装置を外して肩越しにライフルを構える。


 4連続で爆音が響く。

 やべ、耳栓の事忘れてた。

 右耳がうわんうわんと響いて馬鹿になってしまった。


 指切り点射むずぃわ!

 3人の囚人が腰を抜かしてその場に座り込み俺に視線を向けていた。

 兵士は近距離からレスリーサル弾を受けて見事に意識を刈り取られている。ピクリとも動かない。

 正直近距離過ぎるので死んでいてもおかしくはない。死んでなきゃいいが……。


「お、おい……それは……空理具か?」


 へたり込んでいた一人が問いかけてくる。正直まだ耳が馬鹿で聞き取りにくかったがなんとか判別できた。


「まぁ……似たようなもんだ」


 適当に答えながら、俺は耳栓をSHOPに承認させた。


【耳栓=140円】

 残金478万4761円。


 とりあえず右耳にだけ嵌めておく。両方つけると何も聞こえなくなるからな……。

 さあ進もうと前方に振り返ると、大勢の囚人達がこちらを振り返り固まっていた。


「あー……気にしないでくれ」


 どうやら得体のしれない武器に恐怖を感じさせてしまったらしい。そりゃあんな爆音を響かせれば驚くわな。

 再度安全装置を掛けて、彼らの後方に並ぶ。先程まで怒声をあげていた彼らだが、今は静かになって、時折こちらに視線を向けていた。

 なんかすまん。

 今は脱出が最優先だ。はっきり言ってまだ死にたくはない。自分が生き残る為に他人を死に追いやっている状況は考えないことにする。意識したら立ち止まってしまうから。


「よし、行こう」


 決意を新たに囚人の行列の最後尾につく。アリの巣のような地下牢に怒声が響き渡っている。

 所々に死体が転がっていた。剣で滅多刺しになっただけでなく、大勢に蹴飛ばされたのだろう、子供の頃にめちゃめちゃにした人形の如く四肢の向きがおかしくなっていた。

 内心すまんと思いつつ進むと、ようやく明るい場所に出た。


「外?」


 光に慣れていない目を細めて回りを見渡す。どうやら小さな中庭のようだ。そういえば連行される時こんな場所を通った記憶がある。

 だが、その前に城の中も通ったので、一度どこかの扉から城に入らなければならない。

 問題はどこをどうやって通ったかさっぱり覚えていないということだ。

 他の囚人たちは3つある扉へ思い思いに突っ込んでいっている。

 と思ったらその一つから兵士が6人ほど飛び出してきた。マジか!

 兵士たちは怒りの形相で、俺の方に突っ込んできた。


「おおおお!」


 こえええ!

 俺は胸にぶら下げていたスタングレネードを取り、安全ピンを抜いて彼らの前に投げつけ、全力で後退ダッシュした。左耳だけ塞いでおく。

 ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!

 けたたましい音が響き渡り、閃光が中庭を走った。


 振り返ると全員の動きが止まっていた。室内じゃないので効果が薄いと思ったが、効いているようだった。いや単純に音に驚いて止まってる奴も多いみたいだ。

 俺はセーフティをセミオートにして元気そうな奴から打ち倒していく。距離としてはもう20mも無いので、面白いようにばたばたと倒れていった。

 意識を失う奴、胸を抑えて呻いて地面に丸々奴といたが、何とか6人とも無力化出来た。


 俺はスタングレネードをもう一つ、こいつらの出てきた扉の中に放り込んですぐに閉めた。

 再び爆音が響く。人の悲鳴も続いたようなので、おそらく用心してしばらくはここを出てこないだろう。

 俺は来るときに通ったと思われる扉に飛び込んだ。


 中は3m弱の幅を持つ通路だった。随分と広い。

 おっとそうだ、弾を交換しておこう。

 M4A1のマガジンを引き抜き、新しいマガジンと交換する。装弾を確認。コッキングは最初だけで今はボルトリリースすりゃいいのか……。

 ふう。ゲームと違って弾の交換めんどくせえな。

 それとスタングレネードも2発補充しておいた。


 所々に血の跡や死体の転がる方向へ進む。この辺になると兵士だけではなく囚人達の死体も目立つ。


 本当にすまん……。


 俺はブーツを鳴らして小走りに進む。

 すぐにわかれ道にぶつかった。

 まずい、このあたり完全に覚えてねぇ。

 遠くに怒声が聞こえるが、左右どちらからも聞こえてくるし、争った形跡もどちらにも伸びていた。どっちに進むのが正解なんだ?

 俺は5円玉を取り出して、親指で跳ね上げる。


「裏……左だな」


 そうして俺は来た時と反対方向へと突っ走って行くのである。


「隊列を組め!」

「押し切れ!」

「死ねこのクソ野郎!」

「テメエが突っ込めよ!」

「ふざけんな!」

「18小隊19小隊、前進!」


 前方から何やら不穏な怒声が聞こえてくる。どうもこの先は右折になっており、その奥から聞こえているらしい。

 俺は曲がり角まで来ると、顔だけ覗いてみる。


「馬鹿! こっち来んな!」

「人数はこっちが上だ! 突っ込め!」

「だめだ! あいつら……ぎゃああああ!」

「おい! 押すな! ふざけ……ぐはあぁ!」

「ちょ?! 待て……はぐぁ! 痛え! 痛えよぉ!」

「23小隊はどうした!?」

「西通路側の応援に行っています!」

「わかった! 21小隊はこのまま待機! 18,19小隊! そのまま囚人を殲滅しろ!」

「「「「はっ!」」」」

「来るんじゃねぇええええがあああああああ!」

「駄目だ! 逃げろ!」

「家族が……家族が!」

「死にたきゃ勝手に進め!」

「戻って別の道に行きゃいいんだよ!」

「そうか! 戻れ! 戻れ!」

「逃げろぉ!」


 途端に40~50人の囚人たちの勢いは崩壊し、こちらに向かって逃げ出し始めた。

 それを追撃する形で兵士たちが背後に殺到する。

 まずい。

 俺はスタングレネードを兵士たちの辺りに放り込み、壁の内側に隠れて耳と目を塞いだ。

 塞いでなお響く轟音と閃光に、阿鼻叫喚の悲鳴が重なる。


 通路から顔を出すと兵士たちの大半は目を塞ぎひっくり返っていた。囚人たちの大半も耳を塞いで呻いていた。おそらく耳が馬鹿になって大声を上げている。

 俺はそんな囚人達をかき分け、一気に突撃する。

 進路上の邪魔な兵士と、隊長らしいちょっと身なりの良い兵士だけ銃弾で撃ち倒して封鎖を突破した。

 幸い後詰はいなかったので、そのまま通路を突っ切って走る。

 が、すぐに通路は三叉にわかれてしまった。


 どうする?! どっちに進めば?! くそっ! 案内標識くらいつけときやがれ!

 俺が悪態をついていると、正面と右の奥から二人の兵士が走り寄ってきた。


「おい! お前! 止まれ!」


 俺に気づいた兵士達が口々に怒声を上げる。選ぶ間もなく左の通路に逃げるしか選択肢は無かった。

 波動を意識して肉体能力を限界まで引き上げて全力で走った。

 すぐにT路地に行き当たる。左右左と来ているので迷わず右に曲がった。

 と、目の前に兵士が二人突っ立っていた。


「うわっ?!」

「なっ?!」


 俺は勢いのまま、片方の兵士に思いっきり飛び蹴りを食らわせる。


「ごはああああ!」


 想像以上に吹っ飛んで、むしろ俺のほうが驚く。顔を上げるともう一人の兵士と視線が合った。


「おわあああああ?!」

「うわああああ!」


 俺は反射的にライフルを向けてセイフティーを外し、トリガーを引き絞る。マガジンに残っていた全ての銃弾を叩き込む結果になってしまった。

 その兵士もふっ飛ばされて壁にバウンドしてそのままうつ伏せに倒れてしまった。


 ……これは……死んだかも……しれん。


 この二人、他の兵士たちより若干良い鎧を羽織っていたので、運が良ければ生きているかもしれんが、さすがに近距離過ぎたかもしれん。


「貴様ぁあああ!」


 蹴りで吹っ飛んでいた方の兵士が剣を抜いて立ち上がっていた。

 俺は慌てて新しいマガジンを挿すとすぐにトリガーを絞った。

 廊下を突き抜ける銃声が連続して響き、大半の弾が兵士の胴体に吸い込まれていった。顔に当たらなくて良かったぜ。


「うぎゃぎゃがっ?!」


 こちらの兵士は気絶しなかったが、胸を抑えてのたうち回っている。

 ちょっと距離が空いただけで命中率が激減している。まあ素人なんだから当たってるだけで良しとしよう。


 しかし残弾がそろそろヤバイ。

 購入するのは簡単だが、マガジンに詰めている暇がない。もっと作っておきたかったが、牢屋の中で見張りに見つからないように弾詰めするのはこのくらいが限界だったのだ。

 その時背後から兵士たちの声が聞えた。さっきの奴らが追ってきているようだ。


「クソッ!」


 今は考えるな! とにかく出口を探せ!

 俺は再び全力で走りだした。


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