第78話「荒野の麗しき謁見」
「おはようございます、ヴェリエーロ嬢」
城壁門と城門を真っ直ぐにつなぐ石畳の上を歩いてきたのはブロウ・ソーア特命担当大臣であった。
いつもと変わらぬ紅一色のチェリナ・ヴェリエーロは貴族に対する最上の礼を取る。
「おはようございます、ソーア大臣閣下」
ブロウは苦虫を噛み潰して苦笑する。
「せめて閣下はやめてください」
「閣下と呼ばれるだけの地位と実力がお有りだと思いますが?」
さらに顔を苦み走らせるブロウを見て、チェリナは品よく笑う。
「冗談ですわ。ソーア大臣。失礼を承知で昨夜手紙をお出ししたのですが、その様子では読んでいただけたようですね」
「はい。朝食を終えて、最初の重要書類ということで読ませていただきました。まったく驚きましたよ。もし私が部下にヴェリエーロからの手紙は最優先に処理するように言い渡していなかったらどうしていたのですか?」
「その時はここでいつまでも待つつもりでしたわ」
「迷惑ですよ」
再び苦笑。
「いいではありませんか、城門などそうそう使わないのですから」
そう、普通使用人などは住み込みか、そうでなければ通用門を使う。巡邏隊の駐屯地も街中にあるので、そうそう城門や城壁門が開くことは少ない。
「食料の運び出しのスケジュールは全てこちらが把握しておりますしね」
チェリナの言うとおりこの城の糧食の大半はヴェリエーロ商会が納品している。もちろん他の商会も取引しているが馬車数台も使用しなければならない大口の取引はほとんどヴェリエーロ商会が独占していると言って良い。
ただしそれで儲けがあるかと言えばそれは別の話だったりするが今は割愛する。
「それにヴェリエーロから急ぎの手紙です、少なくとも午前中にはソーア大臣に読んでいただく自信がありましたわ」
「それは慧眼ですね」
ブロウがため息混じりに答える。
「まあ、ここでは何ですから中へどうぞ。しかしこの行列は何ですか? 手紙にも陛下に大切な話があるとしか書かれていませんでしたし、関係あるものでしょうか?」
「そうですね、お話が進めば貢物ということになるのでしょうか?」
そこでブロウの目が鋭くなる。
「ふむ……陛下に大切な話で、貢物が馬車5……いえ4台分ですか……良い話であれば嬉しいのですが」
「それはお話の流れ次第かと」
屈託なく微笑むチェリナの表情にブロウは背筋が寒くなる。ブロウの予想が当たっているのであれば、彼女がこんな表情をするはずがないのだ。そして彼女からこの話しを持ってくる理由も無い……無い?
そこでブロウの思考がほんの一瞬だけ止まり、地下牢の男の顔とともに再び動き出した。
まさか……そんな……?
「まあいいでしょう、こちらへ」
ブロウは今来た道を引き返しながら彼女と護衛を案内する。ブロウの脳は地下牢の男の事で一杯だったせいで護衛の中に目立つドワーフとエルフがいることに気が回らなかった。
これがブロウの後の運命を変えることになる大失敗だとは思いもよらなかっただろう。
――――
城門の中に入ったのは、チェリナ、メルヴィン、ハッグ、ヤラライ、そしてチェリナの元々の護衛2人の6名である。特に武器を取り上げられることもなく奥に案内される。どうもこの城は一般的な城と違い、あまり内部が複雑な作りになっていない
「なかなか面白い造りじゃの」
高い天井を見上げながらハッグがポツリと呟く。高い天井は自然光が入り込み、なかなか荘厳な雰囲気を作り出していた。
「そうですか?」
「うむ、これは城というよりも教会に近い作りかもしれんな」
チェリナの疑問にハッグが答えた。
そこで初めてブロウはドワーフが一緒に歩いているのに気づいたのか、一瞬ぎょっとした。しかし今さら帰れとも言えず、誤魔化すように続けた。
「さすがドワーフですね、文献などが残っていないので詳しいことはわかっていないのですが、どうやらこの城は大ミダル終焉直後に建てられたらしいのですが、元は何かの宗教施設であった可能性もあるのですよ。まあ内部調査を何度も行いましたがそれらしいものは一つも見つからなかったのですがね」
「ふーむ。もしかしたら元は教会として設計しようとして、途中から城へと設計変更になったのかもしれんの」
「ああなるほど、それだと辻褄が合いますね」
鍛冶士であり戦士であり発明家であるハッグの目には、この中途半端な建物がそう見えたらしい。
なお平静に見えるエルフのヤラライも視線は建物の隈なく隅々にまで行き届いていた。武人が見れば、この二人、戦士の目をしていると気がついたであろう。
だが、戦闘はからっきしの元商人であるブロウには、物珍しい城内をキョロキョロしている田舎者にしか見えなかった。せめてこの時少しでも気がついていれば、後の惨劇は回避できたかもしれない。
「こちらの部屋へどうぞ」
ブロウが案内したのは20帖ほどの大部屋だ。もっとも廊下より狭いのでスケール感覚が狂うところではあるが。
「ああ、武器はそちらの壁に、念のため身体検査があります」
ブロウが指を鳴らすと数名の兵士が現れ、チェリナ以外の身体を細かく検査した。ハッグは鎧を外されこそしなかったが隙間までしっかり調べられていた。ちなみに全員アイテムバッグ類は持ち込んでいない。
チェリナだけはチェーンを預けるだけで身体検査はなかった。それだけ信頼されているのかVIPとして扱われているのだろう。
「さて、ヴェリエーロ嬢、できれば陛下への謁見の前に一度詳しいお話をお聞きしたいところですが」
「いいえ、全ては陛下の前でのみお話いたしますわ」
「私の職業をもう少し考えてくださると嬉しいのですが」
「話次第ではむしろお喜びになる話かと」
「……この3日で随分書状を頂きましたね、例の相談役を解放する嘆願書です。それに関係のある話でしょうか? もしその件であれば、とてもこんな急な謁見は許可いたしかねるのですが」
「場合によってはそれのみという可能性もありますが……陛下のお心次第でしょうね」
「あくまで陛下との直接交渉を望まれると?」
「はい」
「……そうですか、事前にお話を伺えれば融通を効かせることも可能かと思いますが……良いのですね?」
「はい。かまいません」
ブロウは彼女の決心を見て取る。
そして彼女の要求する内容を大まかにではあるが予想していた。
荒れるかもしれない。
ブロウは頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
そして謁見の時は来た。
――――
謁見の間は不思議な荘厳さがあった。
普通外敵を恐れ窓一つない作りにするのが常識だろう謁見の間は廊下と同じように高い天井に自然光を取り込む作りになっていた。
場合によっては大聖堂と言っても通用するだろう。それに合わせるように高座位置に王座が鎮座していた。
それに正対するように小型の椅子が一脚置かれている。
「ヴェリエーロ嬢はこちらにどうぞ」
ブロウがチェリナをその椅子へと案内する。どうやらこの椅子はチェリナのために特別用意されたものらしい。
「まあ、陛下の前で椅子に座るなど……」
「陛下のご意向です」
「この場合どのような礼儀を取れば良いのか……」
チェリナは本当に困った様子だった。
「晩餐と同じで良いでしょう、もとより陛下は礼儀にはうるさくありません」
ブロウは内心「陛下は礼儀などわからぬ田舎者ですから」と言いたくなった。
「わかりました」
他の護衛達は椅子の後ろで片膝をつく一般的な控えの構えを見せる。少なくとも最低限の礼儀はあるらしい。
「では」
ブロウはそのまま王座の横にある扉へと消えていき、しばらくすると、豚……いや、まるで豚のように見える脂肪の塊が立派な服装で現れた。
ピラタス王国ピラタスⅡ世国王陛下である。
豚王である。森の中で出会ったら討伐されること請け合いである。
のっそのっそと脂肪を揺らして王座に鎮座すると滑稽な風景が出来上がる。ここは豚の王国であったであろうかと。
ピラタス国王の左右にブロウ・ソーア特命担当大臣とゲノール・ボロ宰相がそれぞれにつく。一気に場が引き締まった。
「おお、愛しのチェリナよ、お主からの謁見とは余は驚いたぞ! もちろん良い話なのであろな?」
豚王がにちゃりとした笑みを浮かべた。
評価・ブクマしていただけると、感涙して喜びます。
感想も(感想は活動報告にて受付中)お待ちしております。