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第77話「荒野の招かれざる客」

(三人称)


 ピラタス王城。

 大ミダル王国時代終焉後しばらくして建設されたと僅かな伝承には残こされている。

 大陸の北西は大ミダルの終焉と共に人の住めない大地になったという。もちろんこの王城周辺も例外ではなく何百年も放置された土地であった。

 だが人々は再びミダル山脈を超え、この荒野の地へとやって来たという。何百年も放置されていたはずの王城は荒れていたが十分に実用に耐えるだけの強度を残していた。


 初めこの城壁都市に支配者はなく、流民達が自然に集まり一つの村社会を形成していたという。一マーケットのまま発達したこの都市は海運都市として栄えていった。

 だが統率者の居ない都市はまともな防衛力もないまま歪に発展していく。


 そこに目をつけたのがある傭兵団であった。

 中規模の兵力を持つ食い詰め傭兵達に掛かっては自警団などは瞬殺され、あっという間に街は占拠されてしまった。

 そして傭兵団の頭目が自らを王と名乗り、商人や住民の私財を没収。城や城壁、市壁の補修にあて、さらに当時としては最大級の港を整備し直した。

 商人たちには恨まれたが、市壁の壊れた街というのは住民たちの不安であり、それを補修した頭目は一定の支持を集めていた。また財産を没収されなかった弱小商人達は整備された港で一攫千金。こちらも一定の支持を集めていった。


 そうしてなし崩し的に頭目は王となり、ピラタスⅠ世が誕生した。

 ピラタスⅠ世は贅沢好きで女好きではあったが、傭兵団を率いていただけあり、それなりのカリスマと人を率いる知識を持っていた。また彼らの部下に優秀な人材がいたこともあり、比較的順調に国は発展した。

 だがピラタスⅠ世は子宝にあまり恵まれなかった。妻は何人もいたが、なぜか生まれるのは女子ばかり。

 そしてようやく生まれた男子が現在の国王ピラタスⅡ世である。Ⅰ世は息子を可愛がった。いや可愛がり過ぎた。

 思う様甘やかしたのだ。


 ピラタスⅡ世27才の年、王位を継承。

 そして……豚王が誕生したのだった。

 豚王の6年の統治を経て、ピラタス王国は限界を迎えていた。


 大ミダル王国の技術がまだ残る時代に建設された王城は小ぶりだが、今日も鮮やかな空を貫いて聳えていた。

 そして砂色の王城に近づく馬車の車列。落ちぶれたこの国には似合わぬ立派な馬車である。

 護衛の私兵に囲まれて進むそれは、一種の軍隊にも見えた。


「止まれ!」


 王城の門前で衛兵が叫ぶ。衛兵は街を巡回する兵士たちよりも見るからに立派な武装で、彼らがエリートであることを物語っていた。

 そんなエリート衛兵の前に二人の人物が馬車から降り立つ。

 一人は紅い髪、紅い皮鎧、紅いブーツ、紅い鎖の派手な女。もう一人は質素であるが高価な素材で作られた民族衣装の男だ。チェリナとヴェリエーロ商会側近のメルヴィンである。


「おはようございます。お勤めご苦労さまですね」


 女は爽やかな笑顔とともに一礼をした。


「む、ヴェリエーロ商会か」

「はい。チェリナ・ヴェリエーロでございます。昨夜国王陛下にご面会の書面をお送りいたしたのですが、何か聞いていませんか?」


 衛兵は眉を顰める。


「昨夜だと? 陛下への謁見許可がそんなに短時間に降りる訳がなかろう。そもそも昨日今日で失礼だとは思わんのか」


 衛兵は不愉快そうに槍の石突きで軽く地面を叩く。


「はい。ご無礼は十分承知しております。ですので一度確認していただけないでしょうか?」

「予定のない人間を通すことはできんな」

「確認を取るだけでかまいません。お願いできませんか?」


 チェリナがゆっくりと衛兵の手を取ると何かを握らせた。チェリナが一歩引いた後、衛兵は手の中をチラリと確認する。

「ふむ……そうだな……。確認するだけならよかろう。しばし待て」

「ありがとうございます」


 衛兵は別の衛兵に指示して城内に走らせる。どうやら彼が一番偉いらしい。

 走りだした衛兵が城の入り口に到着する前に、その扉がが大きく開け放たれる、まだ開門の合図を送っていなかったので衛兵は観音開きの大扉をぽかんと間抜け面で見上げていた。


「何をしている?」


 衛兵は声を掛けられた方向、つまり真正面に視線を下げると、一人の中肉中背の男が立っていた。そしてその顔を認識して衛兵は膝の高さまで飛び上がることになる。


「ぶぶぶぶ!」


 アブでも飛んでいるのか。


「ブロウ・ソーア大臣!」


 慌ててその場に最上級の敬礼をもって迎えるが、ブロウは片手を軽く払う。


「君、そこに立たれると邪魔なのだが?」


 衛兵はブロウの真正面で敬礼していた。普通は通路の脇に避けて敬礼するのが普通である。それなりの名誉職である門番としては大失態であろう。


「しししししし失礼いたしました!」


 衛兵は何とか身体に染み付いた動きを駆使してサイドに回りこみ再び敬礼の姿勢を取った。衛兵はこの時点で首を覚悟していた。何と言っても実質この国のトップ3であるブロウ・ソーア大臣に不敬を働いてしまったのだ。汗が止まらない。


「君、どうしてそんなに慌てていたんだい?」

「い、いえ! それが、その、急遽謁見の申し込みがありまして……それで……」


 言ってから失敗したと思った。緊急の謁見など許されるはずが無いのだ。

 衛兵は内心で涙した。

 自分は終わった。ようやく手にした栄誉ある門番もこれでお終いだ。ごめん、婆ちゃん……。


「ああ、チェリナ・ヴェリエーロ嬢の事でしょう。実はつい先ほど書面を確認しまして。ヴェリエーロ嬢はもういらっしゃってるのですね?」

「は、はい!」

「丁度良い、君案内してください」

「わ! わかりました! ただいますぐに!」


 衛兵は首の皮が繋がったと涙を流しながら要人誘導の歩法でブロウを入口まで案内した。

 ブロウは男に聞こえないように軽く息を吐いた。衛兵の心内などお見通しであり、また罰するつもりなど一つもなかった。


(私はそれほど偉い人間ではないのですよ……)


 ブロウの独り言は誰にも聞こえなかった。


――――


 少々ややこしい事だが、このピラタス王国には「城門」と呼ばれる門が大きく4つある。

 だが当然本来の城門は城の門のことだけを指す。先ほどブロウが出てきた巨大な観音開きの扉の事だ。

 戦時になれば最後の守りとして活躍するだろうその門は頑丈で立派な作りの扉である。

 普段は締め切りで、王族や大臣、将軍など一部の人間が通行する場合のみ開閉する。

 また戦時であれば城内の歩兵や騎兵が出入りする門でもある。

 実際問題ここまで敵が迫れば負けであろうが。その時点で城を囲む城壁が破られているからだ。


 その城壁の門が城壁門。

 しかし市民にとってみればこの門こそが「城門」である。通称城門。現在チェリナ達が待つ場所だ。


 残り2つ「城門」と呼ばれる場所もある。

 これは城、城壁をさらに囲む「市壁」にある北門と東門の2つの事である。

 一般市民にとっては城壁も市壁も違いがなく、特に国外の人間から見ればこの一番外の門こそが「城門」という事になる。なので一般に「城門」と呼ばれる場所が4つにもなるのだ。

 だが、先に記したように正式な城門は1つで、残りは城壁門、そして市壁北門と市壁東門となる。


 どうでもいいことだがアキラとハッグが入国したのが市壁北門で、何度もチェリナの実験場へ出向いたのが市壁東門である。

 ブロウが城壁と城の間にある中庭を突っ切り城壁門にたどり着くと、なるほど目立つ馬車を並べた一行がたむろっていた。


「おはようございます、ヴェリエーロ嬢」


 ブロウ・ソーアはいつもの仏頂面で来客を出迎えた。


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