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第6話「荒野の営業スマイル」


「なるほどの、遭難とは災難だったの」


 闇夜にたき火の明かりが浮かんでいる。

 ここは見ず知らずの異界の荒野。

 ああ日本のネオンが懐かしい。


「ええ、船は沈み気がつけばこの……島か大陸かわかりませんがこの近くに。とりあえず人のいる場所を探してさまよっていた次第でして」


 営業スマイル……にはほど遠いがなるたけ疲れが顔に出ないよう笑顔で語る。


「船……のう」


 ハッグと名乗った旅のドワーフは長い髭を短い指に何度も巻き付けて思案する。


 自分でも苦しい言い訳だとは思っている。

 だがそこはあまり重要では無い、事情があるというニュアンスが伝われば良いのだ。

 空気を読む、というのは日本人特有の特殊能力らしいので、この目の前のお方がその辺を読んでくれるかはかなり怪しい。


 まぁダメなら本当の事を言うしかないが、この作り話よりよっぽど嘘にしか聞こえない話をしたら逆ギレされかねないのが困ったところだ。


 それにしてもドワーフ。


 いや、適度に濁してはいたが俺だってそのくらいは知っていた。

 学生時代はゲーム全盛期だし、通勤時間に読む小説にも良く出ていた。

 だからこそ逆ににわかに信じがたかった。


 ここがどんな世界かはよくわからないが人間の空想した生命体が存在するとはいったいどんな理屈なのか。

 むしろまったく理解不能の化け物でも出てきた方が納得がいく。


 まぁ納得はいくがその時点で人生詰むだろうけどな。


 他にも疑問はてんこ盛りだったが、今は生きることを優先しよう。


「それで着の身着のままでこんな場所におったわけじゃな?」


 枯れ枝を火に放り込みながらハッグは髭をいじる。


「はい、しかも私は世間知らずのぼんぼんでして」


 たぶん俺の笑顔は盛大にひきつっていることだろう。


「ふん。事情はあるんじゃろうがとりあえずそのよそ行きの喋りをやめい。気持ち悪くてかなわんわ、そしたら話に乗ってやるわい」


 おお、それはありがたいが地を出すと口が悪いなんてもんじゃねーぞ?


「あー、それはありがたいのですが、なんというか……命の恩人対する礼儀というものが……」

「かまわん。というより礼儀というなら素で語れぃ」

「うーん……」


 しばらく考える。

 ハッグはどこからみても礼儀とかそういうのに縁がある階級には見えない。

 本人が望むならそれが一番いいのかもしれない。


「あー、じゃあ本気で地でいくぞ?」

「それでよい」


 顔のしわを深くして不敵な笑みを浮かべた。

 どうやらこの恩人はこの話し方の方が性に合っているらしい。こっちとしても楽なので助かる。


「まあなんだ、まずは改めて礼を言わせてくれ、さっきも言わせてもらったが、儀礼っぽくなっちまったからな。本当に助かった。ありがとう」


 俺はがっつりと頭を下げると、ドワーフのハッグは大きく頷いた。


「うむ。旅は助け合いじゃ。ところでさっきから気になっていたんじゃが、その握りしめているのはガラスか?」


 言われて自分がずっとペットボトルを握りしめていることに気がついた。


「あー、ペットボトルとかプラスチックとかポリエチレンとかわかるか?」


 日本人なら見たことの無い人はいないペットボトルを手渡した。


「ふむ……聞いたことがないな。なるほどガラスでも木材でも石材でも金属でもないの、昔これに似た樹脂を見たことがあったが、ここまで透明な物は見たことがないの。まぁあやつらの事じゃから隠し持ってただけかもしれんがな。どちらにせよあれをこんな形に固定するのはたぶん無理じゃろうのぅ」


 ハッグはペットボトルを指で摘み、()めつ(すが)めつしていた。


「中に入っとるのは水か?」

「いやお茶だよ。緑茶。飲みかけで良かったら飲んでいいぜ」


 そうかと言って一息で飲み干すハッグ。


「ふむ。確かにお茶だな。水でないのに腐らなかったのか? いやそれよりもこの入れ物は水を通さぬのか? 全く不思議な入れ物じゃい。余分にあったら一つ欲しいの」


 逆さに振って最後の一滴を舌に乗せてそんな事を言うので軽い気持ちでコンテナからお茶入りペットボトルを取り出してしまった。

 暑さで脳がやられてたとしか思わない。


「ああ、じゃあお礼に一つやるよ。ほれ」


 俺はペットボトルをハッグに放ってみせた。

 彼なら受け取れないなんて事はないだろうと思ったら、目をまん丸にしたハッグの顔のど真ん中にぶつかって地面に落ちた。


「うわっ?! す、すまん! まさかあんたがキャッチできないとは……」


 俺は慌てて立ち上がろうとしたがその前に怒声に硬直することになった。


「貴様! 今なにをしたんじゃ!?」


 すさまじい怒声だった。

 強盗に遭遇したときなど比較にならない恐怖だった。


 俺はすぐさま土下座した。


「本当にすまん! 悪気はなかったんだ! 怪我してないか?」

「そんな事はどうでもいいわい! きさま、く、空中から物を取り出しおったな?!」


 しまった!

 ほとんど無意識にやっちまった。

 もう今さらごまかしはきかない。


「あー、なんといいますか……」

「……」


 ハッグさん、無言で背後のどでかいハンマーを取り出して俺に向ける。

 いや、その、それ、危ないと思います。

 たぶん彼が手を離しただけで俺の頭は西瓜みたいに真っ赤に花開くことだろう。


「全て、吐け」


 暗闇に輝く一対の瞳。

 逆らえるわけがなかった。

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