第75話「荒野の陰謀説」
尋問室に入れられて両足を床の金具に繋げられると、入ってきたのはブロウ・ソーア大臣だった。
「あんたか……」
「現職の大臣にあんた呼ばわりですか」
ブロウは苦笑しながら正面の席に座る。
「犯罪者扱いされてまでへりくだる必要性を感じないもんでね」
「なるほど、冤罪だと」
「当たり前だ、それとも何もせずに踏み潰されろとでも言うんじゃねーだろーな?」
「場合によっては」
涼しく言い返すブロウに殺意を込めて睨み返してやった。
「なあ、ハッグとヤラライ……バッファローを倒したドワーフとエルフはどうなってる?」
「答える必要性を感じません」
「いいから答えろよ」
「言える立場だとお考えなのですか?」
「俺には知る権利があるね」
「そんなものは一切ありません。貴方の密猟はすでに明白です。……ところで海龍というのを知っていますね」
「は?」
言っている意味がわからない。
「密猟が明白って証拠でもあるのかよ」
「バッファローの死体があること、商業ギルドからの依頼がないこと、無許可での狩猟は明確です」
「だから別に狩猟目的なんかじゃねぇよ! 欲しかったらバッファローの死体でもなんでも持ってきゃいいだろうに!」
「もちろん死体は重要物件として押収させていただきましたが?」
「クソが!」
こいつら、もう刑を確定させてやがるな!
「大臣に対する暴言に加えて、海龍に対する質問の返事を誤魔化しましたね、これであなたが海龍の一員である事も確定しました」
「は?! 暴言はまだしも、そもそも海龍ってなんなんだよ。唐突過ぎて答えるも何もないだろう!」
ブロウは大きく息を吐き出す。
「ふう。誤魔化すにしてもお粗末ですね。貴方はもう少し出来る方だと思っていたのですが、買いかぶりだったようです。しかし貴方が海龍の一員であると考えれば全ての辻褄が合う。ヴェリエーロ嬢に近づいた事も、国王陛下に逆らったことも全てね」
「おい、一人で納得してんじゃねーよ! さっきから話がさっぱりだ! その言い方だと海龍ってのは組織かなんかなのか?」
「墓穴を掘りましたね、私は海龍が何かを一言も語っていません。それを組織と認識出来た時点で貴方の負けです」
「はあ?! いや、どう考えても今の話でなんかの組織の名前だってのはわかるだろ! 一員とか言われてんだから!」
俺は吠えたがブロウにはまるで柳に風であった。
彼は両手を肩の位置で開き、首を横に振った。擬音に「やれやれ」と出てきそうなポーズであった。
「言い訳にしてはお粗末ですよ。がっかりですねアキラさん。あなたがレジスタンスの一員であったなどと……」
「なんだって! クソが! そういうシナリオか! テメエの方がお粗末過ぎんだろうが! それで誰が納得する!」
「私が納得します」
「……最初から俺の話しを聞くつもりなんてなかった訳だ……」
「何のことやら」
腹の立つことおびただしいぜ。
「一つだけ聞かせてくれ。このシナリオを思いついたのはいつだ?」
「意味がわかりません」
「バッファローの死体の横に俺がいたときか? 昨夜か? それとも……」
「時間の無駄ですね。これから司法局と協議の後、国王陛下に報告がありますので」
「あんたの描くシナリオのエンディングはなんだ? 俺みたいな小物を嵌めて得られる物はなんだ?」
「残り短い人生を有意義にお過ごしください、それでは」
俺の言葉をことごとく無視してブロウ・ソーアはその場を立ち去った。
「このシナリオ、誰が得をする?」
俺は小さく呟いた。
もちろん。答えるものは誰もいなかった。
――――
三度牢屋に投げ込まれ、兵士に罵声を浴びせてやると、ツバを吐きかけられた。クソが。
兵士がいなくなったのを確認すると清掃の空理具で綺麗にしたうえで、さらにハンカチで強く擦り落とした。意味など無いが精神的な問題だ。
俺は壁に寄り掛かって座り考えをまとめる。
どうやら俺が想定していた以上に事態は最悪である。嵌められた。いや、状況を利用されたのだろう。さすがにあのはぐれバッファローが仕込みだったとは思えない。
だが俺をレジスタンスに仕立てあげて誰が得をするんだ?
俺はただの一介の商人でしかない。しかも流れの。そんな人間がレジスタンスな訳がないとわからないほどこの国の人間は頭が湧いてんのだろうか?
いやそれはないな。少なくともあのブロウ・ソーアって奴は頭が切れる。ならば間違いなく陰謀であろう。
陰謀説とか厨二かよ……。
だがリアルで進行してる危機だ、目を逸らすな。
では陰謀だとして、その目的は?
一番可能性がありそうなのは、チェリナを嵌めることか……。
だが、そうだとしても、反逆罪というのはやり過ぎだ。この国の法律は一つも知らないが、封建社会がなりたつこの世界で反逆罪など、おそらく死刑以外ないだろう。
そうすると反逆罪をチラつかせてチェリナを嵌めるというのはやや非現実的な気がする。あの豚王が欲しているのはあくまでチェリナ自身だろうからな。
そもそも俺を陥れた所でチェリナが手に入るという図式が成り立たない。俺とチェリナの関係は取引相手でしかないのだ。いくら相談役と言っても限度がある。
まずい、さっぱりわからん。
俺は頭を抱えた。
……。
この時の俺は気づいていなかった。そもそも前提条件が大きく違うということに。
チェリナの気持ちも自分の立ち位置も、自分の価値も全ての前提条件が間違っていたという事実に。
――――
深夜。
おそらく見張りの兵士が最も少なくなっているであろう時間帯、通路に人が居ないことを何度も確認してから行動する事にした。
もっとも今日はその下準備だ。いくらなんでも今日いきなり行動に移すつもりはない。
一つ怖いのは明日すぐに刑が執行されたり、身動きを取れない状況にされることだが、その可能性と天秤に掛けるとしても情報が少なすぎる。明日になったらもう少し情報が得られるかもしれない。
可能性は皆無に近いが、チェリナの働きかけで解放してもらえる事もありえるのだ。少なくともなんらかのアクションがあるかもしれない。
もっとも今日の様子を見る限りその可能性は本当に僅かだろうが。
ブロウはこう言っていた「これから司法局と協議の後、国王陛下に報告がある」と。
ならばいくらなんでも明日いきなり死刑という結論まではいかないだろう。そう思いたい。
最悪の事態を考えるべきなのだろうが、そうするといますぐ行動に移さなくてはならなくなり、準備不足で失敗するリスクのほうが高い。
……そうだな、行動に移すとすれば明日の夜か、明後日の夜といった所だろう。
俺はそう決めると、今やらなければならない事を考える。
何より最優先されるのがこの城からの脱出。しかしそんなことが可能なのだろうか?
俺一人で?
それは無理だ。どう考えても。
ならばどうする?
一人で無理ならば複数でやればいい。幸いこの蟻の巣状の地下牢にはたいそう沢山の人間が捕まっているらしい。しかも全員その環境にご不満な様子。彼らを解放できれば心強い仲間となってくれるだろう。囮ともいう。だが俺も含めて立場は変わらないんだ、賭ける価値はある。
では彼らを解放する手段を考えよう。
そうして俺は思考の海に沈んでいった。
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