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第74話「荒野の獄中一人旅」


 ブロウ・ソーアに捕まった初日、王城へと連行されて全裸に剥かれた。ケツの穴まで身体検査されたうえ、ゴワゴワの麻製貫頭衣を被らされて牢屋に投げ込まれた。

 途中の行程と窓一つない通路の事を考えるとおそらく地下牢だろう。泣きそうである。


 なお地下牢の入り口まではかなり複雑な道のりで、裏口らしき所から一度王城に入り、右に左にと細かくくねった城内を進まされたと思ったら一度中庭に出て、その先の小汚い建物に連れて行かれた。詰め所のようなところで兵士が多数常駐していた。

 地下牢への鉄格子はその奥にあった。


 ハッグとヤラライを助けるためだったとはいえ、早くも後悔してしまう。

 地域的なおかげか、湿気などはないのだが、臭さは相当なものだ。泣きそうである。


 岩盤を繰り抜いて作られたのだろうか、牢の壁は固い岩で、たとえ鉄のピックがあったところで掘り進めるような硬さではない。ベッドは無くムシロが一枚と、トイレらしき素焼きの壺が悪臭を放っている。泣きそうである。

 地下はアリの巣のようにやたらと入り組んでいた。かなりの人数が収容されているらしく、俺が奥に連行される時も罪人達は鉄格子をぶっ叩きながら先導する兵士に悪口雑言を撒き散らしていた。もしかしたら罪人ではないのかもしれない。


 俺は一番奥の牢屋に収容されたのだが、扱いが酷い。

 問答無用で牢に放り込まれたと思ったら、30分もしないうちに引きずり出され、アリの巣の出口あたりにある尋問部屋でひたすら尋問。最初に聞かれることは名前や出身、そして職業、出身と職業を用意していたバックストーリーで語るが尋問官の印象はだだ下がりである。

 あたりまえだ。誰が偶然難破した船の生き残りの旅商人などと信じるだろうか。泣きそうである。

 バッファローに関しては密猟だろうと何度も問いつめられた。俺はその度にバッファロー自体見たのも初めてだと説明したが、始めから密猟目的でドワーフとエルフを雇ったのだろうと取り付く島もない。これはもう、最初から向こうの作ったストーリーなのだろう。認めれば罪を軽くしてやっても良いと何度も迫られるが、ここで首を縦に振るわけにはいかない。俺は断固として突っぱねた。泣きそうである。


 拷問されなかったのが幸いであろうか。そんな心配をしなけりゃいけない自分の状態に泣きそうである。

 一通りの尋問が終わり、再び牢に放り込まれる。いちいち投げるんじゃねえよ! 泣くぞこんちくしょう!


「はあ……なんでこんな事に……」


 俺は鉄格子から外を伺う、一番奥まった所にあるせいか、松明の明かりもほとんど届かず、他の牢屋も見えない場所であるのを確認した。これならなんとかなりそうだなと、俺はコンテナ……神さまから授かった特殊能力、手に触れたものをどこか異空間にでも収容する力で仕舞ってあった毛布を取り出そうとして、毛布はクジラ亭のベッドに置きっぱなしだったのを思い出す。

 面倒くさがらずに毎回仕舞っておけばよかったとため息を吐いた。

 もう一つの能力の、なぜか色んな物が購入できるSHOPを使用して毛布を購入した。毛布は4990円である。なぜ円なのだろう……。相変わらず謎である。


 残金987万8398円。


 その毛布で鉄格子を塞ぎ、清掃の空理具を取り出す。空理具は中に封じられた空理術を一種類だけ使えるようになる魔法のアイテムだ。俺は清掃を発動して牢屋全体を綺麗にする。某素焼きの壺には特に力を込めて発動した。部屋全体が淡く、壺はかなりの光を放った。やはり強さによって発光現象が強くなるようだ。今までに実験しておいて良かった。


 俺は自分の身体にも清掃を発動してから、毛布を鉄格子から外して床に敷こうとして、見つかったらまずそうだと、ムシロの下に敷くことにした、これでぱっと見ではわからないだろう。

 それでも限りなく野宿に近い現状に泣きそうである。小学生時代を思い出して泣きそうである……。

 あまり食欲は無かったが、のり弁をかっこみムシロに横になる。


 残金987万7920円。


 神に感謝すべきか恨むべきかを考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。


――――


 野宿に近い睡眠など、幼少の頃に死ぬほど味わっている俺は、肉体的にはまったく問題なく寝れてしまった。

 精神的には大ダメージではあったが。


 遅寝早起きの癖が付いている体は問答無用で覚醒する。廊下からの明かりが変わらないので時間はわからないが、おそらく夜明け前後の時間だろう。ブラックな会社に慣らされたこの身体が恨めしい。こんな時くらいゆっくり寝たい。

 そもそもたまの休日ですらほぼ全てを上司達に付き合わされて休んだことが無かった。本当に糞な企業であった。


 俺は鉄格子の外を窺って人の気配が無いのを確認すると、さっとインスタント珈琲をいれて、サンドイッチを胃に放り込む。朝食が出るかわからないが、正直こんな所で出される食事など食べたくもない。


 残金987万7339円。


 いつ看守が来るかもわからないので、味わう余裕もなく胃袋に収めていく。熱いブラックコーヒーが身に染みる。

 流石にタバコは匂いでバレるかもしれないので控えておく。本当はこういう時にこそ吸いたいのだが……。


 いつまで捕らえられるんだろう。おそらくチェリナが事情を説明してくれていると思うので、いずれ誤解は解けると思うのだが。


 ……いや、まてよ。

 チェリナが俺の誤解を解く可能性はあるのだろうか?

 そもそも俺はただ偶然舞い込んだ人間で、チェリナにとっては取引相手の一人でしか無い。

 チェリナはこの国の豚王……いや国王陛下に気に入られていて、事あれば嫁に引っ張ろうと画策するような王様だ。下手に俺を庇えば難癖つけてチェリナの身柄を押さえる可能性すらある。それを考えつかないチェリナではないだろう。


「……普通に考えたら俺を見捨てるよな」


 当たり前の話だ。誰が好き好んで自ら虎穴に入り込むというのだろう。しかも得られるのは俺の身柄だけである。チェリナに取って利点など一つもない。

 すでにライターの取引も終わり、レンガやキャッサバ、とうもろこしのやり取りも終了。和紙に関しては現状の知識だけでも彼女にとっては十分なものだろう。

 俺を助けたからといって和紙の残りの秘密を俺が話す保証はないのだ。


 考えれば考える程チェリナがリスクを犯す必要性を感じない。むしろ俺を犯人として突き出して放置するのがもっとも利口なのだ。

 チェリナはこの国一番の大商会の責任者だ。そしてそれを彼女は完全に理解している。

 ならば彼女の取るべき行動は一つだ。


「やべ……油断してたかもしれん……」


 なんでチェリナが俺のために動いてくれると思い込んでいたのだろう。どう考えても見捨てられる状況だった。

 確かに連行される時に彼女は必ず誤解を解くと言ってくれた。だがそれはその場に流された言葉であろう。

 あの場で「それではさようなら」と言える人間はまずいない。きっとあの後すぐに気がついているはずだ。俺を助ける事に一切のメリットが無いことに。


 きっと感情的には俺を助けたいとは思ってくれるだろう、そのくらいの仲にはなっていると思う。だが現実を見ればどう考えても俺の誤解を解くために動くとは思えない。きっと商会の幹部達も止めるだろう。あの聡明なチェリナが商会と俺を天秤に掛けるとは思えない。


 確定だ。

 チェリナが俺を助けないし、また助けられない。個人的に助けたいという感情があったとしてもだ。

 俺は今までの人生を振り返ってそう結論づけた。人は必ず裏切るし、信用してはいけない。それは俺が今までの人生すべてを掛けて学んできたことだろう。


 ばしん! と両頬を手で叩きつける。

 目が覚めた。


 このままじっとしていても自体は好転しない。必ず悪化する。ならば藻掻こう。ひとりで足掻くのだ。

 今までどおり。

 これまで通り。

 俺の決意と同時に廊下から人の気配。剣ががちがちと音を立てるのですぐにわかる。


「出ろ!」


 案の定おっかない顔の兵士が鉄格子の鍵を外して俺に怒鳴る。

 俺は鋭い目つきのまま彼らに連れられて、尋問室まで連れて行かれた。


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[気になる点] ぬーん。厳しい感じになってきましたね。 これで教会が出張ってくるのか、仲良しおっさん二人組が暴れだすのか、自力で脱出するのか、チュリナの結婚を条件にチュリナが動くのか性悪大臣が動くのか…
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