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第73話「荒野の傲慢陛下」


■■■ 国王コベル・ピラタスⅡ世 ■■■


 余の元に割とどうでも良い話がやって来たのは昼食時であった。

 まったくもって無粋である。

 余の数少ない楽しみを邪魔したのは、ブロウ・ソーア特命担当大臣であった。


 この男、有能ではあるのだが、ことごとく余の楽しみを邪魔する男であった。頭を下げるから登用してやったというのに恩知らずこの上ない。


「お食事中の所大変申し訳ありません。しかし火急の要件なればお許しを」


 ふん。申し訳ないと思うのであれば自分達で処理すれば良い物を。まあよい。じゃがバタを食べ終わったところなので若干機嫌が良い。話くらい聞いてやろう。余は寛大であるからな。


「許す。続けるがよい」

「ありがとうございます。実は今朝方より外回りをしていました小隊より、我が王城に近い場所ではぐれバッファローを発見したとの報告がありました」


 ブロウは真面目くさって報告を続けるが、まさかそんなつまらん用事で余の昼餐を邪魔したというのであろうか?


「そこで至急、軍の非常勤を招集し、バッファロー退治に向かわせるべきかと」

「そんなものは放っておいても商業ギルドが勝手に狩るであろう、なぜわざわざ余の大切な兵力を動かさなければならん」


 相変わらずブロウの言うことは意味が不明である。


「大きく3点の理由があります」

「申せ」

「は。一つは国民の安全確保です。今までバッファローが城壁を越えるという習性を見せたことはありませんが、絶対とはいえません。さらにこの季節は木材の引き上げや、雨期前の商期であり城外での活動が普段よりも増えている時期です。バッファローは比較的大人しい動物ではありますが、興奮すると何をしでかすかわかりません。幸い今回のはぐれは城からあまり遠くない場所で発見されております。軍を動かすにも負担が少ないのです」

「ふむ……」


 言いたいことはわからんでも無いが、市井の者など、放っておいても勝手に逃げていくであろ。


「国民の安全のために軍が活躍したとなれば、ピラタス陛下のご威光に箔がつくことまちがいありません」

「そもそも余の人気は絶頂であろ」

「人気はいくらあっても良いものでございます」

「ふむ……まあよい、次の理由を述べてみよ」

「はい。この時期のバッファローはなかなか良い値が付きます。革と骨の売値で今回の編成軍の費用が軽く賄えます。この時期ですとまだ干し肉職人が少ないですから、商業ギルドを通して肉を無料で卸す代わりに、解体費用を持たせ、余った肉を市井の民に振る舞うよう指示すれば、ピラタス陛下の人気はさらなるものになるかと」

「ほうほう」


 なるほど、余の偉大さがわからん馬鹿共に余の寛大さを見せつけてやるということか。


「ふむ。では最後の理由というのはなんであるか?」

「はい、最後は兵士達の訓練です。この国に置いてバッファロー狩りは重要な責務です。新兵の中には初の実戦がバッファローの群れ狩りというものも多いのです。比較的若い軍編成ではぐれを狩ることになれば、兵士たちにとって良い訓練になるでしょう」


 余はデザートの南国フルーツを齧りながら思案する。本来であればはぐれバッファローなど狩りの時期外の権利として商業ギルドが勝手に処理するものだ。だが必ず成功するものではないと聞いたことがある。そうなると商業ギルドから泣きつかれて軍を動かす事もある。

 そして手負いになったバッファローは大変危険だと言っておった。

 兵士は死ぬのが仕事だから問題ないが、それで得られるものは余り無い。

 もし今回率先して動けば馬鹿な民共が余の偉大さを知るという。ならば反対することもなかろう。余は寛大であるからな。


「良かろう、きゅうり的華やかに軍を編成いたせ」

「可及的速やかに、でございます」


 宰相のゲノール・ボロが口を挟んでくる。空気の読めん男だ!

 せっかく余が決めておるというのに!


「わかっておる! わざとじゃ!」

「もちろんでございます」


 ゲノールとブロウは深々と頭を下げた。

 二人揃って礼儀の知らん男共よ。


――――


 夕刻。3番目の妻と……いや5番目だったか、とにかく嫁の一人に咥えさせていた時に、またもや邪魔が入る。


「火急の要件なれば、お時間を頂きたく参上いたしました」


 衝立の向こうから聞こえてきた声は忌々しいブロウ・ソーアの物であった。

 どうしてこいつは余の邪魔をすることしか出来ないのであろうか。


「ふん。よい、こちらに入れ」

「……よろしいのですか?」

「余は寛大であるからな」


 どうせ飽きてきた女だ、もう裸を見られた所で痛くも痒くもない。流石に正妻の一人であるゆえ、邪険には扱えぬが妾であれば誰かに払い下げても良い年齢だ。

 ブロウは視線を下げながら衝立を回りこみ余の前に現れた。


「それでは報告いたします。実は昼頃に出立したバッファロー討伐隊の討伐目標であるバッファローなのですが……」


 バッファロー?

 ああ、昼に討伐するとか言っておったな。それがどうしたというのだ。余はイライラと次の言葉を待つ。


「討伐隊が目標に到達する直前で、一般人によってすでに狩られておりました」

「なんじゃと? いや、それがどうした。そういうこともあるじゃろ」


 この時期の狩猟権は商業ギルドが持っている。情けないが余の軍がノロマであっただけであろう。


「問題が少々。まず商業ギルドは今回の件で誰にも討伐依頼を出していないという点。それに動かした兵士が手ぶらで帰る事になれば最悪の場合陛下のご威光にいささかの傷がつく可能性もあります。もう一点問題がありましたがそちらは解決済みです」


 言われてみると面白く無い話である。余の軍を馬鹿にされたと言っても良い。


「解決した問題とはなんじゃ? それと誰がこの短い時間でバッファローを狩ったのだ?」


 口にして改めて思ったのだが、この短時間でバッファローを狩るなど、それこそ軍でもなければ不可能であろう、まさか隣接する都市国家が動いたというのであろうか?

 いや、隣接といってもシャレにならない距離がある。軍がその為にやってくる可能性など無いであろ。


「まず解決した問題は、バッファローの所有権です。今回バッファローを狩ったのは流れのドワーフとエルフの二人でした。どちらも名を馳せた武人です。短時間でバッファローが狩られたのも納得です。今回は商業ギルドの依頼を受けていないということで、バッファローの所有権は破棄させました」

「ドワーフとエルフであるか? その種族が共闘など聞かぬ話であるが……」


 ドワーフとエルフの不仲は有名であろう。水と油に例えられるほど相容れぬ組み合わせである。


「それがある人物の護衛として雇われていまして、その人物というのが……チェリナ・ヴェリエーロが最近雇っている、例の特別顧問。陛下はすでにお会いしているとお聞きしましたアキラと申す流れの商人でした」

「……なんじゃと?」


 余はいつまでもしゃぶっている女の頭を掴んで放り投げる。小さく悲鳴が上がったがどうでも良い。


 アキラ。

 あの黒髪のぬぼっとした顔立ちの、チェリナ横に立つのが当然という風にこちらを見下していた男。ブロウとゲノールの言い分では例のジャガイモに関する策を打ち破ったのもおそらくあの男だと言う、憎らしい異国の男。


「その男はどうしておる」

「現在王城の地下牢にて事情聴取中であります」

「処分は決まっておるのか?」

「最終的には司法局の判断次第ですが、罰金刑か鞭打ち数回、一番重い刑でも罰金と強制労働との事です」

「……生ぬるいの」


 あの男は余のチェリナを匿う極悪人である。じゃがバタの功績を考えて放置してやったが、今回は明晰な犯罪である。


「余の兵士達をコケにした罰がそんなもので良いと思うか?」

「法的にはその罰が適当ではあります」


 ブロウが答える。


「この国の法は余である」

「もちろんです」

「よし、では余が直々に刑を決めてやろう。あの男は公開鞭打ち500回の上、公開磔の刑に処す」

「500……ですか? 磔の前に確実に死にますが?」

「ならば100でよい。死なない程度に傷めつけてから広場に磔にするがよい」

「……死刑、ということですか」

「うむ」

「いささか罪状が公開刑には足りないかと」

「なれば反逆罪でもなんでもつけて処理しておくがよかろう、お得意であろ?」


 ブロウがその言葉に片眉を吊り上げたが、それ以上の反応は見せなかった。


「……承知いたしました。刑の執行はいつにいたしましょう」

「ふむ、明日でよかろう」

「さすがに書類の製作が間に合いません。せめて何日か尋問と捜査をしたと思わせる日数は空けないと」

「面倒な事よ。ならば何日後なら良い?」

「そうですね、最速で4日後といったところでしょうか。より多くの人間に見せるのであれば、4日後に触れを出し、さらにそこから数日後にするのがよいでしょう」

「4日後でかまわん。余は鞭打ちが見れればよい。それに当日でも人は集まるであろ?」

「そうですね、広場を埋める程度には集まるかと」

「ならば4日後にあの男を処刑で決定である。あとは任せる」

「御意」


 ブロウ・ソーアは頭を下げたまま、衝立の向こうに、そして部屋の外へと出て行った。

 余は久しぶりに愉快な笑いが腹から湧き上がるのを感じた。

 全裸の女が部屋の端で震えていた。


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[一言] この王様基本的は愚か者って感じだけど馬鹿ではないんだろうなって思考が見え隠れしてるのが面白い
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