第72話「荒野のバッファロー肉祭り」
(長いです)
お揃いの皮鎧を纏った兵士たちが横5列に並んでこちらに早足で近づいてくる。
街中を巡回している兵士達と同じ鎧のようだ。鎧と言ったがどちらかというと革の服に近い。装飾が統一されていなければ、ちょっと身なりの良い町人と変わらないだろう。
もっとも町人は腰に剣、両手で槍を構えて行進などしないだろうがな。
先頭を走っていた一際身なりの良い、おそらく隊長だろう人物がこちらにやってくる。
「責任者はいるか!」
よく通る声を上げた。
「は、はい、ボクが責任者のグリーヴァです」
労働者たちの間から残念ライオンのグリーヴァが飛び出してくる。
「これはどうなっている?」
隊長が示したのは倒れたバッファローの死体だった。
「どうって……見ての通りですけれど?」
うん。まったくもってその通り、見りゃわかるだろ。
「なぜ、バッファローが死んでいるのだ? いきなり死んだのか?」
「そんな訳はないですよ。そこのお二人が倒してくれたんです」
隊長はこちら……に立っていたハッグとヤラライを睨む。
「ほう……あの二人が倒したのか」
「ええ、そりゃあ凄かったんですよ、あの巨体をものともしない速度とパワー、いやー。獣人として憧れちゃいますね」
相変わらず見た目とのギャップが酷いな、このライオン頭。
「ふむ……」
隊長は腰に手をやって思案する。
「大臣はすぐ来るのか?」
隊長は背後の部下に尋ねた。
「はい、すぐに……あの馬車ですね」
200ほどの兵士を避けて、一台の馬車が煙を上げて走ってきた。チェリナの使うものと違って速さ重視の質実剛健な作りだった。隊長が手を上げるとその馬車は横に停まった。
そして馬車から中年の男性が降りてくる。身なりはシンプルだが非常に清潔かつ高級そうでビジネスマンを連想させる。中年男性が隊長に尋ねる。
「どうしました? もうバッファローを倒したのですか?」
中年はバッファローの死体と兵士たちを交互に見る。
「いえ、実は到着していたらすでにこのありさまで、どうもそこのドワーフとエルフが倒したらしいのですが、真偽の程はわかりません」
隊長さんは軽い一礼のあとに中年男性に答えている。どうやら上司かお偉いさんらしい。
「あれは、ソーア大臣……ブロウ・ソーア特命担当大臣ですわ」
チェリナがコソリと俺に教えてくれる。
「大臣?」
「前にお話しました、この国の財政を一手に引き受ける元商人ですわ」
「ああ、彼がそうなのか」
前に聞いた豚王の唯一の成功例とチェリナが酷評した、強引に登用したという元商人が彼ブロウ・ソーアなのだろう。
「んで、そんな人物が何しに来たんだ?」
「さあ……?」
しばらくグリーヴァを含めた3人で話していたのだが、その間ブロウはちらちらとチェリナに視線を向けていた。知り合いなのだろうか。俺の横に立つチェリナも気がついているようで、落ち着かないようだ。
案の定ブロウがこちらにやってくる。
「お久ぶりですね、ヴェリエーロ嬢」
「はい。ご無沙汰しております。ソーア大臣」
「その呼び方はやめてください。昔通りブロウと呼んでくださいな」
「そんな、国王陛下の懐刀であるソーア大臣にそのような……」
ブロウは苦虫を潰したように苦笑する。
「そうですか……、その話は置いておいて、少々困ったことになりましたね」
「困ったこと、ですか?」
「はい、大変に困りました」
「何が問題なのでしょう?」
「ご覧のとおり、無断でバッファローが狩られてしまった事がですよ」
「無断で……とおっしゃりますが、自衛は許可されていますよね?」
「無論、ここが誰の手も届かない無人の荒野であればその理屈も通りましょうが、ここは王国の目と鼻の先、その理屈は通じませんね」
「しかし……」
「しかも今回は討伐隊すら出立しているのです。商業ギルドからの依頼もない状況で狩られているのは大変に問題がありますね」
そう言われると確かに問題になってもおかしくないのかもしれない。
軍隊なんてもんはいくら準備が周到にしてあったところで、実際に動き出すまでは時間がかかる。それがこの時点ですでに集まっているということは、かなり早い段階からバッファローを補足して準備していた可能性がある。
おそらくだが、国としてはかなり早く動けていたのではないだろうか、それがタッチの差でバッファローが狩られていたとなれば、軍隊としてのメンツが立たない事になる。
これは、面倒くさい事になる気がする。いや絶対なる。
「無許可狩猟の当事者であるドワーフとエルフに話しを聞かなければいけませんが、なぜヴェリエーロ嬢がここにいるかをお聞きしても?」
「わたくしは視察ですわ」
「材木のですか? たしかにこの所材木価格は下落していますが、買い付けするほどの需要はないでしょう。薪などは端材を使っていますからあまり値段の変化はありませんし魅力がある商品とは思えませんが」
「さすが元王国一の商人ですね。相変わらず市場にはお詳しいですわ」
「財務を預かるものとして当然の知識なだけですよ」
「ご謙遜を」
「それではヴェリエーロ嬢がここにいるのは単なる偶然だと」
「そうなりますわね」
「なるほど……」
ブロウ・ソーア特命担当大臣だが小さく頷く。
「では今回の事件はあのドワーフとエルフの仕業ということになりますね」
「なんだって?」
俺は思わず声を上げてしまった。
「なんですか? あなたは」
「失礼しました、彼はわたくしの相談役であるアキラですわ」
「……ほう。あなたが」
え、なに? なんで大臣とか偉そうな人間に俺の存在が知られてるの?
「初めまして、私はアキラと申します」
「ブロウ・ソーアです」
ブロウは俺を観察するようにこちらを真っ直ぐに見つめてくる。俺にその気はないぞ。
「アキラさん、何か問題でもありますか?」
「え?」
「今回の事件に関してですよ、ご不満がありそうでしたからね」
ブロウの鋭い視線に晒されて、一瞬怯む。だがブラック企業で鍛えた精神は伊達ではない、動揺を表には出さずに笑みを浮かべてやる。
「いえ、先ほど事件とおっしゃいましたので、まるでこれが犯罪でもあるような物言いに聞こえましたもので」
「はい。犯罪ですが何か?」
ハッキリと言い切りやがった。
「先ほどチェリナも申しましたが、これは自衛の為に起きた必然ですよ。もちろん国軍が動いてると私達が知っていれば、このような悲しい事故は起きなかったでしょう」
「なるほど、アキラさんはこれを事故だと言うのですね」
「はい」
「ふむ、良いでしょう、これが事故か事件かの検証はあのドワーフとエルフを連行して確認することと致します」
「ちょっと待って下さい」
「何か」
「彼らは私の護衛として雇っているのですよ、ですのでもし彼らに非があるとすれば雇い主である私に責があるかと」
「アキラ様?!」
「大丈夫だ」
思わず声を上げたチェリナを手で制す。
ちなみに大丈夫である根拠は無い。
「ほう……なるほど」
今まで仏頂面だったブロウの表情が僅かに歪む。あれは笑みだろうか?
「ではアキラさんには詳細を伺うために城まで出頭していただきましょう。ドワーフとエルフにはここで国軍による現場検証に立ち会ってもらいます」
「わかりました」
「アキラ様……それでは……」
「恩人二人を逮捕させる訳にゃいかんよ、後は任せる」
「誤解は必ず解いてみせます」
「そりゃ心強いな。じゃあ行ってくる」
「……」
心配そうなチェリナを置いて、俺は兵士に促されるままブロウが乗ってきた馬車に連行された。そしてブロウも乗り込んでくる。ちょいとムカつくので嫌味でも言ってやるか。
「おや、犯罪者と同じ馬車に乗って大丈夫なんですか? 大臣閣下」
「あなたになら襲われても取り押さえる自信がありますからね」
おおう。凄いカウンターが来た。
「……そりゃそうですね」
見た目は普通のオッサンなんだが、もしかしたら超強いのかもしれない。ハッグみたいな化物だったら嫌過ぎんな……。
もちろん本気ではなかったのでお互いに軽く流して終わった。
さて、これからどうするか。
ガタゴトと馬車に揺られて異世界初の連行を満喫する事になった。
昔パトカーで連行された時を思い出して泣きたくなった。
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(三人称)
大量の肉が街に流通し、久々に活気を取り戻していた都市国家ピラタスの昼下がりである。
大型のバッファローが狩られてから3日が過ぎていた。
ピラタス王の下知で、格安で振る舞われたバッファロー肉は、沈んでいたピラタス国民の笑顔を取り戻していた。
商業ギルドに所属する各々の商会は城門すぐ側という最高の位置に座するバッファローの肉を切り分けるため、臨時の作業員の確保に追われており、また活気が溢れていた。
だが、最もその恩恵に与っているヴェリエーロ商会の一室はまるで葬式か通夜と間違う陰湿で重い空気で満ちている。
「メルヴィン。王城からの連絡は」
「……いえ、まだ何も」
いったい朝から何度同じやり取りが繰り返されているだろう、3日前から数えたらリベリ河の上流から流れてくる大木を数えるほうがマシだったかも知れない。
「……」
その部屋には5人の影があった。
その一人はヴェリエーロ商会の臨時商会長であるチェリナ・ヴェリエーロだ。
彼女はいつもと同じ紅い皮鎧に紅い鎖を巻きつけ、短い紅いスカートの下に黒のスパッツ、さらに紅い革のロングブーツの装束。紅い髪に紅い瞳と相成って、全身単色コーディネートである。
だがその美しい顔は明らかに焦燥しており、目の隈が美人を台無しにしている。
「メルヴィン、連絡は?」
「まだありません」
先ほどから1分も経っていない。それどころかメルヴィンはその間に誰とも話といないのだ、だからチェリナがメルヴィンを問い詰めたところで正確な情報を得られるわけではない。だが誰もそれを指摘しない。チェリナの気持ちを理解しているからだ。
全身筋肉ダルマのドワーフであるハッグが顎髭を指で弄び、長身で細マッチョのイケメンエルフは壁により掛かり腕を組んだまま静かに目を瞑っている。独特のインディアン的衣装と細く編み込まれた髪の毛がエルフの美形を台無しにしている。
ヴェリエーロの側近であるメルヴィンはお茶を継ぎ足したり、部屋の外の人間との連絡と小まめに動き回っている。
そして部屋にはもう一人、クジラ亭の一人娘で看板娘のナルニアが椅子に小さく座っていた。
ヴェリエーロとは縁のない少女であったが、一度食事に呼ばれたこともあり、何よりアキラへの心配が我慢できなくなり、今日はハッグとヤラライについてチェリナの元へやってきたのだ。本来なら門前払いされる関係だが、チェリナは快く商会に招き入れてくれた。
「ヴェリエーロよ……」
ハッグが髭をいじりながら顔を上げる。
「この国では裁判はやらんのか?」
「もちろん裁判は存在します、が、国王の直接裁決となれば話は別です。……今回の件、密猟ですらないので本来裁判どころか治安部隊の管轄で罰金刑がせいぜいのはずなのです」
「治安部隊とやらに問い合わせはしたんか?」
「もちろん。一部の人間には握らせておりますので、何か情報があればすぐに入ってくる手はずです」
チェリナの回答にナルニアが不思議そうに顔を上げた。握らせるの意味がわからなかったのだ。
「なんぞ情報はないんか?」
「……アキラ様を乗せた馬車がそのまま王城に入ったのは間違いありません。しかしその後の行方はまったく」
ハッグは髭をぐるぐるといじりまわす。
「まったく……守るべき儂らが奴に守られるとは情けない」
「俺も、同意」
今まで瞑目していたヤラライが呟いた。
「王城にはアキラ様の釈放のための保釈金の用意もある旨を伝えてあるのですが、まったく返答がありません。かなりの額を提示して無反応というのは気になります」
「どんな可能性があるかの?」
「……普通に考えたら取り調べ、尋問でしょう。ただ可能性として……拷問……」
そこで、ぎりりとチェリナの歯が鳴った。
「他には国王自らが行う直接裁決。これは国王の独断で全ての罪と刑が確定します。本来であれば十分な捜査が出揃った上での形式になるはずですが、ピラタス2世になってからその原則はあまり通用しません」
チェリナは覚めたハーブティーを一気に飲み干す。メルヴィンが心配そうに新しいハーブティーをポットから注ぎ入れた。
「単純に重要参考人として連れられたとしても3日の拘束は長過ぎます。そもそもハッグ様とヤラライ様が当日その場で解放された上に、現場検証もとっくに終わり、バッファローの解体も始まっているのですから、聞くことなど無いはずなのです」
「つまり何もわからんと……」
「……そうです」
部屋に重い沈黙が降りる。誰一人身動ぎ一つしない。そのまま硬直した時間が過ぎるが、ハッグがゆっくりと立ち上がる。それに合わせてヤラライも壁から背を離して歩き出す。
「どこに?」
「王城じゃ」
「まさかと思いますが乗り込むなどと申しませんよね?」
「ふん。そのまさかじゃ。他に方法があるか?」
「あなた方はただの護衛でしょう? 命を掛ける必要など無いではありませんか」
「違う、アキラ、友」
「エルフと同じ意見っつーのは業腹じゃが、あやつを見捨てられるほどワシは大人しい人間じゃないわい」
ハッグは壁に掛けかけていた巨大な鉄製の鎚を手にする。
「お待ち下さい」
「止めても無駄じゃ」
「いえ、策もなく突っ込んでも無意味ですよ、わたくしも行きます」
「足手まといじゃ」
「誰が戦いに行くと言いましたか。あくまで話しを聞きにいくだけですわ」
「お嬢様! 行けません! 今王城に向かっても何一つ得られません!」
「いいえ、一つだけ策があります」
「策……ですか?」
メルヴィンが眉を顰める。
「はい。国王陛下との婚姻を条件にアキラ様を解放していただきます」
チェリナの瞳には決意の光が宿っていた。
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