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第70話「荒野のライオンヘッド」

(長いです)


「お嬢様、木場を取り仕切る親方がお見えです」


 メルヴィンが先ほど作業していたライオン頭を連れてきた。2mを超える身長で、独特のたてがみを持っている。目の前に来るとかなりの迫力だ。

 この人に殴られたら一発で死ねる。


「ご苦労様です。急に訪ねてしまってすみませんでした」


 チェリナはまるで恐怖を感じていないのか、ライオン頭を軽い挨拶で迎えた。


「ちっす、ボクはグリーヴァっていいます。よろしくです」


 ……あれ?

 なんていうか、重低音で渋い話し方を想定してたんだけど……あれ?


「仕事中にお邪魔をしてしまって申し訳ありません、最近の材木の状況をお聞きしたいのですが」

「はいはい、最近は良い筏師が増えまして、かなり大量に流れてきてますね。一攫千金を狙ってる奴が多いみたいです。大抵の筏師は途中のセビテスに高く売りつけたかったみたいですが、まー世の中そんなに甘くないですよねー。古くから取引のある筏師が優遇されますし、いくらセビテスが大都市といっても全てを買うほどは必要ないみたいで、下流のこっちまでだいぶ流れてきてますよー。過剰供給の上に、ここで売らなきゃ海に流れ出すだけなんで、日に日に値段は下がってますねー。まあ売値も下がってるんで良し悪しなんですが」


 ライオン頭のくせに妙にぺらぺらと事情を説明する姿はコミカルですらある。


「なるほど、では在庫は十分に?」

「ええ、いっぱいありますよ。チェリナさん、ぜひ大量に買ってくださいよ勉強しますから」


 うわぁ……、見た目の凶悪さとのギャップが酷い。残念ライオンだこいつ。


「今のところ材木を使う予定は無いのですが値段が底値なら考えても良いですね」


 しれっと言うなこの女は。


「もちろん今が最高の買い時ですよ! ねっ! ねっ!」

「しかしそれほど筏師が下ってきているのなら、まだまだ値は下がりそうですね」

「いやいや! これ以上下げて買い取っても、処理する人間が足りませんからね! ヘタすると人を増やす分値段が上がっていく可能性だってありますよ!」

「需要はあるのでしょう?」

「薪の需要は高いですけどね、あの辺はもともと捨て値ですから。利益になりませんよ」

「建材としては?」

「全体的に景気が落ち気味ですからねぇ。空き物件も多いですしわざわざ新築してくれるのなんてチェリナさんとこくらいですよ。また大型船用に大量購入してくださいよ……男爵様だって喜びますし、助けると思って、ね、ね?」


 残念ライオンのグリーヴァがペコペコと頭を下げる。うん。怖がって損した。


「考えておきましょう」


 そこで話は終わりだ、と態度で示したが、残念ライオンは引き下がらなかった。


「ここ数日、ヴェリエーロさんとこから、色んな木材の注文をいただいてます。今までと違ってウチで扱ってる全種類の木材だけでなく、乾かした日数別まで分けて、まるで何かの研究の為に使っているみたいですよ」

「……」

「いや、詮索するつもりは全然ないんですよ。ただ出来るだけ早くに纏めて注文いただけたら本当に勉強させてもらいますら」


 おお、ただの残念出落ちライオンだと思ってたら商人の顔は悪く無いじゃないの。


「ふふふ、それがわかるようにあえてここに全てを注文したとは思わなかったのですか?」

「ええ?」

「修行がたりませんよグリーヴァ。カマかけはもっと適切なタイミンで行いなさい。例えば私と最初の挨拶の時に切り出していたら効果的だったかもしれませんね」

「うう……」


 たしかにすでに弱みを見せちゃったからな。


「約束は出来ませんが近いうちに注文にくるかもしれません、その時はしっかり勉強していただきますよ」

「チェリナさんには敵いませんよほんと、これからもよろしくお願いし……」


 そこでグリーヴァが言葉を切った。


 そしてグリーヴァの表情がいきなり獰猛な獣の顔に変わる。

 荒野で狩りをするライオンの表情そのものだ。


「なんだ……?」

「皆! 集まれ! 精霊! おかしい!」

「なんぞ聞えるな」


 グリーヴァ、ヤラライ、ハッグと続く。


「なんかあったのか?」


 俺は周りを見渡すが、荒野に積み上げられた材木の山がいくつもあるだけだ。


「とにかく、二人の側にいこう」


 俺はチェリナの手を取るとハッグとヤラライの側に移動する。チェリナの護衛4人衆もその周りに集まる。


「で、何がどう……」

「しっ! 静かに!」


 続いて不思議な旋律で歌い出す。これは精霊魔法……じゃなくて理術を使った時と同じだ。


「……動物、こっちにくる!」


 ヤラライが指を指した方向に全員が注目する。荒野の地平線しか見えないんだが……いや? あれはなんだ?

 目を凝らすと、かすかに地平に土煙が上がっている。最初は点だったが段々と空にもうもうと吹き上がる土煙だと判別できた。

 なんとなく見たことのある風景だ。なんだったろうと頭をひねっているとようやく合致する風景を思い出した。そうだ、テレビでやっていたパリダカだ!


 地平を猛スピードで走ってくるデカイ4WDが巻き上げる砂煙にそっくりなのだ。では車が存在していないこの世界であんな砂煙を吹き上げる物体とは……。


「は……ハグレだ! ハグレバッファローが出たぞぉおおおお!」


 丸太の引き上げ作業をしていた一人が丸太の山のてっぺんから叫んだ。高所にいた分早く発見できたらしい。

 それを聞いた作業員全員が途端に悲鳴をあげて逃げ始めた。


「い! いそげ! 走れば城門に逃げ込めるかもしれない!」


 たしかに城壁は視界に入る程度にはそばなので城壁沿いに走れば城門まではそれほどの距離はない。


「……無駄じゃろ、今頃見張りが見つけて門を閉めている頃じゃろうな」

「うむ」


 ハッグもヤラライも落ち着いている。

 まあこの二人ならバッファローの一匹くらいどうにかしてしまうのだろうな。


「チェリナ、俺、依頼受けてない、バッファロー狩る、大丈夫か?」


 ヤラライがチェリナに聞く。


「え? ええ……襲われる危険があれば問題ありません、特にハグレは危険なだけですから……」

「よし、俺、狩る」


 すちゃりと背中の黒針、子供の腕ほど太いエストックを片手で構えた。よく片手で持てるなあんなもん。


「なんじゃなんじゃ、独り占めか業突くエルフめ」

「……」

「バッファロー位ならワシ一人で十分じゃ、お主は引っ込んでおれ」

「……お前、鉄でも、叩いてろ、邪魔」

「なんじゃとぅ! この小枝エルフが! お主こそその辺の材木でも突いておれ!」

「……先に、死ぬか? ドワーフ」

「お主こそ前座にザクロにしてやるわい!」


 ハッグが巨大鉄製ハンマーをヤラライに向ける。二人は砂塵舞うほどにらみ合った。

「まてまてまてまて! お前ら状況がわかってんのか?! 今ヤバイんだろ?! なんで喧嘩してんだよ!」


 バッファローがどのくらい危険かわからんが、周りの反応を見るに結構危険な相手なのだろう。俺が知ってる危険動物なんてのは野生のイノシシくらいだが、実はあれ、かなり危険で肉弾攻撃はおろか、ナタで斬りかかっても分厚い革にダメージを与えられないほどなのだ。

 ……ほんとあの時は死ぬかと思った。


 日本の諸君、もし山でイノシシを見かけたからといって勝負を挑むのはやめておくのだ。漫画みたいに眉間をパンチ連打で仕留めるとか無理だから。ホント無理。


 で、バッファローってのはどのくらいでかいんだ? やっぱ牛くらいでかいのか?

 そんな疑問から砂煙の方を再度見る。

 だんだんその姿がはっきりしてきた。

 ちょっと面長で凶悪な2本の角。背骨が高いのか首の位置が低いのか、顔の上に背中が見て取れる。毛色は黒と茶が混じっている感じか。俺が知っているバッファローと比べると毛は少ないようで、全体的に短毛らしい。耳が真横に伸びてバッファローが足を蹴るたびに上下に揺れていた。

 大まかに俺の想像していた動物のようだが、なんか変だった。


 ……何が変なんだ?

 しばらくその答えにたどりつかない。

 周りの悲鳴がうるさいせいで考えがまとまらないのかもしれない。割と勇壮なチェリナでさえ顔を青くして俺にしがみついていた。護衛の4人にメルヴィンも剣を手にチェリナを囲む。

 そういやメルヴィンの「光剣」壊したままだった……すまん。

 うーん。爆走してるな。しかもこっちに真っ直ぐやって来やがる。

 材木の影に隠れたほうが良いと判断して、俺はチェリナと護衛の人と一緒に隠れることにした。


「アキラ、そこ、動くな」

「了解だ」


 とてもじゃないが俺では対処できない。波動理術も教わり始めたばっかりで、基礎体力作りしかしてないしな。

 バッファローがどんどん近づいてくる。

 来るのだが違和感しか感じない。

 少しずつ爆音も響いてくる。足音なのだろうか?

 ……おかしくないか?

 バッファローの姿は大分前から見えていた、なのにようやく足音って……。


「あ」


 気がついた。気がついてしまった。


「な、なあ……あれ、デカ過ぎないか?」


 ヤツは軽く城壁を超えるサイズだったのだ。


――――


「退避! 退避ー!!」


 親方のグリーヴァが大声で怒鳴る。


「どこに行けばいいんですかい!?」

「どこでもいいから逃げろー!」

「うわー!」


 まさに阿鼻叫喚。バケツをひっくり返したような大騒ぎである。それにつられてこっちまで焦りが増幅される。


「お、おいヤラライ、ハッグ! 俺達も逃げよう!」


 材木の影から二人に叫ぶ。叫ばないとバッファローの足音と周囲の悲鳴とで届かないのだ。


「ん? 今さらどこに逃げるというんじゃ?」

「どこって……」


 そう、それがわからないから全員パニックになっているのだ。何人かは川に飛び込んでいたり、丸太にしがみついて下流に行こうとしていた。


「あれはどうだ? 丸太で下流にいこう! どうせ城壁はすぐなんだ、そこさえ超えればすぐに町に入れる!」


 出る場所はスラム街だが、そんな事言っている場合ではない。


「ああ? そんな時間はないぞ? ほれ」


 ハッグの呑気な言葉につられて首を向けると、巨大な……そう、それはもう巨大なバッファローがすぐ目の前に……いや違う、ちょっと先に立ち止まっていた。あのまま爆走に轢かれなかっただけで奇蹟だ。俺の2度めの死が動物よる轢死とか嫌過ぎる。


「おいハッグ、なんであいつ止まったんだ?」

「見てりゃわかるわい。騒がしい」


 言われたとおり隠れて覗いていると、バッファローは積まれている丸太をバリバリと食べ始めたではないか。

 ……丸太の一気食いとかおかしいだろ!


「なあチェリナ……あれ……デカすぎねぇか?」

「は、はい……あれは……大きいです」

「だよな」

「ええ、おそらく普通のサイズより3割は大きいかと」


 ……え?


「はあ?! たった3割?! 普通のサイズでもあれの3割小さいだけ?!」

「え? はい、そうですね。私は死体しか見たことはありませんがそのくらいですよ」


 やべえ、異世界舐めてたわ。


「ヤラライ! ハッグ! 逃げよう!」

「たかが草食動物じゃろ、逃げる必要なんぞないわい」

「……? 逃げる? なぜ?」


 二人共言ってる意味がわかりません。


「なぜって……あんなデカイんだぞ! どうしようもないだろ!」

「問題、ない……行く!」


 ヤラライは走りだすとまた不思議な抑揚の歌に似た言葉を発する。


「……精霊よ、風の精霊よ、俺に力を貸してくれ。風よ、風よ、俺に纏って踊り狂え!」


 どういうわけか今回はヤラライの言葉がハッキリわかった。

 しかもいつもの片言ではない。

 これはおそらくだが彼が地の言葉を使ったのではないかと思う、それを謎翻訳さんが訳してくれているのだろう。


「独り占めさせるかい! ワシは鉄槌! 全てを打ち砕く鉄槌じゃ! ワシの前に立ちはだかる全てを叩いて砕く! ワシは鉄槌!!」


 今度はハッグが指をバキバキと鳴らしながら厨二病みたいなことを言い出した。

 何やってんだと思ったが、彼が言い終わった途端に筋肉が更に盛り上がり瞳が凶悪に輝き始める。

 比喩ではなく光を発していた。いや全身淡く光っているようにも見える。


「なんだありゃ?!」

「あれは、波動理術ですわ! 凄い力です!」

「波動理術だって?!」

「みるからに力を感じるほどの波動理術を見たのは初めてですが」

「わかるのか?」

「波動理術は力が大きければ大きいほど光を発するそうです」

「なるほど、ハッグの奴光り輝いてんもんな」


 あんた輝いてんぜ。

 ごめん、言ってみたかっただけだ。


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