第69話「荒野の家庭教師」
「まずは呼吸法じゃ。最初はいつもの波動の呼吸法をやってみい」
「くそが」
「なんぞ言うたか?」
「空耳だ」
「ふん……はよせい」
「くそ……覚えてやがれ……ふう……すぅ……はぁ……」
最近大分無意識に出来るようになってきた呼吸法を繰り返す。
「ふむ。ええじゃろ、そのまま丹田に集めた気を身体の表面に押し広げるように呼吸してみい」
「リズムは?」
「基本今まで通りじゃ、イメージは身体の表面を覆う鎧じゃな」
ふむ……。俺は言われたまま一度へその下に集めた(ような気がする)気を皮膚の表面に押し出すイメージで呼吸を繰り返した。
「ちとムラがあるの……そうじゃな、もう少し深く呼吸してみい」
「わかった」
言われたとおり呼吸を深くすると、息を吐くたびに身体の表面に意識が移っていく。産毛がざわざとする感じだ。すね毛とか言うな。
「ふむ。ええじゃろ。そのまま意識して保持せい」
俺はそのままの状態を維持しているとハッグは枯れ枝を拾ってきた。何をするのか気になったが今は呼吸を乱さないようにするのが手一杯だ。
「悪くないの」
「ああ、良い」
ハッグに続いてヤラライもOKを出してくれる。何をやっているのかわからないが、間違ってはいないらしい。
「こらアキラ、その程度で乱れるんじゃないわ」
「おおう」
褒められて乱れたらしい。小学生かっつーの。俺は再び意識を集中する。
「ふむ。そのまま……そのままじゃ」
ゆっくりとハッグが近づいてきて、唐突に枯れ枝で俺の腕を引っ叩いてきた。
「うをぅ! いきなり何しやがんだ!」
「痛みはどんくらいじゃ?」
「はぁ? そんなんめちゃくちゃ痛てーに決まってんじゃねー……か?」
あれ?
そんなに痛かったっけ?
俺は打たれた部分を確認するが特にミミズ腫れがあるわけでもなく、うっすらと色が変わっている程度だった。かなり思っきり叩かれたと思ったんだが。
「音に驚いただけじゃろ」
「そう……なのか?」
言われてみると音と視覚で反射的に驚いたが、痛みはほとんどなかったような……。
「ふむ。よくわかっておらんようじゃな、腕を出せ」
「ああ、これでいいか?」
瞬間、先ほどと同じように枯れ枝で叩かれた。
「痛え! マジ痛え! 今度は間違いなく痛かったぞ! ふざけんなクソハッグ!」
慌ててハッグから飛び去って腕を見ると、今度は完全にミミズ腫れが浮かんでいた。泣くぞチクショウ。
「ふん。強さはさっきと同じじゃ」
「全然同じじゃねーよ」
「強さ、同じ」
唐突にヤラライが言う。
「え? マジ?」
「うむ。マジじゃ。今はお主が防御の波動を発動しておらんかったから痛みが強かったんじゃ」
「え、なにそれ、防御の波動?」
「正確には波動を使った防御術……なんじゃろうが、儂らは普通に防御の波動と呼んじょる」
「え? 何? 俺、マジで波動とか言うの使ってんの?」
「今さら何を言うとる。ランニングでも発動しておったろう」
「まあ確かに……でもあんまり実感はなくて……、単純に運動に適した呼吸法なのかと」
「そんな訳があるまいに……お主は頭がええのか大馬鹿なのかさっぱりわからんの」
「飯、上手い」
「それは間違いないの!」
話がそれてーら。
「そんなのはどうでもいいっつーの。さっきの防御の波動? あれをやると、痛みとか減るのか?」
かなりのショックである。
「うむ。痛みだけではないぞ、実際に身体に掛るダメージを大幅に減らすんじゃからの」
「なあ、それって凄いんじゃねーか?」
ボクサーや格闘家に教えたらとんでもないことになりそうだ。
「波動を使うものにとっては基本中の基本じゃ。だがお主なら一般兵の鉄剣くらいなら生身で受けられるようになりそうじゃな」
なにそれ怖い。シチュエーションが怖い。そんな場面に立ち会いたくない……。いやすでに一度巻き込まれてたな……。
ヤラライが俺の護衛になってくれた事件を思い出す。
「なあ波動ってのは誰でも覚えられるのか?」
ふと疑問になって聞いてみた。
「いや、生まれ持っての波動力……波動理術の量によってきまる。こればかりは運じゃが、遺伝が大きく関わるらしいの」
じゃあ俺は偶然それなりに波動力があるってことか。
「じゃあかなりの人間がそれなりに波動理術を使えるのか」
「そんなわけないじゃろ」
「え? 総量はわかんないけど、俺がやってるのって基礎なんだろ? だったら大抵の人間はここまで覚えられるだろ」
「理屈ではそうなるの」
「じゃあなんでだ?」
「世の中の大半は貧乏人じゃからじゃわい」
おおう。なるほど。一気に理解できたぜ。
「それは気が付きませんで……つまり波動理術の道場に通える金が無いと」
「金も時間もじゃろうな。お主はおそらくそれなりに覚えが良いみたいじゃが、個人差も大きいからの」
「俺って覚えいいのか?」
「じゃからわからん。ドワーフは物心ついた時には基礎以上を使えて当たり前じゃからの」
比べる人間が悪すぎた。参考にならん。
「ヤラライはどうだ?」
「エルフ。波動、使えない」
「そうだった……」
精霊理術を使うと波動理術が使えないとかだったか。詳しく覚えてないが……。こっちも参考にならんな。役立たずどもめ。
「まあいいか……」
人は人、自分は自分だな。
「防御の波動はイメージ出来たみたいじゃな。しばらく練習せい」
「へいへい」
ランニングなんかは嫌だが、防御は悪くないのでちょっと真面目に練習する。
そして全身汗をかきはじめたところでチェリナが戻ってきた。
「お待たせしました。頑張っているようですね」
「まあな」
俺はコンテナからペットボトルを取り出して水を飲む。風呂に入りたいぜ。
「チェリナ、これからの予定はどうなってる?」
「用事は終わったので戻るだけですよ」
「じゃあ……」
風呂に入ってっていいかと言いかけたところでチェリナの側近であるメルヴィンがチェリナに近づいてきた。
「お嬢様、この後時間が取れるようなら木場に寄られませんか?」
「木場ですか?」
「場所も近くですし、開発中の商品が軌道に乗るのなら消費量が跳ね上がります。下見がてらの視察に丁度良いかと」
「そうですね。ではそうしましょう」
俺の幸せ温泉計画は奇しくもメルヴィンに邪魔されることになった。温泉じゃないが。
「木場ってのは?」
俺はため息がちにチェリナに尋ねた。
「少々河沿いに下った辺りにある、木材の集積所ですね。大量の木材が並ぶのはなかなか壮観ですよ」
「へえ」
まあ俺が見たことのある某国の材木集積所には適わないと思うが、それをわざわざ指摘するのは野暮というものだろう。
そんな訳でさっそく木場に向かうことになった。
もちろん俺は木場までランニングさせられることになった。
クソが!
河沿いに強制ランニング。なんか来た時よりも速度が上がってる気がする。
気のせいだよな。気のせいだよな?!
木場にはわりとすぐに到着した。
未加工の丸太が大量に陸に揚げられ、向こう岸の全く見えない茶色い河にも大量の巨大筏が流されないように縛り付けられいて、一部では筏を分解しつつ巨大な丸太を何十人がかりで陸に引き上げていた。
人間だけではなく獣人も何人も見えた。街でも時々見かけていたが改めて沢山いるのを見ると壮観である。目立つのは獅子の頭を持った人型獣人やトカゲっぽい爬虫類型、申し訳程度に猫耳や犬耳がくっついている奴までいる。
「獣率の高いのと低いのがいるな」
「そうですね、獣の神への貢献度で獣率が変わると聞いたことがありますが、実際には遺伝が大きいと言われています。神への信仰があれば、その対象を問わず交配可能……と言われていますが……それもどうなのでしょうね?」
「へえ、面白い話だな、なんでそんな話が出てくるんだ?」
「詳しくはわかりません。ただ、神から言葉と2足歩行を与えられた時点で「人」のくくりとなり「人」同士であれば交配可能……というのが教会の言い分です」
「ああ、教会の教えなのか」
俺は頷いた。
「わたくしは昔、家庭教師や巡回神官の方の話しを少々聞いたことがあるので若干の知識がありますが、この西部地方は地方の小さな信仰が点在している状況ですのでほとんどの方は知らないと思います」
「どの宗教でも同じことを言うのか?」
「全ては知りません。数も多いですからね。間違っているという神もいるらしいですが、そもそもこの国で手に入る宗教事情自体が希薄です」
「ああ……」
三大神とか言われてる宗教でさえ、その1柱の教会しか存在しないレベルだもんな。しかもかなりボロい。
これ以上は教会関係者にでも聞かなければ詳細はわからないだろう。俺は気になった様子を指差した。
「あれは皮をはいでいるのか」
「ええ、材木の種類によっては皮をつけたまま流してくるものもあれば、皮を剥いて流してくるものもあります。あの皮は耐水性に優れ丈夫ですから、靴底などに使われますね」
「あー、もしかしたら俺が買ったサンダルもあの皮だったのかもな」
「初めてお会いした時に履いていたものですか?」
「ああ、でも足に合わなくてすぐにこっちを買い直したけどな」
そういって片足を持ち上げ、トレッキングシューズを見せてやる。
「あまり聞かないようにしていましたが、それも細工の非常に細かい靴ですね」
「そうか? チェリナの履いているロングブーツもかなりのもんだと思うが」
「確かにこれは名工の作ですからね。荒れ地で何ヶ月履いても痛みません」
「そりゃ凄い。これは……履き心地と歩き心地がとてもいい。耐久性も良いはずなんだがもしかしたらそっちのブーツの方が丈夫かもな」
靴はどんなに良い物を買っても、どうしても消耗品になってしまうからな。
そんな雑談をしていたらメルヴィンが戻ってきた。
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