第67話「荒野の新型空理具」
(長いです)
さて、朝になっていつも通りヴェリエーロの食堂に一直線。
今日も料理長のフーゴさんがニコニコと待ち受けていた。もちろんチェリナとメルヴィンも待機している。
今日の朝食はちょっと変化球である。というよりもっと早くやるべきだった案件だった。
俺はある食べ物を承認させる。
【キャッサバ芋(2kg)=1000円】
そう、チェリナに問答無用でキャッサバの枝を売りつけておいて、その肝心の芋の部分を食べさせていないのだ。それを忘れていた俺も俺だが、それを確認せずに大人買いしたチェリナもチェリナだろう。
そんな訳で今朝のメニューはキャッサバ祭りである。
もっとも手間の掛るメニューはフーゴさんに指示だけだして、食べたのは比較的手間のかからないメニューだけにした。
そうそう、実はキャッサバには若干の毒が含まれているのだが、枝にしても芋にしても「毒のないキャッサバ、できればこの土地できっちりと根付くもの」という無茶振りをして承認させたものなので、正確には俺の知っているキャッサバとはちょっと違う植物になっているだろう。
つまりキャッサバの良い所だけ取り出したパーフェクト植物になっているということだ。SHOP凄すぎるだろう。さすが腐っても神さまの能力だな。いちおうヤラライに毒が無いか確認してもらったが、問題無いとお墨付きをいただいた。
なので毒抜きとか考えずにガンガン料理していった。
キャッサバの芋自体はあまり味がないので、あくまでデンプンとして扱うのが良いだろう。少なくともこの国の大金を払って遠くから小麦粉を輸入している状況に一石を投じられる気がする。
作ったのは味無しのキャッサバお好み焼きや、野菜と一緒に煮込んだ芋スープなどだ。味付けは別途好みでしてもらった。
手間を掛ければタピオカも作れたりするのだが、そこまでする気になれなかった。あれはほとんど嗜好品だしな。面倒だったのは否定しない。
味の評価といえば……。
「ふむ……まあ、普通じゃな……」
「そうですね、可も無く不可もなくといったところでしょうか」
「あっさり、俺、好み」
「最近市井に広がっている粗悪なジャガイモに比べればはるかに美味いでしょう。これがこの土地で生産出来るようになれば私としては嬉しいですね」
ハッグとチェリナの評価は当たり障りがなく、ヤラライは気に入ったらしい。フーゴの評価は相変わらず正当で鋭い。さすが一流料理人で商人といったところだろう。
「ま、カロリーベースで考えたら非常にコストパフォーマンスが良いからこの土地には合ってると思うぞ」
「かろりーべーす?」
「あー、最低限人間が生きていくために必要な食べ物……って感じか。これだけだと栄養は偏るけどな」
「なんとなく理解しました。パンの代用になると考えて良いですか?」
「ああ」
チェリナが前に言っていたが、パンの値段は日に日に上がってるらしいからな、これが普及してちょっとは助けになりゃいいんだが。それ以前にチェリナに押し売りしてしまった手前、ぜひうまくいって欲しい。
明日の朝食はとうもろこし料理でいこう。
そんなこんなで今日の朝食を終えて、インスタント珈琲を皆んなに振る舞う。途中で豆を使いきってしまったので、新しく購入しておいた。
残金988万3388円。
さて、いつもの小さな会議室にはいると、すでに先客がいた。
空理具屋のハロゲンだ。今日もシンプルな民族衣装なのにやたらと執事臭が強い。いっそセバスチャンとか名乗っちゃえばいいんではなかろうか?
「おはようございます、チェリナお嬢様、アキラ様」
「はい、おはようございます。随分と早いのですね」
「ようやく例のものが完成いたしましたので、年甲斐もなく興奮してしまい一睡もしていないのですよ」
その割には隈の一つもない。
「そうですか、それではその苦心作をさっそく見せてくださいませ」
「喜んで。こちらがそうです」
並べられた空理具を見て、俺は思わず「へえ」と声を出してしまった。
少し大きめのトランプ程度の大きさで厚みもトランプの2倍程度で収まっている。手触りもプラスチックに似た感触だ。
前回の箱型空理具とは雲泥の出来である。
さらに前回何の空理具かを文字で記載されていたのが、今度は簡単なイラストになっていた。
照明の空理具はロウソク、清掃は箒、風は木の葉が舞い散る様子、火は焚き火、光剣はそのまま剣が光っている様子を上手にデフォルメして描かれていた。
「これはいい出来ですね、今度はイラストにしたんですね」
「はい、始めは飾り文字を使っていましたが、少しさみしいと思い、看板絵師に頼んでイラストを作成してもらいました」
「いいですね。俺は好きですよ。発動させてみても?」
「もちろんです」
俺は照明の空理具を指に挟むとテーブルに置いてあったインク瓶(陶器)にカードを触れさせて、ロウソクよりちょいと明るくなるようにイメージした。
が、まったく明るくならない。
「アキラ様、照明の空理具は金属でなければ反応しませんよ」
「ああ、そうだった」
は、恥ずかしい! 俺は誤魔化すように部屋の中で金属の物を探す。羊皮紙を押さえるための文鎮が金属だったので、それに同じように空理具を発動させると、今度はちゃんとイメージ通りの暖色系の明かりを放ち始めた。
「おお、ハロゲンさん、これは完璧ですよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
ハロゲンは歳相応以上の笑みを浮かべた。
俺は続けて清掃の空理具も発動させる。もちろん問題なく発動した。風、火、光剣に関してはこの狭い部屋で発動するのはやめておいた。
「残りは外で実験したほうがいいでしょうね」
「はい、特にアキラ様が使うとなったらこの街で使わせる訳にはいきませんからね」
「……おい」
「ふふふ。随分と仲がよろしいのですね」
「もちろん同じ商人として大変良い関係を築いておりますから」
「どの口が言うか……」
「ふふふ」
くそ、ハロゲンさんに笑われてしまったではないか。
「約束通りそちらの試作品は全てアキラ様に差し上げます」
「え? そういう契約でしたが、最初の試作品なんですよね? よろしいのですか?」
「はい。実は風も火も光剣も理力石が無いのですよ」
「理力石は空理具を作る……核みたいな奴ですよね」
「そうです」
米粒みたいな透明の石を見せてもらったことを思い出す。
「よくわからないのですが、理力石は大きさが問題でどんな力にするのかは陣の書き方次第ではないのですか?」
「ああ、そう捉えてしまいましたか、そうではないのですよ、理力石はすでに個々の目的に合わせて専用の能力を持たされて作られます。その石の能力を最大限引き出す為に陣が必要となるのです」
「なるほど……、ハロゲンさんはその理力石を作ることは出来ないんですか?」
「残念ながら無理でございます。理力石の精製は国家機密や宗教機密でありますから。作れる工房も少ないのですよ」
ハロゲンがやれやれといった体で首を横に振った。芝居がかっているのはわざとだろう。
「あれ? それではこの空理具の石はどうしたんですか?」
「もともと火の空理具として売りだされた物を分解して理力石を取り出すのですよ。それを再加工や修理、販売をするのが一般的な空理具屋でございます」
「そういうことだったんですね。ならなおさらこれは貴重なものになるのではないですか?」
「すでにそちらのテストは終わっておりますし、再入荷がいつになるかわかりません。アキラ様はあまり長くこの国に留まれないとお伺いいたしました。ならばそれをアキラ様にお渡しするのが筋というものです」
「そう、ですか……」
俺はチェリナの耳に口を近づけた。
「どうすりゃいいと思う?」
「素直に受け取るべきでしょう」
「そうか……。それではこれはありがたく頂戴いたします」
「はい、ぜひ旅の役にお役立てください」
俺は懐から清掃の空理具を取り出す。今もらったカードタイプではなく、飴玉型の奴だ。
「ではこちらはお返ししますね」
「お持ちいただいて良いのですよ?」
「いえ、これで十分です」
「わかりました。欲が無いのですね」
「一週間前なら忘れたふりをしていましたね」
はははと3人で声を揃えて笑った。
「ああそうだ、前から聞きたかったんですが、確か空理具の形はこの、棒付きの飴玉の形しかないっておっしゃっていましたよね、でもアイテムバッグなども空理具ですよね?」
「それはですね、空間神カズムス教だけが作れる品物だからなのです。いったいどうやって理力石を使わずに作成されているかまったくの謎です。そしてカズムス教ではこれらの「収納」の空理が込められた道具をカズムス神の奇蹟の品と言って売り出しているのですよ。仕組みがわからず作製も修理も出来ない事から、空理具屋からすると一応空理具ではないという訳です」
「建前は別にして、実際は空理具なんですよね?」
「ええ、実際仕入れられれば空理具屋が販売致します」
「なるほど。でもそれって空間神カズムス教の教会なんかでは扱わないんですか?」
「それなのですが、カズムス教は基本的に教会をもっておりません。総本山と言われる場所があり、そこでアイテムボックスやバッグ、大きなところですとシフトルームの制作などしているらしいですね」
「シフトルーム?」
「はい。カズムス教最大の秘術です、2つの大きな部屋の中身を瞬時に入れ替えるという凄まじい理術です」
「え? それって瞬間移動じゃないですか?」
「瞬間……移動……、そう、そうなります。さすがアキラ様はご理解が早いですね、大抵の方はこの話をしても理解出来ません。それをたった2語で要約してしまうとは」
「いやいや……それより瞬間移動って物凄いじゃないですか! それってこの辺にもあるんですか?」
地球でもお目にかかれない超技術につい興奮してしまう。
「いえ、まだ一部の大国間を結ぶ数個の設置が終わったところらしいです。設置に大変なお布施が必要になるらしいですからね」
「ああ、そりゃそうでしょう……でもいくら高くてもあと言う間に元を取れそうですが……」
俺とハロゲンで話していると、チェリナが割って入ってくる。
「アキラ様、その話だけでシフトルームが富を産むと理解できる人間はいませんよ。実は十数年前頃に真輝皇国アトランディアとカルマン帝国の間に初めて大掛かりなシフトルームが作製、結ばれたのですが、その通行料や貿易によって得られる富は膨大になったといいます。それ以降、大きな国家では設置を急いでいると聞きます」
「そりゃそんなに便利なもんならこぞって欲しがるだろうな」
「ところが高額なお布施だけでなく、設置出来る神官の数が少ないので普及には時間が掛かっているのが現状ですね。……それでもミダル山脈の南側はそれなりに良いのでしょうが、ミダル山脈以北では山と湖の国レイクレルしか設置出来ている所はありません」
「ちょいちょいミダル山脈って聞くんだが、どんな山なんだ?」
「そうですね、簡単に言えばこの大ミダル大陸を北東から南西に斜めに横断する山脈の名前です。中央から北を北ミダル山脈、南を南ミダル山脈と読んでいます。安直ですね」
「わかりやすくていいじゃないか」
「それはそうですね」
クスリと笑う。
「ミダル山脈というのは一つの山ではなく、連なる山の集合体ですね、とにかく険しく長く高いのが特徴です。一部を除いてまともに超えるのは不可能でしょう」
ふむ、ヒマラヤ山脈をイメージすればいいのだろうか。もしあのレベルで険しい山脈が続いているのであれば、車のある地球ですら、そうそう簡単に山越え出来ない。
馬車や徒歩では超えられるものではないだろう。それが大陸を真っ二つにするように横たわっているのではたまらない。
「それじゃあミダル山脈の南側とは貿易できていないのか?」
「現状ではほとんど出来ていません、一部谷間を縫って存在する街道もありますが、運べる品物に制限が大きいですからね。ミダル山脈の南の品はことごとく高価になりますよ」
「そういえばジャガイモって南の品物なのか?」
「元々はそうらしいですが、栽培に成功したのは南ミダル山脈のすぐ北側の村ですね。そこから広がったのですが、山脈から離れれば離れるほど栽培が難しくなるようです」
南の北ってわかりにくいな……。
「すまん、話が逸れたな。それでこの飴玉タイプの空理具以外の空理具ってのは他に存在しているのか?」
「存在はしています」
「ほう」
「ですが現在の付与理術以外で作られた空理具はすでに空理具とは言われませんわ」
「どういう意味だ?」
「失われた技術によって作られた空理具は強力で一般的には伝説武具、アーティファクト、ロストテクノロジーなど、同一視されません」
「ああ、そういうのあるんだ……」
やばい、いきなり厨二臭い……。
「なんか有名なやつとかあるんか?」
しまった、思わず聞いてしまった。
「そうですね、真輝光剣エッケザックスは有名ですね。なんでもどんな激しい戦闘に使われても刃こぼれ一つしないそうです」
「へえ。丈夫なんだな」
「もっとも実戦で使われているのを見た者などおりませんが……」
そりゃそうだろう。国宝だろうし、持てるのは王様だけだと考えると、そのエッケザックスとかいう剣を使う事態って王様がガチ肉弾戦するって意味だもんな。
末期じゃねーか……。
「存在するんかね?」
「真輝光剣エッケザックスに関しては、国の式典などでお披露目される事もあるようですが、真偽はわかりませんね」
「そりゃそうだ」
「私が見たことのあるアーティファクトもありますよ」
「それは興味あるな」
一般人でも見られるアーティファクトがあるのなら、実際に色んな伝説級のアイテムが存在するって証拠になるし。
「無限の水瓶という品物で、独立都市セビテスの中央広場噴水に使われているのですよ。高いところから鎖で吊るされた瓶からどうどうと音を立てて水が流れ落ちる様は壮観でしたわ」
「へえ、見てみたいぜ。しかし外にあるんじゃ盗まれたりしないのか?」
「高い場所に吊るされていますし、その上には兵士が常におります。中央広場自体にも兵士は多いですし、下の水受けは深く広く作られていますから下からは近づけません。それに日が落ちたら要塞に持ち帰ってしまいますから」
「なるほどね。しかし水が出っぱなしの瓶を運ぶのって大変そうだな」
「水の噴出は止められるようですよ?」
「ああ、なるほどね。しかし無限に水が出るとか、この街じゃ喉から手が出るほど欲しい品物だな」
「そうですね。しかしお金を出せば買えるという品物ではありませんから」
「そりゃそうだな」
チェリナの言うことだから嘘ではないと思うが、インチキで無ければ凄い道具だ。まさに魔法の品物だな。
「あと収納の空理具……アイテムバッグ関連は空間の神カズムスの信徒で無ければ作れません」
「ああ、そういやあれも形が全然違うな」
「はい、製法は極秘でカズムス教の方は皆放浪するのが決まりです。定住せず先々で収納の空理具を作っては売って生計を立てています。総本山の神官以外は放浪の生活が義務付けられていますので、信者になる方は少ないです。ですのでどこかの街にたどり着いた時などは、いろいろと優遇されることが多いのです」
「なるほど色々参考になった」
「どういたしまして」
今までなんとなく疑問だった事案が解決してなんとなくさっぱりした。
「そうだチェリナ」
「はい、なんでしょう」
「この空理カードをしまえる革製の小さな箱型の入れ物を作れないか?」
入れ物があればまとめてコンテナ一つで収納できるから楽なのだ。
「出来ますよ。作らせましょうか」
「ああ、頼むよ。金は払う」
「わかりました。早速作らせましょう。メルヴィン!」
「畏まりました」
それだけで通じるメルヴィン優秀だな。
「凝った刺繍を入れなければ夕方には完成しますがどうしますか?」
「それで頼みます」
「わかりました」
飾りとか飾りですよ。うん意味がわからない。
「それでは例の場所に行きましょうか」
「ああ」
仮称空理カードをコンテナにしまってふとリストを確認してみる。
【空理具(清掃)=3万9800円】
【空理カード(照明)=1万6000円】
【空理カード(風)=15万円】
【空理カード(火)=19万5000円】
【空理カード(光剣)=60万円】
仮称じゃ無くなってた。あとなんか値段が妙に高いような……。うん。考えないことにしよう。
そのまま外に出て、何気なく馬車に乗り込もうとしたが、ハッグににこやかに首根っこを掴まれた。
「お前は走るんじゃ」
「……へい」
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