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第65話「荒野の漁業ギルド長と飲食ギルド長」

(めちゃ長いです。普段の三倍くらいあります)


「お兄ちゃ~ん! 朝だよ~!」

「うごぅ!」


 腹に突然の衝撃。

 どうやら俺には気持ちの良い目覚めは許されないらしい。


「今日は全裸じゃないよね~? もう太陽はとっくに昇ってるよ~!」


 問答無用で毛布を引剥される。

 この宿にはジャパニーズナイズな客を思いやる接客は存在しないのか?

 宿の看板娘ナルニアに必要な物は「おもてなし」の心だと思うぞ。


「ああ、わかった、わかったから降りろ!」


 俺は寝癖のついた髪をボリボリとかきむしりながら幼女ナルニアを持ち上げてベッドの横に放り投げた。


「きゃん! お兄ちゃん雑だよ!」

「うるさい。お前にはこのくらいの扱いで十分だ。客に対する接客がなっとらん!」

「えー。もう夫婦みたいなもんだし~」

「チョップ」

「ふぎゃあ!」


 何が悲しくてこんな幼女と結婚せにゃならんのだ。


「くそ……まだ鳩尾が痛え……それで? 何の用だ?」

「う~」


 まだ頭を抱えて涙目になっていた。


「用がないなら出てけ。俺は着替える」

「あう、その前に、はい!」


 ナルニアは元気よく両手を差し出す。その手の上には数枚の銅貨が乗っていた。


「なんだ? チップか?」

「なんでお客さんにチップをあげなきゃならないのよ! 普通はお兄ちゃんがくれるもんでしょ?! これであの甘い奴を売って欲しいの!」


 ああ、なるほど、そういえば昨日だかもそんな事言ってた気がするな。一昨日だったか?


「わかったわかった。ちょっと待て」


 銅貨は5枚、50円だ。

 飴玉は8円なので6個分だ。

 だが……。


「ほら、チップ込みな」


 俺は10個ずつイチゴ味とレモン味を渡してやる。合計20個だ。


 残金990万4388円。


「わっ! こんな沢山! ありがとう! ねえ、これってどのくらい日持ちするの?」

「飴玉は多分腐らないはずだ、でも暑い場所にあると溶けるから、涼しい場所に置いておくといい」


 この国じゃ難しそうだがな。


「溶けたら食べれない?」

「いや、大丈夫……だろう」

「なんとなく不安だよ」

「砂糖系の食べ物だから腐りはしなかったはずだ。ただ虫歯にはなりやすいから、食べたら必ず良く歯を磨けよ」

「はーい」


 この世界にも歯ブラシがあるのは確認済みだ。もっとも木の枝を使った原始的なもんだったが。おかげで朝に宿の庭で日本の歯ブラシを使っていると、たまに奇異の目で見られる。

 ナルニアに片手を振って挨拶してから宿を出ると、すでにハッグとヤラライが待っていた。


「おはよう、二人共」

「うむ。相変わらず遅いなアキラは」

「うーん、遅寝早起きは得意だったんだが。お前が走らせたりするからだな」

「ふん。軟弱な事じゃ」

「うるせー。前の世界じゃこれで十分だったんだよ」

「仕事はそうかもしれんが、野盗くらいいたじゃろ」


 俺の知っている日本にそんなものは無い。俺が住んでいたアパートの近くに揃いの色で区別した集団とかはいたけどな。


「いねぇよ! ナイフを持ち歩いてるだけで捕まる国だったんだぞ、そうそう野盗なんていてたまるか」

「それは凄い国じゃな」

「立派だ」

「あー。確かにその辺は頑張ってたよな……。まぁ警察組織自体の腐敗はあったみたいだが」


 なんだかんだ言って、基本的に現場は頑張っているのだろう。俺の知っている警官は腐ってる奴ばっかりだったが。


「ヒューマンはそういう所がいかんの。誰も彼もが自分の利益しか考えん」

「生き物、共生している」

「全員でもなかったぜ、頑張っている奴はそれなりにいたし。ただ組織に入ると巻かれるんかね?」

「難しいのぅ」

「ああ、難しい話は終わりでいいだろ、商会に行こうぜ」

「うむ」


 そしていつもの小丘……ではなくヴェリエーロのキッチンである。

 どうもチェリナが俺がいつも朝飯を作っていることを、ヴェリエーロの料理長フーゴに話してしまったらしく、小丘に向かったところフーゴがニコニコと待ち伏せしていて、ぜひキッチンで作ってくださいとお願いされてしまったのだ。

 まあ材料費を持ってくれるとの事なので断る事もないか。

 チェリナとフーゴだけでなく、側近のメルヴィンも3歩下がったところで待機していた。仕事熱心なおっさんである。

 というわけで今日の朝食はベーコンと卵焼き、サンドイッチ各種、おにぎり各種、のり弁、とんかつ弁当をアイテムバッグから取り出し(実際にはコンテナから)てテーブルに並べた。

 それとインスタント珈琲だ。


 ……正直朝から料理なんてしたくない。ベーコンエッグくらいで勘弁してもらった。


 食事をしながらこっそりとヤラライとハッグに護衛代として1万円づつ渡した。最初ハッグは約束していないからと断ってきたが、正式に護衛として頼むと受け取ってくれた。正直金に余裕もあるし、ヤラライにだけ渡しているのにも抵抗があったのだ。

 それに正式な護衛となれば、また野盗に襲われるような事態になっても二人に追い払ってもらえる。ヤラライの強さは目にしたので間違いないが、二人の会話をやりとりを見るに実力は同じようなものだろう。頼もしいことだ。


 残金988万4388円。


 料理長のフーゴを交えての朝食も終わり、タバコで一服していると、チェリナが寄ってきた。


「今日は漁業ギルドと飲食ギルドと協定を結びます」

「漁業ギルド? このヴェリエーロがそうじゃないのか?」

「もちろんギルドには所属していますがギルド長は別にいます。大きな決め事をするのであれば、当商会とギルド長の同意が必要になるのです」

「なるほどね」


 あまり興味はないな。いつも通りチェリナの話を横で聞いていればいいだろう。


「それでは商談室に参りましょう」


 俺とメルヴィンが後に続く。


「そういや空理具の試作ってどうなってるんだ?」

「先日和紙のサンプルを複数お持ちしたので近々完成すると思いますよ」

「忘れてないならいいんだ。完成したら俺も欲しいからな」

「心得ております」


 チェリナが軽く微笑む。なぜかそれを見て顔を顰めるメルヴィン。なぜ……。

 部屋で書類仕事を進めていると小僧が来客を知らせてくれた。


「お嬢様、マイル・バッハール様がおいでになりました」

「わかりました。すぐにお通しください」


 チェリナの指示を受け、小僧は小走りで出て行く。メルヴィンがさっと書類を片付けてしまた。やることが無いな。うん。

 タバコを1本吸い終わるくらいの時間が過ぎた頃、部屋に男が入ってきた。全身陽に焼けて色黒、割と仕立ての良い麻の黒服を身にまとった細マッチョな男だった。

 本当にこの世界は細マッチョが多い。日本に連れてTVに出せば黄色い声で騒がれること請け合いだろう。年齢は俺より少し上くらいだろうか。想像していたより若かった。


「久しぶりだなチェリナ。元気そうだな」

「はいマイル様、最近は楽しいことが多くて元気を取り戻しております」

「それは重畳。その原因はそちらの男が関係あるのかな?」


 マイル・バッハール、漁業ギルド長が俺に視線を寄越す。


「初めましてバッハール様。私はアキラと申します」


 チェリナに教わった礼儀で正しく礼をする。


「変わった名前だな、どこの国の出身だ?」

「日本です」


 即答する。知ってたらなんか教えて欲しい。


「……知らんな」

「田舎の国ですので」


 適当に誤魔化しておく。


「そうか。だがチェリナの横に立っているんだ、ただの田舎者などでは無いのだろう?」

「どうでしょう? 自分では良くわかりません」


 好きで立ってんじゃねーよ。


「ふん。この場で自分を売り込まない奴ほど信用出来ない奴はいないさ。チェリナは良い人間を味方につけたらしい」

「はい。大変に助かっております」


 小手調べはこの辺までだろうか?


「さて、実質漁業ギルドのトップであるヴェリエーロ商会がわざわざ俺を呼び出した理由はなんだ? まさか普通の商談でもあるまいが」


 マイルが懐からキセルを取り出すと、メルヴィンが素早く火を点けて灰皿を置いていく。

 俺も吸いたいが、まずいよな。


「ところがそのまさかです、普通の商談の相談ですわ」

「ほう」


 マイル・バッハールは煙と長く吐き出した。続きを促しているのだろう。


「取り扱いを始めたいのは、タコと穴子とオコゼにカサゴですね」

「……なんだって?」


 にこやかに微笑むチェリナとは対照的に怒りすら伴った表情に激変する漁業ギルド長。


「そりゃ冗談だよな? それともスラムの人間に売りつけでもするのか?」


 そう、今チェリナの言った海産物はどれも下魚、売り物にならず捨てられるかスラムの人間に渡してしまうような物だったのだ。真面目に漁をしている彼らにしてみれば馬鹿にされていると取ってもおかしくないだろう。


「いいえ、食材としての価値が認められたので商業ルートに乗せます」

「そいつは無理だ。今まで捨ててたもんを誰が金を払って買ってくれるっていうんだ」


 即答である。彼の意見は正しい。


「はい。そこで一計を案じております。この後飲食ギルドのモシノ・カイエン様とお話する予定なのですよ」

「なんだと?」


 イマイチ話が見えないのは俺だけじゃなくマイルさんも同じようでちょっと安心した。俺だけアホの子みたいだったからな。


「一つだけ確認です。もし売れる事が確定したらタコ、穴子、オコゼ、カサゴは仕入れることが出来ますか?」

「タコと穴子が問題だな。どちらも運次第だ。他のは……まぁ数は取れんがそれなりには網に掛かる。オコゼ関係はむしろ釣り人の方がなじみがあるかも知れんな」

「ああ、タコは網じゃ捕れないだろ……蛸壺でも使わないと」

「……なんだって?」


 思わず口を挟んでしまった。

 バッハールが訝しげな視線を投げてきた。


「タコは穴に潜り込んで隠れる性質があるんだよ。だから壺なんかをタコの居る場所に沈めておけば中に入ってるって寸法だ。ああ壺は立てるんじゃなくて横にしなきゃダメだぞ」

「そうなのか……? いや仮に壺に隠れるとして、海底から引き上げる途中で逃げ出すだろう」

「それが不思議な事にほとんど逃げないんだ。試しにやってみてくれよ」


 マイルは目を丸くしたが、彼がチェリナに視線を移すと彼女が頷くのでマイルも頷いた。

 前に釣り上司と船に乗った時に船員に聞いた話なのでまず間違いないだろう。


「ま、ダメなら他の方法を考えてくれ、タコの住処なんてのは俺にはわからんしな」

「ふむ」

「ああ、あと穴子なんだが長い筒の前後に、パラソル状の入りやすく出にくい口をつけて、ロープに等間隔で並べて海底に置いていくんだ。仕掛け方の基本はタコと同じような感じで良いと思うんだが……穴子も住みかとかはわからんから調べてくれ」

「いや、それならアテがあるから大丈夫だ。だが、その話はどこで?」

「生まれた国の漁師にさ」

「お前の国ではそんな秘密をぺらぺら喋るのか?」

「お人好しが多いのは確かだな。それ以上に調べれば簡単に調べられたし」


 インターネットでも図書館でも、それこそ調べようと思えばどこででも調べられるのだ、秘密にする意味はあまりないだろう。


「すごい国なんだな。しかし下魚を食べるつもりで仕入れるのか?」

「もちろんです。すでに試食も終えました。あれは宮廷料理として出しても恥ずかしくありませんね」

「信じられんな……仮に食べれるとして受け入れられるか……」

「それは実食してみればすぐにわかりますわ」

「用意があるのか?」

「はい。ただこの後モシノ・カイエン様とのお話次第ですが」

「お前が話しを振って最後まで聞かない人間はこの国にはおらんよ。ならば試食は一緒にすればいいな」

「はい。その方がお話も早いかと」

「わかった。ならばそれまで待たせてもらおう」


 彼は言うなり立ち上がるとさっさと何処かへ行ってしまった。


「身軽な奴だな」

「船乗りはそんなものですよ」

「お前の兄貴はそう見えなかったけどな」

「兄さんは特別ですよ」


 体つきは良かったが、おっとりした印象しかなかった。


「メルヴィン。モシノ様はいらっしゃってますか?」

「はい。すでにお待ちいただいております」

「ではこちらへお呼びください」

「御意」


 メルヴィンは廊下の小僧を走らせた。


「ふう」

「少しは休憩を挟めばどうだ?」

「そうも言ってられません。アキラ様がずっとここにいてくれるのならそうしますが」

「……」

「冗談ですよ」


 なんで俺はこんなに買われてるんだろうね?


「モシノ様がおいでになられました」


 メルヴィンが中年の男性を連れて戻ってくる。今度の男は小太りの小男で、頭も少々寂しい感じだ。だが笑顔は人懐っこい印象で人好きする顔つきだ。


「やあやあチェリナ嬢、何やらお話があるようで」

「お久しぶりですねモシノ様」

「そういえばそうでしたな、商会との商談はしょっちゅうなのですがね。それで今度はどんな無茶をお考えで?」

「あら、まるでいつもわたくし共が無茶を振っているようではありませんか」

「ははは、もちろんいつもではありませんが、チェリナ嬢が直々に話しをされる時に関しては間違いなく無茶ばかりですぞ?」

「その分お互いに良い結果を出していると思いますが」

「もちろんです。ですから今回もどれだけ儲けさせてもらえるか楽しみでしょうがありません」


 腹を押さえて低い声で笑う飲食ギルド長モシノ・カイエン。


「では前置きはやめて、本題から行きましょう」

「ええ、時間は貴重ですからね」

「それでは少々場所を移しましょう。こちらへどうぞ」

「お嬢のエスコートであれば地の果てまでまいりましょうとも」

「ここが西の果てですけれどね」


 チェリナとモシノがお互いに笑い合う。

 この二人の関係は良好の様だ。

 全員で移動した先は食堂である。もちろん来客用の立派なテーブルと椅子、ロウソク台から全て凝った仕立てで作られている。奥には料理長のフーゴが頭を下げて姿勢を保持していた。


「よお、モシノさん」


 すでに席に着いていたマイル・バッハールが軽く手を上げる。


「おや、これは漁業ギルド長ではありませんか」


 モシノがマイルとチェリナの顔を交互に眺めると、ニヤリと笑った。


「これは大儲けの匂いがしますね……おや? 本当に美味しそうな香りが……」

「さすが食い意地の張ったモシノさんだな、俺はさっきからこの匂いの中で待たされて一種の拷問だ」

「それはお気の毒ですが、きっとその我慢した分、私より美味しくいただけるのではありませんか?」

「そう願いたいが……材料を聞いてもそう言えるかな?」

「はて、材料ですか?」

「やはり聞かされていないか。相変わらずだなチェリナは」

「楽しみはサプライズが大切ですからね……それでは始めてください」

「わかりました」


 料理長のフーゴが鈴を鳴らすと女給さん達が料理を運んでくる。


「ほう、コレは美しいが……鯛の身ですかね?」


 出された料理はカルパッチョ。なるほどお酢さえ手に入るようになれば、ほぼこの土地で用意できる材料で作れる刺し身というわけだ。カルパッチョなんて教えてもないのにこれにたどり着くフーゴはやはり凄腕だろう。俺は小声でフーゴに聞いた。


「フーゴさん、お酢は渡した物ですか?」


 気になったので聞いてみた。調味料関係は一通り渡してある。金はもらったからな。


「いえ、あのあと街中の酒蔵を探させて、酸っぱくなった酒をかき集めたのですよ、その中から一番味の近いものを選び安全確認しつつ料理開発いたしました」

「さすがですね」


 フーゴに敬語を使う必要もないが場に流されて敬語になってしまった。

 料理の酸味自体はかなり抑えられていた。おそらく先の試食で苦手な人間がいたからだろう。その分オリーブオイルや隠し味の魚醤などで味のバランスとっている。初めての人間もすぐになじめる味付けだろう。


「上に乗っているのは玉ねぎを薄く切ったものですね、この黄色い物は?」

「レモンという貴重なものです。今は代用品が見つかっていませんがモシノ様のご協力がいただければさほど遠からず良品が見つかると思っております」

「ふむふむ。オリーブオイルと塩と……胡椒ですね。これは貴重品です」

「昔ほどではありませんよ」

「確かに、ヴェリエーロさんが南から輸入するようになってから大分価格も落ち着きましたしな。このように軽く掛けるだけならさほど単価も上がりませんか……それで、このメインの切り身なのですが、まるで生に見えますな」

「ふふふ、さすがモシノ様。仰るとおり生ですわ」

「おお、まさかと思いましたが生で食べろと?」

「この程度で驚いていては先に進めませんわ」


 ニコリと微笑みながらチェリナはフォークで白身を口に含む。


「……フーゴ。よく頑張りましたね。素晴らしい味です。このまま宮廷料理として出しても評価される品物です」

「ありがとうございます」


 フーゴは深々とチェリナに頭を下げつつ、チラリとこちらを見た。俺は何もしてねーよ。


「ふむ、お嬢が食べるのであれば私が断るわけにはいきませんね、それでは……ふむ……ふむ? おおお?」


 最初は恐る恐るといった風に切り身を口に含んだが、しばらく噛んでからだんだん目を見開いていく。続けて2切れ3切れと次々に口内に放り込んでいった。

「これは、信じられない、タンパクなのに繊細な味がオリーブと塩によって良く引き出されている。乗せられたオニオンが少々タンパク過ぎる生の切り身を引き立てて……魚の生臭さも消しているのですな。うんコレは美味い」

「では俺も……。おお、思ったより美味いな。ちょいと味付けが物足りないが」

「塩を追加しますか?」

「いや、これで良い。食べなれない酸っぱさが物足りなさを補っている感じだな。これはこのレモンの汁か?」

「いえ、それは酢の味です」

「酢?」


 モシノが顔を上げる。


「酢とは、お酒が発酵して出来る調味料です。身体にも良いそうですよ」

「ほう、言われると身体がすっきりした気がするな」


 それはさすがに気のせいだと思うが、言わないでおこう。


「しかし……そろそろ正解を教えて下さい、これは鯛の身ではないでしょう」

「ええ、これはカサゴの刺し身ですわ」

「……なんですと?」


 途端にモシノの表情が厳しくなった。


「カサゴには毒があるのはご存知か?」

「ええ、背ビレにのみ毒があるのですわ」

「なんですと?」

「これは俺たち漁師が悪いのかもしれんな……、たしかにカサゴやオコゼの背ビレには毒がある。背ビレに刺さると大きく腫れる時があるからな。それが悪い形で伝わったのかもしれん。もっとも見た目も悪いし量も捕れないから嫌っている奴が多いってのもある。誰も食べてみようなんて考えなかった訳だな」


 マイルが唸りながらカルパッチョを口にした。


「うん。こんな美味いもんなら捨てなきゃ良かった」

「さてはて、話がだんだん見えてきましたな。料理はコレで終わりですか?」

「まさか、次を」

「はい。これはオコゼの唐揚げです」


 インパクト十分のオコゼの唐揚げ、姿揚げだ。


「こいつぁ……」

「これは……」


 二人が同時に顰めっ面を浮かべる。初めて見たらそんなもんだろう。チェリナは笑顔に見えたが額に一筋の汗が流れていた。まだ慣れていないらしい。

 なので今度は俺が最初に食べることにした。女給さんが切り分けてくれた。練習していたのか手早く綺麗な切り口だった。

 頭の半分縦に割った部分をもらって、ざくりと口に放り込む。


「うん。揚げ方も完璧だし味付けも……ん? これ醤油?」

「いえ、魚醤を生姜で匂いを消したものを使いました」

「ああなるほど、だから生姜の香りが強いのか。でも美味いよ」

「ありがとうございます」

「えーと、そういえば貴方のお名前を聞いていませんでしたな」

「ああ、すみません、私はアキラと申します。縁があってヴェリエーロ商会の相談役などしております」

「ほう、あなたが噂の方でしたか。なるほどお嬢に気に入られる訳ですな」


 いったい俺のどの辺を見てそういう感想が出たのか問いただしたいところだ。やらんけど。


「これは、どこから食べればよいんだ?」


 マイルが唐揚げに顔を近づける。


「魚の塩焼きと同じで頭から尻尾まで全部食べられますよ」

「ほう。ならば俺が」

「ちょい待ってくださいよ漁業ギルド長、味ならば私が確認しなければ」


 なんか二人で睨み合いを始めてしまった。そこにフーゴが割って入る。


「ならばすぐにもう一匹用意いたしましょう。気に入られるかわからなかったので下準備だけしていたのです」

「そうか。ならモシノさんに譲ろう」

「そうして揚げたてを自分だけ食べるつもりですね……ああ、それがわかっていても目の前の美味そうな食事に手が出てしまう自分が恨めしい」


 妙に芝居がかって女給さんに頭のもう半分を取り分けてもらうモシノ。流石に飲食ギルドの人間だけあって頭だから食べないなんて選択肢は無いらしい。


「では……(ばりばり)ふむ。これは新しい触感ですな、ただ焼いただけではこの触感は出ないでしょう。味付けも新しい。これは魚醤ですな。火を通してしまえば取り立てて他の魚と大きな違いは無いですが、この料理法が気になりますな」


 料理ギルド長だけあって的確な感想である。


「では次に」


 運ばれてきたのはタコの唐揚げだった。


「これは……もしかしてタコでしょうか?」

「はい。タコを揚げたものですよ。レモンを絞って食べてください」

「あんなもの本当に食べれるのですか?」

「スラムの人間は食べているな」

「逆を言えばスラムの人間でもなければ食べないシロモノでしょう」

「だが、タコを食べて死んだと聞いたことはないな」

「原因が特定できないだけでは」

「その可能性は否定出来ないが……」


 なんといってもスラムだ、タコで当たったのか別の病気で死んだのか判別がつくわけがない。


「フーゴ、貴方はここ数日毎日食していますわよね?」

「はい。料理の研究のため、私だけでなくスタッフ一同大量に食べていますがまったく身体に変調はありません」

「ふむ……とりあえず毒はないと……しかしあの姿を思い出すとなかなか勇気がでませんな」

「俺でも食べろと言われると躊躇するからな」

「ふふふ。私も最初は全く同じでしたわ。しかし一口でその考えは消えました」

「ほう、なぜですかな?」

「美味しいは正義ということですわ」

「それは……名言ですな」


 どっかで聞いたことのある言葉を言い切るチェリナ。


「それでは勇気を振り絞っていただきましょう……」


 モシノがフォークを振るわせながら唐揚げを串刺しにする。


「こ、これは! なんという濃厚な! いや、味付けは濃厚ですが身はタンパク? いえ、独特なのに癖がない、なんとも不思議な触感と味ですね」

「ぬう。海の男に挑戦状を叩きつけられたようだ。俺もいただこう……。おお! これは……美味い! フォークが止まらない! 酒を飲みたくなってくる味付けだな!」

「ええ、それはお酒を扱うお店で出せば大人気になるでしょうね」

「いやいや、こんな隠し玉を用意しているとはお嬢は相変わらずですな」

「まったく、タコを食べると聞いた時はさすがに正気を疑ったが、一口で納得だ」


 二人は話しながらもフォークを止める気は無いようで、あっという間に皿が空になった。


「さて……ここまでくればモシノ様とお話したい事はわかっていただけるかと」

「ええ、ええ。これらの料理を飲食ギルドで出すという話ですね。もちろん承りますが……料理法は……」

「ふふふ。もちろんですわ」

「おお! それならば話は早い! 後は取り分の話だけで済みますからな!」

「ええ、商機は迅速を尊ぶのです」


 3人は交互に熱く握手を交わした。こうしてこの地に新しい食文化が花開く事が決定した。

 モシノは料理法を聞くと用事があるとすぐに帰宅した。

 マイルはゆっくりと帰り支度をしている。


「チェリナ、少し二人で話したいんだが」

「はい?」

「時間は取らせない」


 それを聞いてメルヴィンが眉を顰める。


「わかりました、ではこちらに」

「すまんな」


 二人は別室で5分ほど話して戻ってきた。


「では残りの話は部下に任せる」

「承知いたしました。これからもよしなに」

「ああ」


 そう言ってマイルは去っていった。漁業ギルドの本部はそんなに遠くないらしい。


「……」


 しばらく笑顔でマイルを送っていたチェリナだったが、途端に不機嫌そうにこちらに視線を向けた。


「なんだよ?」

「いえ、アキラ様は何の話しをしていたんだ、とは聞いてくれないのですね?」

「え? 仕事の話にしてもプライベートの話にしても、俺には関係ないだろう?」

「……アキラ様は……はあ……なんでもありません」


 え、なに? 俺が悪いの? そういえば会社にいた頃にも女上司とかに似たような態度を取られたような……俺ってそんなに自覚してないところでやらかしてるのだろうか……。


「えっと、何をしたか教えてくんね?」

「なんでもありません」


 えー。


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評価・ブクマ・感想(感想は活動報告にて受付中)お待ちしております。

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