第62話「荒野の鍛冶野郎」
「し……死ぬ……」
息も絶え絶えに酸素を求めて空中を手でかき集める。もちろんそれで酸素が濃くなったりはしない。たかが数キロとはいえ、都会暮らしの人間がいきなり走ればこんなもんだ。足を攣らなかったのが不思議なレベルである。
せめて走る前に準備運動をするべきだったと後悔した。
「お主……想像以上に身体を使っていなかったんじゃのぅ……そこらの子供より体力がないんじゃないんか?」
「否定……は……しない……」
はあはあと呼吸を整える。なんで俺は自分の意思を無視して走らされているんだろう?
汗だくである。風呂に入りたい。
……ああ、風呂を作るんだっけ。
「よし……風呂を作ろう」
俺はむくりと起き上がった。波動を発動していると、息切れする時間も短いみたいだ。
「先に石窯じゃろ!」
この食いしん坊め。
「……俺は指示しか出来ないからな、同時に作ればいいだろ」
「それはそうじゃな」
俺は立ち上がって水を飲む。
近くにチェリナがいたが妙に不機嫌だった。彼女は不機嫌でいることが多い気がする。そんなにヤラライやハッグが嫌いなのだろうか。
取り敢えず、上司の命令で作らされた経験のある石窯から始める。
「そういや耐熱レンガの出来はどうなんだ?」
「最初の出来としてはまぁまぁじゃろ。まだひび割れてるのも多んじゃが、その辺は数をこなせば慣れるじゃろうな」
いつの間にやらサンプルを見たらしい。
「なるほど……あれ? ヤラライは?」
途中まで俺の後ろを走っていたヤラライがいない。
「気が付かなかったのですか? 途中から例の不浄置き場に向かってもらいました。しばらくしたら堆肥と一緒にこちらに来ますよ」
「全然気が付かなかった……」
「アキラは酷い有様で走っておったからの」
「一朝一夕で鍛えられるもんじゃねーんだから、これ、やめね?」
「いや、お主は波動を纏う事が出来るんじゃ、その状態で鍛えれば効率よく筋肉は鍛えられる。安心せい」
「嬉しいような、悲しいような……」
体力が楽につくのは良いことなんだろうが、やはり運動そのものが辛い。
「ま、発光するようになるまでは鍛えてやるわい」
「発光?」
俺の疑問は放置されて、石窯設置場所に引きずられていった。
ヴェリエーロ商会の人間とハッグに作り方を指示すると、凄い勢いで組み上げていく。俺、上司の家でこれを作るのに丸二日掛かったんですが……。
しかも温度調節がしやすい2層式にも関わらずこの速さだ。どうやら石組みに関して彼らはプロ中のプロらしい。
「驚いた、あっという間に組み上がったな」
すると職人代表のダウロが答える。
「ふん。石組みは得意でさぁ。石橋でも家組でも、門組でも、大抵石組みでさあね」
なるほど、この土地で手に入る資材といえば、まずは石なのだろう。その辺にいくらでも転がっている。まぁ無駄に転がっているせいで、開墾が難しそうでもあるんだが、今は関係ないな。
「しばらくは火入れして、乾燥だな。夕方くらいまでには終わるかな?」
「その辺はワシが見極められるぞ」
「なら頼む」
頼もしい限りだ。
「じゃあ次は風呂だな」
「風呂でさ?」
ダウロが眉をひそめる。
「チェリナに許可はもらってるぞ。曲がった鉄パイプがあれば作るの楽なんだけどな……」
「ふむ。鉄と炉があれば作ってやるぞ?」
「マジで?」
「嘘は言わん。まあ鉄の質や炉の種類にもよるが、炉に関しては炭とフイゴさえあればなんとでもなるからの」
「船の鎖用の鉄ならありまさあ。フイゴもありやすぜ」
「ならば、作ればええじゃろ。アキラ、どんな形を作ればええんじゃ?」
「出来れば水が通る太さがあって、バネ状……あー、螺旋階段状に廻ってるといいな」
「意味があるんか?」
俺は試作品のA3和紙をもらって絵を描いて説明した。
「この辺で火を焚くと、螺旋状の鉄パイプが熱されてお湯になるんだ」
「ふむ。だとしたら水を入れる仕組みがいるんじゃないんか?」
「水の出入り口を上下に分ければ、温度差で勝手に循環するから大丈夫だ。それより水漏れせず、ここで火を焚いても、バスタブに影響が無いように作れるか?」
「バスタブは耐熱レンガで作るんじゃろ? 問題ないわい。水の出入り口部分も粘土を焼けば問題無いじゃろ」
「なるほど。それじゃあ頼む」
俺のイラストを元にダウロはバスタブに当たる部分の作製を部下に指示して、ダウロ自身はハッグの作業を食い入る様に見学していた。
ハッグは耐熱煉瓦でひょいひょいと小さな炉を作ると、あっという間に鉄を熱していく。
「アキラ、水とお湯を用意しておいてくれい」
俺は誰もいない小屋を用意してもらって、そこで桶に水とお湯を用意した。
小屋に置いてあった木の桶がリストに追加されていた。
【木桶(20リットル)=7280円】
妙に高い。
どうにもこの世界の相場が掴めない。
残金990万4498円。
2つの桶を運ぶとハッグは別の入れ物に混ぜ合わせて入れる、どうやら温度を調節しているようだ。ダウロがソワソワとしている。
「どうした?」
「……耳を貸せ」
ハッグが俺の耳を引っ張る。痛い痛い!
「鉄を熱する温度とそれを冷やす水の温度は鍛冶の秘伝じゃ。まあこの程度ならワシの中では秘密にもならんのじゃが、わざわざ教えてやるつもりもない、じゃが奴からしたら喉から手が出るほど知りたいもんじゃろ、無視して構わん」
「さよで」
職人のお約束はわからんので放置する事にした。どっちの味方をするつもりもないしな。
ハッグはアイテムバッグから取り出した自前のハンマーやら鉄の台やら鉄鋏やらで、なんの躊躇もなく鉄を打っていく。鍛冶の事は全く無知だが、どう考えても異常な速度で鉄板が出来ていく。
「水を温めるなら、温度差でヒビが入らん様にだけ注意すれば十分じゃな。大したことはない」
ハッグは軽く言うが、きっとそんな単純な話ではないんだろう。ダウロの食い入る目を見ればわかる。
長い板状になった鉄を今度は丸めてパイプにしていく。その手際たるや、祭り屋台の飴細工レベルだ。
あれよあれよという間にパイプ状になった鉄板は螺旋に曲げられて完成してしまった。
「ふむ。完成じゃ」
「すげえな」
「ふん。ワシの本職じゃからな。ただ何の加工もしておらんからそのうち錆びて使えなくなるぞ」
「言われてみれば、鉄は錆びるよな」
「ワシは錆びない鉄も作れるが……さすがにここで作る気にはならんな。もっとも材料が揃っておらんから作りたくとも作れんがの」
ハッグがドワーフ髭を一撫でした。
「錆びない鉄なんて作れるのか?」
「うむ。ドワーフの秘伝じゃよ」
「そいつは凄いな。たしか純鉄とかステンレスは錆びないはずだけど、詳しくは……」
「おいっ!」
「うおっ?!」
俺はハッグに抱えられると拉致られてちょいと離れた場所に投げ捨てられた。扱いが乱暴すぎんだろ……。
「まったく……アキラといると退屈せんわ……。ワシが注意しておくべきだったのかもしれんが、まさか知ってるとは思わなかったわい」
ハッグの呟きの意味がいまいちわからない。
「あー、なんか問題があったか?」
「大ありじゃい! 錆びない鉄はヒューマンが知りたくてしょうがない技術じゃ! ステンレスなんぞドワーフでもごく一部の奴しか知らんほどじゃ! まったくどこで知ったんじゃか……」
腕を組んで盛大なため息を吐く。そんなにこっちじゃ珍しかったのか。
「俺の故郷じゃ普通に使ってたからな。流しなんてほとんどステンレス製だったぞ」
「……すさまじい国じゃの。神に連れられたんじゃからお主のいた国はこの世界に無いんじゃろうが……もしどこぞの島にでも存在していたら、あっという間に攻め滅ぼされそうじゃ」
「そんな好戦的な国じゃなかったけどな」
米国とかロシアとか中国なんかだったらわからんけど。それよりステンレスで通じるのか……相変わらず謎翻訳だな。通訳レベルが高すぎる。この世界に存在するもんなら問答無用で翻訳されてるんじゃねーだろうか?
「とにかくアキラは迂闊な事を言うんじゃないぞ? 誰に狙われるかわからん」
「注意するわ」
どう注意していいかわからんが、ハッグ以外の人間がいる時は気をつけよう。
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