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第4話「荒野のスキンヘッド」

少し長めです


 壮大な夕日が沈むとあたりは暗闇に飲まれた。


「思ったより寒いぞ?!」


 日が落ちると一気に温度が下がっていった。

 背広を羽織ればなんとかなりそうな程度だが、それで寝るには辛すぎる。

 仕方なしに毛布の購入を決めた。


 所持金が18806円まで減ってしまったがとにかくこのままだと人里までたどり着くのも難しいからしかたない。


 いつもの日課の為にお手製シンボルを取り出す。小学生の工作で作られた神様か……。


「今日もとりあえず元気で生きてますよっと、ありがとさん」


 岩に寄りかかり毛布にくるまって寝転がると、信じられないほど鮮やかな星が散らばっていた。

 プラネタリウムよりはっきりと円天に広がり今にも降ってきそうな星空だった。


「ああ……地球じゃないんだなぁ」


 月が2つも浮かんでいた。大きい月と小さい月だった。


 暗闇に対する恐怖は薄れ、星の子守歌に導かれて意識がゆっくりと大地へ融けていった。


――――


 平均睡眠時間4時間のブラック社員は伊達じゃない。


 夜明け前に目が覚めた俺はおにぎりを胃袋に放り込み、歯を磨いて出発だとキャリーバッグを背負おうとしたときにはたと気づく。


 もしかしてこれも「コンテナ」って奴にしまえないだろうか?

 試してみるとそれが当たり前の様に簡単に収納された。


 ……昨日背負って歩いた苦労は何だったんだよ。


 自分のバカさ加減に泣きたくなる。

 一度orzの姿勢に崩れ落ちたが、気を取り直して足を進める。思いっきり身軽になったので足取りも軽い。


 たぶん昨日の2倍ペースで進めたとは思うが所詮革靴。

 足からの疲労が徐々に身体を痛めつけていた。


「やばい、靴が壊れそうだ」


 合成革の革靴はサバンナか荒野といった地形を歩くのに向いていなかったというか、無理ゲーすぎた。

 しかしさすがに革靴をすぐに購入する気にはなれず、ペースを落として進むしか無かった。


 なにより足が痛かった。


「これ本当に生きてどこかにたどり着けるのか?」


 炎天下で思考がネガティブにしか働かない。


「せめてヤニが欲しい」


 どうして最初の所持品にあったタバコがリストにないのかさっぱりわからないが、一応試そう。


「タバコが欲しい」


【協議中……却下されました】


 なんでだよ。


――――


 そしてまた夜が来る。


 星空は好きだ。

 こんな満天の星空なんて人生でもみられる機会なんか一度もなかったわけだし素晴らしいと思う。


 だが、正直ヘコタレそうです。

 人のいる場所に行きたい。

 毛布にくるまって微妙に泣きそうです。

 そんな時はこれ!

 手彫り神様!


 形は漢字の土に○を合わせたようなシンボルだ。漢字の「画」の字にも見える。


「今日もろくでもない一日を生き抜いたぜ、ありがとさん」


 不安を振り払うように視線を地平の先へ向けたとき、何かが光った気がした。


 俺はバネ人形よろしく跳ね上がり、岩の上に駆け上った。

 目を細めて凝視するとたしかにまた光が見えた!


「間違いない! 人工の光だ!」


 俺は叫んで飛び上がって足を滑らせて岩から落ちて腹をしこたま打ち付けた。


「げふぅ!」


 あ、あぶねぇ!

 この暗闇の中動いちゃダメだ!

 浮かれてたら死ぬぞ!


 俺は3度深呼吸するともう一度毛布にくるまって寝ることにした。


 焦るな。

 明日明るくなってから行けばいいんだ。

 今は体力を温存するんだ!


 たいして眠くも無かったが頑張って眠りについた。

 こないだまでは死ぬほど睡眠に飢えてたのにな。

 人生不思議なもんだ。


――――


 身体に染み着いた4時間睡眠のせいか、夜明け前よりはるかに早い時間に目が覚める。


 仕方がないので目を瞑って表示される画面をじっくりと検証する事にした。

 昨日まで気がつかなかったのだが左上に「神格=1」と表示されていることに気がついた。


 神格ってなんぞ?


 クリックしても擦っても特に反応なし。なんだろね?


 わからないものは放置しておくとして、コンテナを確認。


 今のうちにお茶を補充しておく。

 さて、そろそろおにぎりも飽きたんだけど、新メニューは増えたりしないんか?


「のり弁が食べたい!」


【協議中……神格が足りません】


 いつもの無感情謎音声がこれまた謎の言を残してくれる。気にしないと決めた途端に「神格」とやらが再登場しやがった。


「んで、神格ってなによ?」


 ……。

 どうもこっちの質問には答えてくれんよなぁ。この謎声。

 まぁそういうもんなんだろうな。


 このSHOPって力も商売の神さまっぽいし文句はないんだけどよ、でもこれは知っておきたい。


「じゃあ神格ってどうやって上げるんだ?」


 ……。

 これもダメか。

 最初に持ってた所持品はサービスだったと考えると、神格=1で購入出来るのは水とおにぎりって事になる。


 ならば……。


「サンドイッチ! ハムサンドとトマトサンドとカツサンド!」


【協議中……一部承認いたしました。ハムサンドとトマトサンドがSHOPの商品に増えました】


 おお!


 早速SHOPリストを確認してみよう。

 3つほど新しい商品が増えていた。

 ん? 3つ?


 2つはもちろんハムサンドとトマトサンドだ。

 もう一つはカツサンド……ではなく「セット1」であった。


 アイコンはキャリーバッグになっている。


 価格は18万4015円。


 現在の所持金はおにぎりやら水やら買ってたので残金17723円。

 間違って買ったら大変な事になるな。


 いやまて、コンテナに収納したバッグ一式が売り物に変わってしまったんじゃないのか?!


 慌ててコンテナをチェックすると俺のキャリーバッグはちゃんとコンテナに格納されてた。


 一度取り出して中身をチェックすると全部ありそうだ。

 2度出し入れしても所持金に変化はなかったのでほっと一息つく。


 ではSHOPリストに載った「セット1」とはなんぞや?


 「セット1」に指を合わせてみると「中身」を表示出来た。

 その中身は以下のものだった。


【シンボル】【歯ブラシ】【歯磨き】【髭剃り】【パンツ(ボクサー)】【インナーシャツ(ランニング)】【Yシャツ】【ノートPC】【シャープペンシル】【ボールペン】【鉛筆】【カッターナイフ】【手帳】【消しゴム】【スマートフォン】【モバイルバッテリー】【漫画週刊誌アタック】【胃腸薬】【腹痛止】【風邪薬】【1デイコンタクト(1週分)】【キャリーバッグ(ハードリュック)】【名刺(32枚)】【名刺入アルミ】【ポケットティッシュ(漫画喫茶宣伝)】【あめイチゴ】【あめレモン】【毛布】【背広】


 ん、これって……、すぐに自分のバッグを取り出して中身をチェックしてみると中身が一緒だった。


 つまり、カバンなんかに詰めるとセット扱いになってそれ自体が商品としてSHOPリストに追加されるわけだな。


 これは良いことに気がついた。


 ……まぁもっとも日本円が手にはいらないから意味はあんまりないんだろうけどな。


 なんであれ人里までたどり着かない事には日本円が手に入るかどうかもわからない。


 そんな事を考えながらサンドイッチを頬張っていると、ようやく空がほんのり明るくなってきた。

 日の出まではまだ時間はありそうだがなんとか足元は見えそうなので出立することにした。


 お茶入りペットボトルだけを手にして昨夜の明かりが見えた方向、どうやら崖沿いに沿った先に向かって歩き始める。

 今のところ視界に人工物らしきものは見えないが、とにかく目的地があるだけで精神的にはだいぶ楽だった。


 相変わらずの炎天下だが、お茶を飲み、水を頭からかけながら歩めば割りと我慢できるというものだ。


 靴は限界、足は棒と化しているが、かろうじて気力は尽きなかった。


 だから大岩を大回りで避けたところに道が見えた時は思わず叫んでいた。


 道といっても轍の跡が岩を避けるようにクネって続いているだけの日本じゃ田舎の山道にすらなさそうなレベルのものだったが、これで間違いないく人がいて乗り物が行き来しているということだ。


「車が通ったら乗せてもらおう」


 大きく息を吐き出して、それでも歩みは止めなかった。


 道の向かっている方向は俺が向かっている方向と同じようだしきっと昨夜の人工光、おそらく町があるのだろう、とても来るか来ないかわからない車を待つ気にはならなかった。


 道の幅はトラックが通れるくらいで轍になっている。

 道の上で車がすれ違う事は出来ないだろうが、岩を避ければいくらでもスペースがあるのですれ違いに困る事もないだろう。


 時々お茶をお代わりしながらひたすらに歩く。


 どうも今まで歩いてきた所と並行になっていたらしい。

 少し荒野側に移動していればもっと早くから道を歩けたかもしれない。


 相変わらず俺の人生運が無い。


 道に出てから1時間ほどたった頃だ、岩陰から2人の男がゆっくりと俺の進路を塞ぐように現れた。


 人だ!


「ああ! 良かった! 道に迷っていたんです! どこか町の方向を知りませんか?!」


 俺は転げるように二人の前に移動した。

 思いっきり営業スマイルで俺は二人に話しかける。


 男はどちらも彫りの深い顔つきで服装は薄汚れていた。

 ぼろ布にも見えるそれは中東風民族衣装といえばそう見えなくもないといったところか。

 顔も中東と西洋を足して割った感じであろう。

 少なくとも日本人ではない。


 不意に日本語が通じるか不安になったが杞憂だった。


「へぇ……迷子ねえ……そりゃあ大変だ」


 背の高い金髪の方がまず言った。


「ああまったくそりゃあ大変だ。こんな場所で道に迷ったら死んじまうってもんだよな」


 背の低いくすんだ緑色をした髪の男が追従する。染めているのだろうか?


「ええ、本当にこのまま死んでしまうかと思いましたよ」


 俺は出来るだけ丁重な口調で営業スマイルを浮かべるが……なんだか様子が変だ。

 俺の今までの人生で培ってきた危険アラームが全力で鳴り始める。


「ああ、しかも妙に身なりがよさそうな奴がたったの一人だ。どこぞの貴族か大商人さまかね?」

「とてもじゃないが世間知らずがたった一人で生きていける場所じゃねぇよな、ここは」


 よく見ると、金髪の方には顔に大きな傷がある。

 交通事故の跡……って感じではなく、まるで刀傷だった。


 深緑髪の男も目つきが尋常でなない。

 ねめあげるそれはまるで犯罪者のそれだった。


 さらに。


 二人はゆっくりと腰から刃物を抜いた。

 傷だらけで刃こぼれだらけ、長さも伸ばした肘から指先程度だろう。

 だが肉厚の金属のそれは確実に凶器であった。


 俺は無意識に後ずさる。


「おっと、こっちは行き止まりだぜ?」


 真後ろから別の声がしたので振り向くと、スキンヘッドの男が短い槍を肩に担いでへらへらと笑っていた。


 道を塞がれた形になる。


 もちろん道を逸れた方向にもいけるが、岩や乾いた低木が多い荒野に走り出したところで、追いつかれるのは一瞬だろう。


 崖側に行ったところで出来る事は飛び降り解脱くらいのものだ。


「あー、えーっと、私はその、実は遭難してしまって持ち物は何もなく……」

「はん、どうせどっかにアイテムバッグでも隠し持ってんだろ? 商人も貴族も用心ぶけぇからな」


 俺のとっさの嘘を聞き覚えのない単語を交えて否定された。


「アイテムバッグ?」

「言い方なんぞどうでもいいんだよ。貨幣が何十倍も入る銭入れや、中には樽数個入る鞄なんてのもあるらしいが、ようは金になりゃいいんだ」

「おとなしく身ぐるみ置いてきゃ命だけは見逃してやってもいいぜ?」


 3人がそろって下卑た笑いをハモる。


 仮に彼らに有り金全てを渡したところで、最後には殺される未来しか見えない。


 強盗殺人なんてもんが割に合うのかわからないが、ニューヨークの裏路地でだって普通に起こる犯罪なのだ、日本でないなら何が起きてもおかしくはない。


 日本語が通じる不思議より、いきなり命の掛かった絶体絶命とか……俺の人生クソゲーすぎるだろ!

 ちくしょう!



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