第56話「荒野のロハスなエルフ」
「んで、なんで全員ついてきてるんだよ……」
不浄馬車が見えるか見えないかギリギリの距離を保ちつつ、ヴェリエーロ商会の馬車と護衛一行がその後をついていた。近づくと匂いが凄いのでこんな形になっている。
「気になるではありませんか、今までアキラ様の突拍子の無い発言はいくつもありましたが、まさか不浄馬車を宝の山などと言い出すとは……さすがに……」
ハンカチを口元に当てるチェリナ。
「だからまだそうなるとは限らないって説明したろ? 確認してくるから先に帰ってろよ」
「いいえ、アキラ様を放置しておいたら何が起きるか想像もつきませんから」
「ひでえな……。まあチェリナはいいとしてハッグは帰ってていいんだぜ?」
ドワーフであるハッグの足は短いのに、皆と同じペースで歩いている。鉄塊を背負っていて疲れないのだろうかと思うが、この炎天下の中で汗すらもかいていなかった。
「ここまで来たらどこに行っても同じじゃい。それにそこのクソエルフだけ事情がわかっているようで腹が立つからの」
「それはそれで凄い理由だな……まあ好きにしてくれ。個人的にはヤラライだけ居てくれれば十分だったんだがな……」
「ああ、そこの、鉄臭い、ドワーフ、不要」
あまり表情の変化に乏しいエルフのヤラライだったが、この時はわかる程度に得意げな顔……だったと思う。
「なんじゃと?!」
「やるか? 金属馬鹿」
二人が鉄槌と黒針を構えた。
「おーい、喧嘩すんなー」
若干投げやりである。
ヤラライとハッグはしばらく睨み合ったあと、馬車を挟んで左右に分かれていった。まったく仲が良いね。
俺は外を歩いていたのだが、チェリナに呼ばれて馬車に戻った。
「そろそろ理由を教えていただいても?」
「いや、まだ確実じゃないからな、確認してからだ。それに正直にいうと俺じゃわからんのよ、ヤラライがわかればいいんだけどな」
「ヤラライ様が?」
「ま、現地を見てからだな」
不浄馬車はしばらく街道を真っ直ぐ進んでいたが、途中小さな看板の立つ脇道に逸れていく。木の板で作られた看板には「この先不浄捨て場」と書かれていた。日本語で。
いや、おそらくだが、これはきっとこの地域の言葉なのだと思う。技術書を出した時も「この地域の言語で」と条件をつけて出したのだ。チェリナ達は普通に読んでいたが俺には日本語にしか見えなかった。つまりこの謎翻訳さんは、片っ端から文字でも言葉でも訳してくれるのだろう。きっと神さまの加護なんだろうよ。
脇道に入ってから15分ほどしてからだろうか、明らかに道の左右に緑が増えていた。植生としては河沿いに生える草だろう。俺は馬車を降りてヤラライの所へいく。
「どうだ?」
「うむ。良い土。驚いた」
「やっぱりな」
俺は土の感触を確かめるように草の上を歩いてみる。周りの茶色い土質と明らかに異なる感触だ。
「おそらく、50年は、この地に、集められてる」
俺とヤラライは顔を見合わせて頷く。
さらに15分ほど進むと先を行く不浄馬車が停まったようだ。
「チェリナ、お前たちはここで待ってろ、おそらくだが、臭うし、ヘタしたら病気になる」
「わかりました」
好奇心よりも不快感が勝ったのだろう、今回は素直にこの場に留まってくれた。
俺はタオルを承認させると2枚ほど購入する。
【タオル=200円】
残金90万9749円。
購入したタオルを鼻と口を覆うように顔に縛り付けた。
「ヤラライも使え」
彼は頷くと同じように口に巻いた。イケメンは何を身につけても格好いいなクソ。
「んじゃ行くか」
微妙に銀行強盗が似合う出で立ちになってしまったが、気にしないことにした。
不浄馬車に近づくと、かなり強烈な匂いが立ち込める。
「こいつは……きついな」
「匂い消しの灰、撒けば良い」
「灰って何でもいいのか?」
「ある程度は、選ぶ。だが、灰入れると、肥料として、より良い」
「なるほど」
俺はタオルを鼻の上に押さえつけるように、不浄馬車に近づいた。馬車の荷台から道の脇に掘られた大穴に捨てている所らしい。
「やあ、こんにちは」
俺が挨拶をすると、小柄で背中の曲がった壮年の男がビクリと身を震わせた。
「な、なんですかい? あんたら?」
「いや、怪しい者じゃないですよ」
我ながら説得力がない。自らを怪しくないと言う人間の99%は怪しいものだ。それに見た目は古き良き銀行強盗なのだから。
「あそこに馬車が見えますか? ヴェリエーロ商会の人間ですよ」
「ヴェ、ヴェリエーロ商会ですかい?!」
男がその場で飛び上がった。そして身をガタガタと震わせ始める。
「な、なんぞワシが粗相をいたしましたかい?」
「違いますよ、ちょっとお話を聞きたくて」
「話……ですか?」
その場に崩れ落ちそうになっていたおっさんを手頃な大きさの岩に座らせた。もちろん馬車と大穴からは大分離れてからだ。
「それで話っちゅーのはなんでしょう? ワシャしがない不浄捨てなんですが……」
「はい、まさにその事を聞きたくて、まずこの不浄物なのですが、誰かに委託されて行なっているのですか? それとも貴方が自主的に?」
馬車の荷台は大変にオンボロで、あまり預けられたものという印象はない。
「いやいや! 一応国からの仕事っちゅーことになっとります。もっともワシャ雇われなんで直接仕事を受けているのは上の人間になるんですが」
「ほう、上というのは?」
「モルモレ商会でやす」
「どのような内容か聞いても?」
商会が間に入っているのなら交渉の余地はあるかも知れない。
「はあ、なんてこたねぇですが、街の不浄物をここに捨てに来るだけですよ?」
「この土地の管理はどうなっていますか?」
「ワシは知らんです」
そりゃそうか。
「あの大穴はどのくらいの期間で埋まりますかね?」
「3ヶ月くらいですかねぇ……」
「あの穴は貴方が?」
「いやいや! ワシャ腰が悪くてとても無理ですよ! いっぱいになったら商会に報告して人を出してもらいやす」
「なるほど……貴方はこの仕事は長いんですか?」
「ええ、これしかないですからね……」
まあチェリナや護衛の人たちの反応を見る限り、進んでやりたい仕事では無いだろうな。
「お一人で?」
「少し前までは3人ほどおりやしたが、ここ数年で運ぶ量が減ったのと、商会の支払いが渋くなって辞めちまいましたね」
「なるほど。貴方は辞めようと思わなかったんですか?」
「ワシャ腰を壊してますからね、今さら別の仕事になんざつけませんよ」
腰が悪くてなんとかなる仕事なのだろうかとも思ったが、木材の積み卸しなんかよりはよっぽどましか。
「今までの穴はどうなっているんですか?」
「新しい穴を掘る時に、その土で蓋をして、ほったらかしでさ」
「もしかして、この脇道沿いにずっとあったんじゃないですか?」
「そのとおりでさ。この穴がいっぱいになったら、道を挟んで反対側を掘ってもらいやす」
「なるほど。ありがとうございました。参考になりました」
俺は頭を下げてもう少しだけ様子を見ようと決める。
「しばらくこの辺にいますがよろしいですか?」
「そりゃかまいませんが、臭いですぜ?」
「事情があるので我慢しますよ」
営業スマイルをしたが、タオルで見えないんだった。
俺はヤラライと、時間を掛けて土質を調べながらチェリナの馬車に戻っていった。
護衛の人間は鼻をつまんで離れていった。
匂いが取れるまで離れて歩くことにして、街に戻ることにした。
街道に戻った辺りでチェリナに呼ばれて馬車に戻る。
「これで少しは匂いが取れたか?」
一応清掃の空理具を全力で使ったので大丈夫だとは思うのだが。
「ええ、もう大丈夫ですわ、それよりそろそろ種明かしをしてください」
「薄々気がついているんじゃないのか?」
聡いチェリナの事だ、どうせわかっていて聞いているのだろう。
「残念ながら、まったくわかりません」
「マジか?」
「マジです」
あまり農業関係には手を出していないのだろうか?
「そうか……、チェリナはあの脇道の様子に不自然さを感じなかったか?」
「不自然ですか? 特には……」
「そうか、あの脇道に添ってだけ草なんかが生えていたんだが覚えていないか?」
「そう言われてみれば、そうでしたね」
「信じないかもしれないがな、糞尿は寝かせると肥料になるんだ。それもかなり強力な」
「は?」
まずい、この反応は良くないぞ。
「汚いっていう印象がデカイだろうが、寝かせる……つまり発酵させると汚いものじゃなくなって、むしろ栄養たっぷりの土に変わるんだ。現にあの辺の土地は草が茂っていたろ?」
実際には、しっかりと発酵させる手順を踏んでいないので、堆肥というほどには栄養価は高くないが、長く土の中で寝かせられていたのでこの荒野においては大変に良い土質になっているとヤラライが教えてくれた。
「まれにああいう場所はあります、不浄物は関係ないと思うのですが」
「え、そういう場所ってあるのか?」
想定外です。
「はい、本当にたまにですが。もっとも数年でまた元の荒野に戻ってしまうようですね」
「おそらくだが、あの辺の土地は何十年も前から変わっていると思うぞ」
「そんな……」
うーん……これは不味いな。あの土が使えればかなり有利なんだが。
「今埋め立てている場所を直接どうにかしようってわけじゃないんだ。そうだな、今から3年より昔に埋め立てた土を、新しく作る畑に持っていければ、成功率は跳ね上がるぞ」
「不浄の土をですか?!」
「だから、数年置けば肥料なんだって……」
これはダメか。
「アキラ、ヴェリエーロ」
馬車にノックと声が掛る。
「ヤラライ様?」
チェリナは馬車の横窓を開ける。
「エルフの里、堆肥使っていた。アドバイス出来る」
「え? 堆肥?」
「糞や藁なんかをしばらく寝かせたりかき混ぜた栄養価の高い土の事だ」
ちょい違うが大体あってるってことで。
「うむ」
「あの、ヤラライ様、本当に不浄物から良い土が出来るのですか?」
「出来る。ヒューマンも、レイクレルで、やってる」
「え?」
チェリナが絶句する。
「レイクレルってなんだっけ?」
俺の質問に、固まっていた首をなんとか回して答えてくれる。
「山と湖の国レイクレルです。マズル湖に面した大きな国で、大変に豊かな土地ですわ……しかし……そんな……」
「あの堆肥、河側の土と相性良い」
「……」
考えてる。凄く考えてる。
「動物、草食べる、糞する、それ栄養にして、草生える。俺たち、それいただく。汚くない。普通だ」
エルフはロハスらしい。
「動物増える、草増える、自然増える、俺嬉しい、だから教える」
ああ、だから簡単に教えてくれたのか。
「それは、エルフの秘術ではないのですか?」
「違う、ただの自然。気づいてない、だけ」
「そうですか……エルフがそこまで言うのですね……」
しばらくガタゴトと馬車が揺れる。
「わかりました。やりましょう。こと自然に関してエルフを疑う余地はありません」
「本音は?」
即座に突っ込んでみた。
「レイクレルで導入している技術ならば、すでに私たちはそれを口にしていることになります。何をいまさら恐れることがあるのでしょう」
「流石すぎるわ……」
俺は降参して両手を上げた。本当に女は強い。強すぎる。泣きそうである。
「すぐにモルモレ商会と会わなければいけませんね。メルヴィン、誰か先に伝令を。今日か明日にでも面会がしたいと伝えて下さい」
「御意」
メルヴィンが指示すると護衛の一人が街に向かって馬を走らせて行った。
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