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第54話「荒野の新たな教師」


「……なぜハッグ様までいるのでしょう?」


 朝、いつもの高台で朝食を食べていたのだが、平常通りの紅装束チェリナが近づくなり言った。お約束の挨拶を忘れるほどの疑問かね?


「ああ、実は昨夜ハッグに頼んで耐熱煉瓦の作り方を教えてもらえないか聞いてみたんだわ」

「うむ。本来教える義理もないんじゃが、美味いもんを食わせてもらったしの、特別にな。まぁ鋼鉄高温炉用のレンガは教えてやれんがな!」


 がはがはと豪快に笑うハッグ。


「まあ、それは嬉しく思います」


 先ほどの不機嫌顔もどこへやら、商人らしい笑顔にクラスチェンジする。現金だな。


「それではさっそく向かいましょうか」

「午前の仕事はどうするんだ?」

「午後に回しましょう」

「なるほど」


 俺は反対する理由もないので頷いた。


「それでは一度商会に寄ってから行きましょう。お昼には戻れるようにしましょう」

「そうだな」


 そんなこんなで全員で移動を開始した。

 ちなみに朝食は卵ベーコン食パンでいつも通りにした。ヤラライが料理の話をしたらしくハッグが食べたがったのだ。今日は仕事を休んで来てもらっているので朝食くらい気持ちよく奢ってやった。新しく出したパンもベーコンも卵も余ること無く全部ハッグに食べられた。ま、いいけどな。


 残金90万9949円。


――――


 チェリナの秘密基地、ならぬ秘密研究所にやってきた。

 すぐにダウロがやってくる。


「どうしましたお嬢? 約束は明日でしたよね?」

「新しい開発の話に来ました」

「またですかい?」

「不服ですか?」

「とんでもございやせん、ただ凄いペースだと驚いていただけでさあ」

「そうですか。今回はこちらのハッグ様が技術指導してくださいます。失礼のないように」

「わかりやした。ではハッグ様、お話をお聞かせくだせえ」


 おそらく開発責任者の幹部であるダウロは低い腰でハッグに接する。俺との態度に差がありすぎないですかい?


「うむ。たしかもう木炭はあるんじゃな?」


 ダウロの代わりにチェリナが頷く。


「はい。ダウロ、現在の最高品質をお持ちください。ハッグ様、炭の方は明日にはさらに高品質の物が出来上がります」

「言い切ったの?」

「そちらのヤラライ様のご指導を頂きましたので」


 ハッグがつまらなそうにヤラライを見上げた。


「ふん。まあ木材臭いエルフならその程度は造作もないっちゅー事か。気に食わん……がエルフの木炭が一級品なのは認めてやらんでもないの」


 なんだそれは、ツンデレか?

 それよりエルフが木炭を作れるのを知っていたんだな。


「では、もうちっと良い木炭があるのを前提に教えてやるわい。アキラ、このレンガで作った石窯とやらを使えば美味いもんが食えるんじゃな?」

「ああ、昨日の内にヤギやバッファローのチーズがあるのを確認したからな。その他の食材も揃えてもらったし、ソースだけ俺が用意すれば美味いもんを用意できる」


 商売用のメニューは料理長のフーゴに丸投げでいいだろう。使い方とコツさえ覚えたらあの人なら良いメニューを色々考えてくれるだろう。

 本当はトマトがあればメニューに幅が出来るのだが、あれは高地や寒冷地メインだった気がする。

 そういえばジャガイモも割と寒冷地の植物だった気がするが、その割にはこの地方で見かけるな。

 ああ、チェリナの商会が輸入しまくってるのか。それともこっちには暑さに強い品種があるのか、寒暖差があればいけるのか、その辺わからんな。

 耐熱レンガの細かい事は開発職人のダウロとハッグにまかせてしまおう。

 ヤラライは窯の様子を見てくれている。


「やっぱり知識だけの俺とは違うなぁ」

「そんなことはありませんわ。その発想あればこそ、人脈も活かせるというものです」

「そんなもんかね……ああそうだ、ハッグなんだが、今日鍛冶ギルドに行く予定を無理して休んでもらってるんだ。チェリナから手を回してくれないか?」

「お安い御用ですわ」


 それは良かった。話によるとハッグは取り敢えず今日まで通う予定で、お互いに気に入ったら期間を伸ばしていく約束だったらしい。

 それにしても美味いものが食えるってだけで仕事を休んじまうんだから、ハッグも大概だぜ。


「なあハッグ、耐熱レンガは作れそうか?」

「あん? 発明家のワシがいるんじゃ、作れない物なんぞありゃせん」


 ハッグは不機嫌に振り返るが、俺は一つの単語が気になる。


「発明家だって?」

「言ってなかったの? ワシャ既存の鉄商品がつまらなくて諸国を廻っておる」

「初耳だぞ……」

「わはは! 気にするな!」

「まあいいけどな」


 ハッグが発明家だろうが登山家だろうが命の恩人であることには変わりない、頼れる男だ。


「ダウロ、以上がレンガの材料比と温度じゃ、煉瓦窯は今からワシが作ってやるから見て覚えぃ」

「へいっ」


 聞くまでもなくレンガ作りは順調らしい。


「今日中に終わるかな?」

「明日には数を揃えて見せるわい。もしこれだけ教えて失敗したら才能がないんじゃ、諦めんじゃな!」

「スパルタだな」

「ふん。ダウロは腕が良い、問題ないじゃろ」


 答えながら日干しレンガを使ってどんどん窯を積み上げていく様はタイムラプス動画でも観ているようだ。ドワーフ半端ねえな。


「その窯は日干しレンガでいいんだな」

「取り敢えずじゃな、これで焼きレンガを作って、それでさらに窯を作り直すんじゃ、この焼きレンガは軽く焼けばええから、夕方には焼きあがるじゃろ、そしたらダウロがそれで耐熱レンガ用の窯を組んで、仕込んでおけば明日にはできている寸法じゃ」

「oh。スパルタだな……」

「ふん。新しい技術を教えてやるんじゃ、喜んでやるじゃろうよ」

「もちろんでさ、寝ずにやりますとも」


 無理はするなよとも思うが、ダウロが嬉しそうに凄みのある笑みを浮かべたので言うのをやめた。


「そこの奴! いい加減に粘土を詰めるんじゃないわ! まったく……人はすぐ手を抜きたがるの。ワシはこんな欠けたレンガを認めんからの! 一つ一つ角まできっちり詰まったレンガが出来てなかったら、全ての窯を壊してやるから覚悟せい!」


 ハッグの怒声に他の幹部連中が飛び上がり、木枠で型取りしていた粘土を全て戻して、一つ一つていねいに型取りし直していった。


「ああ、俺も気になってたんだよ、日干しレンガとかめちゃくちゃ不揃いだもんな」

「うむ。まったく……人は大抵手を抜く。信じられんわ」


 チェリナの部下は真面目っていう印象はあるんだが、几帳面ではないのだろう。いい加減がデフォルトなのかもしれない。

 これは海外に行くと割と目にする光景だったりする。彼らの物の運び方などはとても酷い。飛行機で海外に行くとわかるがキャリーバッグなど、無気力にボンボン投げるのだ。しかもそれが彼らにとって真面目に仕事をしているという認識なのだから、日本人との格差が半端ない。

 ハッグの価値観がものづくりにおいては日本人寄りで嬉しく思う。


「心構えからの改革が必要なんだろうな」

「どのような事でしょう」


 俺のこぼした独り言にチェリナが喰い付いてきた。別に聴かせるつもりはなかったんだが……。


「あー、なんていうか、一つ一つ丁寧に、そして商品は自分たちや金の為に作るのではなく、お客様の為に、使用してくれる方の事を一番に考えるんだ」

「そのつもりでやっていますが」

「厳しいことを言えば、出来てないんだろう、いい加減が身についてるんだな」

「……」


 チェリナの表情が厳しい、そりゃあ馬鹿にされて気分の良くなる人間はいないわな。


「空理具の形にしても、自分の事情だけ考えてるから進化してなかったんじゃねーのか?」

「……」


 ますます表情を険しくする。


「港の荷物運びなんかも見てたけどな、ほとんどの荷物の運び方とか乱雑だったぜ、俺からすれば信じられん。俺の故郷には宅配っていうサービスがあったんだが、箱の角一つ凹まさないように運ぶのが当たり前だった」


 まあ日本人は神経質過ぎるところもあるとは思うが……。中国の運送業者とかは荷物を普通に蹴飛ばすからな。それに比べればヴェリエーロはよっぽど丁寧ではある。


「従業員の改革こそが企業の……いや商会の発展に繋がると思うぞ」


 それはそのまま街の品格にも繋がる。とは言わなかった。


「……少々、考えたいところですね」

「まぁいきなり今までの自分を否定されたらそんなもんだろう。チェリナは頑張っている方だしな」

「足りなかった……ということでしょうか?」

「見本になる人間も、指摘してくれる人間もいなかっただけだ、言われて改善出来るかどうかはチェリナ次第だな。そもそも指摘が正しいとも限らない。よく考えてみな」

「わかりました」


 少々落ち込むチェリナに対して、偉そうに語れる人間じゃないんだよなとバツが悪い。ただご意見番として気がついたことを伝えるのは仕事の内だろう。


「まあノンビリやろうぜ」

「時間は貴重ですよ?」


 おおう、やっぱりチェリナの方が格上だわ。うん。


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評価・ブクマ・感想(感想は活動報告にて受付中)お待ちしております。

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