第51話「荒野のタコと丼」
「濃い味が続いたから箸休めだ」
俺が出したのはタコの刺身。
「また刺し身か?」
「これはタコの刺身だ」
「タコ?!」
叫んだのはナルニア。
「タコなんて食べるの?! 信じられない!」
なんだこの世界でもタコは食べないのか。地球でも食べる地域は日本と地中海以外は少ないって聞いたな。まぁ俺が知らないだけできっと食べてる民族は多いと思うんだが……。この辺りでもデビルフィッシュとか呼ばれちゃったりしてるんだろうか?
「タコ……タコ……しかも生……」
「刺し身だけど、少しお湯にくぐらせてるぞ」
「少し……ですか」
チェリナの不安を払拭するほどの威力は無かった。
「まあ無理して食べなくてもいいさ。……うん。美味い」
俺はワサビをちょい乗せして醤油をたっぷりつけて頂いた。個人的にタコの刺し身は醤油多めが美味しいと思う。
「では私も……ほう、面白い食感ですね。淡白ではありますが他の白身の魚よりハッキリと旨味が舌に突き抜けます」
相変わらず的確なコメントありがとう。
「どれどれ、ふむ。悪くは無いが、ワシはさっきの刺身の方が好きじゃな」
「……俺、これ、好き」
ハッグはそこそこ、ヤラライは気に入ったようだ。
「ううう……私も……! ……ん。くにゅくにゅしてる」
「無理すんなよ」
「うん……クニュクニュだけどコリコリしてて面白い歯ごたえだね……それに……思ったより美味しいかも」
「なら良かった」
このあと別のタコ料理もあるから、ここで偏見が無くなってくれると楽になる。
「……わたくしも、いただきますわ」
恐る恐るタコにフォークを刺す。
「ワサビはやめとけ」
「言われなくてもわかっています!」
顔を真っ赤にして怒られた。親切で注意してやったのに恩知らずな奴だな。
「……んっ……んぐ……ぐ……ん……」
両目を瞑って決心の末に噛み締めたらしい。ゆっくりと咀嚼していくが、それに合わせて表情も柔らかくなっていった。
「これは……思ったより……その……面白い味ですね」
「面白い味か」
「うまく伝える言葉が見つからないのですよ、歯ざわりも独特ですし、味も淡いのか濃いのかよくわかりません」
「淡白系だけど味は結構あるからな」
「そうですね……しゃぶしゃぶの味に近い気もします」
言われてみるとそんな気もする。しかしこのままだとしゃぶしゃぶ=魚って定着しかねんな。
今度肉のしゃぶしゃぶで固定観念をぶち破らねば。それが出来るほどこの国に長居するかはわからないが。
「まあ無理して食う必要はないけどな、それに後で出すタコ料理のほうが本命だしな」
「まだあるのですか?」
「まあ待て、その前にこっちからいこう」
そして満を持して皆の前に並べたのは……。
どん! どん! どん!
穴子丼!
味を考えたら一番外国人受けするだろう一品だ。……外国人って言い方は変だな。俺が外国人だわ。うん。
「これは?」
「穴子丼だ。穴子の煮付けを米の上に乗せて、特製のタレをかけてある。箸かスプーンで下品にかっ込んで食べるのが通の食い方だ」
「穴子……あの蛇っぽいヤツですね……」
チェリナは覿面に不快な表情にジョブチェンジした。
「嫌なら食わなくていいが……後悔するなよ?」
「蛇、エルフ食べる。問題ない」
「別に蛇じゃないんだけどな……食い方はこうだ!」
俺は器を持つと口に添えてガツガツと箸でかき込む。甘辛く煮付けた穴子の身はホロホロと崩れてご飯と渾然一体となり口内に転がり込む。
「くはー! 美味い!」
これよこれ! 久しく食べていなかった丼の感触! たまらん!
「では……(ガツガツ)美味い」
ヤラライも同じように食べて感嘆を吐き出した。続けて食べていくので気に入ってくれたのだろう。
「ワシも食うぞ! (ガッ! ガッ!)おお! これはパンチのある味じゃの! 味の濃さは肉に匹敵するのではないか?」
「ああ、穴子の凄さはこのみっちりと詰まった生命力溢れる美味さだからな」
「うむ! 納得の美味さじゃ!」
「私も!」
「では私も」
「うう……」
相変わらずチェリナ以外がスプーンを運ぶ。
「美味しい! でも穴子ってどんな魚なの? 聞いたことないよ」
「市場では出回っていませんからね、その割にスラムの人間が争うように奪っていきますし……もしかして彼らはこの美味さを知っているのでは……」
「その可能性はあるんじゃないのか? タコにしても穴子にしても俺からしたらご馳走だからな」
生のタコは意外と高かった気がするし。
「ふーむ。食べる人の偏見さえ取り除ければ商売になりますね」
「そこまで考えて作ったわけじゃねーけどな」
「いえいえ、勉強になります」
料理長のフーゴは相変わらず腰が低い。俺のほうが年下なのにな。
「まあ、もし商売するなら、元の形がわからないように、こうやって完成品だけ出せば良いんじゃないのか? 別に毒を出してるわけじゃねーしな」
「私が出来るのは料理法の確立だけですが、これも醤油が決め手になっていそうですね」
「あー。そうだな」
醤油だけでなくみりんも手に入らなそうだなぁ。
「いえ、私もヴェリエーロ商会の一人です、求められれば必ず満足する物を作り上げてみせますよ」
「頼もしいな」
実際職人のダウロといい側近のメルヴィンといい、この商会は人材に恵まれている。
「んで、お嬢が食わないなら、目つきの危ないドワーフに渡した方がいいんじゃないか?」
「うむ。食事を残すのは失礼というものじゃろ」
「貴族さまの家だと残すのが礼儀ってお客さんが言ってたよ」
「ここは貴族のウチではなかろう?」
「あ、そっか。なんとなくチェリナ様って高貴な方っていう印象が強くって」
今日一日で大分崩れてると思うがな。しゃぶしゃぶで取り合いになるとは思わなかった。
「た、食べますよ。香りを……堪能していただけです」
苦しいな。
「見た目は……なんというか……色の濃い焼き魚ですね」
まああんまり蛇を意識させないように並べてあるしな。
「それにわたくしは下品に食べるつもりはありません」
そっとスプーンで身を掬うと、ゆっくりと口に運ぶ。
「……え?」
そこで動きが一度止まった。
「こ、これは……本当にあの蛇なのですか? こんな濃厚な旨味が……きっとこれはタレの味で……ああ! タレの染みこんだこの穀物がまた大変に美味です!」
「チェリナ、それは別々に食べたら完成じゃないんだ。身と米を同時に口にして……初めて完成するんだ」
「同時にですか……こう……」
スプーンでなんとか両方を均等に盛って口に運ぶ。
「! ああ! なんという事でしょう! 濃厚で粗野と感じられた白身が米と合わさることで1段……いえ2段は味が昇華されます! 別々に食べていたらわからない渾然一体となったまさに芸術! これは……もぐ……そう……もぐもぐ……新しい食文化の始まりです! (ガツガツガツ)」
最後、ほっぺたに米粒をつけて丼をかき込んでいる姿は愛嬌はあるが、きっとナルニアの憧れを崩壊させる姿だったろう。
と思ったが、ナルニアは最初は呆れ顔だったが、途中から妙に楽しそうにそれを見ていた。まあ面白いよな、チェリナの百面相。
「たしかにこれを食べたら穴子が蛇である事実などどうでも良くなりますね」
「蛇じゃねぇけどな……」
俺の呟きは夢中でスプーンを進めるチェリナには聞こえなかったらしい。それにこっちの世界じゃ蛇なのかもしれんしな。
「フーゴ、これは商品化できそうですか?」
「すぐには無理ですね、米も調味料も手にはいりませんから。ただ酒のツマミになるような味の調整なら出来ると思います」
「なるほど、丼はすっぱりと諦める訳ですね」
「はい。醤油はありませんが魚醤と砂糖をうまく使えばそれなりの味には近づけるかと」
「フライの研究と共に進めたいですね」
「はい」
二人は熱心に今の料理を作れないか検討している。
「味付けはどうだった?」
「ワシは好みじゃな!」
「私も! 私も!」
「美味」
「そりゃよかった……でも味付けは思いっきり濃い味だったから、今度は少しさっぱりするもんを出そうか」
「食えればなんでもかまわんぞ」
それはそれで寂しいもんがあるが……。
「まあいいやフーゴさん、室に仕舞ってもらっていた料理をお願いします」
「わかりました」
――――
そんな訳で出した料理はアジの南蛮漬けである。
どうもお酢が普及していないようだったので受け入れられるかは未知数だ。
「見た目は美しいですね」
チェリナの言葉を意外に思う。
「なんだ? これも尾頭付きなんだが」
「見慣れた種類ですから。普通に丸ごと食べますよ」
「それもそうか」
チェリナがやたらオコゼの姿揚げに固まっていたが、別に魚が怖い訳じゃ無く、スラムの食べ物っていう認識だったからか。ちょっと勘違いしていたぜ。
「ではいただくかの」
いつもどおり躊躇無く箸を延ばすハッグ。
「ふむ……昔似た料理を食べたことがあるの。懐かしい味じゃ。もっともこっちの方が遙かに味が深くて美味いがの」
「へえ。似た料理があるのか」
当たり前の話だな。ハッグは大陸中を旅してたみたいだし。
「俺も」
ヤラライも手を伸ばして口に入れた。
「……旨い。さっぱりで、良い」
ふむ。二人は気に入ってくれたようだ。口数は少ないが普通に食べ進んでいる。
「じゃあ私も! ……? お兄ちゃん、これ、腐ってない?」
ナルニアがめずらしく眉根にしわを寄せた。
「大丈夫だ腐ってない。この辺にない調味料を使ってるだけだ。ちなみに美容にいいと言われている」
「いただきますわね」
それまで軽く飲み物を飲んでいたチェリナがいきなり食べ始めた。
「お薬なの?」
「そこまでの効果はないが……まぁ食事バランスは大事だよな」
どうしてもこの辺はカロリーベースの食事になっているから、足りない栄養は多いだろう。きっとお酢も少量で効果があるに違いない。……ちょっと元気になる程度はな。
「……うーんお兄ちゃん。私はこれ苦手かも……」
ナルニアがしょんぼりしてしまう。
「うーん。野菜がたっぷり取れるから、おすすめなんだけど、お酢はやっぱり受け入れずらいか」
「そうですね、私としては面白い味だと思うのですが」
いつの間にやらフーゴが参戦していた。
「やっぱりこの辺に無い味か?」
「そうですね。特にこの料理はお酢の存在感が強い料理ですからね。これだけの野菜と鰺を使った料理であれば、塩で炒めるだけの料理が喜ばれるでしょう」
「なるほど」
「私としては塩味一辺倒のピラタス料理を打破したいので大歓迎ですし、仮にも料理人なので、これが美味しい料理と判断出来ますが、広めるのは少し難しいかもしれませんね」
ふむ……。まぁ酢の確保もままならないんじゃしょうがないよなぁ。
「似た味、エルフ、使う」
「ふん。真輝皇国あたりでも普通に使うわい」
なるほど、どこかはわからんが、別の地方には酢が普通にあるらしい。
「逆にアトランディア料理として出せば物珍しさから受け入れられるかもしれませんね」
フーゴが南蛮漬けをゆっくりと噛みしめた。
「……で? お前はどうなんだ?」
口から鰺を生やしたチェリナに聞いてみた。
彼女はそこで噛みちぎってフォークを置く。
「……少し味が強いようですね。味付けを間違えたのでは?」
「ねーよ」
どうやら微妙だったらしい。
「ワシは酒のつまみに良いと思うんじゃがな」
「ドワーフ、むかつくが、賛同」
「私も飲み屋の料理には良いと思いますね」
どうやら鰺の南蛮漬けは大人の男向けの味付けのようだ。
「酒のつまみといえば、これが最高だぜ」
俺は揚げ物を取り出した。
「これは?」
「こいつはタコの唐揚げだ」
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