第49話「荒野の第一次争奪戦争」
リビングに並んだ数々の料理にナルニアが目を輝かせていた。
「凄い……きっとここは天国なのね……」
勝手に死ぬな幼女よ。
「とりあえず一つずつ試していくか」
「それがいいでしょう」
答えたのはフーゴ料理長だ。盛り付けは彼がやってくれたので、俺が作ったとは思えないほど美しく盛られていた。
チェリナは、オコゼの唐揚げとにらめっこしていた。いや、どちらかと言うと蛇に睨まれたカエルだな。チェリナは顔中から脂汗を垂らしていた。
「最初はフーゴさんの料理からいこう」
「私のからですか?」
フーゴが不思議そうな顔をする。
「まずはこの土地の美味いものを再確認したいってのもあるし、皆も安心だろ」
「ワシはアキラの飯なら不安になど思っていないぞ」
失礼だがハッグはなんでも喰うイメージだな。
「それ、鉄臭いドワーフと、同意……不本意だ」
あれ? ヤラライも?
「なんじゃと?! この虫臭いエルフが!」
「……死ぬか?」
「ワシの鉄槌を……!」
「二人共夕飯無しな」
なんでケンカが始まるんだよ。
「すまん。許すんじゃ」
「謝罪、する」
わお、思った以上にチョロいな。ってかどっちも食いしん坊キャラだったのか……。
「どれも美味しそう……じゅるり」
「ヨダレを拭け」
俺はハンカチで乱暴にナルニアの顔面を拭いてやった。
「みにゃああああ?!」
そのまま顔に被せてやった。ちっとは大人しくしとけ。
「さて、いただきます。……うん。美味いな。いつも昼飯を作ってたのはフーゴさんなのか?」
「はい。私と部下で作っております」
「美味しい~~~!」
ナルニアは案の定の反応だ。
「美味いの」
「良い」
「さすが料理長ですね」
ハッグ、ヤラライ、チェリナの賛辞が続く。
「塩加減が絶妙だな。とても塩だけとは思えない」
「ありがとうございます。今日はいつもより良い油を使いましたので、オリーブオイルという貴重な油です」
「へえ、オリーブがあるのか」
「知っているのですか? 相変わらず博識ですね」
「……たまたまだ」
言われてみればこのオイルはオリーブだ。非常に美味い。
「じゃあ今度は俺の番だな。まずはこいつからだ」
俺はテーブルの真中に用意したガスコンロの上に置いた鍋に注目する。
「ふむ?」
「野菜のスープ?」
ふふふ。それだけならな。
俺はガスを強くして沸騰ギリギリを維持する。この火加減が難しくて七輪を使えなかった。今更なのだがどうして現代の料理がこれほど多種多様なのかと言えば火加減が自由自在になったというのが大きいんじゃないかと痛感した。
今日は無理だったがフーゴなら近いうちに七輪を使いこなして火加減をコントロール出来るようになるだろう。
「いいか、この横にある立派な鯛の切り身をこうやって箸で掴んで、スープに入れるんだ、そして……しゃぶしゃぶ……。これでよし」
薄っすらと白みがかったタイミングで鯛を引き上げて、もみじおろしを入れてあるポン酢につけて口に運ぶ。
「はふはふ……うん、鯛の甘みが口いっぱいに広がるな」
出汁も良く出ていた。
「わ、私もやる! ってこんな変な棒じゃ持てないよ!」
どうやら箸が使えないらしい。ま、想定済みだけどな。
「んじゃフォークを使え」
料理長に用意してもらったフォークを渡す。ナルニアは小さな身体をテーブルに投げ出す形で鯛の身を出汁に潜らせた。
「えーと、しゃぶしゃぶ? ……これでいい?」
「それでいい、しゃぶしゃぶはこの料理を旨くする魔法の呪文だからな。必ず唱えるように」
「ええ?! 魔法?!」
「……いいから食え」
「うん……んふっ! ふほっふほっ!」
熱々の切り身を口に入れて頬に手を当てる幼女。飴玉以上の破壊力だな。ロリコンなら襲いかねん。もちろんそんな奴がいたらヤラライに蹴散らしてもらうが。
夢中で噛み終わり飲み込むと、ナルニアの頬に涙がつうと流れた。
「な、ナルニア!?」
「わ……私……こんな美味しいもの……食べたこと……ない……」
なんだびっくりさせるなよ。喉に骨でも刺さったかと思ったぜ。気に入ってくれたのは嬉しいが、泣くほどか?
その様子を見ていたチェリナが慌てて箸を手にとって……落とした。
「無理するな、フォークでいけ」
「はい……しゃぶしゃぶ……」
「ワシもじゃ! しゃぶ! しゃぶ!」
なんかハッグが言うと怪しい薬みたいで怖いな。決して変な成分ははいってませんからね。合法ですからね。
「……しゃぶ、……しゃぶ」
ヤラライはヤラライでなんか変な感じだ。しかしハッグもヤラライも箸を使いこなしてるんだが、数日で早すぎるだろう……。
「では私も。しゃぶしゃぶ……ああこれで調度良い加熱になるのですね」
フーゴだけは呪文の意味に気がついたようだ。
さて、皆の様子はと……。
「……こ、これが……鯛……ですか? なんですかこの旨味は……先程の火の通った身と比べて味が複雑です。なぜでしょう? ほとんど生だというのに……さらにこのタレがこの淡白な身を引き立てて、口の中がさっぱりするこの感覚はなんですか? 味のベースは魚醤に似ていますがまったくの別物、臭みが全くないどころかむしろ魚臭さを消して、旨さのみ引き出す、これこそまさに魔法のタレです。ああ、醤油とはこれほどのつけダレに変わるのですね……」
評価が長いぞお嬢。
「なんということじゃ! ワシャ様々な場所で魚を食ってきたがこんな食い方見たことも聞いたこともないわ! ワシは適度に塩を振った塩焼きが一番の食い方だと思っておったがこれは考えを変える必要があるの!」
ハッグは野性味溢れる焼き魚の方が似合うと思うがな。
「美味。食の革命」
それは言い過ぎだろう。エルフさんよ。
「鯛という魚は旨味を引き出すのが大変むずかしい魚です、白身の魚全般に言えることですが、味が淡白ですから、基本的に強い味付けをしなければという思い込みがありました。しかしこれは別の要素、そう、一見主役に見えないこの煮えたスープに秘密があるのですね、これ単体で味わっても野菜と海草の淡い味が付いているだけ……しかしこれに潜らせることで鯛の身の旨味を最大まで引き出しているのです。だから味の濃いタレにつけても負けずに白身の味が楽しめる……脱帽です」
あんたも長いな。評論家か!
「まあ気に入ってもらえたんなら嬉しいが。そんなに量を用意してないぞ?」
じゃきーん!
俺の言葉に全員の瞳が発光した。
あれ? なんか目が怖いぞお前ら……。
「いただく!」
「させん!」
「私も食べるんだよ!」
「舐めてもらっては困ります、今こそ紅鎖の名を思い知らせて見せましょう!」
「もう少し! もう少しで鯛の真髄がぁ!」
その日から第一次鯛の切り身争奪戦争が始まった。
ドワーフのパワフル切り身一気取りをヤラライの箸一刀突きが遮り、蛇のような動きでチェリナのフォークが飛ぶ。料理長が無策に飛び込んで3人にふっ飛ばされ、その隙にナルニアが盗み取る。
それは正しく戦争だった。
5人の心技体がぶつかり合い醜い心理戦と駆け引きの果てに残ったのは死骸の山だった。
……。おーい、帰ってこーい。
「また作ればいいだろ……」
俺がため息を吐くと、全員正気に戻ったのか、気恥ずかしげに起き上がる。
「そ、そうですわよね、また作れば良いのです。フーゴ、作り方は?」
「しかとこの目で。味も覚えました。調味料は難しいですがなんとかしてみます」
「すまぬ、ちと我を忘れた」
「俺、反省」
「えーと……ごめんなさいチェリナ様」
「大丈夫ですよナルニア。美味しいものの前では皆平等ということを学べました。わたくしはむしろお礼をいいたいほどです」
チェリナとナルニアが手を取り合って頷き合っている。好きにせい。
「んで、次の料理にいっていいわけ?」
「「「「「もちろん!」」」」」
仲いいなお前ら。
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