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第48話「荒野の3時間クッキング」

(長いです)


 厨房を見て俺は絶句した。

 厨房の中はとても広いし窯もたくさんある、鍋やフライパンなどの道具も豊富だ。小さな流しも付いている。


 だが、それだけだった。


 いや、考えてみたら当たり前の話だった。電子レンジもオーブンもトースターもない。しかも窯は複数あれど、全て薪を投入するタイプで火加減の調整が出来ないのだ。

 これは思ったより大変かもしれない。


「あー、ヤラライ。悪いんだけどハッグを呼んできてくれないか? ここなら安全だし」

「わかった」

「喧嘩すんなよ」

「……努力は、する」


 結果を出してください。


「じゃあ始めるか」


 まずは道具のチェックだな。

 まな板は大きくて立派なのがあるので問題ない。包丁は……あるな。恐ろしく切れ味の良さそうな素晴らしい刃物だった。さらに水も透明なものが瓶に汲んであった。だが水は俺のを使いたい。

 流しの上にある陶器の水入れに注目する。目線の高さに乗せてあるのだが、瓶の底付近に木の栓が付いていて、外すと水が流れる簡易水道の作りになっていた。

 俺は一旦全ての水を別の瓶に移してから、陶器の水入れを一度コンテナにしまい、その中に水を購入する事にした。

 陶器の水入れの容量は15リットルほどだったので、20リットル購入し余りの5リットルはヤカンやペットボトルなどに振り分けておいた。


「お。ざるもあるし、揚げ物に使えそうなデカくて立派な鉄製の鍋もあるな」


 これなら細かい物を用意しなくても大丈夫そうだ。

 刺し身は後回しにして、まずは味噌汁と唐揚げからいくか。

 俺が手際良く下処理を始めようとしたら、チェリナから待ったが掛かった。


「なんだよ」

「ちょっとお待ち下さい、もうすぐ料理長がまいりますから」

「えー、人がいたらコンテナを使いづらいじゃないか」

「どのみちハッグ様やヤラライ様は見学すると思いますよ」


 それもそうだな。


「わかった。いつまで待てば……」

「お待たせしました」


 聞くまでもなく奥から白装束のいかにも料理人といった出で立ちの男性が現れた。


「アキラ様、彼がヴェリエーロ家の料理長フーゴです。現在は商会の料理研究も受け持っています」

「こんにちはアキラ様、フライという料理法をお教え頂き誠にありがとうございます。現在も日々研究しているところですよ」


 フーゴ料理長が手を差し伸べてきたので握り返す。


「なんでも今日は新しい料理法を直々に教えていただけるとか」

「新しいかどうかはわかりませんよ? 自分の故郷の料理法を試そうと思っているだけですから」

「それならそれで全く問題ありません。何か一つでも学べる事があれば十分です」


 謙虚な人らしい。


「参考になれば良いのですが」

「はい。ああそれと私に敬語は不要ですよ。お嬢様からアキラ様の人となりはある程度お聞きしております。私にも普段の口調でお話ください」

「しかし……」


 言われたからって、はいそうですかという訳にもいかんだろうと困惑していると、チェリナが口を挟んできた。


「アキラ様、フーゴならば問題ありませんわ」

 チェリナが微笑むのと合わせてフーゴも笑顔で一礼した。


「うーん。わかった。じゃあよろしく頼むわ」

「はい。こちらこそ」


 人のよい笑みを浮かべるフーゴ。これがこの人間の本質なのか、それとも他人を欺く術なのか、この時点では判別不能だ。まあチェリナの許しがあるので気にしないことにしよう。


 さてと、じゃあ魚を捌くか。

 最初は(あじ)からいくか。


「あっそうだ忘れてた。材料費を払ってなかった。チェリナいくらになる?」

「食材は提供しますわ。他に足りなくて購入する分もこちらが持ちます」

「いやでも、基本的に俺やハッグが食う分だぞ?」

「フーゴの勉強代ですわ」


 ふーむ。ならば甘えてしまっても良いのだろうか?

 正直細かい買い物が増えるので出してもらえると助かる。俺はチェリナの耳に口を寄せる。


「いいのか? 高くつくかもしれんぞ?」

「問題ありません」


 ちょっと顔が紅く見えたが全身紅いから反射光だろう。


「じゃあ後でまとめて請求するぜ」

「はい」

「んじゃ今度こそ始めますか」


 俺は桶から鯵を取ると、次々と三枚に下ろしていく。


「ほう、素晴らしい手際ですね」


 フーゴが俺の包丁さばきに感嘆した。


「はい、料理長並ではないですか?」

「……いえ、あのような下ろし方はしたことがありません」


 普段から魚を食べまくってそうだけど、三枚に下ろすってしないんだな。

 下ろした鯵に塩コショウして片栗粉をまぶす。

 用意していた鍋に油を入れて熱してやる。ところがこの台所に設置されている(かまど)では油が煮えるほどの高温になってしまった。


「温度調整がむずかしい……フーゴさん、もうちょっと弱火にしたいんだが……」

「弱火……ですか? ……このくらいでどうでしょう?」


 フーゴが薪を減らして火の勢いを弱めるがそれでも強い。


「だめだな……ああそうだ、こういう時こそ七輪使えばいいんじゃないか」


 そもそも炭の試験もしなきゃいけない。俺は七輪と炭を持ってきてもらうと慌てて火を点ける。だが炭なのでしっかり火が回るまではけっこう時間が掛かる。


「手間がかかりますね……やはり薪のほうが良いのではないですか?」


 一連の流れを見てチェリナが首を傾げる。


「かもしれん……が、見ての通り煙がないだろ? 食材に匂いがつかないんだ」

「はあ」

「なるほど、それは良いですね」


 チェリナの気のない声と正反対で料理長は身を乗り出して七輪を覗き込んでいた。


「近づくと危ないぞ、火は出ていないが熱量は凄いんだ」


 するとフーゴは手をかざしたり離したりして、うんうんと頷いていた。


「見た目と違って熱が遠くまで届くのですね」

「ああ、だから弱火にするには炭の数は少しでいいんだ」

「お嬢様はこの厨房や飲食ギルド関係の大きな厨房しか知らないと思うので、この煙が少ない利点というのは余りわからないのでは無いですか?」


 フーゴがチェリナに身体を向ける。


「はい。今のところ高火力で少量でも料理が出来きることや、希少性などにしか注目していませんでしたね」

「お嬢様、このヴェリエーロの厨房は排煙設備が充実しておりますのでわかりませんが、一般家庭や場末の飲食店では煙が凄いのですよ」


 チェリナが腰に手をやって少々思考する。


「そういえば小さなお店で食事をしたときなどは、厨房から煙が流れてくる事も多いですね」


 どうやら彼女は木炭の売りの一つを理解してくれたらしい。

 そんな考える人を放っておいて、俺は炭の火熾しを進める。火が回るまでは多めの炭を入れておいて、必要量以外を別の七輪に移しておいた。同時にいくつも火を使うからな。

 それでようやく油が適温になったのでさっそく鯵を揚げてやる。

 同時進行で玉ねぎとニンジンとピーマンをざくざくと切ってた。


「それなら手伝いますが」


 野菜を切っているのを見てフーゴが手伝いを申し出てくれた。


「じゃあこれを頼む。同じように刻んでくれればいいから」


 材料だけ渡して、俺は調味料を作ることにした。フーゴは野菜を刻んでいるが、視線はしっかりこちらを向いている。さすがプロの料理人だな。俺がやったら指が飛ぶわ。

 さて、醤油とみりんと料理酒と穀物酢、砂糖に水に鷹の爪っと。ちゃちゃっと混ぜて火にかける。野菜と鯵を陶器に入れて上から調味料を掛けてやる。


「すまないけど、これを出来るだけ涼しい場所に保管してくれるか?」


 言ってからこの灼熱の土地にそんな場所があるか不安になる。


「地下の(むろ)に入れてきましょう」


 フーゴは陶器を持って部屋を出て行った。


「チェリナ、そこは涼しいのか」

「はい、明け方の冷風を取り込む仕掛けが付いていますから。地下室自体も深い場所にあります。岩を組んで作られているので昼間の熱もあまり通しません」

「そんな便利なものがあったのか……」

「普及はしていませんわ。所持しているのは一部の商会と貴族と王族くらいではないでしょうか?」

「高嶺の花だな」

「そうですね」


 料理長のフーゴが戻ってきたので作業を再開する。


「立派な鯛だな。正直にいうと鯛は養殖の方が脂が乗ってて美味そうってイメージだったんだが、これは非常に太ってて脂も乗ってそうだ」

「この辺の海流は栄養があるらしくてどの魚も大きくなりますからね」

「そうなのか?」

「人間にとっては荒い海なのですが、魚にとっては住み心地が良いみたいですね」


 フーゴが教えてくれた。


「なに、魚が美味いのは人間に取っても良いことだろ」

「そうですが……」

「何かあるのか?」

「いえ、捕れたてを食べれる人間は少ないですからね、大抵は塩漬けしか口にしたことの無い者ばかりでしょう」

「……世知辛いな」

「ですね」


 ヴェリエーロの料理長という立場なら生鮮食品の扱いもお手の物だろうが、一般市民はこんなに港に近い場所でもあまり手が出ないのか。なんだか悲しい話だな。


「塩漬けにしないとすぐ腐ってしまいますからね」

「それはそうだな」


 日本の魚に対する流通システムはもはや狂気の域に達しているからな。外国の人間が魚の流通システムを見ると驚きを通り越して呆れるレベルらしい。

 ちなみに冷凍システムという意味では先進国ならば普通に発達しているのでお間違えなく。あくまで生を基本とした鮮魚の流通という意味だ。


「なあ、フーゴさんならこの鯛をどう料理する?」

「そうですね……やはり塩焼きでしょうか。香草を混ぜて口当たりをさっぱりさせて魚の旨味を引き出します」

「それも美味そうだな……良かったらそれはフーゴさんが作ってくれないか?」

「かまいませんが……」

「俺は別の料理を作る」

「理由があるのですか?」

「これから作る料理は食いたくないと言う奴がいるかもしれないからな」


 そう言ってチェリナに視線をやる。

 彼女はふいと視線を逸らせた。


「んじゃ任せたぜ」


 俺は手早く三枚に下ろした黒鯛を刺し身に切り分けていく。

 が、刺し身で食べさせるつもりではない。

 俺は白菜、白ネギ、春菊、水菜、椎茸、エノキ、豆腐を適度な大きさに切り揃えた。一番鍋っぽい容器に水から昆布で出汁を取る。沸騰したら野菜を放り込んでいく。

 これで準備完了。


 鯛しゃぶである。


 すぐに食えるがみんなが揃ってからでいいだろう。

 刺し身はオコゼに頑張ってもらう。

 さくさくと捌いて刺し身を皿に盛っていく。綺麗に丸く並べようと思ったのだがあまり綺麗に盛れなかった。それを見た料理長が「私がやりましょう」と手際よく並べてくれた。花が咲くように艶やかで美しい並びだった。さすが料理長。


 盛り付けは任せて、唐揚げを作ろう。油を替えて温度調整。

 思い切って丸一匹オコゼの唐揚げにしてやった。うん。良い香りだ。背ビレに刺されて毒をもらうというお約束はやらない。やらないったら!

 ついでにタコの唐揚げも作ってしまおう。……しまった。しばらく漬けおかないと味が染みないんだった。


 タコをタレに漬けて、これも地下(むろ)に置いてもらった。

 タコの一部を刺し身にしておき、残りをたこ焼き用に切り分けて取っておいた。これも一緒に地下(むろ)に保存してもらう。

 カサゴもガンガン下処理して、味噌汁にした。身は食べるというより出汁だな。

 さて穴子だ。


「……あの、アキラ様……本当に、タコと……穴子を……食べるのですか?」

「もちろん。むしろ穴子を食わないで何を食うんだ?」

「……」


 ふとチェリナは漁港でみた足の生えた魚を食べるのか気になった。俺は……うん、食えるな。小学校時代に餓死しかけた人間をなめちゃいけない。

 眉根にしわを寄せていたチェリナに、柔らかく意見するようにフーゴが言った。


「お嬢様、先ほどのタコの処理の仕方を見るに、アキラ様が食べていたのは事実だと思いますよ。手際が良すぎます」


 別に好きで手際が良くなった訳じゃ無いけどな。


「釣り好きの上司に付き合わされて、ほとんど専属料理人扱いだったんだよ」


 そのくせ船代を折半させられてたから、クソ上司だったのは間違いない。腹いせによく魚をパクってきたもんだ。


「んじゃ穴子いこう」

「……」


 チェリナの顔が青い。どうやら彼女の中では穴子が一番のゲテモノ扱いらしい。美味いんだけどな……。

 さっと塩水で洗ってから熱湯に潜らせようとして気がついた。


「しまった、氷が必要だった……」


 どうしよう、道具はまだしも氷を取り出すのはやり過ぎだろう。

 悩んでいるとヤラライがハッグとナルニアを連れて戻ってきた。やっぱりお嬢ちゃんもついてきたのね。


「おい、宿の手伝いはどうしたんだ?」

「休憩! 休憩時間だから! お兄ちゃんが美味しいものを作るって!」


 まったくもって内容にまとまりがない。


「はあ……わかったわかった。今日はチェリナの奢りだからお礼を言えよ」

「はわわ! チェリナ様。初めましてクジラ亭のナルニアといいます。今日はお招きありがとうございます」


 ナルニアがペコリと頭を下げるとチェリナの目尻が下がった。誰も招いていないがチェリナは気にしていないようだ。


「はい、ゆっくりしていってくださいね」


 挨拶を終えたナルニアが俺の足下に戻ってきた。


「はわー、チェリナ様と話したの初めてだー。友達に自慢できるー」


 なんだかふわふわしているので放っておく事にした。


「こっちのオッサンドワーフがハッグだ」

「おっさんは余計じゃわい! よろしくの。嬢ちゃん」


 こちらはいつも通りである。さすがだ。


「はい、わたくしはチェリナ・ヴェリエーロです。よろしくお願いしますね」

「うむ」


 特に問題無く紹介が終わる。そこで俺は思いついた。

 俺は慌ててヤラライの手を取ると廊下に引っ張りだした。


「どうした? 敵か?」


 なんだその発想。


「物騒だな、違うわ。ヤラライは精霊魔法で氷とか作れないか?」

「理術で……難しい……温度を下げるのが、限界」


 魔法じゃなくて理術でした。はやく慣れないとな。


「おっ。それでもいいんだ。できるだけ水を冷たくしてくれないか?」

「わかった」


 俺は厨房に戻ってから桶に水を入れる。


「これを頼む」

「うむ」


 ヤラライが不思議な歌らしきものを口ずさむと水の温度が一気に下がっていった。


「おお、これなら大丈夫だ」

「成功、良かった」

「失敗もするのか」

「うむ。精霊、気まぐれ」


 そんな事言っていたな。まあ俺としては冷たい水が手に入ればいい。凍る寸前の冷水に、一度熱湯に潜らせた穴子を突っ込む。ヌメリを丁寧にとってから煮汁を入れた鍋に入れて火にかける。煮汁が減ったところで穴子を引き上げる。残った煮汁をさらに煮詰めてこれはタレにした。


「なんじゃ、無茶苦茶美味そうな香りじゃな」

「ハッグは穴子を嫌がらないんだな」

「鰻と似たようなもんじゃろ?」

「鰻もいるのか!」


 なん……だと?!


「ど、どうしたんじゃ急に!」

「い、いや、鰻は大好物なもんで」

「そうか、あれはそこのリベリ河でも獲れたと思うたがの?」

「いえ、鰻はもう少し上流じゃないと獲らないそうです。そもそもこの辺で食べる習慣もありませんし……」

「もったいない……」


 今度リベリ河にうなぎ用の仕掛けでもしてくるかな。いやそんな時間はないか。

 穴子を煮詰めている間に、たこ焼きの生地も作っておいた。もちろんたこ焼きの鉄板は承認済みである。

 たこ焼きは最後でいいだろう。


 よし準備完了。

 皆に試食してもらおう、そしておののくが良い! 主にチェリナ! 普段の無茶振りの仕返しとも言う。

 ふははははは!


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評価・ブクマ・感想(感想は活動報告にて受付中)お待ちしております。

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