第3話「荒野のおにぎり」
「あづい……」
陽炎浮かぶ荒野をただひたすら歩く。
結局崖沿いに歩いて行くことにした。
あんまり崖に近づくと落ちそうなので少し離れて歩いている。
崖沿いに移動している理由は二つ。
一つは荒野の真ん中に突っ込んでいく勇気が無かったから。
もう一つは単純に海沿いなら漁村くらいあるかもしれないって事だ。
「しかし飛行機一つ、船一隻見えねぇなぁ」
タンカーみたいな巨大船は水平線の奥なんだろうが、漁船や観光船くらいならいてもおかしくないと思ったんだがな。
どうやら期待はずれだったらしい。
あんまり思い出したくないが彼女が言っていた……なんだっけ? 具現干渉率とかいうやつが高い世界に来てるはずなので、地球に似た環境と考えたら船や飛行機くらいありそうなんだが、さっぱり見えない。
ちなみに自動車は最初から期待してない。
荒野と言ってもサバンナっぽいというか、それなりに低木は生えてるし、大きな岩がごろごろしていたりする。
これじゃあ道がなけりゃ車は走れないだろう。
崖下の幅の狭い海岸線なら4WDが爆走しててもおかしくなさそうなんだけどその気配もない。
「やばいな……このまま死ぬかも」
すでに身体は汗でぐっしょり。ワイシャツのボタンも半分外してる状況。
すでにお茶はほとんど残っていない。
節約するつもりだったが飲まなきゃ間違いなく倒れてる。
だからといって移動しない訳にもいかない。
どう考えてもあの場所にいても手詰まりになるだけだからだ。
太陽が中天から熱線を振り下ろし俺の脳を容赦なく焼いていく。
意識も朦朧としてきた。
どのくらい歩いたのだろうか、30kmくらい歩いたろうか、それとも1kmも移動していない?
喉が砂漠のように乾いている。
ペットボトルをひっくり返すが一滴すら落ちてこない。
すでにこの行動を30回くらいやっている。
何度やっても水が涌くことは無いとわかっていてもだ。
景色が斜めになり地平線が縦になった。
そう、倒れたのだ。
限界だった。
水……水が欲しい……。
気がつけば仰向けに。太陽がまぶし過ぎて目を閉じる。それでもまぶたを焼くようだった。
目を閉じたまま太陽に向かって手をかざす。
どうやら俺の人生ここで終わりらしい。これならあのまま死んでも良かったんじゃねーの?
「……水……だれか……売ってくれ」
これが末期の言葉か……。
その瞬間だった。
目の前に【水10リットル=1円】と表示された。
「は?」
乾いた口からそんな言葉が漏れでた。
もう言葉も出ないと思ったが、そのくらい衝撃的な出来事だった。
思わず目を開けるとソレは消えた。
「え?」
数度瞬きのあと、ゆっくりと目を瞑ると、やはり【水10リットル=1円】と文字が浮いて表示されていた。
小銭ならある。ポケットから小銭を握りしめて天に突き上げた。
「水……水を……」
最後の力を振り絞って頼み込む。
【容器がありません】
容器? 容器なんてなんでも……ああ、このペットボトルに……頼むよ……。
【入りきらない水は破棄されますがよろしいですか?】
なんでもいいわ! 早く! 水を!
逆の手で空のペットボトルを天に突き出した。その瞬間手の中からペットボトルが消え失せた。
「あ?」
なんだよ?! 水は?! 水はどこだよ! ペットボトルも消えたぞ!
しばし呆然と時間が過ぎる。
「は……はは」
幻覚か……。
ま、そんなもんだよな……
絶望とあきらめで目をゆっくり閉じた。
新しい幻覚が表れた。今度は何かのリストだった。
これも目を開けると消えて目を閉じると見える不思議なリストだった。
ペットボトルの形をしたアイコンの横に【ペットボトル500ml(飲料水)】と表示されている。
リストは全部で10行だったが残りの9行は空行だった。
いやそんな事はどうでもいい。
俺は無意識にペットボトルのアイコンに指を合わせた。
後から考えるとスマホの癖だったのだろうがそれが正解だった。
アイコンが消えると同時に手の中にペットボトルが現れた。
ずっしりと重みのあるペットボトルだった。
俺は震える手でキャップを外すと、ダクダクと水が顔に落ちてきた。
ほとんどは流れてしまったが口に流れてきた分が俺に気力を取り戻させる。
「も、もう一杯!」
小銭を右手に、ペットボトルを左手に握りしめて目を閉じると【入りきらない水は破棄されますがよろしいですか?】と無機質な声が聞こえてきたので「かまわない!」と叫ぶとまたアイコンが表示される。間髪入れずにクリックすると手の中に水が現れた。
今度は喉を鳴らして一気にあおった。
これを都合3度繰り返して、ようやく人心地がついた。
落ち着いてから、いったい何が起きたのかと疑問が湧いてきた。
「これはいったい何なんだ?」
目をつぶって意識をするとスマホかPCテイストな画面が浮かんで見えるのだ。
今見えるのは「SHOP」と「コンテナ」、ああ右上に所持金なんてのもあるな。
274円?
いやさすがにもっと持ってるぞ?
しばし考えてそういえばさっき水を手に入れた時握っていた小銭はどこにいった?
ふと思い立って残っていた小銭から100円玉を取り出して握って「入れ」と念じて手を開いてみるとそこに硬貨は残っていなかった。
代わりに所持金表示が374円と100円増えていた。
「なるほど、理屈はわからんが仕組みはわかった」
100円出てこいと念じてみると手のひらに見慣れた銀色の硬貨が乗っていた。よくわからんが便利だな。
せっかく仕組みがわかったので今度はペットボトルを「仕舞って」みると手の中からするりと消えた。
リストの「コンテナ」欄に【ペットボトル500ml】と表示された。
今度はその状態のまま「水を買いたい」と念じてみると例の【入りきらない水は破棄されますがよろしいですか?】と聞こえてきたので「OK」と念じるとリストの表示が【ペットボトル500ml(飲料水)】と変化した。
だんだん法則がわかってきた。
今度は「SHOP」の欄を心の中で選択すると、指を動かしてもいないのにちゃんと選択された。なるほど思考制御か。ハイテクだな。
そしてズラリとリストが表示される。
【水(10リットル)=1円】
【シンボル=100円】
【歯ブラシ=184円】
【歯磨き=161円】
【髭剃り=984円】
【パンツ(ボクサー)=797円】
【インナーシャツ(ランニング)=691円】
【靴下=300円】
【Yシャツ=1690円】
【ノートPC=52790円】
【シャープペンシル=100円】
【ボールペン=100円】
【鉛筆(1ダース)=333円】
【カッターナイフ=315円】
【手帳=1300円】
【消しゴム=80円】
【お茶(5リットル)=1円】
【ペットボトル(500ml)=70円】
【腕時計=19800円】
【スマートフォン=49800円】
【モバイルバッテリー=3750円】
【漫画週刊誌(アタック)=255円】
【胃腸薬=1899円】
【腹痛止=766円】
【風邪薬=1699円】
【ライター=100円】
【メガネ=4900円】
【1デイコンタクト(1週分)=1980円】
【革靴=3780円】
【背広=39000円】
【キャリーバッグ(ハードリュック)=19200円】
【名刺(100枚)=490円】
【名刺入(アルミ)=540円】
【ハンカチ=100円】
【長財布(合成皮)=2480円】
【ポケットティッシュ(漫画喫茶宣伝)=5円】
【あめ玉(イチゴ)=8円】
【あめ玉(レモン)=8円】
【ベッド(木製)=78000円】
【スプリングマットレス=24480円】
【シーツ=1280円】
【毛布=4990円】
【毛布カバー=2490円】
【枕=1980円】
おおう。
なんかすげぇ出たぞ。
基本的には死んだ時に……いや、死にかけた時に持ってたり触ってたもんがリストに入ってるみたいだな。
お茶5リットルってなんだよ……。
鉛筆も1ダースになってるし名刺なんぞ100枚セットだぞ。
名刺って安いんだな……。
……おい!
タバコがねぇぞ!
やり直しを要求する!
ん?
いやまて水は持ってなかったよな?
なんで水だけ追加されてんだ?
強く望んだから?
試してみるか……。
「握り飯、おにぎり、昆布、たらこにマヨシーチキン。おにぎりおにぎりおにぎり……」
【承認いたしました。SHOPの商品が増えました】
お!
早速SHOPリストを確認してみると
【おにぎり(昆布)=120円】
【おにぎり(たらこ)=130円】
【おにぎり(マヨシーチキン)=110円】
追加されてました!
さっそく食べるために手持ちの小銭とお札を全て握り締めると手の中から消え失せて所持金24787円表示と変わる。
せっかくなのでおにぎり3種類とお茶を頼もう。
いやまて、お茶は全部で5リットルなんだからペットボトルを追加して無駄にしないようにしよう。
一つはあるから9個追加して……うん。
コンテナに9個ペットボトルが並んでるな【ペットボトル500ml(空)】となっている。
使っていたペットボトルを飲み干してから、コンテナに収納するイメージを浮かべると、手の中から消え失せてコンテナリストに【ペットボトル500ml(空)】が追加された。
その状態でお茶を購入すると【空き容器全てを使用してよろしいですか?】と無機質な声が聞こえてきたので了承する。するとコンテナの表示が【ペットボトル500ml(お茶)】に変わった。
一つ取り出して飲んでみるとよく冷えたお茶が満たされていた。
じゃあ次にとおにぎり(昆布)を購入。
コンテナに【おにぎり(昆布)】のアイコンと文字が表示される。
よく見ると表示方法が切り替えられるらしく、アイコンだけ、文字だけ、サイズ変更、ソート機能などかなり充実していた。
取り出してみるとコンビニによくあるビニールに包まれた奴だ。
ふむふむ。食べてみてもまんまコンビニおにぎりだった。
良かった、最低限の飯は確保できたな。
続けて【おにぎり(たらこ)=130円】【おにぎり(マヨシーチキン)=110円】と続けて頼もうとしたら感情のない声が聞こえてきた。
【コンテナに空きがありません】
なに?
コンテナをみるとお茶が9個にたらこおにぎりが表示されて、マヨシーチキンはどこにもなかった。
どうやらコンテナの最大数は10個のようだ。
たらこを取り出してもう一度マヨシーチキンを選ぶとコンテナに収まった。
所持金は23796円だったので余分に取られてはいないようだ。
しかし日本円の残りを考えるといつまでも持たないな。
ベッドとか買えねぇよ……。
無駄リストだなクソ。
俺は手頃な岩に腰掛けておにぎりとお茶を交互に頬張る。
ギラつく太陽の下に砂塵が舞い、遠くから鳥の鳴き声がピーヒョロと響いている。
風が近くの低木を揺らしがさがさと音を立てる。
なんかこういうのも悪くない。
ブラックな企業で数年ただひたすらに神経をすり減らして仕事をしてきた。
得意先に頭を下げ、クレーム先に頭を下げて、納品元に納品先に店舗に同僚に上司に総務に理不尽な要求に頭を下げて安月給。
睡眠時間は一日四時間。
そんな生活を続けていたのだ。
だからだろうか、なんだか妙に気分が楽だった。
「うし、行くか」
代わり映えしない景色に足を踏み出した。