第46話「荒野の頑固者」
「お嬢様ダウロが炭の出来を見て欲しいと連絡がありました」
「もうですか? まだ2日しかたっていませんが」
「どうやら大量に試作していた炭の中に出来の良い物が混じっていたようです」
「なるほど……和紙の方は?」
「現在は漉き職人の訓練中ですが、すでに先日のサンプルと同じ程度のもは作れると」
「わかりました。アキラ様これから例の場所に行こうと思います」
「任せるぜ」
俺に決定権はない。お嬢様が行くと言えば付いていくのが今の俺の仕事だろう。
「それでヤラライ様にはここでお待ちいただきたいのですが……」
「駄目だ」
答えたのはヤラライだった。
「俺、護衛、ついていく」
「これから向かうのは商会の秘密を扱った場所です」
「俺、秘密守る」
「しかし……」
「外、危険、絶対ついてく」
これは折れんな。
俺はそう判断してチェリナに提案する。
「なあチェリナ、ヤラライは仕事の機密は厳守する性格だと思うぞ」
「思うと言われましても」
「エルフの戦士、約束守る」
「こういう頑固な奴は融通が効かない分、信用出来るぞ?」
だいたいだがな。
「……」
「それに俺としても城壁の外に出るならヤラライがいてくれると安心だ。もちろんチェリナの護衛の二人が信用出来ない訳じゃないんだけどよ」
「わかっています……」
じとっとした視線を投げてきた。そんなにヤラライが嫌いなのか?
「ふう、わかりました。ただし馬も用意できませんし馬車に乗せるつもりもありません」
「問題ない、俺、健脚」
なんとか話はまとまって、さっそく馬車で移動を始めた。護衛はいつもの二人だと思っていたら、さらに二人増えて4人になっていた。増殖しやがった。
どうやら城壁外に行く時はこの人数になったらしい。
出立すると俺とチェリナの乗る馬車の後方を早歩きでヤラライは付いてきた。あのペースで歩き続けられるのだろうかと心配したが、彼は息切れすること無くチェリナの実験小屋まで付いてきた。
あんな鉄の塊を背負っているというのに凄すぎるだろ。
馬車の中での会話は主に食事の話だった。刺し身の話をしたら思いっきり引かれた。漁港があるのに生食しないのかよ。一切汚染されてない海の鮮魚とかむちゃくちゃ美味いと思うんですがね。
手に入る魚の鮮度良かったら俺だけでも刺し身で食おう。
「お嬢、お越しいただきすいやせんね」
開発責任者のダウロが建物の前で待っていた。
「構いません。あなた達の苦労に比べれば苦労のうちにも入りませんよ」
「そう言っていただけやすと気が楽になりやす……そちらの方は?」
胡散臭げにネイティブ・アメリカン装束のエルフを睨め上げる。うん、武装したマッチョとか怪しいよな。
「……護衛です」
「雇われたんで?」
チェリナは俺に視線を寄越した。
「アキラ様の護衛ですね。腕は確かですよ。なんといってもハグレのバッファローをお一人で倒された方ですから」
「バッファローを一人でですかい?」
さらに怪しげな視線をヤラライに向ける。
「確かですよ」
「いや、お嬢を疑ったりはしてねぇですよ」
じゃあ誰を疑っているんだと言いたくなるが、俺も正直言うと猪突猛進してくる牛……バッファローを一人で倒すとかあんまり信じられなかったりするので気持ちはわかる。
「さっそく見てもらいたいんですがね……」
ヤラライが気になるようだ。
「……大丈夫です、案内してください」
チェリナの口調は微妙に大丈夫でなさそうだった。
「わかりやした。こちらにどうぞ」
ダウロは衝立に隠された炭窯まで行き、横に並べられた七輪を見せてくれる。
「どうですかい? ほとんど煙を出しやせんし、炎も出てねぇですよ」
俺は七輪を覗き込む、まだ若干火が上がっている感じではあるが、日本でも安物の炭ならこの品質の物が混じっていた気もする。
「木炭か?」
俺たちの後ろに立っていたヤラライが言った。
「知っているのか?」
「エルフ、木炭使うし、作る」
「聞いたことがありませんが……エルフは火を忌避するのでは?」
「それ、迷信、ドワーフのアホほど、無駄に使わないだけ。普通に、火は使う」
「そうだったのですか」
どうやらチェリナも知らなかったらしい。
「作るって、ヤラライは木炭の作り方を知っているのか?」
「ある程度……あの窯に、隙間ある。あっちの窯、出来が良い」
ヤラライが乱立する窯を順に指していく。
「ヤラライ様、それは本当ですか?」
「人には見えない隙間、精霊が、教えてくれる……あそこに積んである木材、使うなら時間と火加減わかる」
「マジか」
「うむ」
「エルフの秘密とかでなかったら、チェリナたちに教えてやってくれないか?」
「かまわん」
チェリナとダウロはしばし無言で顔を見合わせていたが、すぐにダウロがヤラライを窯の前に引っ張っていき、細々としたコツを聞き始めた。
「教えるが、俺、護衛ある」
「あー、この辺にいれば大丈夫だろ、視界の外にはいかねーよ。それに衝立の外にはチェリナの護衛も沢山いる」
日に日に増えてる気がするんだよな、護衛の人たち。
「……そうだな、アキラ、その辺にいろ」
「りょーかい」
俺は衝立の近くに転がっていた丸太に腰を掛ける。すぐ横にチェリナもゆったりと座ってきた。
コンテナからタバコを取り出し、肺一杯にニコチンを充填させる。これの無い人生など考えられないな。
ありえない例え話だが仮にWHOが禁止しても吸い続けるだろう。
「まさかエルフが木炭の作り方を知っているとは盲点でした」
「チェリナが知らなかっただけで案外流通しているものなのかもしれないな」
「その可能性はありますね。緑園之庭で作られていたとするとレイクレル辺りでは使われている可能性もありますね」
レイクレル、どっかで聞いたな。
「国の名前ですよ。大国です。山と湖の国レイクレル。大地母神アイガスの本神殿があることでも知られます。緑園之庭はエルフの支配する広大な森と聞きますわ。正確な国境はありませんが、レイクレルとは隣接しています」
なるほど。隣接していれば知っててもおかしくないと。
「レイクレルってのは遠いのか」
「遠いですね。この大陸の中央北に位置します。ミダル山脈を超える必要がないので、辛うじて貿易可能な国といったところでしょうか」
「なるほど」
教会の神官お嬢さんも手紙の往復に一ヶ月はかかると言っていた。しかも空飛ぶ動物を使っての話でだ。馬車なんかじゃ数倍はかかるだろう。
「幸い競合する事は無いと思いますが、旨味は減るかもしれませんね」
「薄利多売でいいと思うぞ、それにヤラライのおかげで品質が上がるならもう一つ考えている事も実行出来るかもしれん」
「前も言いかけていましたね、そろそろ教えてください」
「そうだな……この国の建物ってほとんど日干しレンガだろ?」
「はい。粘土と河の水と砂と植物を混ぜて、木の型に入れて、板の上に並べておけば、強い日差しのおかげで数日で出来上がりますからね」
「それって強度はお察しなんじゃないか?」
「レンガ工房の腕次第ですね。粘土や砂の割合は工房ごとの極秘事項ですから」
「あー、もしかしてレンガを作るギルドとかあるのか?」
「ありますね」
「しまったな……」
「どういうことでしょう?」
「俺が考えていたのは、木炭の高火力を使った耐熱レンガ作りだ」
「耐熱レンガ」
「ああ、まず頑丈だ。だから日干しレンガみたいに形がすぐに崩れたりしない、だから建物を作るのもかなり楽になる」
「どのくらい固くなるのですか?」
「街の外に転がってる岩よりは柔らかいと思うが、日干しレンガとは比べ物にならんのは確かだな」
「少し興味がでてきました」
「んじゃもう一つ、耐熱レンガが出来れば石窯を作れる。前に上司の家で手伝い……いや実際にはほとんど一人で作らされたことがある」
「石窯というのは窯ですか?」
「この場合は料理専用と思ってくれ。この石窯を使って料理をすると何でも美味くなる。ピザやパンだけで垂涎ものだぞ」
「パン……ですか」
「外はカリっと中はもちもち……久々に食いたくなってきた……」
「パンは不味いですね」
チェリナが眉を顰める。
「食う前から決めつけるなよ」
「いえ、そういう意味ではありませんよ。パンは国の管理が非常に厳しいのです。無許可で売ることは禁止されています」
「マジか」
「マジです」
「そうか……まあパン以外でも色々と料理はできるから一度試してみようぜ。ラザニア、グラタン、焼き野菜、変わったところじゃ焼きリンゴなんてのもある」
「リンゴを焼くのですか?」
「おう、デザートとしては最高だぞ」
「……」
チェリナの喉が鳴った気もするが、気のせいという事にしとこう。
「窯の作り方は漠然と覚えてるから、予算に問題なければ試行錯誤しながらいくつか制作すれば完成出来ると思うんだ。問題は耐熱レンガの材料がよくわからん。レンガの焼き方もな」
ただ粘土を高温で焼いてもダメだよなぁ……。
「それは問題ですね」
「それなら、ドワーフ、知ってるかも、しれん」
ダウロとの話が終わったのか、戻ってきていたヤラライの言葉だった。
「教えてくれるかは、わからん」
「なんで知ってると思ったんだ?」
「鉄作るのに、レンガの窯必要、たぶん耐熱レンガ、でないか?」
「そりゃあ可能性が高いな」
「しかしそうすると教えてもらえるかどうか……鉄に関わる技法はドワーフの独占ですし」
「そうなのか?」
「はい、もちろん人間も作ることは出来ますが、品質という面では圧倒的に敵いませんね」
「ドワーフ、鉄の事しか、考えられない阿呆だ」
ヤラライ厳しいな。
「うーん、ダメ元で交渉してみよう。無理なら……ってどの道レンガを作るのはギルドの関係で無理なのか」
「いえ、どこかの工房と共同開発の形にすれば問題ありません。資金と木炭の提供と耐熱レンガのアイディアを引き換えにすれば、乗ってくるでしょう」
「ならその時はトライアンドエラーの精神で片っ端から試してくしかないな」
「そうですね」
「ところで炭の方はどういう話になったんだ?」
「コツ、教えた、明後日にはそこそこ、使える炭、出来る」
「そりゃ凄い」
「ヤラライ様、いまさらなのですがそのような事教えて頂いてよろしかったのでしょうか?」
「別に、秘密、違う、アキラの友なら、問題ない」
基準が俺なのか? だとしたらなおさら信用出来る要素は無いと思うんだが。
「わかりました。ありがとうございます。何かお礼を考えておきますわ」
「気にするな」
「ヤラライのおかげで炭も目処がたったな。あ、そうだダウロさん、出来の良い試作の炭を少しもらってって良いですか?」
俺は部下に指示を出していたダウロに声を掛ける。
「何に使うんじゃ?」
「今日の夕飯で使ってみます。これはこれで出来は上々ですからね」
「お嬢?」
「問題ありません、今夜は商会の食堂を使う予定ですから」
「わかりやした、準備しときまさあ」
「あ、七輪も2つほどお願いします」
「……わかった」
俺に対するダウロの態度は相変わらずだな。
「それでは少し戻りましょうか、メルヴィン、漁港に向かってください」
「わかりました」
御者台に乗ったメルヴィンが頷く。
こうして再び都市国家の市壁内に戻ってきた。せわしないぜ……。
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