第44話「荒野の平和な夜」
(三人称)
……。
…………。
その夜。
都市城壁内のどこか。
人気を避けた暗闇の中。
漆黒のローブを纏った3人が月光を避けるように佇んでいた。
「首尾は?」
「ヤツは相変わらずだ。救いが無い」
「では決行か?」
「それにはコマが足りん」
「……アレを取り込む計画はどうした」
「上手く行っていない」
ちゃぷんと水が跳ねる。どうやら彼らがいる場所は水辺のようだ。端材やゴミをかき集めて無理やり手作りした桟橋に、同じくいつ沈んでもおかしくないボートとすら言えない船が繋げられている。
ここはスラムの人間が勝手に作った船着場であった。
こんな深夜に足元すら見えぬこの場所に他に人は居なかった。
「アレに取っても悪い話ではなかろう。大義も十分だ」
「本人はそう思っていない」
「……計画がそこから漏れる可能性は」
「それは大丈夫だ。思想は我らと変わらぬ」
「なればどうして行動しない?」
「……資金は提供してもらっている」
「それはわかっているが、資金源は別にもある。我らに必要な物は大義を押しきれるだけの人望なのだ」
「いっそ貴殿がやればどうでしょう?」
「そのつもりはない。我は本気でこの国の行く末を考えているゆえ」
「難儀だな……だがその主張はわかる。お前が先頭に立ったところで立つ人間はいないだろうしな」
「その通りよ、だからこそ我らにはアレが必要なのだ」
「ああ、我らには必要だ。どうしても」
「<紅鎖>……チェリナ・ヴェリエーロ……どんな手段を持ってしても、我らには彼女の協力が必要なのだ」
ゆらりと影が揺れる。
3つの影はそのまま闇に溶け、そこに人がいた痕跡は残っていなかった。
――――
……。
…………。
その同じ夜。
ピラタス王城の一角にこれまた3人の人影があった。
「ええい! 今回の策でチェリナが手に入るといったであろ?!」
台座に座る豚のように肥え太ったこの国の国王が、銀製のワイングラスをかしずく男に投げつけた。
ベースとなっている顔はさぞ美男子なのだろうが、残念ながら顔を複数段にも覆う肉塊でその面影は残っていなかった。
「……申し訳ありません。まさかこの策を事前に予想してジャガイモを隠し持っていたとは……」
答えたのはピラタスⅡ世が無理やり登用した元商人であるブロウ・ソーア特命担当大臣であった。とくに経済財政政策を担当している。
彼こそがチェリナ・ヴェリエーロがピラタス唯一の成功であると断言した男である。
ブロウ・ソーアは宰相ゲノール・ボロと綿密な打ち合わせを繰り返し、今回の策を実行した。
大臣がいるのに宰相がいる不思議は、この国がそういうシステムだと流して欲しい。
宰相ゲノール・ボロからすれば国王ピラタスⅡ世の我が侭をこれで抑えようという思惑があり、ブロウ・ソーア大臣は国王の浪費をチェリナを閣僚にする事によって……いや妻としての立場から抑えてもらう楔として利用するつもりだった。
この策は細心の注意を払って実行された。
何ヶ月も前からヴェリエーロ商会の全ての倉庫に見張りをつけ、商会内部にも内通者を確保し(まっとうな手段ではない)、入出港する全ての積み下ろしされる荷物を監視し続けて、完全に商会がジャガイモを保持していない事を確認していた。
ブロウもゲノールも、完璧であると自負していた。
実際偽装書類を突き出した時のチェリナの態度が、勝利を確信させた。
だが、見覚えのない異邦人。前日にチェリナが珍しく直接商談をしていた相手だと思われるが、それ自体はそれほど問題はない。
問題だったのはいきなり現れるやいなや、ヴェリエーロ商会の相談役だと名乗ると、あるはずのないジャガイモを用意してみせたのだ。
おそらく前日の商談はフェイク。
この男はどこからかブロウとゲノールの策を嗅ぎつけ、秘密裏にこのジャガイモを売りつけていたのだ。ヴェリエーロ商会の内通者から漏れたのかも知れない。
その証拠に恐ろしく鮮度と質の良いジャガイモだった。単純に高く売りつけるのも良いだろうし、ヴェリエーロ商会に恩を売りつけるのにも持って来いだ。監視強化していた倉庫にどうやって持ち込んだのかだけは謎だったが、暗闇に乗じてアイテムバッグを使い、何度も往復して夜のうちに運び込んでおいたのだろう。
ブロウは最終的にそう結論づけた。
調べる事は複数ある。情報がどこから漏れたのか、あれほどの芋をどこからかき集めたのか。あの男は何者なのか。国王をどう宥めるか。自分の身を守る方法……考えれば考える程頭が痛い。まるでこの国の経済そのものだ。
いや、彼が提唱した数々の商業政策は自分でも驚くほど上手く運んだのだ。そしてこれからというタイミングで、いや最悪のタイミングでこの豚王……国王陛下は全てをひっくり返したのだ。
今回チェリナを国王に渡す条件として、税の一部減税や、小麦の大量購入、国王の贅沢を控える約束を取り付けていた。
だからこそ、この事態は最悪に火を注ぐことになる。
ブロウの前に転がる銀のワイングラス。そこから溢れる赤いワイン一杯でパンが何百個作れるかこの国王はわかっていないのだ。
「もうお前たちは当てにならん! 余が直々に指揮してしんぜよう!」
ピラタスⅡ世は立ち上がると大声で副将軍の名を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。チェリナをここに連れて来るのだ」
「チェリナ様を、ですか?」
あまり軍人らしくないやせ気味の男が片方の眉だけを器用に持ち上げる。
「そうだ、余の前に連れてくるのだ」
「……そうですね、ならばスラムの人間に攫わせましょう」
「なんだと? 下賤な者に任せてチェリナが傷物にならんか?」
「そこは金の掴ませ方次第です、奴らは金で言うことを聞きますので」
「そうか、ならば任せる。失敗したら……わかっておるな?」
「もちろんです。それでは」
副将軍はすぐに部屋を退出した。
「お前たちの処遇についてだが……」
二人は息を呑む。
「副将軍がチェリナを連れてきたら不問としてやろう、余は寛大だからな」
「はっ」
辛うじて首はつながったらしい。
ブロウは部屋から退出すると、チェリナに纏わりつく異邦人の情報を集めるよう、子飼いの影達に指示を出した。
優秀な影達はアキラという人物についての資料をすぐに纏めてくれた。
だが、その内容は信じられないものであった。
彼はある日ふらりとこの街にやってきた。それも<放浪鉄槌>ハッグと共にだ。
西の小国群ではあまり知られていないが放浪の鍛冶師であり、また発明家というよくわからない側面も持っているらしい。もちろん鍛冶の腕は一級品だが、それ以上に腕っ節も凄まじく完全武装の騎馬を20騎相手にして全滅させたなどとフザケた逸話が付随する。
さらに空理具の調整まで出来るという噂まであるのだから鉄に関してだけは器用なドワーフにしても変わり者の類いだ。
そんな人物と一緒であることもまず謎だが、入国した次の日にヴェリエーロ商会に取り入り、すぐに相談役に収まっている。さらに商会では極秘の開発を進めているようなのだが、それをもたらしたのもアキラらしい。
極秘の開発内容も気にはなるが今回は男の調査を優先させた。
さらにさらに教会と強い繋がりがあるらしく、アキラの滞在費は全て教会(あの貧乏教会がだ)が負担しているとの確認もとれた。教会に強権を振るうわけにはいかないので詳細はわからないが、そうとう教会がアキラに気を配っている事は確からしい。
まったく意味がわからない。
さらに副将軍指揮の誘拐も失敗した。もっとも期待もしていなかったが。
不気味さだけがひたすらにつのる。
一つ確実な事がわかった。
こいつは危険である。
それがわかれば十分だった。
ブロウはすぐに影を使っての暗殺を決意した。
……が。
彼の優秀な4人の影が彼の元に戻ってくることは無かった。
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