第43話「荒野のツンツンお嬢」
さて、午前中はいつも通り、在庫のチェックやら、商品の仕入れ数の決定、飛び込みの商人との商談などして慌ただしく過ぎていくのだが、どうも終始チェリナの機嫌が悪い気がする。最初は気のせいだと思っていたのだがお昼になってもお冠であった。
「申し訳ありませんが、昼食はアキラ様の分しかご用意しておりませんわ」
チェリナはツンと他所を向いてヤラライに宣言する。
「わかった。アキラ、しばらく離れる、気をつけろ」
てっきり無理にでも側にいると思ったのだがヤラライはあっさり引いた。と思ったら、去り際に俺に耳打ちをしてきた。
「この建物、安全、腕利き沢山いる。戻るまで出るな」
「わかった」
なるほど、建物が安全ならチェリナと対立する必要はないわな。ヤラライが部屋を出て、食事が運び込まれると、チェリナにジト目で睨まれた。
「あー……なんだ、チェリナ、言いたいことがあるのなら教えて欲しいんだが……」
彼女は微動だにせず立て肘に顎を乗せてこちらにいかにも「不満があります」と圧力をかけてくる。俺は我慢できなくなって誤魔化すことにした。別に何一つ悪いことをしているわけでもないのに……。
「やあ、この魚はうまそうだな! これは……フライだな! うん、美味い!」
「……先日アキラ様がボソリとフライの料理法をこぼしましたよね、別の商人の前で」
「え? そうだったか?」
魚の取引で、サンプルの白身魚の切り身を見た時にそんな事を言ったかもしれん。
「はい、数日かかりましたが満足出来る物が出来ましたのでお出ししました」
「別に珍しい食べ方でも無いだろ? 小麦粉と卵とパン粉なんてどこにでもあるだろ」
「小麦粉はあります、数年前から値上がりはしていますが……卵もなんとか」
「だったら誰でも思いつきそうだが」
「パンをわざわざ乾燥させて細かくするなど誰も思いつきませんよ。アキラ様がその話を口にした時の商人の顔といったら……きっと今頃はどこか別の町で試作品作りに勤しんでいますわ。まあ飲食ギルドとの兼ね合いは必要でしょうが」
「美味いもんが食えるならいい事じゃねーか」
「はあ……本当にアキラ様は自分の価値をわかっていませんわ……」
「俺が悪いの?」
「せめて当商会の人間がいる時にだけそのような話が出るのであれば良いのですけれどね」
「ま、まあいいじゃねーか! 上手く出来てるよこのフライ! ……あー、でもやっぱ塩だけだと物足りないな、ちょい失礼するぜ」
俺は折角の魚フライだったので、より美味しく食べることにした。白身で大きめの魚らしい、鯛をフライにしたらこんな味になるかもしれない。
……刺し身で食いたいな。
まあそれは置いておいて白身のフライだとタルタルソースかソースだな。とんかつソースはまだ沢山残ってるから追加でタルタルを出すか。
マヨがあればお手製でもいいのだが、一から作るのはメッチャ手間なのでSHOPからスティックタイプのタルタルを出すことにした。手抜きとも言う。
【タルタルソース(12g×10本)=252円】
残っている魚のフライを2つに分けて、タルタルととんかつソースで食べてみた。
「ふはっ! うめえ! 魚も肉厚で美味いなぁ!」
行儀悪くガツガツと食べていると、チェリナがこちらをぽかんと眺めていた。お嬢さん、ヨダレが垂れてますよ。
「悪い悪い、お前も試すか?」
「もちろんです」
チェリナの皿にタルタルとソースを掛けてやる。
「黒と白のソースですか……」
「言われてみると白黒ソースだな」
やはり黒いソースは気味が悪いのか、先に白いタルタルに手を伸ばす。
「……っ! こ、これは! さっぱりとしているのにコクが深く蛋白な白身魚の旨味を引き出します! フライの油分が口の中で合わさりかくも豊かな風味となって口内を駆け抜けていきます! なのにフライ特有の後味が完全に消え去りまさにフライのための調味料! これは食の革命です!」
「お前はどこの芸能人だ」
「はい?」
「……なんでもない。タルタルなら作れるかもしれんぞ?」
「本当ですか?!」
料理が趣味の上司に付き合って何度か手作りを手伝わされた覚えがある。
「えーと、確か卵と玉ねぎとピクルスとマヨネーズとレモン汁だったな、細かい分量は覚えてないが……、物があればある程度近づけられると思う」
「ピクルスとマヨネーズとはなんでしょう?」
「キュウリの酢漬けだよ、キュウリと酢と白ワインと砂糖と塩だったかな?」
「酢?」
「ああ、酢がないのか……そうするとマヨネーズも無理だな」
「そんな……」
おいおい世界の終わりみたいな顔するなって……。
「そうだ、酒が酸っぱくなったりしたことないか?」
「酸っぱくですか? たまにありますよ」
「基本的にはそれが酢だ。もっともこっちの酒の種類もわからんし、たしか寝かせたりしなきゃいけないはずだが、ベースはそれのはずだぞ」
「あれは、口にして大丈夫なものでしょうか……」
「酢の一種で黒酢ってのがあるんだが、俺の生まれ故郷じゃ健康ブームで黒酢が流行ってたぞ」
「ならば身体に悪いわけではないのですね」
「確実じゃないから、少しずつ確認してほしいところだが……もし酢があるならピクルスもマヨネーズも作れるぞ」
「マヨネーズの材料は?」
「えーと、たしか……」
上司の家で作ったよな……。
「たしか卵の黄身と塩、油、こしょう、酢だったはずだ。卵は出来るだけ新鮮で生食出来るほど安全なものな」
「酢さえなんとかなれば揃えられます」
「じゃあ揃ったら作り方教えるわ、分量はおおざっぱにしか覚えてないんだが……」
「大まかな作り方がわかれば試行錯誤すればよいのです。フライの作り方を知った商人がこの調味料とセットにされたフライを見たら絶望するかもしれませんね、ふふふ」
そこ、笑うとこ、違う。
やっぱ女怖いわ!
――――
機嫌が戻って和やかに食事を進めていたのだが、ヤラライが戻ってくるとまたあからさまに機嫌が悪くなる。
「なあチェリナ、もしかしてエルフが嫌いだったりするのか?」
「なんでそう思うのです?」
「いや、だってさっきから機嫌悪いだろ」
「それは、ご自分の胸にお聞きになったらいかがでしょう?」
あれー?
やっぱり俺が原因なの?
「アキラ」
「おう?」
「護衛、嫌われる、普通だ」
そうなのか? そういう話とは違う気がするぞ?
俺はチェリナに視線を移すが彼女はツンと横を向くだけだった。意味がわからん。
どうにも理不尽なお嬢の態度に悩まされて今日一日を終えることになる。
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