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第36話「荒野のイケメンと美女」


 皆さま覚えておられるだろうか?

 俺が某神さまに頼まれたお使いイベントを。


 内容はこの世界の3大神にお参りして、某神さまのマークの彫り物、シンボルを奉納してきやがれというものだ。

 俺はこの街……いや国に唯一存在した大地母神アイガスさんの教会を訪れたわけだが、色々あってシンボルを受け取ってもらえなかった。上司に指示を仰ぐから一月ほど待って欲しいと懇願されて、この街に滞在することになったのだ。


 さて、その大地母神アイガスに唯一お勤めする神官であるムートン・レイティアが宿の前で立っていた。

 相変わらず優しげな笑顔で清涼感があった。日本でアイドルになったらさぞモテるだろう。長身で細身なので男装の麗人にも見える。栗色のダウンテールがゆらゆらと揺れていた。


「おはようございますアキラ様」


 彼女は目の前に来るとぺこりとお辞儀をした。


「ああ、おはよう。……宿の件でお礼を言おうと思ってたんだけど、ちょっと忙しくてそっちにいけなくてすまなかった。そんで助かった」

「とんでもありません。こちらの無理を聞いていただいているのです、このくらいは当然のことです」


 心底申し訳ない態度に……見える。本心まではわからんがな。


「それで、どうしたんだこんな朝早くから。もしかして本部とやらと連絡が取れたのか?」

「申し訳ありません、別の連絡をさせていただくために参りました」


 なんだろね?


「本部宛の早便が都市セビテスに届き、グリフォン便に渡されました」

「セビテス? グリフォン便?」


 どちらも聞き慣れない単語だ。

 グリフォンってのはゲームや小説でたまに見たな。なんだっけ?


「セビテスはリベリ河の上流にある大都市です。グリフォン便とは空を飛ぶ動物を使った物を運ぶサービスです。一般的では無いので知らない方が多いのですが……遠くの場所へ物を届けてくれる商売ですね。アキラ様はご存知ありませんか?」

「いや、まったく。でもシステムは理解できると思うぞ」

「さすがに商人様はご理解が速いですね。市井の民ですとなかなか理解できません」


 俺の国では郵便や配達サービスも発展していたからな。ネットで注文したら大抵のものが次の日に届くとか言っても信じてもらえないだろう。


「まあいいや、それでそれがどうしたんだ?」

「書簡が紛失する可能性が一番高いここからセビテスを抜けてグリフォン便に渡されたので、ほぼ確実に本部まで書簡が届く予定なので、このままこの国でお待ちいただけるようお願いに参りました」

「なるほどね」


 たしかに町の近くで強盗が出てくるような土地だ、連絡が取れないなんてのは普通にあるのだろう。言われるまで気が付かなかった。グリフォンってのは空を飛ぶらしいので、まず安心ってことなんだろうな。そんな報告をわざわざ持ってくるとは律儀なことだ。

 しかし空を飛ぶ動物か……見てみたいぜ。


「大丈夫だ、こちらもちょいと長居する予定が出来たから、一ヶ月近くこの街に滞在するんだ。だからよほどのことが無ければ逃げ出したりしねーよ」

「ご予定ですか?」


 彼女が首を傾げる。DTが見たら一発で恋に落ちそうな仕草だった。


「ああ、自分でもよくわからんのだが、知り合った商人の手伝いをちょいとする事になってな」

「なるほど、商売の神である……であれば素晴らしい結果が訪れる事でしょう。信ずる神は違いますがご商売がうまくいくことを私も祈っております」

「そりゃ百人力だね」


 彼女が何を言いかけたかはあえて聞かない。厨二っぽい呼び方をされたら立ち直るのに時間が掛るからな。


「それじゃ俺は行くわ」

「はい。何か困ったことがあればお気軽に教会を訪れるか、誰か人を寄越していただければ私が直接お伺いいたします」

「わかった、何かあった時は頼むわ」


 うん、絶対に何も起こさないようにしよう。若干手遅れな気もするが。


「じゃ」


 レイティアは俺をほほえみで送り出してくれた。美人は何をしても様になるな。


――――


 毎朝の定位置になってしまった港が見える高台にエルフのヤラライが立って、キセルから煙を立ち上らせている。


「あれ、ヤラライじゃねーか」

「うむ」


 なんでいるんだ?

「どうした?」

「朝食。頼む」

 ああ、そうだった。相変わらず口数の少ないネイティブ・アメリカン装束のヤラライにサンドイッチを渡してやる。俺は……のり弁とお茶にするか。


 残金93万0893円。


 人がいるとコーヒーを出しにくいな。能力は極力隠しておきたいから我慢するか。

 俺もヤラライも食べるのは早いのであっという間に飯は無くなる。


「行く。では」


 彼は食後の一服をせずにそのまま立ち去ってしまった。理由はきっとこちらに向かっているチェリナ嬢のせいだろう。単純に俺たちの邪魔にならないよう気を使ってるのか、チェリナの事が嫌いなのか判別はつかないが。


「おはようございます」


 相変わらず紅い装束に細いが紅く染めているチェーンを身体に十字に巻きつけている。あれはなんなのだろう。


「おう。……なあ別に迎えに来なくてもちゃんと商会に行くぜ?」


 朝の一服タイムをあまり邪魔されたくないんだよな。


「ここは朝の散歩コースですわ」


 そうだったのか。そういやこの場所の説明をした訳でもないのにかち合ったな。


「そうか……ちょっとだけ待て」


 俺はタバコに火を点けて肺にニコチンを補充する。こっちにきてからだいぶ吸う本数が減った。別に禁煙するつもりも減煙するつもりもないんだが、タイミングがな……。


「タバコの葉はこの国では贅沢品で大変に高価なのですよ」

「へえ、あんまり人前で吸えないな」


 ため息と煙を一緒に吐きだす。喫煙できる場所が日に日に減っていった日本のオフィス街を思い出す。


「タバコの輸入が許されているのはレッテル男爵ですよ」

「……あいつやたら特権が多くないか?」

「男爵閣下が抱えていた商人が凄く優秀な方だったんです」

「なるほど。で、過去形の理由は?」

「現国王陛下が即位した折に無理やり引き抜いたんです」

「それって無茶だろ」

「はい。ですが今となっては陛下が行った政策で最大の功績といえます」


 恨まれるだけじゃないか。


「一商人が閣僚の一人になった事は各方面から大変な不評を買いましたが、それを全て覆すだけの実績を残しました」

「へえ、どんな」

「食料の生産を始めるために農業学者を招くことに成功したり、商人の出入りを緩和することで物流を増やし、税収を増やしました」

「なんだ、すでに俺が前に言ったことをやってるんじゃないか」


 貿易自由都市の話はしていたはずだ。


「アキラ様のお話ほど思い切った政策ではありませんでしたが、道の整備を進めるなど商業を中心としてこの国の問題に切り込み始めました」

「……あれ? それだと俺が前に聞いた話と大分違うような」


 チェリナは下唇を噛みしめる。


「そうです、一時的に税収が上がり、住民に活気が出始めた時でした。国王の浪費が始まり、増税が始まったのは」


 うおーい豚王、全てはお前が元凶か。


「なんだそりゃ、減税策がうまくいったから税収が上がったんだろ? 普通に考えて短時間で結果を出すとか相当優秀な政策だろ。なんでそれをわざわざ潰す」

「簡単な話です。国王陛下は税収が右肩上がりになったのだから、その分摂取しても問題ない。だって摂取してもまた増えるからだ。……そう考えていたようですね。噂ですが真実でしょう」

「頭が悪いにもほどがあるだろ……」

「いえ、減税する事で税収が増えるなど、始めは誰も理解出来ませんでした。わたくしも当時は信じられませんでしたから」


 彼女が俺の横に並んで腰掛ける。

 ちょっと近い。


「税が減ったおかげでそれまで利益にならなかった品物を輸入することが出来るようになり、街の品揃えは増えていき、それを求めて行商人が訪れるようになって、初めてその意味がわかったのです。ですから事情を知らないはずのアキラ様が経済特区の話をされたときわたくしは頭がカチ割れる思いでしたわ」


 チェリナに理解できないんじゃ、豚王に理解できるわけがないな。


「しかし悪手だな。盛り上がり始めたタイミングで全てをご破算にされたらモチベーションが落ちる。結果的には元よりも経済は落ち込むだろう」

「……まさに現在進行形で起きています」


 そうか……、この街に漂うどこかちぐはぐな活気の無さはそういう事だったのか。むしろチェリナのヴェリエーロ商会は良くモチベーションを維持できているな。チェリナの人徳かね?


「増税のタイミングはまさに最悪と言っていいでしょう。この国に元からある老舗の商会などが、ちょうど新しい品物に手を出した時だったのですから。仕入れを終えて戻ってきたら昔よりも高い税になっていたのです。ほとんどの店が潰れるか逃げ出すかしました」

「チェリナの、ヴェリエーロ商会はなぜ逃げなかったんだ?」

「理由はいくつもあるのですが、最大の理由はあれですね」


 彼女の視線の先には例の巨大帆船が鎮座していた。


「あの船を運用できる港湾設備が存在する港がほとんどないのです。当商会が大変な投資をして修理ドックまで揃えました。停泊や積み下ろしが出来る港はありますが、拠点に出来る港はこの西ミダル海には他にありません」

「そりゃあ、逃げ出せない訳だ」

「はい。この国で生きていくしかないのです」

「そう、だな」


 交通手段の発達した日本でも、生まれた故郷から一歩も出たことがない人間などいくらでもいるだろう。物理的な障害は低くても、故郷を出るというのは精神的なハードルが高いものだ。もっとも故郷に未練もなければ嫌っている状況なら飛び出すのはそれほど難しくはない。飛び出した先で上手く生きられるかどうかは別として、だ。


「まぁ頑張るしかねーわな。お仕事しようぜ」


 俺はできるだけおちゃらけた態度で片手を振った。


「そうです、今日も1日頑張りましょう」


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