第34話「荒野の壊れた非常識」
「わかったことがあります」
馬車の横で冷たい水を飲ませて一息ついてから、紅い瞳で俺を睨みつけるチェリナが言った。
「アキラ様に……常識は通用しません」
「ひでえな!」
「いいえ、まったく妥当な評価ですわ。アキラ様を放置しなくて正解でした。もしこれを人前で無防備に行なっていたらと考えると……」
大きくため息をつきながら己の額を押さえるチェリナ。紅い髪が若干乱れている。
「そろそろ教えてくれよ、何が悪かったんだ?」
どうも俺とチェリナの間に温度差がありすぎる。ありすぎて原因がわからない。
「そうですね……まず、光剣というのは……普通数本しか同時に作り出せません」
「ああ、覚えてる」
そう、同時に作れないと聞いたから連続で出す方式でイメージを固めたのだ。
「メルヴィンは空理具を割りと使いこなせる方でしょう」
商会の重鎮だからな、空理具を使う場面も多いだろう。
「しかし彼でも3本……無理して4本同時が限界でしょう」
ふむ。なるほど。俺は同時にいくつ出せるんだろうか、先ほどはメルヴィンの真似をして3本出せたが、同じように4本は難しいのかもしれない。
「光剣はその生み出した剣を目標に向かって放つ理術を具現化します」
「ああ、さっき見たぜ」
「一般的に……と言って良いのか、これは攻撃理術として作られています。ですので対象を攻撃するだけしか出来ないのです。少なくともわたくしはそれ以外に使えるとは聞いたことがありません」
おや、話の行き先が怪しくなってきたぞ。
「ですので……」
そこでお嬢は大きく息を溜める。
「何百もの光剣を生み出しそれを撃ち続け、非武装の人間を殺傷出来る程度の威力が大岩を砕き、あまつさえ飛んで行く光剣の軌道を変えて、光の爆発に変えるなど、見たことも聞いたこともありません! 貴方はいったい何をやっているのですか!?」
今度は俺がひっくり返るほどの大声で怒鳴られた。
怒られる理由がわからん! 理不尽だ!
「え~……俺が悪いの?」
「悪いか悪く無いかで言えば、悪いです。それ以上に非常識だとご自覚ください!」
瞳が真っ赤に燃えていた。
「うーん。まず最初は同時に出すのが難しいって聞いたから、じゃあ連続で出そうとしただけだし、次のはメルヴィンさんの見本をちょいとアレンジしただけなんだけどな」
彼女は深い溜息を吐き出す。幸せが逃げちゃうよー。
「その、発想が、いかに、常識外れかを、ご理解してください」
どうも考え方が悪いようだが、そう言われても困るな。
「もう一つあります」
まだあんのかよ。
「光剣を生み出す、いえ、空理具を使うには大変な集中と精神力が必要になります。アキラ様は特に集中する様子もみせず、それこそお気楽に理術を発動していますし、なにより普通の人間ではあれほど大量の光剣を生み出すことはできないでしょう」
「そうなのか?」
「メルヴィン。あなたはこの光剣をどのくらい使えますか?」
こちらも水を飲んで休んでいたメルヴィンが答える。
「そうですね、先ほどと同じ威力で2回から3回でしょう。少し休めばまた使えますが本数が減るでしょう」
思ったより少ないな。
「聞きましたか? これが普通なのです。一部の才能ある方でも連続で撃ち出すなど聞いたことがありません」
ふーむ。ようやく俺とチェリナの温度差の正体が見えてきたな。
「つまり、普通よりなぜか威力が強いと」
「強いの一言で済まさないでください。桁が違い過ぎます。ほぼお伽話のレベルです」
そうなのか……実感がまったくないが。
「そうだ、よかったら何本同時に出せるか試したいんだが構わんか?」
「……そうですね、確認しておいたほうがよいかもしれません」
ではさっそくと、空理具を構える。
最初と同じに銃の引き金に見立てるが、それを引かずに光剣が宙に浮くさまをひたすらにイメージした。引き金を引き絞ったら飛んで行く予定だ。
3本、4本、5本……
面倒になってきたな……、よし、コピペのイメージでいこう。
俺は5本の光剣をワンセットにコピー&ペーストしていく。
5本、10本、15本、20本、
そのあたりで、淡く光っていた空理具の明かりが唐突に強く光ったり消えたりを繰り返し始める。俺は気にせずに更に本数を増やす。
25……。
その瞬間、ばきっと大きな音を立てて空理具が割れた。
金属の球の部分が引き裂かれたようにひび割れている。
「うをっ!」
突然の事に、つい壊れた空理具を放り出してしまった。
「……やはり」
彼女は壊れたそれを拾ってため息をつく。今日はため息が多いな。
「おそらくですがアキラ様には大変大きな力が眠っているのでしょう、稀にそのような方がいると聞きます。空理具が壊れる様を初めてみました」
「あー、すまん。弁償しなきゃな」
ちょっと理不尽な気もするが高級品を壊してしまったのだ、今の状況なら金もあるし素直に払おう。
「いいえ。それには及びません。先ほど試したいと聞いた時にこの事態はすでに予想しておりました」
「うーん、なんか悪い気がする」
「気にしないでください。むしろ最初の時に壊れなかった事のほうが興味深いですから」
そういやそうだな、威力というか気合の入れ方なら、最初の時の方が遥かに上だ。気合とか関係ないのだろうか。
「理術に関してはわたくしも商会もほとんど素人です、どなたかに相談したほうがよいかもしれません」
相談か。
「そうだ、あとでヤラライに聞いてみよう。苦手らしいが使えるようだったからな」
「……アキラ様、わかっているとは思いますが」
「大丈夫だ、うまく誤魔化して話すから」
どことなく疑わしいと彼女の表情に出ていたが、そんなに信用ないのだろうか。それなら相談役とかも解任してほしいものだ。
「それよりそろそろ日が沈む、早く帰ろうぜ」
遅くなって今日もハッグに奢ることになるとか想像もしたくない。あいつだんだん注文に遠慮がなくなってきてるしな。そもそも俺が怒られる理由がわからんのだが、命の恩人なのであまり強くも出れない。
「わかりました。アキラ様くれぐれも」
しつこいチェリナに対して、俺は片手をヒラヒラと振って馬車に乗り込んだ。