第31話「荒野のシュラスコ料理」
朝、宿を出る時にネイティブ・アメリカン装束で細マッチョエルフのヤラライさんとかち合った。
「おはようさん。どっか行くのか?」
俺は片手を上げて挨拶する。
「商業ギルド、狩りの依頼、あるか確認」
「ああ、そんなこと言ってたな、それって儲かるのか?」
「俺なら、稼げる」
なるほど、腕利きなのだろう。
「アキラ、どこいく」
ヤラライの声はあまり抑揚がない。
「とりあえず海を見ながら朝飯だな。その後はヴェリエーロ商会だ」
「商会?」
「期間限定でその商会に雇ってもらってんだわ」
「そうか」
「んじゃ」
俺は適当に片手を上げて移動する。いつもの灯台に続く途中の高台だ。今日も雲一つ無い快晴の空の下、港を見下ろしながら飯を食おうとやってきたわけだが、どういうわけかヤラライも付いてきていた。俺が腰を下ろすと彼も隣に同じように岩に座り込んだ。
「……なに?」
「朝飯、食べる。できれば売って欲しい」
ああそういうことか。
能力の事は言っていないがハッグが俺からカツサンドを買ってるのは知ってるからな。
「サンドイッチでいいか?」
「……任せる」
俺はトマトサンドとカツサンドを2つずつ購入して、1セットをヤラライに渡した。
丁度の金を受け取って、袋経由でコンテナに放り込む。自分の分は払ったので所持金がちょっと減る。
残金95万0645円。
え、計算がおかしいって?
これでいいんだ。後でわかる。
本当はコーヒーも出したかったのだが、さすがに袋から熱湯を出したら怪しまれそうだったので自重した。
本物の空理具の仕様がわからないからな。
「これは?」
「ああ、ここを引っ張ると開くから。取り出して食ってくれ。この透明の薄い皮は食べられない」
「……これ、パルペレ樹液……、いや、違う」
ヤラライはマジマジとビニールを凝視しているが後で回収するよ?
燃やして処理すんだから。ああ、ダイオキシンとかは考えない。俺が一生分のビニールを燃やしてもこの世界には影響ないだろう。
むしろそのまま捨てて動物にでも食べられる方が危ない。
それよりビニールに似たものを樹液で作れるって情報が聞き逃せない。
「なあパルペレってなんだ?」
「エルフが大切にする木。人間、触れない」
さいですか。手に入らないならどうでもいいんですよ。
あれ?
もしかしてヤラライがパルペレって判断してたら俺ってエルフの敵になってたんじゃね?
この世界は時々バイオレンスだから、いきなりあのぶっといエストックでシュラスコにされてもおかしくなかった。
誤解はすべて解けた! じっちゃんの名にかけて!
ヤラライはトマトサンドを一口で食べた。こいつもハッグに負けず豪快だな。
「美味い」
「そりゃ良かった」
「明日も売ってくれ」
「かまわねーよ」
ぽつりぽつりと会話しながら朝食を進める。俺もヤラライも早食いだった。俺はダークサラリーマン時代にノンビリと飯を食うなんて贅沢は滅多になかったからな。
食べ終わるとヤラライがキセルを取り出した。
「おお、ヤラライも嗜むのか」
「タバコ、エルフが発祥」
「そうだったのか」
彼はキセルを持つと小声で何かをつぶやく、同時にキセルの先端から一筋の紫煙があがった。
「ん? 今何をしたんだ?」
「精霊理術。俺、あまり得意でない。近くの家で、火を使ってる。精霊近いから、上手くいった」
イマイチ要領を得ない。
「それは魔法……じゃない理術ってやつなのか?」
「人の得意な、空理とは別、精霊理術は、エルフしか使えない」
わからん事がわかった。
まあ理術の種類なのだろう。俺からしたら全部不思議現象でしかない。
「せっかくだ。俺にも点けてくれ」
紙タバコを咥えると、同じように理術で火を点けてくれた。
「便利だな」
「精霊、気まぐれ、力貸してくれない、時も、ある」
「確実性が無いのは弱点なんだろうが、エネルギー保存の法則を考えたら何もないところに熱エネルギーを生み出すって凄いだろう」
「……」
彼は無言で眉をひそめた。通じなかったらしい。清掃の空理具といい、いったい何をエネルギーにしてるんだろうか。
「アキラ様? おはようございます」
二人で紫煙を吐き出していたら、今朝も背後から声を掛けられた。
「よお」
「……俺、行く」
ヤラライはチェリナに目礼するとそのまま歩き去ってしまった。
「今のはエルフですね」
「同じ宿に宿泊してるんだよ、たまたま知り合いになった」
「もしかしたら彼は<黒針>ヤラライではありませんか?」
「知ってるのか?」
「情報通ならば知っているレベルですがそこそこ有名ですわ」
「へえ、どんな奴なんだ?」
「古の深淵森エルフであるのに弓と精霊理術ではなく、身の丈を越す漆黒のエストック一本で諸国を回る変わり者のエルフ……そんな所ですわ」
「ああ、やっぱりあの凶悪な鉄針は普通じゃないんだな」
鉄パイプより太い武器とか怖いんだよね。
「エルフの戦士は殆どが弓と精霊を使うといいます。近接武器もサーベルやレイピアなどの軽い武器を好むと聞きます。それ以前にエルフ自体があまり人間の生活圏に出てきませんが」
「なるほど。変わり者なんだな」
「先日もハグレバッファローがたった一人のエルフに狩られたと商業ギルドで話題になっていました。すぐにヤラライ様であることは知れ渡りましたわ」
「へえ……」
ハッグといいヤラライといいチェリナといい豚王といいキモ男爵といい、俺の周りは変人ばっかりだな。
「ああそうだチェリナ」
「はい」
「お前は男爵とどういう関係なんだ? そして俺にどうして欲しいんだ?」
それまで柔らかい表情をしていたチェリナが硬直した。
「俺は空気の読めない男だ。他人の心ってもんがまったくわからん。本当はお前の気持ちを察して動いてやりたい。だが俺にはそれができん。だから聞く。お前は俺に何を求めている?」
チェリナの肉体はピクリとも動かない。
時間が凍結したかと心配するほどだが海風に紅い髪がさらさらと揺れているので、何か呪術的な理由で固まったとかではなさそうだ。
長い沈黙。
目を逸らさずに我慢強く待つ。
俺は空気を読めないが、ここは放置する場面じゃない。そのくらいはわかる。
「わたくしは……男爵様とは商売の縁を結びたいのです。しかし男爵閣下は商売ではなく、わたくしにしか興味を示してくれません」
一度ため息。
「わたくしは、いえヴェリエーロ商会は爵位に興味はありません。必要なのは権力ではないのです……もっとも男爵に与えられている数々の免税特権や専売特権は大変に魅力的ですが」
俺は黙って先を促した。
「わたくしは何度も商売のお話を持ちかけたのですが結局は暖簾に腕押しです。これ以上のお話は建設的ではないと思っております」
彼女はそこで言葉を止めたが、俺がさらに視線で言葉を促しているのがわかると、困惑の表情で続けた。
「とにかくわたくしとしては、もう男爵様と関わり合いになる意味はないかと……」
俺は腕を組んで彼女の言葉を咀嚼する。
「なあ、その中にお前の気持ちってのはどこにあるんだ?」
「え? わたくしは……話し合いを終わらせたいと……」
「違うだろ、俺が聞いてるのはお前が男爵を好きなのか嫌いなのかだ。まずそこからなんだよ」
「……え?」
彼女はしばし間を置いてから驚いていた。
「気持ち……わたくしの?」
「ようやく理解出来たぜ、つまりお前自身の気持ちが纏まってないから、行動も纏まらないんだ。まず気持ちをハッキリさせろ」
チェリナは紅い目を丸く開いて絶句していた。言われて気がついたのだろう。
再び長い沈黙。
今度の彼女はうつむいたり、短く往復したり、頭を振ったり、落ち着きがなかった。だから俺はタバコを吸いながら待つことにした。
ちょうど全てを吸い終わるタイミングで彼女が俺の前に立った。
俺はすでに座っていたので見上げる形だ。デカイ胸が目の毒だ。
「わたくしは男爵様とお付き合いするつもりはありません。しかし商人としては大変仲良くしたいと思います」
「決まりだな」
俺は立ち上がってタバコを地面に放り、思いっきり踏み消した。
「曖昧な態度は相手にも悪い。近いうちにハッキリと言ってやるんだな」
俺はチェリナの返事を待たずに商会に向けて歩き始めた。